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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
147/147

ACT-144『 飴 と 鞭 』


 闘える力。

 それは、本人が努力して身に着けてこそであり、何者かに付与されるものではない。

 仮に力を与えられたとしても、それは本人の能力ではなく、あくまでエンチャントに過ぎない。


 元の世界に居た頃、卓也は異世界転生系のラノベを読むたびにそんな事を感じていた。


(どんなに強くても、それが神様とかに与えられた力なら、本人全然偉くも凄くもなくね?)


 ただ、それはお約束みたいなものでもあるので、いちいち口には出さずにいた。



 だが、今は違う。

 やっぱり、神様から強力な力を与えられるってのは、素晴らしいことなのだ。

 それで異世界無双をするって、最高の事だったんだ。

 彼の考えは、根柢から覆っていた。


 僅か一分程度で。




「おわあぁぁぁ~!! た、助けてぇ!!」


「卓也、逃げてばかりじゃ駄目よ!

 武器を取って反撃しなきゃ」


「無茶言うなぁ! あんなでっかいバケモノ、近付くのだって無理だぁ~!!」


 激しい打撃音、身体が震える程の衝撃。

 上空から迫り来る、ドット絵の拳。

 卓也は、8ビット風なデザインのカクカクブロックで出来た謎ロボットの襲撃を受け、ひたすら逃げまくっていた。


 否、逃げるだけで精一杯。

 相手は全高五メートルはあり、しかも体躯の割にかなり素早い。

 卓也に与えられたのは、鎧一式と盾、そして剣。

 見た感じかなり豪華な造りに思えるものの、とてもじゃないがじっくり観察する余裕はない。


 そして、それを遠目から眺めている神様――いや、鬼。


「卓也、敵に背を向けて逃げてばかりじゃ駄目よ。

 間合いを見て回り込んで! ああもう、そっちじゃなくて!」


「こっちは振り返る余裕もないんだぁ~!!」


 ただただひたすら追い掛け回されること、数十分。

 脚がガクガクになり、もう一歩も動けないという状態に追い詰められたところで、突然8ビットロボの姿が消えた。


「あ、あれ?」


「本日はここまでにしましょう。

 卓也、どうやらあなたは、根本的に鍛え直す必要があるわ」


「沙貴……いつから君は鬼コーチになったんだ?」


「そんな、酷いわ。

 私はこんなにあなたの事を想ってるのに」


「二万年の間に、絶対なんか変わっちゃってるって!」


「とりあえず、お部屋に戻りましょう。

 改めて、訓練のプログラムを考え直すわ。

 今日は休みましょう」


「ぐえぇ……これ、今後も続けなきゃならないの?」


 ひっくり返ったまま、卓也は本気で嫌そうな顔をした。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-144『 飴 と 鞭 』






 マンションの部屋……に似せて作られた休憩エリアで、卓也は汗だくの身体を洗い流す。

 沙貴には、まだ色々と聞きたいことがあるのだが、それより何より現実世界での自分の状況が気にかかる。

 いくらこの空間では時間の概念が違うと言われても、気になるものはしょうがない。


 沙貴との再会は本当に嬉しいものだが、これもまた卓也の本心だった。


「ふぃ~、さっぱりしたぁ。

 ――って、ありゃ? いい匂い……」


 リビングに戻った卓也の鼻孔を、美味しそうな料理の香りが刺激する。

 見ると、メイド服姿の沙貴がテーブルに料理を並べていた。


「お疲れ様、卓也。

 お腹空いたでしょう?」


「お、おお! さ、沙貴の手料理?!」


「ええ、随分久々だけど作ってみたの。

 魔法で生み出したんじゃないのよ」


「わかってる、わかってるよ!

 うおお、俺の好きなボロネーゼじゃないかぁ!

 ありがとう、沙貴ぃ♪」


「うふ♪ どうぞ召し上がれ」


「じゃあさっそく、いただきます!」


 両手を合わせてから、フォークを取る。

 久しぶりに味わう沙貴の料理の味に、思わず舌鼓を打つ。

 しかし同時に、卓也はふと疑問を抱いた。


「ねえ沙貴?」


「はい?」


「明日? も、あの修行続くの?」


「ええ、そうよ。

 大丈夫、時間をかけてじっくり行きましょう」


「うえ……でも、あんなデカブツにどうやって勝てっていうのよ?

 そもそも攻撃届かないじゃん」


「でもあれは、卓也が闘ったサイクロプスと同じ大きさよ?」


「……」


「最終的に、アレが倒せればOKとしましょう。

 明日は、もっと基本的なところから始めましょうね」


「ふぁい……」


 どうやら、沙貴は本格的に自分を鍛え上げるようだ。

 出来る事なら止めたい、逃げ出したいと思うものの、沙貴と離れるのはもっと辛い。

 仕方なく、卓也は覚悟を決めることにした。


「ところでさ、沙貴って二万年も記憶を維持してるわけ?

 それって凄くない?」


「ああ、それは記憶の一部をアーカイブ化しているからなの」


「アーカイブ化?」


「そう。

 例えるなら、細かく記憶のバックアップを取っている感じね。

 必要に応じて、必要な記憶をピックアップしているような」


「神様って、便利なんだなあ!」


「ふふ♪

 でも、卓也の記憶はいつも保持しているのよ」


「な、なんかごめん」


「いいのよ。

 私にとって、あなたとの想い出は最重要な記憶なんだから」


 そう呟きながら、どこか遠い目をする。

 卓也は、そんな彼の仕草を見て、何故かとても儚いものを感じた気がした。


 食事が終わり、後片付けをしてもらい、卓也はいつでも休める体勢を整える。

 しかし、いまいちここの時間の概念が把握出来ず、今が夜なのか日中なのかも判断が付かない。

 やむなく、卓也は室内の時計を基準にすることにした。


 現在は午後八時……疲れはあるものの、まだ眠くはない。


「なあ沙貴、また色々質問していい?」


「ええ、どうぞ。

 どんなことでも聞いてね」


 向かい合うようにテーブルに就くと、沙貴は頬杖をついて見つめて来る。

 その視線に、なんだか艶っぽいものを感じる気がした。


「さっき言ってた“イモータル”って何?

 よくわからないけど、神様のこと?」


「いえ、そうじゃないわ。

 イモータルとは、様々な理由から不死性を得た存在のことなの。

 不死身という表現が本来適切なんだけど、この世界においては“肉体という拘束を離れた存在”と言うべきかしら」


「に、肉体という……拘束?

 ごめん、ちょっと意味が」


「手っ取り早く言うなら“不滅の精神体”になった者、ということね」


「それって神様じゃないの?」


「神というのは、そこから長い時間をかけて様々な修行や経験を積み重ねて、ようやく辿り着く領域を指すの。

 だから、イモータルはそのまま神様というわけではないわ。

 会社でいうなら、研修段階といったところかしらね」


「なるほど、なんとなくわかってきた。

 じゃああのミスズって子は、神様になるために君に弟子入りしているのか」


「ええまあ……そうなんだけど」


 ふと表情を曇らせる沙貴に、卓也はまずい事を聞いちゃったかなと反省する。


「ああ、ごめん、じゃあ別な質問。

 この世界に転生者を送り込んでいるのは、本当に女神アムージュなの?

 というか、あのアムージュって本当に女神?」


 一番尋ねたかった事を、ピンポイントで聞く。

 あの謎の暗黒空間で出会った存在が、イスティーリアで信仰を集めている女神アムージュだとは、卓也にはどうしても信じられなかったのだ。

 むしろ、神というより悪魔のような、邪悪な雰囲気すら感じた気がする。


 卓也の質問に、沙貴は少しだけ躊躇うような態度を見せた。


「卓也があの領域エリアで遭遇したのは、間違いなくアムージュ。

 彼女が、転生者をイスティーリアに送り込んでいるのは間違いないんだけど」


 そこで、言葉を濁す。


「実は私にも、彼女の思惑が見えてこないの」


「ああ、そこはさすがに神様同士でも難しいのか」


「いえ、そうではなく。

 ――アムージュは、もう神ではない存在なの」


「え……?」


「確かに、彼女は神の領域に達したイモータル。

 だけど、ある時突然下天して、モータルに戻ってしまったとされているわ」


「モータルに戻った……って、それってもしかして、不死性を捨てたってこと?」


 卓也の質問に、沙貴は大きく頷きを返す。


「卓也の言う通りよ。

 彼女も、私と同じくらい長い時間をかけて神に昇りつめたのだけど、二百年くらい前に、急に神の座を辞したの。

 他の神々も、彼女の突然の選択に動揺したわ」


(二百年前?

 それって確か、イスティーリアの開拓が始まった時期じゃなかったかな?

 それと、転生者が来るようになったのもその頃の筈だ。

 ……妙に、被るな)


 以前、アングスの村長から聞いた伝承が、そんな内容だったのを思い出す。

 “大賢者”なる存在が現れて魔王の登場と勇者の到来を予言、そしてそれが現実化した。

 それがだいたい二百年前。


 卓也の表情が、にわかに険しくなる。


「卓也? どうしたの?」


「ああ、大丈夫。

 それで、アムージュはどうなったの?」


「それが、下天した後は忽然と姿を消したわ。

 それっきり、彼女の行方はわからなくなったのだけど」


「それを、君が見つけたと」


「ええ、あなたの存在を追っているうちにね。

 殆ど偶然だったけど」


 理屈はよくわからないが、下天して神の座を降りたということは、アムージュはもはや女神ではないということだ。

 であれば、そんな存在がイスティーリアに転生者を送り込むなんて、ありうるのだろうか。


「沙貴はどう思う?

 あれはホントに、アムージュだと?」


「アムージュであることは間違いないわ。

 そうでなければ、あなたをかどわかした理由がないもの」


「なるほど、確かにそうか」


「だけどその目的は、私の力でも察するのは難しいわね」


「なあ沙貴、思うんだけど」


 一旦間を置いて、改めて向き直る。


「転生者をイスティーリアに送り込んでいるのって、本当にアムージュなのかな?」


 その言葉に、沙貴の顔色が青ざめる。


「卓也……あなたも気付いたのですか?」


「え?」


「確証が得られないから、誰にも言わなかったんだけど。

 実は私も、その辺りがとても疑わしくて。」


「そうなのか。

 んで、沙貴の見立ては?」


「わからない、というのが正直なところね」


 沙貴によると、神々は決して万能の力を持っているわけではなく、人が考えるよりも制約が多いらしい。

 他の神の思惑への干渉はご法度だったり、行動を抑制することも出来ない。

 無論、度を越した行いなら話は別だが、それでも他の神々との話し合いによる意志の統一が必須となる。


 そして何より、神には“縛り”が存在するという。


「――私達神の権限は、それぞれが属している“世界”に捉われてしまうわ。

 たとえば私なら、このイスティーリアでしか力を行使出来ないし、他の異世界の状況を察したり、そこに干渉することは出来ないし、許されないの」


「ああ、それは何となく想像つくなあ。

 ……あれ? じゃあ異世界転生を促す神って」


「そうなのよ。

 本来それは、禁忌とされる行いだわ。

 異世界の住人を自分の世界に招聘するのだから、完全な越権行為よ」


「おいおい、じゃあアムージュは神様の規律を破りまくってるってことなのか?」


「――忘れてない? 卓也」


「え? 何を?」


「彼女はもう、神じゃないのよ」


「あ」


 もう、神ではない。

 であれば、神の規律を遵守する必要などなくなるわけだ。


「うう、なんだか訳がわからないな。

 下天したアムージュには、まだそんな事を行える力が残ってるの?」


 下天するという行為がどういう物なのか、卓也はわからない。

 しかし神を辞するということは、普通に考えれば神の力を放棄することになるだろう。

 にも関わらず、神である時と同じ力を行使出来るなら、今度は逆に下天する理由が見当たらなくなる。


 卓也は、だんだん頭が混乱してきた。


「私はね、卓也」


「あ、うん」


「そもそも彼女が、何故転生者をあんなに大勢呼び込んでいるのか、その理由と目的を知りたいの」


「だな。

 なんだか、単に魔王を討伐することが主目的ではない気がするんだ」


「その考えは正しいと思うわ。

 だけど、私はもう一つ思ってることがあるのよ」


「それは何?」


「アムージュには、共犯者がいる」


 思わぬ沙貴の言葉に、卓也はつい目を剥いてしまう。


「き、共犯者? なんだそれ?!」


「あくまで、私の予想に過ぎないけど。

 アムージュが下天している事と、転生者を大量に送り込んでいる事には、必ず関連性があるわ。

 そして、そんな謎な行動を二百年前に突然行い始めた理由も、絶対にあると思うの。

 それが――」


「共犯者の存在に繋がるってこと?」


「そうね、共犯者か、或いは……教唆きょうさ犯?」


「そうするように仕向けた存在ってことか。

 でも、それなら沙貴にもわかるんじゃないの?

 この世界のことならだいたい何でもわかるんじゃ――」


 そこまで言って、はたと言葉に詰まる。

 そうだ、そこでさっきの話に繋がるのかと。


「なあ沙貴、もしかしてその教唆犯というのは、別な世界の……」


「察しがいいわね、さすがはご主人様。

 そう、私はそれを疑っているの」


「やっぱり!」


「だけど、もしそうならもう私では存在を認知することは出来ないわね」


「そうなるもんなあ。

 な、なんだか話がでっかくなってきた」


 もし予想通りだとするなら、教唆犯は何故、女神などという強大な存在に働きかけることが出来たのか?

 いやそもそも、何をしたいのか?

 今度は動機が理解出来なくなる。


「わからない……何が何なのか、何が起きてるんか、俺レベルの頭では理解できんわ」


「仕方ないわ、この世界を俯瞰的に見る事が出来る私ですら理解が及ばないのだから。

 それよりも卓也は、この世界から安全に脱出することを考える方が賢明よ」


「そうだなあ……でも」


「ん?」


 小首を傾げる沙貴の手を包み、卓也は表情を引き締める。


「俺がもし、別な世界に脱出することが出来たとして。

 その時には、君は――」


「その話は、今はなしにして。

 それより卓也、あなたも身体を休めて明日に繋げましょうよ」


「え、あ、うん」


 あからさまに会話を打ち切ろうとする沙貴の態度に、卓也は何か感じるものがあったが、あえて口には出さない。

 見慣れた寝室に入ると、金卓也が用意したあの巨大ベッドに見入る。


(これまで完璧に再現されてるのか)


 あまりにも忠実過ぎる再現性に、感動を通り越してもはや呆れてしまう。

 ゆっくりとベッドに潜り込むと、しばらくして沙貴も寝室にやって来た。


「卓也――」


「あ、沙貴……えっ」


 布団から顔だけを覗かせて、入口の方を見つめ驚く。

 そこには、顔を赤らめて恥ずかしそうに佇む沙貴の姿があった。


 その身には、純白のベビードールをまとっている。

 下着は、着けていない。


「え、沙貴?」


「あ、あのね、卓也……その」


「えっと、もしかして」


「う、うん。

 い、一緒に……いい?」


「も、もちろん!

 だけど……その、いいの? 神様なのに」


「それはもう、言わないで」


 小さく返答すると、沙貴は少し遠慮気味に布団の中に入り込む。

 静かに身を寄せると、頬を胸に乗せて甘えて来た。

 その感触とシチュエーションは、以前共に暮らしていた時の挙動と全く同じだと、卓也は思い返していた。


「ごめんなさい、卓也」


「え、突然なに?」


「あの時、私……あなたを拒んだから」


「え、何のこと?」


「別れ際の」


「あ、ああ……ってまさか、そんな事ずっと気にしてたの?」


「だって」


「そんなの気にしないでくれ。

 俺は、ちゃんと納得してるからさ」


「卓也……」


 沙貴の顔が近付き、静かに唇を重ねて来る。

 舌が滑り込むのと同時に、彼の手が卓也の下半身に伸びて行く。


「沙貴? いいの?」


「ええ……私じゃ、もう嫌?」


「とんでもない!

 だけど、その……いいのかなって」


「今の私は、あなたの家族の沙貴なの。

 時空神じゃないわ。

 だから……頂戴」


 小猫のように、そして娼婦のように、甘えながら迫る沙貴。

 薄暗がりの中、卓也は僅かな背徳感を覚えながらも、彼の身体に手を伸ばす。

 透けるくらい薄地のベビードール越しに手を這わせ、弱点の背中を責める。


「んあっ!」


「性感帯は、変わってないんだ」


「う、うん……でも、本当に久しぶりだから……」


「他の男とは、しなかったの?」


「そんなこと、するわけないじゃない!

 私は永遠に、あなただけの物なんだから」


 少しだけ怒りながらも、頬にキスをしてくる。

 背中に回した手を尻に伸ばしながら、卓也は何故か澪のことを思い返した。


「澪は――」


「今は、あの子のことは言わないで。

 私だけを、見て」


「沙貴……んっ!」


 沙貴が布団に潜り込むと同時に、下半身に温かくぬるりとした感触が包み込んでくる。

 いつの間にか剥き出しにされていた部分に、執拗な程に絡みつく粘膜。

 やがて響き出す水音と、じわじわと広がって行く快感に、卓也はもう余計なことを考える余地を失っていた。


「さ、沙貴……に、二万年ぶりにしては……その」


「んふふっ♪」


 特に柔らかい部分に移動して、優しく包み込むぬくもり。

 久しぶりに味わう感覚に酔いながら、卓也はこみ上げてくるものを必死で堪えていた。

 だがそれも、僅か数十秒ほどで搾り取られてしまう。


「さ、沙貴……」


「卓也……愛してる。

 私のご主人様……」


 ゴクリと喉を鳴らした後、沙貴はそう呟いて、上に跨って来る。

 硬くなったもの同士が重ねられ、こすり合わされる。

 その度に、沙貴の口から女性のような艶っぽい嗚咽が漏れる。


(ど、どうやらこれは……本気で取り掛からないとって感じだな!)


 沙貴の要求が本気だと理解すると、卓也はしばらく彼に身を任せ。


 それから――何時間も、犯し続けた。

 何度も何度も、神を。

 欲望が枯れ果てんばかりに……


 


 長い眠りから目覚めた卓也は、いつの間にか沙貴が傍らにいない事に気付く。

 横に投げ捨てられたままのパジャマが、夕べの伽の濃厚さを思い起こさせる。

 それから遅れて、ようやく周囲の景色が自宅であることに気付き、一瞬驚く。


(順番が逆だろ俺!

 って、沙貴は……と)


 服を着てリビングに出ると、そこでは沙貴が朝食を作っている姿が見えた。

 一瞬、今の自身の状況に混乱する。

 気配に気付いた沙貴が、満面の笑顔で振り返った。


「おはよう、卓也♪♪」


「お、おう、おはよう」


「朝ごはん、もう少しで出来るから待っててね♪」


「う、うん。

 じゃあ顔洗ってくるわ」


「は~い♪」


「な、なあ、沙貴?」


「ん? どうしたの?」


「なんかさ、昨日よりすっごくテンション高まってない?

 別な意味で後光が差してるみたいだよ?」


「あらそう?

 ふふふ、どうしてかしらね?」


「どうしてだろう?」


「それはきっと、あなたと隅々まで愛し合ったからだわ♪」


「隅々までって」


「うふふ、舌入れた時の卓也の声、可愛かったぁ♪」


「うおぉい!」


「またしてあげるからね♪」


「……」


 見た事もないくらいテンションが上がっている沙貴の態度に圧され、卓也は言葉を失ってしまった。

 すごすごと洗面所に行こうとすると、


「夕べ、すっごく気持ちよかったわよ。

 また、してくれる?」


 甘ったるい声のおねだりに、卓也は思わず


「今からでも!」


 と言いたくなってしまった。




 朝食が済んでしばらくの休憩を挟んだ後、いよいよ二回目の訓練が始まる。

 うんざりしながら部屋の外に出るも、今日はあの巨大ロボットの姿がない。

 そして、沙貴の姿も。


「あれ? 沙貴、何処に行っ――」


 ふと見ると、数十メートル離れた場所に、誰かが居る。

 全身を鎧で包み、両手持ちの大剣を携えた人物。

 赤時に金色の装飾が施されたフルプレートアーマーといったいで立ちのその人物は、卓也を見るなり走り寄って来た。


 とても鎧をまとっているとは思えないような速度で。

 殺気を覚えた卓也は、鎧剣士の初撃をかろうじてかわせた。


「ぬわっ?! な、なんだぁ?!」


 問答無用と言った態度で、二撃目が繰り出される。

 頭上から振り降ろされる剣戟を転がって避け、更に迫る横切りをジャンプで交わす。


(あ、あれ?)


 何だか、奇妙だ。

 鎧剣士の凄まじい攻撃が、インパクトの瞬間だけ妙にスローモーに感じられる。

 それに自分自身も、鎧を身に着けているにも拘らず、妙に軽い。

 沙貴が用意したこの鎧は、現実世界でまとっていた物に比べて遥かに軽量ではあるが、今感じるのはそれどころではない。

 まるで何も身に着けていないかのような、無にも通じる軽さだ。


 そんな事を考えていると、間髪入れずに次の攻撃が入る。


(そうだ、もしかしたら!)


 卓也はふと思いつき剣を鞘から抜くと、鎧剣士の大剣を受け止めてみた。

 ガキン! という鈍い衝撃音と共に、腕を伝わる振動。

 攻撃は見事に止めることが出来た。

 だが――


「う、うわ、うわ?!」


 受け止めはしたものの、圧倒的なパワーでどんどん圧される。

 片手用の短い柄を両手で持ち、必死で持ちこたえようとするが、これでは時間の問題だ。


(ど、どうすりゃいい?! このままじゃ圧し負ける!)


 ふと視線を移すと、鎧剣士の左脇腹ががら空きなのに気付く。

 そこを目掛けて、膝蹴りを放ってみた。


(うえっ?!)


 膝がヒットする直前、突然鎧剣士の姿が消えた。

 同時に、剣にかかっていた圧力も消える。

 咄嗟に目で行方を追おうとした途端、後ろから物凄い力で蹴り飛ばされた。


「うわあっ?!」


 三回ほどバウンドして、ようやく止まる。

 しこたま鼻を打った卓也は、薄れゆく戦意と激痛に戸惑いながらも、鎧剣士の姿を必死で捜す。

 だが、動揺しているせいなのか全く位置が把握できない。


(ど、何処だ?! 何処に居――)


 グワンッ! という衝撃が全身を貫いたと思った瞬間、卓也の身体は数メートル上に跳ね上げられていた。

 何の干渉もなく、そのまま真っ直ぐに叩きつけられる。

 激しい呼吸困難に陥り、あの時の感覚が蘇る。


(や、ヤバい! アイツは本気だ、このままじゃ死ぬ!!)


 アンデッドサイクロプスの攻撃を食らった時の記憶、恐怖が卓也の次の行動を鈍らせる。

 そこに、背後から鎧剣士の更なる剣戟が襲い掛かった。


「わあっ!! さ、沙貴ぃ!!」


 思わず、情けない悲鳴が上がる。

 だが鎧剣士の攻撃は、卓也に命中する寸前でぴたりと止まった。


「は、え?」


 鎧剣士は何も言わずに剣を収めると、踵を返して離れて行く。

 もう、先程のような気迫は感じられない。


「ま、負けた……」


『お疲れ様でした、卓也』


 急に呼びかけられ振り返ると、そこには沙貴――というより、時空神イルヴァナが佇んでいた。

 あの特徴的な衣装をなびかせながら、優し気な眼差しを向けて来る。


『途中までは調子が良かったようですが、一度攻撃を受けると、動きが極端に鈍るようですね』


「そ、そんなの仕方ないよ!

 なんだよアレ! マジで殺されるかと思った!」


『ええ、アレは貴方を殺すつもりで攻撃して来たのです』


 思わぬ言葉に、卓也は思わず顔を強張らせる。


「な、なんだって?!」


『あの者は、確実に貴方を殺すつもりで攻撃しています。

 一切の容赦はありません。

 ですから気を抜いたら、本当に死にます』


「ちょ、ちょっと待てぇい!」

 

 いくらイルヴァナの言葉でも、それは看過出来ない。

 立ち上がって抗議しようとするが、それを見越していた彼は静かに卓也は見据えて来る。


『卓也、あなたは出来るだけ短時間で戦闘に対応出来る技術を身に着けて、元の世界に戻らなくてはなりません。

 それは、わかっていますね?』


 「俺の前で敬語は」と思ったが、今は沙貴ではなくイルヴァナの姿なのだと思い返し、あえて言葉を呑み込む。

 

『その為には、過酷ではありますが実戦に限りなく近い訓練を要します。

 貴方は、敵に命を狙われるという状況判断力と、その中で反撃を狙う観察眼、そしてそれに対応出来うる体術を身に着ける必要があるのです』


「そ、そりゃそうだけど……」


『貴方が禁足地で負けたのは、強い武器を持っている事から生じた油断です。

 攻撃一辺倒なら問題がなかった貴方ですが、それが成立しない環境下では、あの有様です。

 このままでは、同じことを繰り返すだけですが――』


 「そりゃそうだけど」と言い返すよりも早く、イルヴァナは更に付け加えた。


『私が貴方を助けられるのは、これが最初で最後だと思ってください』


「!!」


 そうだ、ここから先は、イルヴァナの力も及ばない可能性のある場所に赴くのだ。

 もしそこでまた致命傷を負った場合、もう助かる術はない。

 これからは、自分で生き残る術を見つけなければならないのだ。


『しばらく休憩しましょう。

 傷も治療して、それからもう一度』


「え、まだやるの?」


『ええ、みっちり夕方の時刻まで』


「そ、そんなあ!!」


『その代わり、お夕飯は卓也の好きなものを作りますよ』


「あ、あうう」


 少しだけ悩み、卓也は


「じゃあ、チーズグラタンで」


 と一言告げた。




 それからというもの、卓也は鎧剣士の猛攻をかわし、反撃を狙う訓練に明け暮れた。

 丸一日ひたすら訓練に没頭し、へとへとになるまで動き回り、マンションの部屋で沙貴の料理を食べる。

 そしてゆったりくつろぎ、夜は沙貴を抱く。

 こんな生活を、何日も何日も繰り返した。


 だが不思議なもので、一週間を過ぎた頃には、卓也の動きはどんどん洗練されて来た。


(あんなにてこずったアイツの動きが、今はもうスローモーションにしか見えない。

 今日は、いける気がする!)


 闘いながら、周囲の様子を窺う余裕すらある事に気付く。

 今日も、イルヴァナは居ない。

 訓練が始まる前、鎧剣士が現れるのと入れ替わるように姿を消すのだ。

 最初は、訓練に巻き込まれないように退避しているのかと思ったが。


(よっしゃ、隙ありだ!)


 卓也の剣が、鎧騎士の攻撃の間隙を突き、ボディにヒットする。

 だが、ダメージは行かないようで、一瞬怯ませる程度だ。

 そこに畳みかけるように、足払いが炸裂する。


「あっ!」


 初めて、鎧剣士が短い声を上げる。

 真正面からひっくり返ってしまった鎧剣士の背に回り込むと、その背中を突き刺す構えで、卓也は剣を振り上げた。


「取ったぞ!」


 さすがに本当に剣を振り降ろす気はないので、声で勝利を宣言する。

 だが鎧剣士は身を捩って立ち上がろうとする。

 それを、剣を地面に突き立てることで抑制した。


「さすがに勝負ありだろ! これで!」


 はぁはぁと息を上げながら、強く言い放つ。

 周囲を見回すが、今回もイルヴァナは居ない。

 何かを確信するように、卓也は鎧剣士に呼びかけた。


「これで訓練終了でいいだろ、イルヴァナ?」


 卓也の言葉に、鎧剣士が一瞬ぎこちない動きを取る。

 その直後


『お疲れ様でした、卓也』


 と、イルヴァナの声がした。


「え。

 あ、あれ?」


 振り返ると、そこには笑顔を向けて佇むイルヴァナの姿があった。

 思わず、彼と鎧剣士を何度も見返す。


『ありがとう、ミスズ。

 もう、マスクを取っても良いですよ』


「え」


「はい、イルヴァナ様」


 ヘルメットを取ると、その中から現れたのは……この“幻想の間”へ導いてくれた少女・ミスズの顔だった。

 少し汗ばんだ額を拭うと、卓也をギロリと睨む。


「て、てっきりイルヴァナだとばかり……」


『ミスズは、かつてイスティーリアで魔王討伐の為に禁足地に向かった勇者パーティの一人なのです。

 前線で闘う、経験豊富な戦士だったのですよ』


「え、えええ~?!?!」


 驚く卓也にミスズの更なる鋭い視線が突き刺さる。


「そんなに意外ですか?」


「あ、いや、その……想定外過ぎたもんで、つい。

 なんかごめんね」


『見た限り、ミスズの攻撃はもう充分かわせるようですね。

 戦況の判断も、かなり高まったと思われます。

 であれば、いよいよ次の段階へ進めますね』


「つ、次の段階?

 まだ訓練続くの?!」


『もちろんです。

 申し上げたでしょう? 最初に見たあのロボットを倒せるようになるまで続きますよ』  


「イルヴァナ……やっぱり君は、鬼コーチだ!」


 卓也は、思い切り真顔で、そう言い放つ。

 だがイルヴァナは、


『あら、毎晩貴方に奉仕しているのに、そんな言い方は酷くありません?』


「それを言われると」


 意味深に微笑むイルヴァナと、言葉を失って顔を赤らめる卓也。

 だがそんな二人を見て、突然、ミスズが奇声を上げた。


「えええっ?!

 ご、ご奉仕ってまさか!

 いいいい、イルヴァナ様、もしかして毎晩、この方と?!」


「え、え? と、突然なに?」


 急に興奮し、鼻息を荒げながら迫るミスズ。

 あまりに唐突な態度の変化に、二人は気圧された。


『え、ええ……まあその』


「まさか! お二人は、男性同士なのに!

 そそそ、そういう関係だったのですかああああああああ?!」


(な、なんだこの娘?!)


 ベフーベフーと異音を放ちながら、ミスズはなめ上げるように卓也を見つめる。

 そしてイルヴァナを見つめ直すと、


「はあぁ~~♪

 まさか、まさかこんな身近に! こういうシチュエーションがあっただなんてぇ!

 イルヴァナ様、どうしてもっと早く教えてくださらなかったのですか?!」


『え? あの……ミスズ?』


「男同士の! 禁断の愛!

 まぐわう肉体ぃ! 絡み合う肉欲ぅ!

 愛、そう、真実の愛だわ!

 お二人の愛こそ、この世に存在しうる嗜好にして耽美な! 美しき愛なのだわぁ!!」


「なんか急に発狂した」


 誰に言っているのかわからない程大きな声で叫ぶと、ミスズは目をキラッキランランさせながら

卓也とイルヴァナの手を取った。


「お二人とも! 応援します、私は! 全力でお二人の愛を応援いたしますっっ!!

 ああ、夢にまでみた真実の愛の道!

 そうよ、BL、これぞリアルなBLなのだわ!

 あ~、イモータルになって良かったあ♪」


「あのさ、イルヴァナ……なんなの、この子?」


『わ、私も、この反応は初めて見ました……』


 ドン引きする二人に、ミスズはグイッと迫る。

 紅潮した顔と、やたら大きく開いた鼻の穴が気になる。


「宜しければ! お二人の愛の営みを、見学させて戴くことは?!」


「いや無理」


 能面のような無表情な顔で、卓也は即座にお断りした。

 


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