ACT-135『新たな旅の目的と魔王の影』
まだ卓也達が、二つ前の世界に居た時のこと。
渋谷ぱるるが崩れる直前、階段スペースまで戻ろうとしていた澪と未央は、突然現れた“植物の化け物”に追われるように、隔壁の向こう側へ飛び込んだ。
隔壁をこじ開け、更に追跡しようとする化け物を振り切るように、階段を昇り始めたその瞬間、建物の崩壊が始まった。
「「 きゃあぁぁぁ―――っ!!」」
二人は階段ごと一階に落下し、更に上から重なるように落ちて来る階段の下敷きになってしまった。
ガン! という鈍い音と強烈な振動が頭に襲い掛かり、一瞬で意識が飛んだ。
どくんどくんと、熱いものが流れ出す。
彼らの上に、更に瓦礫が降り注ぎ、澪と未央の身体を容赦なく押し潰していく。
誰も、止める事は出来ない。
そして彼らが倒れた空間には、もはや人間が居られる隙間はなくなっていた。
無残に散らばる二人の躯に、何かが這い寄る。
それは、半透明の身体を持つ謎の生命体。
大きな眼球のような器官から、無数の神経網のようなものが伸び、それがスライムのような物体で包まれている。
それが次々に、細い隙間を通り抜けてやって来る。
そのうちの二体が、ぐしゃぐしゃに潰れてしまった澪と未央の死体を覆い――喰い始めた。
それから、どれほどの時間が経っただろうか。
「う、う~ん……あいたたた……」
意識を取り戻した澪は、ぼぅっとする頭を押さえながら立ち上がった。
「良かった! ご無事だったんですね!
今、ここから出して差し上げますので、少しお待ちください!」
「あ、ありがとう! ボク、瓦礫の下敷きになってたの?」
「そうですよ。
偶然出来た空間の間に挟まっておられたみたいで……って、お怪我はありませんか?」
「ケガ? え~と……だ、大丈夫みたい」
特に身体が痛むとか、出血しているということはないようだ。
怪我は、ない。
全く、ないのだ――
「奇跡って本当にあるんだ……」
「ホントですね! でも、念の為後で病院に行ってみてくださいね」
澪は安堵の表情でアンナローグの横顔を見つめ、ぺろりと舌なめずりをした。
「どうされました?」
「あ、ううん! なんでもない!」
なんだか、お腹が減っちゃって」
「あはは♪ 元気なんですね」
そう、あの時。
澪は“食欲”を感じていた。
自分を助けてくれた、アンナローグに対して。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-135『新たな旅の目的と魔王の影』
「なんの冗談だ、これは……。
そ、そうか! カバルスに何かされたんだろ?!
そうなんだろう、澪?!」
必死で食い下がる卓也に、澪は悲し気な表情で首を振る。
「ううん、違うの。
ボクはね……もう、死んでたの。
“アンナセイヴァーの世界”で、渋谷ぱるるの崩壊に巻き込まれた時――未央と一緒に」
「う、嘘だろ……じゃあ、今ここに居るのは?」
「あの世界に居る時、聞いたでしょ?
人間を捕食して成り代わる“XENO”のことを。
ボクはあの時に、XENOに捕食されてしまったの――自分でも、気付いてなかったんだけど」
「そ、そんな……」
愕然として膝をつく卓也に、澪はもうこれ以上声を掛けられない。
重苦しい空気が漂う中、リっちが静かに語り掛けた。
『その辺の事情はあーしには察することも出来ないけど。
卓ちゃん、澪ちゃんのいう通りだ。
人でない事がはっきりした以上、連れて行くことは、もう難しい』
「なんでだ……なんで、なんでこうなるんだ……!
せっかく、せっかく助けに来たのにぃ!!」
『今までは、卓ちゃんが澪ちゃんの魔力を無意識に吸収していたんだ。
だから澪ちゃんの魔力は制限されて、人間と変わらない状態でいられたんだと思う。
だけど、離れ離れになってしまったから』
リっちの言葉に、澪は思わず口許を手で押さえた。
「そ、そうだったの?! だから、ボクは今まで――」
『そして君はここに来て、卓ちゃん以外の人間から養分を吸収した。
それが、益々魔物としての覚醒を促したんだろう』
その言葉に、澪は思わず驚愕の表情を浮かべて口許を覆う。
そうだ、確かに――カバルスと交わった時から、おかしな事が起こり始めたのだ。
だが、卓也はまだ納得していない。
「嘘だ! そんなことがあってたまるか!
あの時、澪は無事に帰って来たじゃないか!
それからずっと、俺達は世界転移の旅をして――」
『それが、転移補正の影響で異常なパワーアップに繋がったってことか。
なるほど、澪ちゃんの異様な魔力と、卓也のありえないスペックの理由は理解出来た』
「お前――何を冷静に!!」
『ムググ』
「止めて、卓也!」
リっちを捕まえて締め付けようとするのを、澪が止める。
翼で手を弾いて。
そしてその動きが、もはや否定のしようのない現実を卓也に叩きつけた。
「卓也、それにリっちさん。
お願い、カバルス様が戻る前に、ここから逃げて。
そして、これを――」
澪は、何かを呟きながらショーケースに進むと、ウィッシュリングの入った蓋を開ける。
一瞬まばゆい光が辺りを照らす。
ケースからウィッシュリングを取り出すと、澪はそれを両手で包み、目を閉じてしばし祈った。
「卓也、持って行って」
「……」
『ああ、しゃあねえ。
澪ちゃん、あーしが責任持って預かりますわ』
「お願いします。
それと、ジャネットとテツ君にも、どうかよろしくお伝えください」
『あい、承知。
ホイ卓ちゃん、行くよ』
「……」
目の焦点が定まらない卓也を無理矢理引っ張って行こうとするが、体格が違い過ぎてままならない。
完全に硬直状態になってしまった彼を見て、澪は表情をキッと引き締めた。
「卓也!
あなたには、ジャネットとテツ君を元の世界に送り届ける役目があるのよ!
忘れたの?! 麗亜やアリスさんとの約束を!」
「あ……」
「お願い……二人のためにも、行って!
ウィッシュリングの力を取り戻して、この世界から脱出して!」
「う、ぐ」
『卓ちゃん、行こう』
「卓也」
ようやく踵を返す気になった卓也に、澪は静かな声で囁きかける。
「ボクを助けに来てくれて、本当にありがとう。
卓也――愛してる」
「あ、ああ……」
「さようなら、卓也」
寝室のドアが、開かれる。
人気のない渡り廊下を逃げるように走り抜けると、卓也は、振り返らずに地下水道への道を急いだ。
「――ねえ、これで良かった?」
そう言いながら、振り返る。
誰も居ない寝室の中、まるで誰かに呼びかける様な態度で、囁く。
「これで……ボクはもう、澪じゃなくなっちゃった。
ボクは、何? ねえ、ボクはいったい何者なの?!」
『ボクは、これから! どうすればいのぉっ?!』
囁きが、叫びに変わる。
背中の翼が大きく羽ばたき、ショーケースがなぎ倒される。
ベッドの天蓋から垂れ下がるヴェールが切り裂かれ、カーテンが激しくたなびく。
黄金に輝く目から涙を流しながら、澪は――否、XENO“サキュバス”は、本格的にその能力を開眼させ始めた。
カバルスが騒ぎに気付き寝室に戻るのは、その数十分後だった。
『なあ、卓ちゃん。
そろそろ、話せそうかい?』
地下水道を移動中、間が持たないと思ったのか、リっちが申し訳なさそうに声をかける。
卓也は、足を止めて俯いた。
「なあ、リっち。君は言ったよな。
俺が、今まで澪の魔力を抑えてたって」
『ああ。
推測に過ぎないけど』
「それでも、いい」
『え?』
「それでも、いいんだ」
卓也は顔を上げると、目を見開いて声を響かせた。
「澪――たとえどんなになろうと、君は俺の大事な家族だ。
魔王に逢ったら、必ず……迎えに来る!」
『卓ちゃん、カッコイイ』
「さっきはごめんな、リっち。
でも、俺はトレモロとも約束したんだ。
大事な人を、絶対に助けるんだって」
『ほぉ』
「このウィッシュリングがあれば、どんな願いも叶うんだよな?」
『ああ、そういうことになってるね』
頷くリっちに向かって、卓也は、先程よりも張りのある声で応える。
「だったら、魔物になった澪を元に戻すことも可能な筈だよな?!」
『え?! ――あっ』
「そうだ! まだ澪を助け出すチャンスは残ってる。
急ごう、ジャネット達と合流したら、すぐに国境へ向かう」
『お、おお!
卓ちゃんのやる気が出たならいいことだ!』
リっちが、ポン! というか、ぺちっと肩を叩く。
卓也はあえて笑顔を浮かべると、リっちをふん捕まえて来た時と同じように懐に押し込んだ。
『むぐわっ?!』
「脱出するぞ!」
『く、くっさぁ!』
「下水道だからな、我慢してくれ」
『そ、そっちじゃな……グハッ』
リっちは、気絶した。
「おぉい卓也ぁ! こっちだこっち!!」
「まったくもう、遅いったらありゃしないですわよ!
待ちくたびれましたわ!」
ここは、イセカス北側城塞門前。
そこでは、大きな幌をつけた二頭馬車に乗ったテツとジャネットが待機していた。
「おお、思ったよりもがっしりしてる良い馬車だな!
高そう!」
「ああ、なんでも一千 PD級らしいぜ。
中に簡易寝台まで付いてんだぜこれ」
「それより、澪はどうしたんですの?」
「ああ、そ、それが……」
『残念ながら、見つけられなかったんだ!
きっとあのクソバカ王が、あーしらの襲撃を予測してどっかに隠したんじゃないかな』
言い淀む卓也を察してか、リっちが咄嗟に嘘の報告をする。
事実を云えず申し訳ない気持ちで一杯だったが、同時に、とても救われた気がした。
「なんか城も騒がしいし、あんまり捜索している余裕なんかなさそうだもんなあ」
「仕方ない、次のチャンスを狙うしかないですわね。
それよりホラ、とっとと乗るですわ!
すぐ出発しますわよ、王城の連中が気付く前に!」
「おっけー!」
ジャネットの手を借り、がっしりとした造りの馬車に乗り込む。
薄暗くて内装はよくわからないが、思った以上に広くて快適そうな気がする。
二頭の馬で大丈夫なのかなと心配になるくらい重そうだが、
「よっしゃ出発だあ! え~と……そりゃ行けぇ!!」
手綱のうなる音が響き、馬達が一啼きすると、馬車はゆっくりと動き出す。
御者はテツが担当するようで、意外に慣れた手つきで感心する。
「へえ、テツって馬車の運転も出来るんだ。凄い特技だなぁ」
「出来るわきゃねぇだろ!」
「え」
「見様見真似って奴だぁ! 動き出したのはいいけど、止め方知らねぇからな!」
「おい、ちょっとぉ!!」
「聞こえましたわよ! テツ!
なんでもっとそういう事、早く言わないんですの?!」
「そ、そんな事言ったってぇ!
急かしたのジャネさんじゃないっすか!」
「言い訳無用!」
「ひでぇ!」
『あ~、あーしがある程度教えられるから、心配しないで!』
「「「 困った時のリっちさんキター!! 」」」
『あんたら、ホントに仲良いよねぇ』
まだ明け方までは時間がある。
真っ暗な空の下……遥か彼方、破壊された西の城塞付近が色々と騒がしいようだが、はしまき一行はそんな事ガン無視して馬車を走らせる。
「なあリっち、そういやあのドラゴンゾンビはどうなった?」
『ああアレ? そのまんま』
「いいのかよ!」
『えんでない? あれは見た目が派手なだけで全然雑魚レベルだから、今頃兵士達に倒されてるでしょ』
「それはいいんですけど、くっさい死体の処分は?」
『……おばあちゃんが言っていた。
都合が悪くなったら、とにかく逃げろと』
「絶対そんな事言ってねぇだろ!」
「放置かよ!」
御者席で色々盛り上がっているのをよそに、卓也は荷台の奥で一人横になる。
手に持っているのは、先程リっちから渡されたウィッシュリング。
白く輝く大きな宝珠を載せた、やや古びた指輪は、どこか神秘的な雰囲気を感じさせる。
(そうだ、まだチャンスはある。
澪――待ってろよ、必ず助けに行くから)
指輪を見つめながら、心の中でそう呟く。
しばらくすると、疲れのせいか眠気が襲って来た。
夢の中、いつものようにモノクロの世界が広がっている。
ここしばらく来てなかったので、かなり久々な気がする。
しばらく待っていると、やがて靄に包まれた影が現れた。
『とんでもないことをやらかしたな』
開口一番、お説教を食らう。
「突然なんだよ! 久しぶりって言おうと思った矢先に」
『竜である余に、人の挨拶などいらぬ。
それよりお前、何故物見の塔の魔物を仲間になどしたのだ』
ジェムドラゴンは何故かご立腹のようで、口調こそ冷静だがいつもと違う圧を感じる。
『以前に言ったな。
その塔では昔、異世界転生して来た者が魔物に転生したと』
「ああ、確かに言ってたな」
『それが、お前の連れて来た闇道士だ』
「それは分かってるよ。
でも、あいつは結構いい奴だよ?
俺達に色々協力してくれるし」
『愚かな。
あやつの言葉を素直に信じるなど――』
ジェムドラゴンがそこまで呟いた途端、突然、世界がバリン! と大きな音を立てて割れた。
まるで鏡に映っていた景色がひび割れたように。
そして、空気が急激に変わり、温度すら低下し始める。
ジェムドラゴンに影響はなかったが、卓也は――
『卓也? 神代卓也?!』
返事がない。
卓也は、まるで今にも話し出しそうな状態のまま、凍り付くように停止していた。
「良くないなぁ、こういうの」
ドス黒いオーラをまといながら、突然、古びたローブをまとった髑髏が現れる。
もやのようだった竜の頭の影が、それに反応してジェムドラゴンの頭部に変わった。
『貴様……余の精神空間にまで入り込むとは』
訝し気に睨むジェムドラゴンに、ローブ姿の髑髏は愉快そうに微笑む。
「邪魔しないでもらえるかなぁ?」
『フン、転生者の分際で魔に堕ちた敗北者が、何を偉そうに』
「かくいうアンタだって、卓也にすり寄って何やら目論んでるじゃないか。
それなら俺達は、いわば似た者同士だろ?」
『ふざけるな、闇の世界の住人よ。
今すぐ消し去ってくれようぞ』
「そんなおどし、通用すると思っているのか?
もし俺が消えたら、卓也はアンタを憎むぜ?
間違いなくな」
『……全て承知の上での企てということか』
「俺は常に用意周到だからな」
髑髏の男リっち――否、闇道士は、眼孔の奥で赤い光を輝かせながら不敵に微笑む。
「しかし、夢の中で卓也をたぶらかして操っていたとはな。
人間を護る神様にしては、随分と地味な活動をしていなさる」
『このような惨めな体躯になってしまった以上、やむを得ぬ』
「なってしまった?
自分からそうなるように仕向けておいて、今更何を」
そう言いながら、闇道士は自分の首をかっ切るような仕草をして見せる。
『何もかもお見通しということか』
「そりゃあそうだ。
お互いに神代卓也という希少な逸材に注目した同士。
考えることはだいたい察しがつく。
アンタだってそうだろ?」
『否定はしない』
二者の間に、異様な雰囲気が漂う。
腕組みをしながら、どこか見下すような態度を取る闇道士と、頭だけでひたすら睨むジェムドラゴン。
しばらくの沈黙の後、闇道士が口を開いた。
「ジェムドラゴンよ。
同じパーティの仲間同士、手を組まないか」
『余が、人間共のパーティの一員?
貴様とも? 馬鹿な』
「だが、卓也に助力しているのなら同じことだぞ?
――まぁ聞け。
お互い、神代卓也には“あの場所”に行ってもらう必要性を感じている。
そうだろう?」
『……勝手に想像せよ』
「最終目的こそ異なるが、それまでの俺の望みは、卓也と同じだ。
だから全力で奴に協力する。
アンタも、そうしないか?」
『余は、はじめから協力している』
「もっとハッキリ、もっと大胆にってことだ」
『……』
ジェムドラゴンは、目を閉じる。
それを見て、闇道士も腕組みを解いた。
『わかった、あえて貴様の話に乗ってやろう』
「商談成立ということで、いいのかな?」
しばしの間を置き、ジェムドラゴンは僅かに頷いて見せた。
『構わぬ。
貴様の言う通り、余も自身の目的の為に、もう少し大胆になってみよう』
「それが良い。
じゃあ、改めてよろしく頼むぞ。
――女神アムージュの従者よ」
闇道士の、やや皮肉気な態度に、ジェムドラゴンも目を細めて応える。
『こちらこそ、よろしく頼むとしよう。
――“魔王”よ』
夢の主を放置したまま、魔物達の会談は終了した。
馬車が国境付近まで辿り着いたのは、イセカスを出た二日後だった。
適度に馬を休ませつつ、じっくり休憩も取りながら進んだ為、思ったより時間がかかってしまった。
既に見慣れた景色が広がる中、卓也は馬車の中からぼうっと外を眺めていた。
『卓ちゃん、どしたの?』
ふわふわと浮かびながら、リっちが尋ねて来る。
「いやあ、結局あいつら、無事に塔を出られたのかなって」
『ああ、ダークリベンジャーのことね。
どうする? 物見の塔に寄ってく?』
「いや時間が惜しいし、そこまでケツを持ってやるつもりはない。
早く関門を越えてユルムに行かないとだし」
『おっと、忘れちゃいけないぜ卓ちゃん。
それより先に、まずケスクポントに行かなくちゃ』
そんな話をしていると、退屈そうにポテチを食べていたジャネットが耳を傾けて来る。
「ねえリっち。
ケスクポントって、どんな所なのか知っていますの?」
『ケスクポントは、本来は国境警備兵達に物資を供給する目的で設立された村だよ。
兵士達の拠点はいくつもあるけど、その中でも一番大きく離れてる拠点同士の中間地点に位置してる』
「ここからは遠いの?」
『そうでもないかな、あと半日もすれば着くと思うよ』
「半日かぁ。以前なら半日も移動なんてったらうんざりしたもんだけどよぉ。
いつの間にか“そのくらいだったら”って気持ちになって来たな」
手綱を握りながら、テツがコメントする。
返事こそしなかったが、卓也も同じ気持ちだった。
以前ジャネットが魔法で導き出したルートを参照しながら、馬車は進んでいる。
マップ上ではすぐ近くに思えるのだが、現実はそうでもないようだ。
『ただね。
先に言っておくけど、ものっそいショボいとこだよ』
何故か申し訳なさそうに、リっちが補足する。
真っ先に反応したのは、ジャネットだ。
「え、じゃあもしかして宿屋とかないんですの?!
お風呂は? お食事は? ベッドは?!」
『ない事はないけど、少なくともこの前まで止まってた宿屋と比べたら、萩の月と三輪車くらい違う』
「なんの参考にもならない例えありがとう」
「そこに行くと、何かいいことあるんですの?」
『正直、特になんにもないかな』
「「「 ないの?! 」」」
『いつかそのハモりに、あーしも加わりたい』
卓也は思い返してみた。
そもそもケスクポントに行く用事は、国境の魔物を倒すためだった筈だ。
魔物が現れて困っているという話を、大臣から聞いていた訳だが、その魔物自身が仲間になった以上、もはやそこに向かうメリットはない筈だ。
しかし、リっちは言っていた。
“そこで是非知って欲しい事情がある”と。
(事情って、いったい何なんだろう? 気になるな。
それに、リっちはそこへレン達を行かせようとしていた。
ってことは、もしかしたらそこで鉢合わせになる可能性もあるってことだよなあ)
正直あまり気乗りはしなかったが、リっちが言うからには何か重要な情報があるに違いない。
そう考え、とにかく向かってみる事にする。
馬車は、ほぼ正確に半日後に、ケスクポントと思われる小さな村に辿り着いた。
ケスクポントからは、国境警備兵達の拠点となる建物は見えない。
何もない荒地のど真ん中に、不自然なくらいポツンと存在する村、それがケスクポント。
背の高い建物もない、ただ古い造りの民家がポツポツと並んでいるだけ。
馬や鶏がおり、野菜を育てていると思われる畑があり、木の柵があり。
これまで、比較的大きな街ばかり見て来た卓也達にとって、そこはあまりにも不便そうな、言い換えれば“粗末すぎる”場所だ。
村の入口付近で、一頭引きの馬車に乗って藁のようなものを運んでいる男を見つけると、卓也は早速話しかけてみることにした。
「あの~、すみません」
「ん?」
「へ?」
「あれま、もしかしてアンタ、新しい勇者様かい?」
「えっ?」
「どう見ても兵士じゃねぇしな。
おうおう、遠いとこからよう来なすった。
ささ、入ってくれ入ってくれ」
「え、あ、ちょ」
まるで待ち構えていたかのような態度で、卓也達を村の中に呼び込もうとする。
卓也が戸惑っていると、リっちがふわふわと飛んできて、男に向かってひょいと手を上げた。
「あっ馬鹿! なんで出て来るんだ!」
『よぉおっさん! ちーっす』
「んん? なんだぁ?」
『あーしだよ、あーし! 物見の塔の』
「ああ~?! ええっ、お前さんリッチかぁ?
えらく可愛らしくなったもんだなぁ!」
『えへへ、そうだろぉ?』
「そっかそっか、お前さんの紹介なら、こりゃあ手厚くお迎えしなきゃだなぁ」
『よろしく頼むわ。みんな元気?』
「おう! 元気も元気さね!」
「え……ど、どういうこと?」
まるで旧知の知り合いのような態度で、リっちと男は親し気に語り合う。
状況が分からず呆然としている卓也に、リっちは踊るように振り返った。
『あ~ここはね。
あっしも良く顔出してるの。
だから村人みんなあーしの友達よ』
「ええ……あのおっそろしい見た目で、ここまで通ってたの?!」
『うん、そうだけど?』
「この村の人達、肝が座り過ぎだろう!!」
『そりゃあそうさ。
なんせ“勇者達”の子孫だからね!』
「え?」
何故か得意げにフフン♪ と踊ると、リっちは卓也に中に入るよう促す。
向こうでは、やはり馬車の中で唖然としている二人の様子が見えた。
馬車を村の敷地内に停めた後、はしまき一行は村長を名乗る老人の家に招かれた。
村の中では一番大きな建物ではあるが、それでも平屋でかなり古めかしいボロ家だ。
白い髭を蓄えた村長は、リっちから話を聞くと優しい笑顔で迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。
私がこの村の村長をしております“夢二”と申します」
「なんだか日本人みたいな名前」
「そうですね、血統的には日本人と同じです」
「えっ?」
言われてみると、確かに村長の顔は、どこか日本人的な特徴を覚える。
リっちが、まるで我が家のような態度でくつろぎながら説明する。
『この村はね、異世界転生者とその子孫ばかりが集まっているんだ。
だから村長の先祖も日本人なんだよ』
「えっ?!」
「だから日本名なの?!」
「そ、そんな村があるなんて、信じられないですわ」
「驚くのも無理はありません。
この村はですね、いわば“魔王討伐に至れなかった者達の最後の居場所”だったんですよ」
「魔王討伐に至れなかった者達?」
「ええ、そうです。
お話しなくてはなりますまい、このイスティーリアでの、転生者の歴史を」
そう振ってから、夢二村長は語り始めた。
魔王は、二百年前にイスティーリアが開拓されたのとほぼ同時期に「大賢者」によって存在が予言されたという。
魔王がどうして何もないイスティーリアに居たのかは知る由もないが、この大陸に住む人々にとって、生活の歴史は魔王の脅威に晒される歴史と同一だったのだ。
それ以来、このイスティーリアは、他の大陸とは比較にならない程危険な魔物が跋扈し、また遭遇率も高かったようだ。
かつて戦争をしていた三国も、やがてこの脅威を無視できなくなり、必然的に協力し合って魔王討伐隊を組織したものの、それらは全て壊滅。
以来、三国は魔王の対策に積極的でなくなり、ほぼ放置しているような状況だ。
「その討伐隊は、一回全滅しただけで三国みんな諦めちゃったんですの?」
ジャネットの質問に、村長は首を振る。
「いえ、何十回となく組織派遣されたそうですよ。
それも、数十年間に渡って送り込まれたんだとか」
「うわぁ……それじゃあ諦めちまうのも仕方ねぇかぁ」
「そりゃあ、さぞかし犠牲者は多かったんでしょうね」
「そのようです。
しかしそんな時、大賢者の予言通り、異世界から勇者が現れました。
その者はとてつもない力を持っており、自ら魔王討伐を名乗り出たそうです」
「ええっ、そりゃあ勇気ある人がいたもんですのね?」
「うおお、すげぇ!」
「……」
ジャネットとテツが感銘を受けている横で、卓也一人だけが頭を抱えて俯いていた。
「ど、どういうつもりで名乗り出たのか、ものすっごくわかりやすい」
『まあその、うん……そういうことだろうなあ』
リっちも卓也に同意する。
最初の転生者は皆に勇者ともてはやされ、期待を掛けられた。
女神アムージュの導きでこの世界に来た、という触れ込みも、人々の信頼を得る大きな要因だった。
しかし数年後、その勇者の音信は完全に途絶えてしまい、魔王討伐に失敗したと判断される。
それ以降も、女神アムージュによって異世界からやって来た者達が不定期に現れ、新たな勇者として旅立ち、そのまま帰って来ないという流れが続く。
それが百数十年も続くうちに、イスティーリアの人々にとって、勇者とはただ単に異世界からの訪問者を指すだけの言葉となったようだ。
「すみません、ちょっといいですか?」
ふと疑問を抱き、卓也は村長に質問した。
「でも実際、勇者達は全員が全滅したわけじゃないんでしょ?
だってこの村の人はその子孫なんだから。
どういうことなんですか?」
「ご慧眼。
そうです、この地にやって来た転生者達は、全てが全て冒険の旅に出たわけではありませんし、死に絶えた訳でもないのです。
中には闘いを避け、或いは討伐を断念し、逃げ延びた者達もおりました。
この村は、そういった者達が集まって出来た所なのです」
「勇者って、王によって討伐命令を貰うんですわよね?
それなら、討伐に失敗したって素直に報告すれば、保護してもらえたりは――」
「それは、皆さんがこの世界における、転生者の扱いの酷さをご存じないから抱く疑問でしょう」
酷く深刻な表情で、村長は重たい口調で語る。
『この村の目的は、いわば“落ち勇者”を救済することなんだよ』
「落ち勇者?」
『前に話しただろう?
国境の魔物を倒す命を受けたのに失敗した転生者達は、王の信頼に背いたとして処刑される。
それと同じことさ』
「うげ!」
確かに、リっちに初めて逢った時にそういった話はされていた。
しかしまさかそれが、魔王討伐という、いわば勇者達のボランティア的な活動にまで適用されるとは思いもしなかったのだ。
「おいおいおい、この世界、どんだけ転生者の扱いが酷ぇんだよ?」
怒るテツに、村長は「まったくですよ」と呟いた上で、尚も語る。
「この国の人々にとって、転生者は“本来いない筈の者”でしかないのです。
国民を犠牲にしてまで魔王を倒そうとするくらいなら、はじめから頭数にない転生者にやらせた方が良いと、そういう考えなのでしょう」
「ひ、ひでぇ!」
『ね? 酷いだろ?
だけどね、ここに居る人達も、ただクソバカ王共の犠牲になっていたわけじゃないのさ』
リっちが村長の手元にちょこんと座る。
そんな妙に可愛らしい動きに戸惑うも、村長は両手で彼を包み込んだ。
「ええ、そうなんです。
ですから私達は、これからユルムに渡る皆様にせめてものバックアップが出来るようにと、様々な準備を行って来たのです」
「準備、ですか?」
「それを、これから皆様にご提供したいと思います」
「ありがとうございます。
でも、いったいなんでしょう?」
『貰ったら分かるよ』
リっちは、どこか意味深な笑みを浮かべる。
「ところで、私達よりも前に、ここに五人組のパーティが来ませんでしたこと?
男一人に女四人の」
「いえ、そういったご一行は見かけておりませんが」
村長の一言に、はしまき一行は「うわあぁ~」と呻いて呆れ顔でうなだれた。
「あの野郎、ふざけやがってぇ~!」
物見の塔の地下で目覚めたダークリベンジャーの一行は、はじめこそ生きている事に喜んでいたが、すぐに卓也名義のメモを見つけ、憤っていた。
否、正しくはレン一人だけが怒っているだけなのだが。
一階に上がり、山のように積み上げられた菓子の山に驚きながらも、パーティは今後の方針について相談を始めていた。
「どうする? あのメモにあったように、やはりケスクポントに向かった方が――」
「うるせぇ! あいつらの言う通りになんかしてたまるかってんだ!」
「でもレン様、このままでは私達は居場所がなくなってしまいますよ?」
「そうだよ、たぶんもう、彼らによって私達は倒された事になってると思うから……」
「おいローサ、イセカスまで魔法で移動だ」
ヘレシニーナの言葉を遮るように、ローサへ命令する。
その言葉に、四人は信じられないものを見るような目つきになった。
「な、何を言うのですか?! そんな事をしたら、私達は!」
「いいから言う事を聞け!
どんなことがあっても、俺達はあいつらに先を越される訳にはいかねぇんだ!
俺達がまだ生きてる事を伝えて、改めて国境越えの許可を貰うぞ!」
「そんなことは無理よ……」
「うるせぇ! 俺がやると言ったらやるんだ!
お前らは俺の言う事だけ聞いてりゃいいんだよ!!」
一方的にまくし立てるレンに、四人の少女は心底呆れ顔で見つめ合う。
やがて、ヘレシニーナがレンに向かって、はっきりと言い放つ。
「――もう、無理だ」
「はぁ?」
「もう、お前とはやっていけん。
我々は、ここで離脱させてもらう」
「な、なんだと?!
馬鹿なことを言ってんじゃねぇ! そんな事したらどうなるのか、分かってるのか?!」
突然の発言に驚き慌て始めるも、誰一人として彼の言葉に頷こうともしない。
冷ややかな視線が、レンに突き刺さる。
「お前のせいで、我々は死人扱いだ。
これでイセカスにも戻れないし、王家にも顔向け出来なくなった。
恐らく、冒険者ギルドにも戻れないだろう。
これ以上、お前のお守りで酷い目に遭わされるのは沢山だ」
「ちょ、待……」
「レン、さよなら」
「私も皆様と共に参ります。今までありがとうございました」
「……」
それだけ言うと、四人の少女はローサの魔法でその場から消え失せる。
塔の中には、レン一人だけが取り残された。
「あ、あいつらぁ~!!
せっかく、せっかく俺の仲間にしてやったってのに裏切りやがってぇ!!
許さねぇ、あいつらも絶対に皆殺しにしてやる!!」
誰も居ない空間に、孤独な叫びが響き渡る。
だがその時、不意に、何者かの気配が背後に突如出現した。
「あらあら、置いて行かれてしまったのですね?」
「?!」
急に女性の声がして、慌てて振り返る。
そこには、どこか見覚えのある女性が佇んでいた。
「あんたは、確か――閉鎖区域で俺達を助けてくれた……」
「ええ、覚えていてくれて光栄です。
私はユマ。
困っている冒険者を助けるのが役目です」
「困っているだと?! お、俺は別に!!」
「事の顛末は見ておりました。
ご安心なさい。
今からでも、あなたに活躍の場を用意して差し上げます」
ユマは優しい笑顔で、そうレンに囁きかける。
その温かな表情と口調に、荒れていた彼の心が徐々に癒されていく気がした。
「す、すまねぇ、二度も助けられて……」
「いいのです、いくらでも頼りにしてくださいね。
私は、あなた達に活躍して戴けるよう手助けするのが仕事なのですから」
「し、仕事?」
どことなく妙な言い回しに違和感を覚え、レンは顔をしかめる。
だがユマは、全くぶれることなく笑顔を湛え続けた。
「さぁ、一緒に参りましょう。
そして目一杯活躍して、“あの方”を愉しませてくださいね♪」
「あ、あの方?
誰のことだよ?」
「“大賢者”様です」




