075 キス待ちな女子中学生と
誤字報告ありがとうございます。
恥ずかしがりやな後輩ちゃんにお着換えさせられたりもしつつ、ようやくプールに突入。
姉さん後輩ちゃんと朝っぱらからリルカを使いまくっている煩悩だらけの私だけど、流れるプールで流れているとそんな煩悩もどこかに行ってしまいそうだった。
あー。
「うふふ。ゆみはこうしているのが好きね」
「プールの水を馴染ませてるんだよぅ」
にゅっとのぞき込んでくる姉さんに笑みで返す。
体形の出にくいフリルの水着を着ている姉さんは、正直カバーできる範囲を逸脱しているのであまり意味を成していない。
だから見つめているとリルカしたくなる(煩悩)けど、さすがにそれはほんとのホントにアレっぽいので自重する。軟派な気持ちはのーせんきゅー。
だからというわけでもないけど傍らのメイちゃんに視線を向けると、彼女はまったくそうは思わなかったようで胸を張って肩を怒らせる。
これは完全に私が悪い。
「あー。ウォータースライダーでも行く?それとももうあっちでたまきたちに混ざろっか」
しょっぱなから元気いっぱいでガンガン遊びたい派のたまきと後輩ちゃんは、私たちとは一時的に離れて波のプールでビート版波乗りにトライしたりしている。どちらかというと後輩ちゃんが精力にあふれているようで、たまきは半分強引に連れ去られた感じだったけど。仲良くなったようでいいことだ。
それはさておき。
「……ユミ姉とウォータースライダー行く」
むぐぐ、と悔し気に姉さんの胸を睨みつけるメイちゃんがそう言ったので、ふたりでウォータースライダーに向かうことにする。姉さんは絶叫系が基本的に得意じゃないから先にたまきたちのほうに合流するようだ。
別れ際に密かにキスされるから当たり前に応えて、そういえばここ公衆の面前だったなとか思ったりしつつ。
優しいメイちゃんに腕を引かれてプールサイドに上がる。
彼女はどこか不満げで、さっきの姉さんとのキスに気が付いてしまったのだと一目でわかった。
うかつだったとは思う。けど、最低な言い方しかできないけど、これが私の選択というやつだ。彼女をどうやってなだめようとか、そんな風に一瞬でも考えてしまう自分をプールに突き飛ばした。
離れていく手をぎゅっと握り返して、驚く彼女の腕を今度は私が引く。
「行こっか」
「……うん」
頬を染める彼女とともに、ウォータースライダーに向かう。
朝からまったく元気なことに、すでにそこそこの列が出来上がっている。だけどこういう場での十数分なんて大したものでもない。なにより隣にはメイちゃんがいるわけだし。
そういえばここのスライダー新しくなったらしいよ、とか調べたらしい情報を披露してくれるメイちゃんとのんびりお話をして列を流れていく。ジェットコースターの上がるときみたいなドキドキがあって、これもこれで悪くない。
半ばほどにたどり着いたころ、少しだけ雰囲気を潜めた彼女がもじもじと指を震わせる。
「ユミ姉ってさ。けっこう、いろんな人とキスしてる?」
「……うんまあ。してる、よ」
「ふーん……わたしもユミ姉と同い年がよかった」
そしたらキスができるのに。
とまでは続かなかったけど、見上げる視線は私の口元に触れている。
私にとってはキスをしないことも同じくらいに好きなんだけど、うまく説明できる気はしなかった。
だけど彼女は、ふと何かに気が付いたように首をかしげる。
「ん。あ、でも、そっか。そしたら、わたしってほかの人たちよりお得なのかな」
「え?どうして?」
「だってさ。こうやってユミ姉に、なんだろ。そういうことをしないようにって気を使って大事にしてもらえるのって、わたしがまだ中学生だからでしょ?」
「うん」
私のうなずきに、ほっとしたように笑む。
「子ども扱いだったらヤだけど、ユミ姉はちゃんとわたしのこと考えてくれるって分かるから。これはこれでちょっとうれしいんだ。えへへ。わたしせーかく悪いかな」
「そんなことないよ」
私の気持ちが伝わっていたのだという喜びと、それを受け入れて笑ってくれることへの感謝が、どうしてか目をうるませる。
「ユミ姉?泣いてるの?」
「泣かない泣かない。けど、私メイちゃんにはたくさん我慢させてるなって思ってるから。だから」
「それはまあ、いっぱいガマンしてるけど」
言葉を区切ったメイちゃんが、周囲をきょろきょろと見まわしてから、つま先立ちになって耳元に口を寄せる。
「でも、オトナになったらその分いっぱいごほうびしてね?」
「………………………………ソ、ういうことどこで覚えてくるのほんと……」
あっさり撃沈した私が頬をつまむと、彼女も恥ずかしいようで頬を赤くしながら笑った。
この笑顔を曇らせないように、これからもめいっぱい愛したいとそう思う。
「あ、でもでも分割払いでもいいよ?」
「えぁー。ど、うん。じゃあまあ、とりあえず二週しとく?」
と言いつつ、リルカを取り出す。
防水ケースでスマホを下げていた彼女は、それを受け入れてぎゅむっと腕を絡めてきた。
「ユミ姉っておっぱい大きいほうが好き?」
「…………どちらかというと目がひかれがちだけどそれは存在感の大きさのせいであって私の趣味趣向に起因しない反射的な現象なんだよ」
目逸らし逸らし。
これはたぶんとても理性的な現象だった。
「じゃあどんなおっぱいが好き?」
「胸単体で好きになったことはないかなぁ」
「うわでた」
「そうやって綺麗ごとに聞こえるだけで嘘だと決めつける風潮には否を唱えたいよ」
実際まったく本当の事実なのだ。
そこに嘘偽りはない。いやほんと。
「じゃあそういうメイちゃんは?小さいころとか姉さんの胸揉んで遊んでたでしょ」
小さいころ、といっても彼女が小学生くらいのことだ。
あの時すでに姉さんは巨乳と呼べるサイズ感だった。身長による相対的なものではなく、ガチで。
だから実のところメイちゃんこそ巨乳派なのではないかとひそかに思っているんだけど、彼女の返答はあまりにもあっけなかった。
「ユミ姉のが好きかな。ユミ姉で女の人を意識するようになったからだと思うの」
「おぉ……」
思いのほか本気の答えに聞こえる。
確かにこれと比べると私の返答のごまかし感たるやだ。
謎の敗北感に落ち込んでいる間に頂上にたどり着いて、係員さんからの諸注意を受けた。
もちろんふたりで滑るから、それ用の浮き輪をしっかりと借りる。
八の字のやつと大きな円形のやつがあったけど、メイちゃんの要望で円形のほうにした。私もそっちがいいなと思っていたから願ったりかなったりだ。
私が先に座って、そのまたの合間にメイちゃんが収まる体勢。
もたれかかってくる彼女がはたと止まってほんのわずかに身体を浮かせようとするのを、強引に抱き寄せる。つるっと取っ手から手を滑らす彼女のおなかに腕を回してぎゅっと抱きしめて、耳元で笑った。
「ほら、ちゃんと取っ手掴んでて?危ないよ」
「だ、ゆ、ユミ姉」
「こういうのは嫌?私はメイちゃんとこうしてたいな」
「……イヤじゃないけど」
もじょもじょと言葉を噛むメイちゃんが、緊張してぎこちなく身体を預けてくれる。
後ろのほうで係員さんが吐血している気がしたけど多分気のせい。
そうして私たちは、流れる水に乗って管っていく。
「んんーっ!」
「あはははは!」
絶叫系に乗るときは歯を食いしばるタイプのメイちゃんと無性に笑えてくる私。
もはや緊張している余裕もないらしいメイちゃんをこれ幸いとぎゅぎゅっと抱きしめる。
「んぃっ」
「おぉっ!」
カーブできゅるりと浮き輪が逆を向く。
びっくりして振り向くメイちゃんの顔が思ったより近くて、ほんのわずかに唇がかすめたような気がした。
「ぁ」
目を見開く彼女は、だけどその瞬間再びのカーブにぐるんと回されて遠心力で浮き輪にしがみつく。
私はといえば、もうウォータースライダーを楽しむどころじゃない。
だって、こんなの、思ってもみなかった。
なんだかんだ彼女と慎重に歩いていくことは楽しいと思える。心地よいし、幸福だ。いつか彼女にキスをしたいけどできないと言ったことがあったけど、今はこういう関係こそがメイちゃんとの間にはいいのだとそう思えているはずだった。
なのになんだ、こんな、あんなキスにカウントされないような偶然の、それもほんの吐息が交わるくらいの触れたか触れていないかわからないような行為だけで、どうしてこんなに胸が弾む。
ああくそう。
どれだけ大人ぶっていても、しょせん私はこんなのらしい。
そりゃあだって、私もほんとはなんの気兼ねなくイチャイチャしたい……!
「ん!」
「わ」
ぱ、と視界がはじける。
肌を打つ温い心地。
沈んでいく心地よさ。
腕の中の小さな身体がぐるりと動いて、人型の水流が唇を洗い流す。
ざばぁ、と浮き上がって、彼女と顔を見合わせる。
何が起きたのか理解できていないような唖然とした様子の彼女と同様に、私も混乱していた。
「し、してない。うん。なにかあった?」
「な、ないと思う」
とりあえずそういうことにして、ぎこちなく笑いあう。
頭を冷やそうと深く深呼吸する私の手をゆら、と持ち上げて、彼女はごくりと唾をのむ。
「も一回、する、よね?」
「……う、ん。もう一回。そう、だね」
そんなわけで、私たちはもういちど列に並びなおした。
もちろん二回目もなにもなかった。
ただふたりで楽しくウォータースライダーを降りただけ。
……どうしよう。




