073 手のひらダンスホールな姉と
懐かしの幼馴染と赤ちゃんプレイとか初恋青春シチュとか色々してなんやかんやあっていろいろ吹っ切れた翌日。
夜に帰ってしまうたまきとの思い出作りに、私たちはプールに行く。
そういうイベントのある日は、目が覚めるとその瞬間からなんだか『ああ今日プールだ』っていう感じがして心が浮ついてしまう。
昨日と同じく膝枕してくれていた姉さんに、挨拶よりも前にキスをせがんでしまうくらいだ。うきうき。
「朝からお盛んね」
「うわお。おはよう」
ベッドに腰かけていたたまきに驚くと、彼女は楽しげに笑った。
昨日の出来事のおかげか、一番すっきりとした笑いな気がする。
「はいおはよう。お友達にも挨拶してあげたら?」
「え?」
たまきの指に従って左右に視線を向けると、なるほどふたりともおめめパッチリ。
「お、おはよう」
「はよッス。みうもお目覚めのちゅーしてほしーッス♪」
「おはようユミ姉」
むちゅーと唇を差し出してくる後輩ちゃんと、なんとも不機嫌そうなメイちゃん。
とりあえず後輩ちゃんの唇とメイちゃんの額にくちづけてみるけど、それで満足はしてくれないらしい。朝からみんなでぬくぬくと触れ合った。たまきがにやにや眺めてくるのがすごい恥ずかしい。
とはいえ今日はみんなでプールだ。あまりのんびりもしていられない。うきうき的な意味で。
触れ合いも早々に朝ご飯を食べて、おニューの水着を携えていざ出発。
家の前に出ると、ちょうど姉さんが呼んでいたレンタカーがやってきていた。五人乗りの黒のミニバンだ。姉さんが送り迎えもしてくれるというから甘えてしまう。
簡単な手続きを済ませてみんなで乗り込むけど、姉さんの指定で私は助手席になった。
それどころか、姉さんは私をじぃ、と見つめながら。
「そうね、たぶん30分くらいかかると思うわ。うふふ。30分くらいね」
などと意味深なことを言う。
意味深というか、30分ってどこかで聞いた時間だ。
いやまさかな、とか思いつつ、荷物を固めているよ、というくらいの何気なさでリルカを差しだぴぴ。
うん。早いな。
「みんなシートベルトはちゃんと着けたかしら。じゃあ出発しましょうか」
わーわーと歓声が上がって、そして車は発進する。
片道30分というおあつらえ向きなドライブ。
いやでも普通に後ろから丸見えだしな、と思っていたら、姉さんはちらっと私を見る。
「ゆみ。バッグからサングラスを取ってくれないかしら」
「あ、うん」
おとなしく従って姉さんのバッグを開く。
とても目立つ場所に布製の眼鏡ケースがあって、中身を取り出すと一緒に何かが転がり落ちた。
なんだろうと思って見てみると……う、わ、え、。
「ゆみ」
「ひゃはいっ!?」
「どうしたの?見つからない?」
「や、ごめん、ありましたですはい」
慌ててサングラスを差し出すと、姉さんはそれすちゃっと装着する。
それからとても様になるウィンクで礼を告げてくれるけど、その手の中に小さなリモコンのようなものがある……。
……姉さんがついに正気を失った。
私はわりと本気でそんなことを思った。
思うのに、ついつい手に取ってしまう。
指先くらいのサイズ感。つるりとしていて、納得感のあるなめらかさ。
とうぜんリモコンと連動しているのだろう。
視線を向けてみても、姉さんは私を見向きもしないで運転している。
「センパイセンパイ」
「ぉ、う、うんどうしたの?」
「や、センパイこそどしたッス?酔ったッス?」
真ん中の席にいるからと、ずい、とのぞき込んでくる後輩ちゃん。
なにげなく手の中に隠しつつ、笑みを向ける。
「そんなことないけど、え。私気分悪そう?」
「ってゆーかなんか様子おかしーッス」
「ユミ姉お菓子食べる?」
「あはは。お菓子はもらっておこうかな。別になんともないと思うけど」
ぽりぽりとスティック状のお菓子をもらってごまかす。
そうすると後輩ちゃんは気のせいだと思ったのか、負けじと私にお菓子をくれた。なぜかたまきまでノリノリ。
「借りものだから、こぼさないようにしてね」
「あ、気を付けるね」
「っとぉ、そだったッス」
「ごめんなさーい」
姉さんの一声で、お菓子会はいったんお開き。
座席に身を落ち着けて、改めて手の中の感触をもてあそぶ。
今のところ、これは震えたりとかしない。
そりゃあ手を震わせても意味ないだろうけど。
……ということは、手以外のどこかに触れたら、姉さんはスイッチを入れるのだろうか。
まったく余計なことに気が付いてしまったものだと自分で思ったけれど、もうどうしようもなかった。思いついてしまったら、リルカの時間であるというのも相まって、試してみたくなってしまう。
さすがに漠然と脳内にあるよからぬイメージに従うわけにもいかなくて、私はまずそれを、服の下、おへそに触れさせてみる。
心臓が弾む。
このほんの少し汗ばんだくぼみは、赤ちゃんの頃、いろいろな栄養を受け取っていた出入り口なのだ。下のほうには子宮があって、今朝食べたものが運ばれる管もある。
そんな場所に、姉さんが触れている。
素知らぬ顔で、運転席と助手席という離れた隣で、私のおへそを、姉さんは好きにいたぶれる。
痛いほどに心臓は張り詰めるのに、やっぱり何も起きなかった。
私が姉さんを見ても、姉さんは私を見てもくれない。
後ろではなんだかんだと話が盛り上がっていて、もちろん私もそれに参加している。
だけど片手はひっそりとへそに冷たい感触を押し付けていて、姉さんからのイタズラを心待ちにしていた。それなのに、姉さんは、なにもしてくれない。
もしかして、ここじゃダメなんだろうか。
そう思った私は、ゆっくりと、それを胸元にまで持ち上げる。
服が捲れるのを、バッグを抱きしめることでごまかして。みんなと他愛もないおしゃべりをしながら、姉さんが私をいたぶれるように、自分から、弱いところを差し出す。
だけど、だけど、だけど。
それなのに、やっぱり、姉さんは、シてくれない。
息が荒くなる。
今にも私は泣きそうだった。
姉さんは、私がすべてを差し出さないとなにもしてくれないつもりなんだ。
そう思ったら、どうしようもなく―――興奮、した。
私は、ああ、私はついに、ついに私は、ゆっくりとそれを、ショートパンツの上から―――
「着いたみたいね」
「え」
顔を上げると、すでに目的のレジャー施設は見えていた。
並ぶ車列が、駐車場に吸い込まれている。
そんな馬鹿なと時間を確認すると、もう出発してから30分経過しようとしている。
あまりのどきどきに、時間感覚がおかしくなっていたのだろう。
みんなが気にしていないあたり、私は結構普通に応対できていたらしい。
安堵感と、深い喪失感。
私は姉さんの望みを満たせなかったのだと思って、姉さんを見やる。
すると姉さんは、私を横目に見ていた。
そしてリモコンの裏をカパッと開いて、そこに電池が入っていないことを見せつける。
冗談よ。
姉さんは口だけで言った。
私のすべての感情が、完全な独り相撲だったことを理解する。
まさに姉さんの掌で踊らされていたわけだ。
それなのにどうして私はこんなに満悦しているのだろう。
まだプールに到着しただけだというのに、なんだか、もうどうでもいい気分だった。
「なんか……いい一日だったな……」
うん。
まあ、なんだ。
そんなこんなでプールに着いたらしい。




