070 懐かしの幼馴染と(7)
左右に後輩ちゃんとメイちゃん、正面の席に先輩とたまき。
お昼ご飯にと寄った適当なファミレスで、いたって普通のお買い物風景のはずなのになぜか緊張感がある。水着の時に先輩が試着室の中で着替えを手伝った件がいまだに尾を引いているらしい。
「ちょっとお手洗いに行ってくるね」
いたたまれなくなったわけではなく、本当に催したのだ。逃げたみたいに見えるのが嫌だからなんとなく我慢していたけどちょっと限界だった。
いそいそと立ち上がる私と一緒に後輩ちゃんが立ち上がる。
「みうもご一緒するッスー」
通路側だからとこれ幸いといった様子でぎゅっと腕に抱き着いてくる彼女。
主にメイちゃんから向けられる視線には気が付かないふりをしてトイレへと。
やれやれと思いながら個室に入る。
「……みうちゃん?隣も空いてるよ?なんだったら全部空いてるよ?」
「いーじゃないッスかぁ♪」
「いいわけなくない?」
私の否定は聞き入れられず、彼女はぐいぐいと個室に侵入して鍵を閉める。
便座に座った私の上に彼女が座るという、これまでの人生ですでに経験しているのが不思議に思える体勢で彼女は私を見下ろした。
「あのセンパイとはどんなことしたんッスかぁ?」
「どんなって、着替えをちょっと強引に手伝われただけだよ?」
「センパイはぁ、そんなことで濡れちゃうヘンタイさんなんっすかぁ……♡」
「ナンノコトカナ」
ぎぎ、とそっぽを向こうとするけど彼女は許してくれない。
やはりごまかすにはちょっと無理があったようで、どうしたものかとぐるぐる考える私を彼女はくんくんと嗅ぐ。
「気づいてないと思うッスけど、センパイすっごいえっちな匂いしてるッスよ……♡」
「え゙。や、さすがにそれはないでしょ?」
「自分では気づかないもんなんッスねぇ♡」
くすくすと笑うけど、本気だったら笑い事じゃない。
えっちな匂いとやらがそもそもどういうものなのかさえ分からないけど、もし仮に本当にそんなものがあるのならちょっとくらいしてもおかしくはない気がしてくる。何せ本当に、あの時は人生分の鼓動を前借りする勢いでドキドキしていたし。
「ねぇせんぱぁい♡みうにもぉ、おんなじことさせてほしいッス……♡」
「い、やぁそれは」
「だってずるいじゃないッスかぁ、みうだってセンパイとたのしいことしたいのガマンしてるんッスよぉ♡」
「むぐぐ」
そう言われてしまうと私は弱い。
彼女が私のことでなにか我慢しているというのはあまりうれしくないことだ。もちろんそれは彼女にもわかっているんだろうけど、だからこそ、そう言ってまで触れ合いを求められているとなれば……拒絶するわけにも、いかないか。
「その。先輩は、触ったりはしなかったからね」
「ッス?」
とはいえあの再現というのはちょっとハードルが高すぎるのでささやかな嘘をつきながら、私は立ち上がる。
そしてゆっくりと、先輩と同じものを彼女に与える。
「先輩が、水着着せるって言って、それで、だからその、」
「……つまりぃ、こうやってじぃっくり見つめられちゃったんッスかぁ……♡」
しゃがみこんだ後輩ちゃんが、らんらんと輝くひとみで見上げながら息を吹きかける。
羞恥に悶えたい気分になりながら頷くと、彼女はにんまりと笑って熱心に見つめてくる。
どういうプレイなんだろうこれ。
いかがわしいどころの騒ぎじゃない。というか。
「あの、お手洗いはほんとだから、ほどほどにしてくれると」
「あはっ♡」
おっとぉ。
もしかして、墓穴……?
お手洗いはちゃんとしました。
私の括約筋の活躍に感謝したい気持ち。
戻って席に着くと、ルンルン気分の後輩ちゃんとメンタルが半死半生な私に何かを感じたらしくメイちゃんがむっとして先輩の笑みが深まり、ついでにたまきはまた呆れている。
先輩とたまきの鼻がぴくぴく動いた気がするのは気のせいだと思いたい。まさか本当になにかこう、ね。匂いとか……いやいや。
ともあれそのころには料理も来ていて、みんなでそろっていただきます。
ワイワイとおしゃべりをしながら昼食が始まる。
「ユミ姉ポテト」
「ユミ姉はポテトじゃありませんよー」
「えへへ。ありがと」
あーんと食べさせてあげるとにこにこ笑って抱き着いてくるメイちゃん。ちらっと先輩や後輩ちゃんに向く視線に肝が冷える。
とはいえ二人もメイちゃんよりは大人だ。そんな分かりやすい挑発に乗るようなことはないだろう。
「せんぱぁい、みうはそこのピザほしいッス♡」
「ユミカ後輩、このサラダも悪くないよ」
ぜんぜんありありだった。
そりゃあたまきもあきれるよね。目の前で幼馴染が女とイチャイチャしてるんだから目に余るだろうとも。でも求められると応えたくなってしまうのが私の性なんだ……。
「たまき君はいいのかい。なかなか楽しいよ」
「私ですか?」
ぱちくりと瞬いたたまきが私を見る。
後輩ちゃんからお返しのドリアをいただいていた私はドキッとして見返す。
たまきの手元がパスタをくるくる巻いているのに無意識に目が行った。
すっと持ち上げられたフォークがあっさりと彼女の口の中に消える。
もぐもぐごくりと飲み込んだたまきは、謎のがっかり感に肩を落とす私を笑った。
「たしかに楽しいですね」
もてあそばれているけどまんざらでもないのがちょっと悔しい。
楽しんでくれているのならそれでよしとはいえ。
お返しにポテトを差し出すけど、彼女は難なく受け取ってもぐもぐする。
さすがに幼馴染はこれくらいでは陥落しないらしい、なんて思っていると、彼女は突然顔を赤くして微妙な顔をする。
なんだろう、と思って、無意識に指を舐めていたのに気が付いた。
みんなと触れ合ううちにいやな習慣が身についてしまったものだと思う。行儀悪いし。
だけどまあ意図せぬところに突き刺さったようなので、よしとしよう。
そんな流れからなぜか食べさせあいっこ(主に私がジャンクション)が加速して、食事しているんだかいちゃついているんだかよく分からないひと時になる。
たまきがそれに付き合ってくれるのが納得感とは裏腹に不思議だったけど、今は楽しむことにした。




