065 懐かしの幼馴染と(2)
たまきは昨夜の夜行バスでやってきたらしく、朝ごはんもまだというのでごちそうする。
といっても朝から大したおもてなしはできない。今日はお米の気分なので白米とお味噌汁、それからせめてもの見栄でサラダと目玉焼きをつけることにする。
「きょうは両面?片面?」
「どっちでもいいわ」
と言いながらどこからともなく取り出したサングラスをかける。
なるほど片面焼きはお気に召さないらしい。解釈違いだとさんざんぐちぐち言われるから気をつけなきゃだけど、さすがにこれは自信がある。度が入ってたら逆の意味かな。久々でもあんがい分かるものだ。
準備を終えてダイニングに皿を並べると、見渡したたまきは満面に笑みを浮かべた。
「いただきます」
「はいおあがりよ」
思えば姉さん以外と昼食をとるのも久々だ。
目玉焼きをお米の上にのせて黄身をほぐほぐするたまきになつかしさがこみ上げる。
昔はよくお泊りをしていたものだ。そこで目玉焼きを出すと、彼女やメイちゃんはこうして目玉焼きご飯にしていた。たまきは醤油で、メイちゃんは塩コショウ派。それは変わらないようで、彼女は醤油でまぜこぜした卵焼きご飯をいっぱいにほおばる。
「あ。そうだ。メイちゃんも誘ってみる?ちょうど今日バイトあるし」
「あの生意気娘のところでアルバイトしているの?」
「うん。お世話になってる」
「ふぅん。べつに私はどっちでもいいわよ」
そんなことを言いつつ塩コショウのボトルを手に取ってひとふり。
どうやら大丈夫そうだけど、塩分には気をつけてほしいところ。
というわけで今日も今日とてバイトに勤しむ。
カウンターでぼぉっとしていると、隣に寄ってきたメイちゃんがつんつんと裾を引く。
「ねね、ユミ姉なんかいいことあった?」
「え?あー、ちょっとね」
「えーなになに」
「いやぁ、なんだろねえ」
「おしえてよぉー」
じゃれじゃれとじゃれついてくるメイちゃんをあやすように受け流す。
しているとお客さんがやってきたから即座にお仕事モードに切り替えてにこにこ。
「―――そこまで隠すってことは、もしかしてわたしに言えないこと?」
ちらりと向けられる懐疑の視線。
どうやら他の女性となにかイイコトがあったとでも疑っているらしい。
私は苦笑して頭をなでた。
「違うよ。でもほら、あとでね」
「むぅ。そうやってごまかそうとして」
「そんなんじゃないよ」
どんどんと不機嫌になる彼女はなでなでくらいで機嫌を取り戻してくれなさそうだった。
たまきが『驚かせたいから』とかいう理由で時間をズラして遊びに来るらしいので、それをバラしてしまうわけにもいかない。
どうしようかなと悩んでいると、彼女はむっと唇を突き出してくる。
「キスしてくれたらごまかされてあげる」
「スキあらばそういうこと言う」
まったくやれやれとあきれつつ、そういうことならと自分の人差し指にくちづける。
それを彼女の唇に触れると、途端に耳まで赤くなって目をキラキラさせる。
どうやら満足してくれたらしい。彼女にはむしろこういうキザなムーブが刺さるんじゃないかという予想は正解だった。
ついでに耳元に口を寄せてささやく。
「ファーストキスは、もっと大事にしようね」
「う、うん」
きゅっと手を抱くようにしてうなずく乙女チックなメイちゃんにうむうむとうなずき、ひとまず手を洗いにちょっとその場を離れる。忘れがちだけどここは食料品を扱っているのだ。
「―――!!!」
トイレで手を洗っていると、売り場のほうからなにやらメイちゃんの大きな声が聞こえてくる。
もしやと思って急いで戻ると、カウンターを挟んでたまきとメイちゃんが向かい合っていた。
「ああ、ユミもいたわね」
「ちょっとユミ姉!なんでタマちゃんがここにいるの!?」
「サプライズせいこー、みたいな?」
お仕事もそっちのけでつかみかかってくるメイちゃんに笑いかけてみる。
彼女は口をパクパクさせてたまきと私を交互に見て、それから深く吐息すると、改めてたまきを見つめる。
「タマちゃん、ぜんっぜんっ変わってないねっ」
「あなたはずいぶん変ったようね。大人びたわ」
「え、あ、うん……」
からかったら思いがけず褒められて、メイちゃんが罪悪感に沈黙する。
それを見てほんのわずかに口角を上げるあたりたまきもたまきだけど、メイちゃんはどうやら気がついていないようだ。
「というわけで、たまき今うちに泊まってるんだ。っていうか今日から泊まるっていう感じだけど」
「えっ!それズルい!私もお泊りする!」
案の定な言葉にたまきとふたりで顔を見合わせる。
もちろんと頷くと、メイちゃんは目を輝かせてさっそくご両親に報告に行きそうになったので慌てて止めた。
「お昼休憩にね?」
「はーい!」
善は急げということで、昼休憩になったところでたまきを連れてメイちゃん宅に。
おふたりとも懐かしい顔に驚いたようだけど、事情を話すともちろんお泊りを快諾してくれた。しかも明日と明後日の勤務をふたりとも有給扱いでお休みにしてくれるというご厚意までいただいてしまう。
ありがたすぎてまとめてリルカしそうになったけど、さすがにそれは倫理的にまずいので理性で食い止めた。っていうかそんなことしたらほんと、下手したら絶縁ものだ。いい加減感動の発露をリルカに頼るのやめたい。
「相変わらず、とても気のいい方たちね」
「なんたってわたしのママたちだもん」
「ふふ。そうね」
にこりと微笑むたまきに、メイちゃんは顔をしかめて私に顔を寄せる。
「ちょっとユミ姉、タマちゃんおかしいよ。本性はもっと残虐非道なのに巧妙に隠してるよ」
「たまきは悪の大魔王かなにかなの……?」
「似たようなものでしょ」
「えぇ」
仲がいいのか悪いのか。いや、悪くはないんだろうけど。
聞き耳を立てながらも知らんぷりするたまきに視線を向けると、ぱちりとウィンクされる。
やっぱりからかっているだけみたいだ。新機軸といったところかもしれない。これはこれで面白いので、私はなにを言うでもなく笑った。
「じゃあ挨拶もしたことだし、アルバイトが終わるまで家で待ってるわね」
「ああ、うん。姉さんにはラインしといたから、って今朝も言ったっけ」
「聞いているわ。……ふたりきりだからって妬かないでよ?」
「いやいや。そこまで無差別じゃないから」
ばいばいと手を振りあってたまきと別れる。
ふたりきりになったとたんに、メイちゃんがぎゅっと後ろから抱き着いてきた。
「メイちゃん?」
「……タマちゃんともするの?」
彼女の不安げな声が脊髄を伝う。
背中から回された彼女の手をとると、きゅっと握られる。
「分からない。けど、かも」
「……」
「メイちゃんが嫌なら、しないよ」
「ほんと?」
「うん。そりゃあたまきのことは好きだけど、長く会ってなかったし」
その言葉が嘘だと、胸の痛みが教えてくれる。
リルカを使うかは分からない。この期に及んでまた使ってしまうと、意見表明を受け入れてくれたみんなもいい思いはしないだろう。それはいやだ。時間的にも、いま私を受け入れてくれている彼女たちや、受け入れようとしている彼女以外は、あまり手を出したくない。
だけど、長く会っていなかったなんて言葉は、本当はなんの意味もない。
長く会っていなかった。連絡だってとっていない。
だけど思い出はまだ青写真だ。
それでも私はメイちゃんに誓える。
彼女が望まないのなら、私はたまきへの感情を伝えない。
「……ほかの人は知らないから、気にならないの。けどタマちゃんはわたしも知ってるから。だから、わたし、わたしより、ユミ姉タマちゃんのほうが好きなんじゃないかって」
「そんなことないよ」
「でも、わたし子供だし、さっきもタマちゃんに嫌なこと言って、」
どうやらたまきのからかいは、思いのほか彼女には衝撃的だったらしい。
私は振り向いて、彼女の泣きそうな瞳と見つめあう。
「メイちゃんのことが好き。私には、これしか言えない。どうやっても説明できないの。私はメイちゃんが大好きで、何よりも大切で、ぜったいに失いたくない。だけど私は、そんな風に思う人がたくさんいる。それは優劣をつけられることじゃなくて、みんながみんな全然違うから、みんなをみんな、同じように好きなの」
私の言葉はひどく自己中心的だ。
そんな都合のいいことがあってたまるかって傍から聞いていればそう思う。
きっとメイちゃんは、誰よりもそんな思いが強いだろう。言ってしまえば、彼女は一番まともな感性を持っている。
「……わたしが、高校生になったら。そしたら、キスして」
やがてメイちゃんは、強いまなざしでそう言った。
彼女が高校生になった時には、私はもう大学生だ。
いまの関係性と、社会的にはあまり変わらない。
「お母さんたちの前で、ユミ姉がわたしのこと好きだって、ちゃんと言って」
「分かった」
私がうなずくと、彼女は真意を見透かすようにじぃと見つめてくる。
それができるのなら、ぜひともしてほしかった。むしろできることならこの心臓を晒して見せてあげたい。
「―――じゃあ、いいよ。タマちゃんも、幸せにしてあげて」
「え?」
急に飛躍した発言に瞬く私に、彼女は目を伏せる。
「タマちゃん、ちょっと落ち込んでたよ」
「……」
……メイちゃんから見ても、たまきの様子はおかしいのか。
あのからかいとは根本的に違うところで、たまきの様子の違いを彼女は察している。
「できるかな」
「わたしだってユミ姉のせいで落ち込むことあるけど、ユミ姉ってばいっつも調子いいこと言ってごまかすじゃん」
そんな風に思っているのかメイちゃん。
楽しそうだからいいけど、もしかして私があれこれ言葉を尽くすのってなんだかんだあんまり効果をなしてないのかな……。
というか。
「そもそも私のせい?」
「タマちゃんがユミ姉いがいの理由で落ち込んでるの見たことない」
「えぇ」
幼少期のことだっていうのにずいぶんと自信ありげに言うものだ。
私にはいまいち彼女が私のせいで落ち込んでいる姿っていうのを思い出せなかったけど……でもメイちゃんが言うならそうなのかもしれない。
だとすると、リルカ抜きにしても頑張らないと。
そうやって意気込む私に、メイちゃんはあきれたように吐息する。
「その前にバイトもちゃんとしてね」
「も、もちろん、だょ?」
……ああ。
これはあれだ。まずメイちゃんの信頼を取り戻すのが先になりそう。




