064 懐かしの幼馴染と(1)
『明日そっち行くから』
そんな一方的な連絡が幼馴染であるたまきから届いたのは、夏休みももうそろそろ終わろうというある日のことだった。
「ボクと一緒にいるのに他の女とラインかい」
「や、あの先輩、だってほら、たまきですよたまき」
ぐり、とおへそを圧してくる先輩にスマホを見せると、興味なさげに放り捨てられる。
かぷ、と耳にかじりつかれて、鋭い痛みと下腹部にたまるしびれのようなものに喉が震えた。
「ご、ごめんなさい」
「キミはどれだけ言ってもボクを煽ろうとするね。ふふ、悪い子だ」
「そういうつもりじゃ」
ない、と言葉は続かない。
私の口を割って入ってきた指先が舌をつまんで、ぐに、と挟むようにもてあそばれる。
「この舌もずいぶんと遊んでいるみたいじゃあないか。うん?」
「ひぇんひゃひ」
「女どもの唾液を吸って、こんなに赤くなっているよ」
にゅめにゅめと唾液にまみれながら舌をこする先輩の指。
心地よい嘔気に胃が悶えている。いっそすべてを吐き出して、無様な私を先輩にさらしてしまいたかった。
「ひゃんひゃひ、ひへ、ひはひ、」
たまらなくて懇願すると、彼女は張り裂けそうなほどに頬を釣り上げて私にキスをくれる。
たくさんの彼女以外に触れた舌を、いまいちど彼女だけに染めるような、あまりにも陰湿なくちづけ。
丹念に丹念に、じっくりじっくりと、味蕾の隅々に彼女の味がしみこんでいく。
そんな熱烈な愛情を受けたのだから、私の記憶からたまきが消えうせてしまったのは全くしかたのないことだった。
果たして翌日、朝早くから鳴り響くインターホン。寝ぼけ眼をこすりながら扉を開くと、そこにはゴスロリチックな黒のドレスをまとった勝気な少女が腕を組んで立っていた。青空みたいな透き通った瞳が、どことなく剣呑な色を乗せて私を見つめている。
「……ど、え、どちらさま?」
「幼馴染のカオ忘れるなんていい度胸ね」
「……?……、……!……?………………え。たまき?」
そんな馬鹿なと首をかしげると、彼女はひどく不機嫌そうにうなずく。
なるほどたまきだ。
だけど、なんというか。
「ちょ、っと待ってね。変わったねって言うべきか変わってないねって言うべきか困惑してる」
「ふんっ。どうせ幼児体系よ。悪かったわね」
そこもだけどそこだけじゃない。
確かに彼女はたまきだ。
驚きをわきに置いてみれば見覚えしかない。
小学生から中学生に上がるころくらいにお別れしてしまった時と驚くほどに変わりがない。
あのときでさえ周りと比べて幼めにみられることがあったというのに、記憶の中の彼女と寸分の狂いもなく合致するのだ。
彼女はたまきだ。
ただ服装の趣味が驚くほど変わっていたから一瞬許容できなかった。
みょうに突っ張ってかわいいものを目の敵にしていた彼女が、いまはあんなにもかわいいの塊みたいな服を着ている。
しかも見た目の幼さと相まって異様に似合っている。
率直に言ってかわいい。
「……かわいい」
「次言ったらぶち殺すわよ」
「えぇっ」
そんな服着といていまだにかわいいを拒絶してくる彼女に驚く。
照れ隠しとかでなく単純に嫌悪感をむき出すあたりが最高にたまきだ。
変わっているのか変わっていないのか全くわかりやしない。
それはさておき。
久闊を叙するのもいいけど、せっかく訪ねてくれた幼馴染をいつまでも玄関先に立たせておくわけにもいかない。どうぞどうぞと上がってもらって、ついでに彼女の持っているキャリーケースを運ぼうと思ったら手をはじかれる。
「けっこうよ。そんな他人行儀にされたらまいっちゃうわ」
「あっそう?じゃあもらいー」
「あっ、ちょっと」
止めようとする彼女を振り切ってキャリーケースを強奪する。
まだ靴も脱いでない彼女は私を追えないから、あおるようにひらひらと手を振ってリビングに逃げてやった。
『おじゃまします』
「はーあーいー」
扉の向こうから聞こえてくる声に、昔みたいに答える。
彼女が遊びに来たのだという実感がふつふつとわいてきて、なんだか胸が躍った。
ソファの隣にケースを置いて飲み物の用意をしていると、追いついてきた彼女がキッチンに顔を出す。
「ありがと」
「んー?あはは。どーいたしまして」
「ユミって変わんないわね」
「えー。けっこう変わったつもりなんだけど」
にこにこと振り向くと、思いがけず大人びたまなざしが私を見ていた。
なるほどたまきだ、と何度目かもわからない不思議な納得とともにカップを差し出す。
湯気の立つホットミルクに、ふた匙のはちみつ。
彼女のお気に入りだ。
「ありがと」
目を細めて受け取った彼女はその場で一口飲んでホッと吐息する。
いつもそうだった。彼女は好きなものを一秒でも早く楽しみたいせっかちなところがある。
なんだか嬉しくなりながら、私は彼女とリビングでのんびりとすることにした。
「そういえばアミさんは?大学生も夏休みよね」
「ああ。昨日から御剣さんのとこ。お昼くらいに帰ってくるんじゃないかな」
「へぇ。大学生っぽいわね」
「ほんとだよもう」
ぶぅ、と唇を尖らせる私を彼女は笑う。
「まだ嫉妬してるの?」
「まあね。……うん?昔から?」
「めちゃくちゃ分かりやすかったわよ。嫉妬しいじゃない」
「あーやっぱ私ってわかりやすいのか……」
小学生だった彼女にさえ見抜かれていたらしい。
あの頃なんて今よりずいぶんと感情の起伏が激しかったから、むしろ小学生だったからこそなのかもしれない。
「それに寂しがりやね。ちょっとそれは行き過ぎてるけど」
「え?あ、あー」
今日も今日とて姉シャツで寝ていたことを忘れていた。
指摘されるとなんだか無性に気恥ずかしくて、ごまかすようにコーヒーを飲む。
「と、ところで急だったよね。どうしたの」
「べつに。久々に遊びに来たくなっただけよ」
「ふうん?」
なにやらそれだけではなさそうだと、そう感じる。カンだけど、まあ間違ってはないだろう。たまきのことだから自信をもってそう思う。
とはいえ、なんにせよまず私のところに来てくれたというのはうれしいことだ。気が向いたら話してくれるかもしれないし、そうでもないかもしれないけど、いまはこの再会を喜んでおくことにしよう。
「改めていらっしゃい、たまき」
「ええ。三日ほど世話になるわね、ユミ」
「うん。……うん?」
なにか聞き間違ったかなと問い直すと、彼女は白いひげをつけながら首をかしげる。
「べつに、いつも通りのことじゃない」
数年前のいつも通りを引っ張り出して笑う彼女。
どうやらそういうことらしい。
一度決めたら簡単には折れない彼女を知っているので、私はまあいいかと吐息した。
そんなわけで、突然やってきた幼馴染との三日間は始まるのだった。
前触れのなさがとことんたまき。




