181 精の出るスポーツ娘と早朝で(2)
みんなを選ぶということ。
誰かひとりを選ぶわけではなく、総取り的な意味でもなく、みんなを。
どうすればそれができるのか、そもそもどういう意味なのか。
いまだ答えのない悩みに対する、カケルなりの考えを、感じ方を、聞いてみたかった。
相談は、つまりそういう意図のもので。
「……やっぱりそれって、ユミカハーレムみたいなことなんじゃない?」
「ハーレムねぇ」
だから彼女のそんな言葉も、とりあえず受け取って考えてみる。
ハーレム、というのは原義よりはむしろ俗的な、好きな子に囲まれてわいわい、みたいな意味合いだろう。
確かにそれは私の望む形に近いとは思うんだけど、なんだか私の満足を本意としているようであまり気が進まない。
「少なくともさ、ユミカがそうやって関係に名前を付けてくれたら、それでわたしはケッコー安心できるんだケド」
「ハーレムでも?」
「だって誰かひとりはいないんだって思えるから」
「ううん……」
やっぱり、それは彼女にとって……みんなにとって、不安なことなのか。
あいまいな関係のまま、明確な形もなく、いつ変わるのかも分からないような状態であるよりは、ハーレムとかいう不埒(?)な関係になるほうがマシと。
うーむ。
「ハーレムっていうとやっぱり、みんなをこう、……侍らせて? で、ブドウとか食べさせてもらうのかな」
「あーわかる。ブドウだよね。大きなうちわとか」
「ゴブレットでワインとかね」
「えー。いいじゃんユミカハーレム」
「面白そうではあるけども」
まあ、そんな大人しく侍ってくれるような人たちではないだろうけども。
っていうか、そういう目に見えて上下関係があるみたいなのはなんだかイヤだ。
「……そしたらさ、『お相手』は日替わりとかになるのかな」
「お相手って……」
「や、だってそういうことじゃないの?」
「そういうことはするつもりない、けど……」
ハーレムというのはもちろん。
誰かだけと、誰とも、そういった行為をするつもりはない。……基本的には。
だって、誰かとするっていうことは、誰ともするっていうことだ。
それはあまりにも不誠実だと、さすがに思う。
少なくとも、軽率にしてしまうようなことは絶対に許されない。
「わたしはしたいよ、ユミカと」
だけど彼女は、あっけらかんとそう言った。
驚く……ようなことでも、ないか。
納得というか、理解は、ある。
「たぶん、他の子もそうなんじゃないの?」
「……どうだろう」
どうもこうも。
そう思ってくれている人は、きっと、いる。
それはなにもおかしなことじゃないと思う、けど。
でも。
「でも、どうだろなぁ。ユミカがさ、たくさんの人とスるようなことになるのは……あんまり、気が進まないかな」
表情を硬くする彼女の脳裏にはどんな思いがよぎっているのか。
いつか言っていた、私は汚れてはいけないと。
彼女の思う汚れがどういうものかを完全に理解はしていないけど。
でも、少なくとも、『特定の』とはいえ多数と行為をすることは健全とは言い難いだろう。
「あぁ。でもそうすると、やっぱりなんか、ヤだなぁ」
「ヤだ、なんだ」
「イヤっていうか、結局ガマンして付き合うっていうことなんだからユミカもイヤなんでしょ?」
「そう、だね」
理想が高すぎるとは思うけど、誰にも我慢はしてほしくない。
そうなると、確かに、そういうことも避けては通れない……んだろうか。
「ならいっそ複数プレイとかのほうがマシかなぁ」
「えぇ。そういうもの……?」
「わたしはね? や、ベツにしたいとかじゃなくてダキョー案だよ?」
妥協案が複数Pかぁ……
それを取り入れるとなると、今のところ彼女の思う解決策は『ハーレムを築いてまとめて抱く』ということになるわけだけども。
うん。狂いまくってるな。
夜の王にでもなれというのか。
「まあ、結局はやっぱり、ちゃんと付き合って、ちゃんとシたいっていうのがイチバンだけど」
「……そっか」
まあ、そうなるよなぁ、と。
どうしようもないのかもしれないとうっすら思いながら、私は顔を覆う。
相談、って言ったって。
こんな悩みに対しては、当事者である彼女からは妥協案くらいしかでてこないだろう。
こうだったらまだマシという、そんな言い方がすべてを物語っている。
それらはどうしたって最善ではなくて。
そもそも最善が『みんなを選ぶ』なのは私だけなんだ。
その最善をみんなにも押し付けようっていうんだから、まったくほんとどうすればいいのやら。
「んー。ムズいねぇー」
「うん」
「わたしも、どうせならユミカの力になりたいんだけどねぇ」
そう言ってくれるだけでありがたいものだ。
普通、こんな相談をしたらぶん殴られても文句は言えない。
「……ユミカはさ、ホントにダレか特別な人とかいないの?」
「……どうして?」
「や。ふと思ったんだけど、もしユミカがさ、みんなのことを考えてー、とかいう理由でみんなを選ぶとか言ってるならよくないよねって」
「そんなつもりはないけど」
特別というのなら全員が特別だ。
全員が特別で、離れたくない。
そんなわがままが、私を悩ませている。
「ホントに? そりゃあわたしはユミカと恋人になりたいけどさ。ユミカがもしさ、ホンキで好きな人いたりするなら、それを隠して仲良くされるのキツいよ」
「そんな風に思われるのは、ちょっと悲しいかな」
仕方のないこととはいえ。
自分の好きを疑われるのは、あまりいい気分じゃない。
最近それに似たことをしたから、よけいに。
というわけで、私は黒リルカを取り出した。
「そこまで言うなら、いくらでも証明してあげる」
「や、そこまでは言ってないケド……」
ややバツが悪そうな顔をしつつ、彼女は私を買う。
彼女のものになった私は、彼女が望むのなら本音しか語れない。
さあ、と視線で促すと。
彼女はわずかにためらって。
それから、尋ねる。
「ユミカって、わたしのこと、好き?」
「好き」
「お、おぉ」
頬を染めてうなずくカケル。
それじゃあ、と次に彼女はどれくらい好きかと聞いてきたので、それはもう語彙力の限界まで使って好きを表現してみた。
彼女はひとしきり恥じらって、それからぐぐっと踏み込む。
「じゃ、じゃあわたしより好きな人とかいる?」
「いない。好きを比較するのなんて意味分かんないよ」
「……それ、ホンキで言ってるんだ」
呆れたような感心したようなうなずき。
たしかに、私のこういう好意の形はあまり納得しにくいものかもしれない。
それを明言できたこの機会は、もしかしたら重要な意味があるかも……いやそうでもないか。
「みんなを選ぶ、って、ホントにみんなを選びたいの?」
「そうだよ。みんな大好きだから、みんなと離れたくない」
「その好きってさ。オトモダチー、とかじゃないんだよ、ね?」
「カケルとおんなじ。キスもしたいし、その先もしたい」
「したいんだ」
「したいよ。それくらい、みんな魅力的だから」
赤裸々に語るのは、黒リルカがなくたってできる。
だけど黒リルカによって、この言葉にはこれ以上ないほどの信ぴょう性が生まれる。
私が本音で語っているのだと、カケルには間違いなく伝わる。
「じゃあさじゃあさ」
だからカケルは、私の想いを全部知ろうとするように、いくつもの問いかけを重ねた。
それでカケルがなにかを納得できるならと、私はむしろ、進んで彼女に自分をさらけ出していく。




