182 精の出るスポーツ娘と早朝で(3)
私の気持ちを伝えるという目的のために、黒リルカが有用だというのは知れたことだった。
黒リルカの効果内であれば彼女が望む限り私は本心しか口にできない。
それは黒リルカという極めて特異なアイテムを持つ私にとってのアドバンテージと言えるかもしれない。
前提として、黒リルカを対話のためだけに使ってくれるような相手じゃないと意味ないんだけど。
だから、カケルがやってくれたのはとても好都合なことだったのかもしれない。
問われるままに答え続けて、彼女はいったいどれくらい私を理解してくれただろう。
……30分が過ぎ去って。
そして最後に、彼女は言った。
「―――これからも、ずっとわたしを特別でいてくれる?」
もうここに黒リルカの効果はない。
だからこの問いかけへの返答に、保証された誠実はない。
それでも私の答えに変わりはなかった。
「もちろん」
当たり前にうなずく私に、彼女は安堵するように吐息して。
からかうように笑ったら、私の胸に身を預けてくれる。
「そっかぁ、ずっとかぁ」
「信じてくれる?」
「別に疑ってなんかないって。でも、ユミカがホンキっていうのは分かったかな」
本気。
みんなを選ぶだとか、特別だとか。
そんな口先だけならどうとでも言えるような、薄っぺらい私の言葉が。
それでも本心であるのだと、そう伝わってくれたらしい。
まあ、本心だったら許されるといったようなことでもないだろうけど。
むしろそれが本心であるのなら、つまり、私が彼女を唯一にすることもないのだと、そういう意味にもなってしまう。
だけど彼女は、笑っていて。
「ならさ、やっぱりやっちゃいなよ、ユミカハーレム」
「えぇ」
「だってわたしちゃんと恋人になりたいもん」
「ハーレムって一番かけ離れてない?」
なんかこう……ね。
ちゃんとした恋人の対義語っていう感じがある。ハーレム。
ちゃんとしてなさが異常じゃないか。
「だからちゃんとしたハーレムにすればいーんだって」
「ちゃんとしたハーレムとは……」
美味しい良薬みたいなものだろうか。
矛盾してそうで矛盾してなさそうな、ともかく都合がいいなにか。
なんだそれ、と首をかしげる私だけど、彼女は気にしない。
「本気ならさ、それくらいはしてくれなきゃじゃない? 全員といっそ付き合っちゃって全員のバランスとってとうほーせーそー、みたいな」
「そ、そんなんでいいの……?」
「イヤだって思えないくらいユミカがガンバればいいんじゃない?」
「いや、いいんじゃない? じゃないよ……」
クローン技術に着手でもしないと不可能だろう、そんなこと。
まずもって恋人関係にある人が複数いるという時点でバランスもくそもなさそうな人が若干名……というか私もそうだ。
それを踏まえたうえで、それでもなお文句のつけようもないくらいに頑張る……?
いやそれ実質なにも具体策がないのと同じじゃん……?
「ダメかな?」
「ダメっていうか、それができたら苦労はないんだけど」
そう言うと、彼女はやれやれとあきれ返った様子で溜息を吐く。
「やる前から諦めてちゃダメじゃん」
「む」
「どんなことだってさ、やってみないと絶対できないんだよ」
彼女に言われると、それもそうだなと思えてくる。
なにせ彼女は競技者だ。
きっとその言葉には、たくさんの実感が乗っている。
「それでやってみて、ムリだったらまた考えればいいじゃん。最初っから一番の結果なんて求めちゃダメだって。昨日より一息速いを、何か月も積み重ねるんだよ」
「……それって、カケルの経験?」
「まね。でも多分ジンセーってそういうことじゃない?」
そういうこと……かもしれない。
やってみる、か。
ユミカハーレムを……?
サクラちゃんや先輩に、ちゃんとしたハーレムをやりますと伝える……?
う、ううん。
人生にセーブ機能があるならかろうじて……
「ま、期待してるぞわこーどよ」
「いや同い年」
「細かいことは気にしなーい」
けらけらと笑った彼女は、よいしょ、と勢い込んで私から離れる。
くるりと回って目いっぱい伸びをしたら、腰に手を当てて振り向いた。
「じゃ、そろそろわたし帰るね」
「え? ……あ、今日学校だ」
気が付けばもう1時間くらいが経過しようとしていて、私もそろそろ家で準備をしないと急ぐことになりそう。
家の遠い彼女はもっとだろう。
めんどくさいなぁと溜息を吐くと、彼女は誘うようにニヤッと笑う。
「いっそこのままフけちゃおっか?」
「にしてもそのカッコは無理があるでしょ」
「そかな? イケてない?」
「似合ってはいるけども」
さすがにランニングのユニフォームで街に繰り出すわけにもいかない。
しゅたた、とその場で駆け足して見せる彼女に呆れると、快活な笑い声で返ってくる。
「じゃあまたガッコでだね」
「うん。こんな朝早くにありがとね」
「や、むしろこっちがアリガトじゃない? よびだしたのわたしだし」
「そうだけど、でもやっぱり私からだよ。ありがとう」
「ややー、ありがとありがと」
「むむっ。ありがとカケル」
なんて、ありがとう合戦を繰り返して。
いい加減遅刻してしまうかもしれないということで、今度こそ彼女は去っていく。
去って……あれ? 戻ってきた。
「忘れもの」
ちゅ、と、冗談めかしてキスをして。
今度こそ彼女は去っていく。
なんというか、なんというか……うーむ。
キザっぽいのに、うれしいんだもんなぁ。
「……ハーレム、か」
例えばカケルが私の側の立場だとしたら。
ハーレムみたいな関係でも、ちゃんとできてしまいそうだけど。
でも私には荷が重い―――そんな考えは、だけど、彼女の言葉によって言い訳になってしまうのだった。
「冗談じゃ、すまないだろうなぁ」




