158 OLと節度で
誤字報告ありがとうございます。
双子ロリをキスとかの虜にする高校二年生……やっぱり自首すべきなんじゃないだろうか。
その後送られてきたお風呂からの自撮り写真はそっと履歴から消去してこっちからは見えないようにしておく。もちろんあっちにもこういうことはいけないんだとお説教メッセージを送っておいたけど、自分でやっててどの口が言ってんだよって思った。うん。
「もしこれで取り返しのつかない感じになっちゃったらって思うと不安で不安で……」
「むしろまだ取り返しつく思ってんのが異常やと思ぉんけど」
そういう正論は求めてないんですよこちとら。
やれやれとため息を吐くとお姉さんはたじろぐ。
「なんでウチが呆れられてんの……」
「ほんと役に立たないんですから」
「終いにゃキレんぞオドレ」
あ゛ぁん? と睨まれるけど全然“凄み”がない。
鼻で笑ったらしょんぼりとしちゃって、おざなりにてしてしと背中をたたいて励ましてあげる。
「ゆみちゃんなんやウチのこと舐め腐っとるよね」
「それでさっきのヤクザごっこですか」
「あれはウチの魂が勝手にやな……」
魂が勝手に、とかいまさら何を恥ずかしがっているのやら。
っていうかそっちのほうがある意味恥ずかしそうだし。
「で、どうすればいいでしょう」
「そないなこと言われてもなぁ」
話を戻すと、お姉さんは困ったように頬をかく。
こうしてわざわざ双子ちゃんたちとのことを相談しに来たっていうのに。
あとはまあついでに、有給の都合で貴重な平日のお休みデーらしいからお酌でもしようかな、とか。……あくまでもそっちはついでだけど。
「そもそもなんでウチに相談すんのよ」
「だっておねぇさんは似たようなものじゃないですか」
「はぁ?」
なに言ってん。
とばかりに首をかしげるお姉さんに、自分を指さして見せる。
お姉さんはぱちくりと瞬いて鏡写しみたいに自分を指さす。
私は首を振った。
そしたらお姉さんは私を指さす。
うなずく。
「……いやウチゆみちゃんと違うて節度持っとるやん!」
「その言い方は私に失礼じゃないですかっ!」
「そゆのんは自分の行い顧みてから口にしや!」
「ぐうの音も出ないって言ってるんですよッ!」
「立派に出とうやないかぴーちくぱーちく!」
わーぎゃーとしばらく適当に言い合いをして、ふたりそろって息をつく。
「こほん。ともかく、お姉さんが年下に手を出しているっていうのはおんなじじゃないですか」
「やからウチは……まええわ。せやけどゆみちゃんは高校生やし、ほら、分別がつくこともたまにあるやん」
「ナチュラルにディスってません……?」
「ほらな?」
あ、キレそう。
しょっぱなから無礼な感じでいった私が悪いんだろうけど、お姉さんにこういうことされると素直にイラっとくる不思議。
じとぉ、と睨んでもどこ吹く風、お姉さんは言葉を続ける。
「でもゆみちゃんはまだ小さい子ぉなんやろ? せやったら大人側がしっかりやったげんとあかんよ」
「……私だってまだ子供ですもん」
「ゆみちゃん」
いじけてみせるとお姉さんは私の頬を包んで顔を引き寄せる。
じぃと真摯な眼差しから、目を離したくても離せない。
「できへんなら、別れえ」
「っ」
「ゆみちゃんがイカンと思っとって、でも我慢できへんのやろ。せやったらそれ、ゆみちゃんにとってもようないと思う」
……こんな急に真面目なことを言われたら、どうしたって突き刺さってしまう。
そしてお姉さんの言葉は、双子ちゃんに限らずみんなとの関係についても言えてしまうことだ。だからこそ、私は耳が痛い。
お姉さんはそっと手を伸ばして私の口元に触れる。
ぎゅっと、知れず下唇を噛んでいたらしい。
お姉さんの指はそっとそれを解いて、いたわるように撫でてくれた。
「別れるっちゅうんはちょっと言い過ぎやった。ごめんな。……せやけど、一回距離置くんもありやと思う。熱くなりすぎとぉから、お互いに頭冷やしたほうがええんちゃうかな」
なでなでと頭を撫でながら優しくなだめるお姉さんの言葉。
距離を置く。
双子ちゃんと―――みんなと。
考えただけでぞっとする。
考えたくもないことだ。
だけど確かにそうするほうがいいのかもしれないと、どこかで納得する自分がいた。
「ちゃんとお互いが安心できるようにゆっくり歩いてったらええやん。ウチとゆみちゃんみたいにな」
「はい……」
お姉さんと私のように。
こうしてお姉さんが年上としてたしなめてくれるような―――片方や両方がちゃんと、行動を律せるような。
そんな風にと、そういうことだろう。
納得はあった。
理解もする。
だけど。
「……ほんとにおねぇさんはそれできるんですか」
「ほえ?」
黒リルカを取り出してお姉さんに押し付ける。
「おねぇさんはちゃんと私と節度を守ったお付き合いができるんですか」
「そらそやろ」
「じゃあ見せてくださいよ、お手本」
「……え、ええけど」
わずかな緊張とともにお姉さんは私を買う。
いったい何をされると思っているのか警戒をにじませているけど、私からは別に何もおかしなことはしない。
むしろ弱々しく苦笑して、お姉さんにもたれかかった。
「分かってますよ、そんなこと。……おねぇさんは、大人じゃないですか」
「ゆみ、ちゃん?」
ぼんやりと思う。
お姉さんから見たら私は子供で、今のこれだって、優しい大人が子供を導いているだけで。
私だから優しくしてくれているわけじゃなくて。
もしもそこそこ親しいのなら、誰にだって同じように、親身になってくれるんだろうって。
私は、お姉さんの特別なんかじゃないんだって。
そんなことを、思う。
「ゆみちゃん……」
「おねぇさんは大人だから、ちゃんと、私なんかとは距離を置けるんですよね。知ってます。知ってますよ」
そう思うだけでぽろぽろとこぼれる涙をぬぐう気力さえ起きない。
お姉さんの指先がそっとぬぐってくれるけど、止める気もわかないから、いくらやっても追いつかない。
「わ、わたしも、大人ですもんね。分かってますよ。こんなわがまま、バカみたい」
「そないなこと、」
「いいんです。わかってるんです。ほんとは全部最初から」
まるで子供みたいに泣きじゃくりながら、だけど大人だから、にへらと愛想よく笑う。笑える。それでいい。
「取り返しなんて、つくわけないんです。想ってしまったのならもう、どうしようもないんです……それは私だって、よく、知ってるんです」
まっすぐにお姉さんを見つめる。
お姉さんは息をのんで、なにかを言おうとして、だけどなにも言えず口を閉ざす。
「おねぇさんは、節度を守ったことしか、してくれないんですよね。それが、大人っていうことなんですよね」
そっと唇に指で触れて、顔を寄せる。
当たり前のようにお姉さんは顔を引いて逃れる。
それが節度というものだ。
私は笑って。
そしてそっと手を放して。
だけどお姉さんの手が、その手を握った。
「ゴメンな、ゆみちゃん」
謝罪の言葉。
お姉さんの顔が近づいて。
一瞬でもう、焦点さえぼやけるほどに―――触れるほどに、近くに。
そして―――
「それでもウチは、大人なんよ」
お姉さんの口づけが頬に触れる。
「弱音ならいくらでも聞いたる。相談にも乗ったる。せやけど対等やないうちからそゆことは出来へん」
「私が子供ってことですか……」
「ちゃうよ。ただ、そないな騙し討ちみたいなキスで満足しようっちゅううちはあかんやろ」
「……」
お姉さんには当たり前にバレている。
この涙に偽りはないけど、必ずしも誠実ではないと。
自分の妄想で落ち込んで、それを傘に着て口づけをねだる―――お姉さんが拒むのも当然のことだった。
お姉さんは否定したけど、まるっきり子供だ。
「対等っちゅうんは、お互いにしっかり芯を持つっちゅうことやと思ぉとる。ウチはゆみちゃんが、本気でウチと今とちゃう関係になりたいんやったら応える。それだけは譲れん」
どう応えるのかまでは、お姉さんは言わない。
そこは論点じゃないのだと、うっすらとぼやかして。
「ゆみちゃんはまだ、多分そういう芯が育ちきってへんのよ。好きっちゅう気持ちは大事やよ。その点ゆみちゃんのことはほんま凄いと思う。せやけどそれを結論どう形にすんのかってのは、いつかは決めなかんよ」
分かりきっていることだ。
現状は結論を先延ばしにしているだけで。
誰にも応えず、誰にも応えて、求め、求められるままにただ触れ合っている。
それでいいと受け入れてくれるみんなに甘えているという自覚があって。
……みんなは、どうなんだろう。
「せやけどさ、正直そんな簡単なことやないし、別にええよ、学生んうちは」
「え」
思い悩もうとするとたんにハシゴを外されて、降りていくはずだった深い穴の縁で戸惑う。
お姉さんは苦笑して、今までの真剣な表情をパッと切り替えた。
「ええやん。好き好き大好きーっ! てな感じで」
「えぇ……」
「今はまだ子供やもん。小難しいこと考えとったらせーしゅんなんて出来へんからね。……せやけど同時にちょっと大人やから、『いつかはそうせなあかん』っちゅうことくらいは知っときや。そのときにほんまに取り返しつかへんって思うようなことはしたらあかんっちゅうことなんやないの。ほら、あれな、子供作るとか」
「ぷふっ、なんですかそれ」
冗談めかしたお姉さんの言葉に、なんとなく心が安らぐ。
取り返しがつかないこと。
いつかみんなと本当に向き合うときに、他のみんなに顔向けできないようなこと。
他のみんなと向き合うことさえ出来なくなってしまうような、そんなこと。
あんまり複雑に考えると大変だから、なるほどそれくらいがちょうどいいのかもしれない。
……若干そこはかとなく手遅れという感もあるけど、まあ、でも冷静に考えたら肌にキスマークならギリギリセーフといったところだろう。
……いやバグってるのか……?
ボーダーラインが常識と乖離してる気がする……いやでも噛み跡とかキスマとか私はけっこうもらうしあげるし……水着オイルマッサージはセーフ……? 裸エプロンお菓子作りとか授乳プレイとか奥さんの前でとか……あれ。えと。なんで私ってみんなに顔向けできる気でいるんだ……?
うん。
深く考えるのはよそう。
今から気持ち切り替えていこうじゃないか。
「……ゆみちゃんなんか、もしかしてウチの想像以上にヤバかったりする?」
「あははそんなバカな。……へへ」
「あー……人間、時として思い悩んだところでどうにもならんことあるから、な」
「なんで諦めのフェイズに入ってるんですか! まだ耐えてますよ辛うじてっ!」
抗議の言葉は自分で言っていて虚しい。
でも虚勢でもないよりはマシだ。
一息ついた私はお姉さんに寄りかかって、ギュッとその腕を抱く。
「いざというときはお姉さんが責任とってくださいね」
「……ウチでええの?」
「ほら、お姉さん結構腹筋あるので私よりダメージ少なそうじゃないですか」
「待ってウチなんの責任とらされんの!? ゆみちゃんホンマ、え、もしかしてやけど、あの、ヤっとん……?」
「処女ですけど!?」
「いやでも刺されかねんのやろ……?」
「誇張表現に決まってるじゃないですかもう」
「目ぇ見て言えやこの不良娘!」
わぁわぁと騒がしくやっているうちに30分なんてすぐ過ぎる。
だけどそもそもそんなものお姉さんは気にしていないし、そうと気づくことさえなかった。
こんなものを使わなくたって同じようにしてくれたんだろうなとそう思うと、ほんの少しだけ、ズルいなぁって、思うのだ。




