五話「扉の先の猫と感謝の恩返し」
薄茶色の壁や天井、扉に床と色が変わっていた。何よりも下の階よりもかなり狭い。私たちを待っていたのは薄茶色の子猫だった。女性の声がまた天井から聞こえる。
『今回はこの猫を倒して下さい。あっ、そうそう。その猫を甘く見ては命取りになりますよ』
「あぁ、うざったい。私はそういう偉そうな目をしている人間共が嫌いなんだよねぇ」
目の前にいる子猫……いや、普通の猫が若い少年の声で言った。近くにいた理沙さんが近寄る。
「かわいい。しゃべる猫なんだ」
「危険ですよ」
私は彼女に忠告した。それとほぼ同時だった。
「うざってえーんだよ。女のくせに」
猫は体を風船が膨らむように大きくなり、黒ぶちが付いてきた。唸り声も上げている。そう、猫はトラへと成長したのだ。ネコ科であるが、肉食である。トラは彼女に向って飛び跳ねた。その時だった。彼女とトラの間に一人の男性が割り込み、伸ばした右腕をトラに食いちぎさせた。彼は彼女に向って言う。
「理沙。ごめんな。俺があまりにも君に頼りすぎて君を追い込んでしまった。こんな感謝の仕方しか出来なくて本当にごめんな。でもありがとう……」
「ふん。食い尽してやるよ」
彼は血を周りに飛ばしながら食われていくが、次第に塵のような光とともに消えてしまった。その光景を見た彼女は涙を流しながらこう言った。
「私の黒い影はあなただったのね。私こそ……ありがとう」
私はこれが本当の運命のいたずらなのだ、と直感した。それと同時に黒い影はその人に会うことで影が消え、容姿が明らかになることが判明した。
「うざったい。うざったい。うざったい」
トラの方を見るとライオンの姿ではあるが通常のライオンよりもひとまわり大きい。それどころか二本足で歩いている。どうやら、うざいと思い込むことで成長するタイプのようだ。普通ではありえないことだが、そんなことはどうでもよい。その成長を止めるには倒すしかない。だが、同じように戦っている者は次々に消えていく。ライオンの背中から翼まで生え始めた。その時だった。
「たとえ消えるなら私の夫……を消したあんたを倒してからよ」
理沙さんはそう言って、ライオンに向かって飛び蹴りを入れる。
「翼があるのに飛べないのね。普通の靴に比べて痛いでしょう」
彼女が履いていた赤いハイヒールがライオンの腹に直撃したが、彼女を弾き飛ばした。ライオンの腹に薄赤いその跡が付いた。
「うざってぇほど痛い……なんて言うと思ったかい、お嬢ちゃん?」
ライオンは彼女の前に立ち自分の右手を上げる。
「後はもらったよ、ライオン君」
ライオンの首が下に転がる。いつの間にかライオンの上に人が乗っていたのだ。
「まさか、人を殺したナイフでライオン君を倒せるとはねぇ。ナイフに血が付いてると気分が上がるわね。ふふふ」
彼女が話している間にライオンは消滅した。理沙さんはしゃがみこみ、頭を抱えて体を震わせている。どうやら自分の黄緑色のワンピースや灰色のジーパンに飛び散った血を見て自殺行為でも思い出したのか。それとも夫の死がやっぱり嫌だったのか。そんなもんはどちらでもよい。今の状況を変えなくては先には進めない。
「おい、黒いコートを着たそこのあんた。もうそのナイフを見せないでくれ」
「なによ、そんなに怖い顔をしちゃって。せっかく助けてあげたんだから……」
「ありがとうございます。でも……」
「お礼を言えたから指示に従ってあげるわ。私だってこんな物騒な物を見ていたいわけじゃないもん。あっ、私、小宮。よろしく」
私が忠告したら理沙さんの様子に気が付いたのか、小宮さんは白い粉がかかった黒いコートのポケットから赤いハンカチを取り出しナイフの血を拭いた。
ナイフ……。私は殺されたんだ。では黒い影は……。この女性を見ても黒い影は姿を変えない。だが、黒い影の一部が分かった。それはナイフを手にしている。つまり罪のある者だ。それよりもライオンとの戦いで犠牲者が出てしまった。ここにいる残りの人数は自分も含めて二十一人となった。




