指輪を贈るまで(side真山)
「…お前はいつまで経っても軽いな。いい加減落ちついたらどうだ」
久しぶりに高校時代の恩師に出会えば、そんなこと言われる。
今は悪友の上司でもある恩師は、居酒屋でばったり会った俺を見るなり苦い顔をしていた。
チャラい、童顔、軽い。
それは昔から俺がよく言われる言葉だ。
まあ高校時代から明るい茶髪にピアスなんて格好をしていたから当然の話だろう。
そもそも幼く見える上に少々女顔だった俺はそれを理由によくからかわれたというのが事の発端だ。
だから不良の格好をして近づきにくいオーラを出すという頭の悪い対抗策を取っていたら、そのまま定着してしまい今に至る。
表立って悪いことはしてこなかったもののその格好のせいで変な輩に目をつけられることは多々あった。
当時そんなに導火線が長くもなく喧嘩が弱かったわけでもなかった俺は、先生達の悩みのタネになっていた。
まあ、現在芸能関係者と多く関わる仕事をしている上でこの軽い格好が他者の性格を見分けるひとつのふるいになっているのも事実だ。そのため未だに俺の髪はこの色だったりする。
「広崎先生、無理無理。こいつ今若づくりに必死だから」
「仁!お前余計なこと言うな!」
「んだよ、事実だろ。良い歳した男が7つも下の女子大生に熱あげてんだからよ」
「……お前達は本当相変わらずだな。真山、犯罪行為だけは止めとけよ」
「…しませんって。俺が軽いのは見た目だけですよ」
「信じてるぞ、本当」
いまいち信じてなさそうな顔をして先生が去っていく。
それを俺は何とも言えない気持ちで見送った。
「でも実際どうなの、ヒロ。その美月ちゃんとは上手くいってるの?」
様子を見守っていた従姉妹の愛理がそんなことを言う。
振り返れば、心なしか目が輝いているように見えた。
「…愛理、頼むから今度その話する時は仁に勘付かれない様に声かけてくれよ。話しづらい」
「うん、ごめん。でも仁かわすの中々難しくて」
「当たり前だ、そんな面白いネタみすみす俺が逃すか」
高校時代に同じクラスになったこともある俺達は、こうして未だによく飲みに行く。
今回は俺が久しぶりのオフであることを知った愛理から声がかかり集まった。
「…上手くはいってるんだろうな。たぶん」
「たぶん?何か問題あるの?」
「いや、問題はないんだよ。ないんだけど、進展もない」
「ぶはっ、なにお前まさかまだ手出してねえのかよ!どこのヘタレだ」
「…うるさい仁。だからお前の前では話したくなかったんだよ」
やけくそになりながら俺は言葉を吐きだす。
実際行き詰っていたのも事実だった。
仁に聞かれるのだけは正直勘弁してほしかったが、この際仕方ない。
美月、7歳下の俺の恋人。
仕事仲間であるソウの奥さんの幼馴染。
まさか俺だってそんなに年の離れた相手にこんな恋愛するとは思っていなかった。
もう少し自分は理性ある大人だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
美月と付き合うようになって感じたことだ。
『ん、美月ちゃん?どうかした』
『…別に。これ、どうぞ』
『え、なに』
『タオルですけど』
『いや、それは見れば分かるけど』
『……走り回ってたみたいだから』
今でも思い出すのは、明確に美月への想いを自覚した時のこと。
ソウのフォローとソウの奥さんである沙耶香ちゃんへの報告で走り回っていた俺を見て、美月はどこか不機嫌そうな顔のまま冷えたタオルを差し出してくれた。
思えば美月はいつでもそうだった。
表情も言葉もどこか無愛想なくせして人一倍世話焼き。
照れた時だって隠すように顔を背けて素直じゃない。
が、耳を赤くさせて感情の行き場を抑えるよう手を強く握りしめている姿に俺はその時初めて気付いた。
当時の自分の気持ちをなんと言えば良いのだろうか。
なにこの可愛い生き物。
頭の中がそんな言葉で埋め尽くされていたことは確かだ。
まさかまだ成人もしていない美月相手に迫るわけにもいかず、しばらくはただ見つめるだけの生活。
少しでも美月に会いたいがために、本来なら電話で済むような沙耶香ちゃんへの報告でも大学や家に行っていたことなど本人は気付いていないんだろう。
親戚姉妹の中で年長者だという美月が年の離れた俺に対して新鮮な感覚で見ていたことには気付いていたから、俺は少しでも気を引こうと普段以上に大人ぶったりもしたものだ。
実際一周り下の妹がいる俺はそういう対応に慣れていたし、なんてこともなかった。
まさか自分がそんなガキみたいなことをするとは思っていなかったが。
そして、それが今の俺を悩ませる種でもある。
そう、美月の気を引こうとして紳士的に、そして大人ぶりすぎたのだ。
「でも、実際ヒロは紳士的じゃない?精神年齢もともと高かったよね、私達の中でも」
「はあ?何の冗談言ってんだよ、こいつがいつ大人だったよ」
「え?でも誰かれ構わず八つ当たりしてたわけじゃないし、そんな感情的になったところもあんまりないような」
「違えよ、愛理。こいつは笑顔でえぐいことやる一番タチの悪いタイプだ。俺みたいな分かりやすいのより厄介だぞ」
「…仁、誰が分かりやすいって?お前はひねくれすぎてて分かりにくいっつの」
「そうなのかな、うーん…」
「ま、いいザマだな。お前の人生は順風満帆すぎだ、隙もなくて腹立ってたとこだしな。せいぜい苦労しやがれ」
「……仁、お前な」
愛理にフォロー、仁に暴言を吐かれつつ、俺は小さくため息をつく。
頭に浮かぶのはやはり美月の顔。
ここまで自分が恋愛脳になるとは思わなかったし、ここまで悩むことになるとも思わなかった。
美月は俺を“大人の男”と思っているようだが、実際はそうでもない。
年の離れた妹がいたことと非常に手間のかかる仕事仲間がいたという点で誰かの世話をする機会は確かに多い。多いが、だからといって大人かと言えばそうでもない。
大人というのはもっと理知的で冷静で他人を思いやれる人間だ。
間違えても美月に失望されたくないからと大人のふりを続けていたり、外堀を埋めたいがために美月の両親に媚を売ったり、それをさも責任ある大人の言葉として説明して良い人を演じる俺のような人間に使う言葉ではない。
本当は俺だってもっと美月に素をさらけ出して、甘えたい。
俺のことを“真山”なんて他人行儀に呼ぶんじゃなく名前で呼んで欲しい。
恋人としての距離をいい加減縮めたい。
そう思う気持ちは日々強まっている。
しかし、美月が俺に惹かれた理由はきっと大人な自分。
どこまで素を出しても美月が受け入れてくれるのか、俺自身分からなかった。
関係を進めたいとは思う。
だけど、いきなりこんな欲丸出しの俺を見て美月が失望しないか。
自分の奥深くにまで美月が入り込んでしまうと、何をするにも怖い。
それに美月の俺を好きだという気持ちもどこまでなのか分からない。
嫉妬する気配も我儘を言う気配もない美月を見ていると、自信がなくなって不安になる。
俺を気遣ったり感情を上手く言葉にできなかったりする美月だからこそそうなのだと思っていても、不安なものは不安で。
本当、こんな俺のどこが大人なんだと自嘲する毎日だ。
「にしても、お前をこんなにするとはね。おもしれえ、洋文そいつ俺にも紹介しろよ」
「絶対嫌だ」
「ああ?別に良いだろ、お前のことだから逃がす気ねえんだろ。なら今後俺達とも関わるんだし良いじゃねえかよ」
「…嫌だって言ってんだろ。お前に関わらせて良いことねえよ」
「んだよ、その言いぐさ。ずいぶん余裕ねえな、まさか男なんか紹介したくないとかアホみたいなこと考えてんのかお前」
「………」
「……否定しねえのかよ。お前本気にさせるとか、少し同情するわ美月チャンに」
俺の素を知り遠慮もない仁ですらドン引いている。
やはりこんな姿美月に見せたら間違いなく距離を置かれるんじゃないだろうか。
もんもんと考えてしまう俺。
「ねえ、ヒロ。それならさ、贈り物してみるとかどうかな」
「…贈り物?」
「そう。何か身につけるものとかどう?美月ちゃんが付けてくれるなら、良い虫よけにもなるし独占欲も少しは満たされると思うけど。女の子が彼氏からプレゼント貰って嬉しくないなんてことないと思うよ」
「でも、重くないか?美月はまだ学生だぞ」
「そういうところで変にブレーキかけて子供扱いしてたら前に進めないよ?考え過ぎてる間に同じ年頃の男の子に奪われても良いの?」
「……」
「そうそう、そんな怖い顔するほど嫌なら行動起こさなきゃ。怖がってばかりじゃなにも進まないよ?」
「…愛理、ずいぶん逞しくなったな」
「え、本当?嬉しいなー、それ。いつか仁と対等な所まで強くなるのが目標だから」
「…十分な気がするんだけど」
「え?」
俺に対して助言をくれたのは愛理だった。
正直聞いた時は、あまり一足飛びに進めすぎても美月が戸惑うだけじゃないかと悩んだりもしたけど。
それでも打開策が見つからなかった俺は、その数日後に美月によく合いそうな小ぶりの飾りがついた指輪を買うことになる。
指輪を渡した時、じっとそれを何度も眺めて「ありがとう」と言う美月に内心ひどく悶えていた事など美月は知らないだろう。
当然のように指輪をはめ続けてくれる美月に俺の独占欲は本当に少しだけ満たされ、密かに愛理に感謝したりもした。
その後、体調を崩した時に色々とやらかしそこでようやく恋人らしく関係が進むことになるが、それはまだまだ先の話だったりする。
最後までお読み下さりありがとうございました!