第6話 ヴァレリアのヒント
「不思議なものね、あなたほどの人でも、こんなに簡単な問題に答えが出せないなんて」
嫣然と笑うヴァレリア。答えは、簡単なのか。
「でもきっと、才能があり過ぎるせいね。あなたは一人で何でも出来る。どんな問題もこれまで、自分一人で乗り越えて来られたのでしょう?」
問われても、どうだったか思い出せない。俺は何となくエリナと出会って、気が付いたら薬法師の真似事が出来ていて、都会へ一緒に出ていていつの間にか、宮廷薬法師になっていた。あぁ、人生を振り返ってみても俺は、困難らしい困難に立ち向かったことは無いな。
てか俺、エリナと出会う前は一体何してたんだっけ? そんな記憶も曖昧だ。
「あぁ、たぶん、な」
「エリナさんはあなたのことを羨ましく思っていたはずよ」
「羨ましい? 俺が?」
そんな事はアイツから一度も言われたことがない。いつも、何かと口うるさく俺と接し、でもいつしか、ずっと一緒にいる掛け替えのない友になっていた。
王都で離れて暮らした数年間も、俺はずっとアイツの事を気に掛けていた。近くにいるのに会いに行けなかった。後進の育成や宮廷内でのゴタゴタに忙殺されたり、素材獲得の為に世界中を飛び回っていたから。
「あなたはヤンク王国の英雄。誰からも好かれ、尊敬を集めていた」
「まぁ、追放されちゃったんだけどね」
その意趣返しももう、終了した。そう、俺はエルフの国でのんびりスローライフを送るという目標を達成できたのだ。エリナだって、わざわざあんな危険な訓練をすることは無い。
「あなたを追放したこと、きっと彼らは後悔しているでしょうね」
「まぁ、もう関係ない人達だよ。それより、エリナの事だ」
「そうね。大切な仲間、だったわね?」
「あぁ」
「あなたは彼女をどうしたいの? ただペットのように手元に置いて、愛玩したいだけ?」
「いや、そんな事は……」
「彼女は今、もがいているんだと思う」
「もがく?」
「本当の、あなたの“友”になる為に」
「どういう意味だよ?」
「その答えは私からは言えないわ。ヒントを教えてあげるって、さっき言ったでしょ」
本当の、友だって?
「よく考えてみて。あなたは賢い人。でも今回はその突出した能力があなたの目を曇らせている。真実に気付けたら、あなたは今よりももっとエリナさんの心と深く繋がることが出来るわ」
「分かった。これ以上、君に答えをせっつく事はしないよ。何とか、俺自身で答えを出せるように頑張ってみる」
「そうしてね。私はあなたが答えに辿り着けると信じています。でもその時は少しだけ、寂しい気分になるでしょうね」
「ん、どうして?」
「ううん、何でもないの。気にしないで、私の問題だから」
取り繕うように笑って、ヴァレリアは椅子から立ち上がった。
「じゃあもう、行くわ。この後、私は遺跡の調査に同行することになっているから」
「遺跡? 例の、“死の砂漠”から出土したっていう?」
「ええ。内部の調査が新たな展開を迎えているらしいの。彼の地に栄えていたとされる古代文明の謎が、もしかしたら解き明かされるかもね」
「ロマンがあるな。もし良ければ今度、俺も一緒に連れて行ってくれよ」
「ええ、考えておくわ。じゃあね」
「あぁ」
ヴァレリアは俺の腕を軽く撫で、今一度微笑みかけてから研究室を後にした。
「答え、か……」
窓から身を乗り出し、遠くの空を眺めてみる。自由に空を舞うワイバーン。飛竜乗り達が巧みに操り、宙返りをさせている。
目に魔力を集中させ、視力を向上させてみる。
一際巨大なワイバーンに跨り、真剣な表情で手綱を握る幼馴染の横顔。
「俺も、頑張らないとな」
まずは散らかしてしまったこの部屋の片付けだ。それが済んだらエリナの事を、もっと真剣に考えてみよう。