最終話:。
最終回……15分拡大。
領主の娘は死にかけだ。
一般に言うところの、不治の病というやつらしい。
心を痛めた母親は窓から飛び降りて死に、その母親と不倫していた主治医も後を追い死んだ。娘に残されたのは領主たる父親だけであったが、彼も最近、窓の方をちらちらと見ていた。
そんな状況であったから、藁にもすがる思いで、「名医大募集」とのお触れをだすのは無理もないことだった。
そのちらしは主要な街へと配布され、もちろん主要な街というくくりのなかに<コマンド>の名などないから、ムライたちはその情報を知る由もないはずだった。た。った。ったのだが。
「お、紙ヒコーキ」
教会の玄関からまっすぐ祭壇に横たわるムライに向かって飛んでった。
「懐かしいな……折り方がわからないから嫌いだったけど」
というわけでムライはそれをぐしゃぐしゃにして窓から捨ててしまった。
そのとき窓の外ではマリアが壁の掃除をしていた。かれこれ三週間、毎日行われていたことではあったが、もし行われていなかったとしても、とくにこの壁の惨状に変わりはなかったであろうことは確かである。
「なんですかこれ」
マリアは紙つぶてを拾い拡げ読む。
「『名医募集中……報酬は望みのまま』」
彼女は顔をあげた。
ムライと目があった。
「……いま、なんて?」
「『彼女は顔をあげた。』」
「その前」
「『名医募集中』」
「その次!」
「『……』」
「……」
「『報酬は望みのまま』」
マリアは高らかに読み上げた。
「ホントですかね?」
「ホントか、どうか? そんなことはどうだっていい」
ムライはすでに出立の準備を終えている。
「目の前のチャンスには飛びつくもんだ」
「それってたいてい、痛い目を見るもんですけど」
床を掃除していたカナモスがいった。
「大丈夫ですかね?」
「平気だよ……痛い目っつてもどうせ」
ムライはこともなげに言う。
「下痢よりはマシだろ」
□ □ □ □ □ □ □
「なんだお前ら」
至極まっとうな反応である。
「ここは領主様のお屋敷なるぞ」
「知ってるよ」
ムライはじれったそうに門衛に向かって、
「だから来たんだ」
「このちらし……」
マリアは懐からぐしゃぐしゃになったそれを取り出し、もし目の前の門衛の視力が小数点第二位未満だったとしてもちゃあんと視認できるように、その鼻先まで突きつけてあげてからダメ押しに音読した。
「『名医募集中、報酬は……望みのまま!』」
「そんなに近づけなくなって読める!」
門衛はマリアを突き返した。
「……お前らが名医ってわけか?」
「いえいえ、わたくしめはただの従僕でございます」
鼻につくほど慇懃なカナモスが、
「純然たる名医なるお方はこちらっ!」
「そう、このおれ。ムライ」
カナモスの紹介を受け堂々と胸を張る神父。
「治せぬ病はほとんどない……ああでも」
「でも?」
カナモスとマリアが心配そうに訊く。そんな話はこの街へ至る道中聞いたこともなかったからだ。
「性的嗜好は治せないぞ……あれは病気じゃないからな。だからお宅のお嬢さんの病名がショタコンとかだったとしたら」
「ベリス様はショタコンなどではない!」
門衛はいきり立って叫んだ。
「あ、そ」
ムライはほっとする。
「じゃ、大丈夫」
「本当に治せるのだろうな?」
門衛は三人を、とくにそのなかでもムライをじろじろと見る。言うまでもなく、彼が一番怪しそうだったからだ。
「旅芸人の一座にしか見えんが……」
「バカだなあ。旅芸人だったらもうちょっと面白い格好をしますよ。げらげら」
とムライ。
「こんな真面目くさったモードなのに?」
「真面目……まあいいが」
最初に抱いた不信感を一分も払拭できないまま、しぶしぶ門衛は門を開けた。
「くれぐれも失礼のないようにな!」
「なんですかあの人は、兄貴に失礼ですね」
屋敷の玄関まで続くばか長い道を歩きながら、カナモス。
「しかたないさ」
ムライは首を振る。
「高尚な趣味を理解できない目の持ち主だったんだろう」
「高尚……」
その熟語の意味はなんだったっけ? と考えながらマリアは二人に続いた。
やっと三人は玄関にたどり着いた。ムライが戸を叩く。反応はない。
「ムカつくな」
とムライ。
「これが客に対する態度か」
すると扉の内側から声が聞こえた。
「……お医者様ですか」
「当たり前だろ! デリバリーピザだとでも思ったか」
「いや、いや……それはもうさっき届きましたんで」
確かにピザの匂いがした。
「いやしかし、もうお医者様は到着したのです」
「はあ?」
一同。
「一足遅かったですな。ご愁傷です。では、お引取りを……」
「おい待て……もしもし、もしもーし!」
ムライの秒間83回のノックに対しても、もはや何の反応も帰ってくることはなかった。
「チョームカつく」
ムライは拳から出血しながらいった。
□ □ □ □ □ □ □
彼は貧しい街で生まれた。
衛生環境は最悪で、地面に食べ物を落とすとたちまちネズミが群がった。
治安も悪く、十代まで純潔でいられるものは男女ともいなかった。
そのような環境に身をおいていても、彼は決してめげず勉学に励んだ。
大好きな母親がいたからである。
「いつかきっと医者になって、母さんに楽な暮らしをさせてあげるね」
それが彼の口癖だった。
ある日、上流階級の住む上層部から、一枚のちらしが捨てられた。それを拾った老人は、しかし字が読めなかった。たまたま通りかかった彼が、それを読んでやろうとした……
「『名医……募集中!?』」
彼は家へ飛び帰ると、ロクに事情を告げもせず、稲妻のごとく出立した。かつてない好機であった。彼は知る由もなかったが、すでにその知識・技量は並大抵の医者をはるかに超えていたのだ。
いま、彼は領主の娘のすぐ側に膝をついている。
「……」
額から汗が垂れ落ちる。なるほど、たしかにこれは難しい病だった。ごみ捨て場で必死に拾い集め読んだ医学書のどれもが、決して治療できぬと断じていたそれだった。
しかし、彼にはそれを治すことができるという確信があった。秩序だった教育を受けてこなかった彼だからこそ、思いも寄らない治療法を結びつけ、現状の医療のあらゆる手の届かぬ領域にすら手を伸ばすことが出来たのだった。
……やれる、やれるぞ! 彼の汗は熱中と疲労のためばかりではなかった。それには紛れもない興奮――自分の母親を救えるという確信、人間らしい生活を、いや、月並みなそれをはるかに超えた絢爛さを伴ったそれを、母親に贈ることができるという喜び……
彼の手順は完璧だった。最先端の医療大学の教授ですら、これを見たなら卒倒したであろう。間違いなく、彼は娘を治せるはずだった……
その時、窓ガラスが吹っ飛んだ。
不幸にも、彼は窓ガラスの真ん前で施術していた。
彼はガラスと一緒に部屋の壁へ押し付けられ、意識を失った。
視野が暗転する刹那、そのまぶたの隙間から見えたものは……
「あれ、この部屋で合ってる?」
ムライは傍らでひっくり返っている侍女に訊ねた。
□ □ □ □ □ □ □
「ははあ、こちらがクランケでございますね?」
ムライは娘を見下ろしていった。彼女は虫の息だった。
「んー……」
ムライはその体の上に手をかざし、しばらく唸った。まるで昨日の夕食の献立を思い出そうとしている老人のような顔つきだ。
「……はいっ」
ムライはパンと手を叩いた。すると娘は飛び起きた。
「えっ、えええっ?!」
侍女はまたひっくり返ったが、先ほどすでにひっくり返っていたため、一回転して正式な姿勢に回帰した。
「お、お嬢様?」
「……」
娘はしばらく、目を何度も瞬いていたが……
「治っちゃったみたい」
報酬を手にする者は決まった。
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「いやあいやあ、こんなにどうも、ええ、すみませんね」
荷車一杯に詰め込まれた金銀財宝とともに、ムライは領主の館を後にした。
「びっくりするほど上手くいきましたね」
カナモスはまだ興奮冷めやらない。
「最初、『お前を砲弾にしてあの窓を撃つ』なんて言われたときは、あーとうとうこの人もおかしくなったかと、兄貴を疑っちまいましたが……」
「おれがおかしくなるなんてことはない」
ムライはきっぱりと言った。
「もともとおかしいからな」
「でも、ええ、こんなに……」
マリアはその褒美の豪華絢爛に目を見張った。
「両親の墓を立派にしてあげられます」
「え、お前そのために使うの? 真面目だな……」
そんなことを言い合いながら、門のところまで近づくと、おや、見るからに落胆しきった人の姿が。
「どうしたんでしょう?」
とマリア。
「……えっ、ムライさん?」
ムライは荷車を牽いたまま走り出した。
「やあ少年」
「……はい? ……って、あなたは!」
「ほらこれ」
そういってムライは荷車のほうに少年を押しやった。
「え?」
「これをやろう」
「はあ?」
「あーでも、墓とか……それに、これ牽いてたらお前が泥棒だと勘違いされるな」
ムライはもう一度荷車に近づき、
「まあ、こんくらいでいいだろう」
金塊をいくつも少年の服のいたるところに突っ込んだ。
「な、なんで?」
少年はさっきから困惑っしぱなしだ。
「最終回だからだよ」
「え?」
「このままだとおれの印象が最悪なまま終わっちまうだろ?」
「意味がぜんぜんわからないんですけど」
「それならそれでいい」
ムライは笑うと、荷車を牽き、マリアとカナモスの元へと帰っていった……
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そのあと、彼らがどうなったかというと、まあ、たぶん、どうもこうもないだろう。
この物語の最終回はここなのだから。
これ以上の発展もなにもないのである。




