47・転移者は秘密を共有する
日が暮れて、広場の人だかりも解散になる。
俺はボールをピティースの工房へ持ち込んだ。
「はあ、相変わらずあんたは面白いね」
俺は「えー」と頬をカリカリ掻きながら依頼をする。
「日数がかかっても構わないので、同じ物をいくつか作ってくれませんか。 材料ならー」
鞄から皮を出そうとすると止められた。
「あんたの持ち込む材料は恐ろしいから嫌だ。 それくらい自分で用意するよ」
俺は頷いて彼女に任せることにした。
そして、先日預かった彼女の鞄を返す。
約束通り<容量拡張・十倍><重量固定><時間停止>の付いた魔法収納鞄だ。
ピティースは驚きながらもうれしそうにその鞄を抱き締めた。
「この球は仕上がったらすぐに届けるよ」
上機嫌でそう答えてくれた。
俺は老婦人の話を聞いてからずっと鉱山跡と呪詛のことを考えていた。
今、うちには本物のエルフがいる。
見かけは背も低く少女のように見えるが、エルフというのは実年齡がわかりにくい。
子供として扱ってしまっているが呪詛の話をしても大丈夫なんだろうか。
まあ、夕食後に少し話題を振ってみようと思う。
その夜は黒豹のお姉さんはミランに預けた。
お姉さんに酒瓶を持たせたら、ミランは喜んで相手をしてくれている。
夕食は済んでいるので、おそらくロイドさんには文句は言われないだろう。
というわけで、今はエルフの女性と俺は家に二人っきりだ。
机の隅に乗っている黄色の鳥が俺の声で話す。
「えっと、君はエルフ族の魔法について何か知らない?」
俺のことは魔術の研究者だということにしている。
まあ王子がそうだから間違ってはいない。
「えー、魔法ですかー?」
彼女は目の前の、俺が用意したお菓子に釘付けになっていた。
「私はあんまり知らないですけど、私のお祖母ちゃんは詳しかったですよー」
「ほお」
彼女はうれしそうにお菓子を口に入れた。
「おいしいぃ」
俺はお茶を入れ、彼女の向かい側に座りながらカップを置いた。
「じゃあ、呪術にも詳しいのかな?」
サラリと口にする。
彼女の身体がビクッと震えたのが分かった。
「これ、美味しいです!。 何が入ってるんですかー?」
誤魔化しやがった。 何故だ?。
「俺が作った果物を入れたパイだよ」
時々無性に食べたくなるんだよね。
まだリンゴは鞄に残っているし、王都で他の材料も仕入れたのでまたいくつか作った。
魔法収納バンザイ。
そんなことより呪術の話を聞きたい。
俺は彼女に渡したリンゴパイの、まだ残っている皿を少し引いた。
えっ、という顔をした彼女が俺を見る。
「呪術の話は聞いたことある?」
俺は身体を乗り出して、しっかりと彼女の目を見る。
「わ、私はそんなに。 あ、いえ、詳しくはー」
明らかに言動がおかしくなった。
俺はさらにお菓子の乗った皿を自分のほうに寄せる。
お菓子を目で追う彼女の顔が見る見る悲しそうになっていく。
『ケンジ、やり過ぎだ。 かわいそうだろ』
王子が出て来て、彼女に皿を返す。
俺の態度が変わったことに気づいて、エルフの女性は皿から俺に視線を移した。
「ごめん、ちょっと意地悪だったね」
王子が天使の微笑みを発動する。
いや、あのさ。 相手は金髪緑目の美少女エルフなんだし、効かないんじゃない?。
そう思ったんだが彼女の顔がポッと赤くなった。
「実は少し事情があって、解呪の方法を探しているんだ」
王子がぶっちゃけた。
「食べ終わってからでいいよ。
話せる範囲でかまわないから、少しでも知っていることがあったら教えて欲しい」
そう言って王子は念話鳥と共に席を移動した。
食べているところをじっと見ているのは女性に対して失礼だろう。
「は、はい。 ありがとうございます」
彼女はさっきよりさっさと食べている。 もう取らないから、ゆっくりお食べ。
王子はエルフの女性から少し離れて、いつものように魔法陣の研究を始めた。
広い机の端と端。
彼女はチラチラとこちらを見ている。
王子は集中しているので気にしていないが、俺はビシバシ感じる視線がむず痒い。
「あ、あの、ごちそうさまでした。 とても美味しかったです」
女性の声に王子が顔を上げた。
「それは良かった」
王子が食器を片付けるために立ち上がると、彼女の身体がまたビクッと震えた。
「……さっきのことはそんなに気にしないで。
気が向いたらでいいんだ。 無理強いするつもりはない」
誰にだって話せない秘密はある。
俺たちがそれを一番良く知っているから。
「い、いえ、そうではないんです。
誰にも言っちゃいけない訳じゃなくて、同族でないと理解出来ないっていうか」
魔力の無い者に魔法の話をしても発動出来ない。 呪術も同じ、ということか。
「そう。 ではエルフの血が流れている者がいれば話してくれるのかな?」
「は、はい。 その人にだけお話します」
おそらく彼女は勘違いしている。
俺たちが誰かエルフの知り合いを連れて来ると思ったようだ。
王子は机の上を片付けると、窓に遮光の布を垂らす。
これで外からは見られることはないはずだ。
「申し訳ないが、これから見ること、聞くことは、当分の間、誰にも話さないで欲しい」
いつかはバレる事だとしても、この女性の口から漏れるのは違うと思う。
「はぃ」
何が起こるのかとエルフの女性は怯えている。
「あー、怖がらせてすまない。
もし、黙っていてくれるなら、またお菓子をあげるよ」
「分かりました!」
元気な返事が返ってきた。 本当に食い意地の張った子だ。
『ケンジ、一旦魔法を解除するぞ』
(ああ、構わないよ)
俺の今の姿は黒髪黒目の、ごく一般的な見た目をしている。
いや、元の骨格が王子のものだからイケメンだったわ。 ちょっと背は低いけど。
朝、目覚めと同時に片耳に装着しているピアスのような魔道具が自動的に発動するようになっている。
活動中は少量の魔力を常に消費してこの姿を維持し、夜、眠りに落ちると自動的に解除される仕組みだ。
ホントに王子は天才だと思ったよ。
ただ一つの難点は、眠っている間に王子の姿を見られないように、俺は誰よりも早く起きなければならないことだ。
<強制解除>
一枚の紙を握って発動すると淡い黄色の魔法陣が浮かび上がり、俺の身体を包む。
ポカンとしているエルフの女性の目の前で俺の姿が変わった。
金色の髪に緑の瞳。 透けるような白い肌に整った顔立ち。
ニコリと笑う今の姿は、特有の尖った耳は無いがエルフに近いはずだ。
「ま、まま、まさか」
「私の母親はエルフだったそうだ」
もう死んでしまったけれど。
「そ、そうだったんですか」
エルフの女性はしばらく考え込んでいたが、何かを決めたように顔を上げた。
「ネスさんが私に秘密を教えてくださったのですから、私もお教えします」
お菓子大好きっ子は真面目な顔で真っすぐに王子を見た。
「実は私の家は呪術者の家系で、私もずっと修業をしていました。
でも私はどうしても呪術が好きになれなくて、もう見るのも嫌になって家出したんです」
そう言うと彼女は顔を伏せた。
「でも、森を出ても何も良いこと無かった」
シクシクと泣き出してしまう。
きっとここに来るまで辛い目に遭ったのだろう。 この町に奴隷として売られて来たんだしな。
「でも!」
突然、ガバッと顔を上げる。
「ここに来て、こんなに美味しいお菓子を食べさせてもらって。
私、生きてて良かったー」
そこかい!、とツッコミそうになったよ。
だけど、彼女が呪術に詳しい家系だというのは大きな収穫だ。
「では、呪術について話してもらえる?」
「はい、もちろんです!。 あ、でも私、好きじゃなかったから、あんまり詳しくないんです」
だんだんと声が小さくなっていく。
王子はふふっと笑うと、
「構いませんよ。 私にとって呪術全てが初めてです。
小さなことでも結構です。 あなたが知っていることを教えてください」
王子はそう言うと、メモ帳のように綴った紙束とペンを取り出す。
「今日はもう遅いので、明日からにしましょう。
これは思いついたことをその場で書き留めるためのものです。
良かったら思い出すために使ってくださいね」
「は、はい」
王子が微笑みながら彼女にメモ帳を手渡す。
「あ、ペン。 そのペンはダメだ」
俺は慌てて違うペンを取り出して彼女の手に渡し、黒い魔道具のペンを取り返した。
ふぅと一息ついた後、「何でもないよ」とニコリと笑う。
「それじゃ、おやすみなさい」
王子の魔術をかけなおして黒髪黒目に戻ると、俺は教会の子供たちのところへ行く。
エルフの女性は少し残念そうに俺の背中を見送っていた。
ごめんね、王子じゃなくて。




