48・転移者は少女を説得する
翌日から少しずつ呪術に関する聞き取りを始めた。
夜、黒豹の女性がいない時に聞き出さなければならないので時間がかかる。
他の誰にも聞かせられないので仕方がない。
というより、王子の本来の姿でないと話をしてくれないのは何故だ。
「ごめんなさい。 やっぱりどうしても同族でないと話しづらくて」
嘘つけ、と俺は思っていたが、王子は根気よく彼女に付き合った。
新しい魔法に関する知識には王子は貪欲になるよな。
最初のうちは彼女の住んでいたエルフの森や、集落の様子。
そして彼女の生い立ちや家族の話が中心だった。
四日、五日と経つうちに、だんだんと話が呪術の修業の話になってくる。
彼女の家は神職。 俺の元の世界でいうところの神社の家系だった。
すると、彼女が同族以外には語れない事情が分かってきた。
「エルフ以外には使えない?」
「はい。 本来は森の神の巫女にしか使えない術でした」
今では改良され、魔力量の多いエルフであれば使えるようになったそうだ。
遥か昔からエルフの森は存在していた。
しかし、増え過ぎた他種族に浸食され、森は徐々に狭くなっていく。
「どこかで聞いた話だなあ」
『砂族の運命と似ているな』
エルフは森の神に愛された美しい妖精族。
争いを好まず、ただひたすらに逃げ隠れしていた。
人族に見つかれば攫われるし、魔獣に見つかれば殺される。
どちらにしても不幸しかない。
「私たち一族は祈っていました。 ずっとずっと。
神も、森を破壊する者たちには憤っておられました。
そして神から巫女に与えられたのが呪術だったのです」
だが周りが巫女が仕えていた呪術の神を『邪神』だと騒ぎ始めた。
恩恵を受けながらそう言うのである。
「私は同族にさえ嫌われる神に仕えるのが嫌になったの」
しかし彼女の家はそれで生計を立てているので、そんなことを口にするわけにはいかなかった。
それで交易商人が来た時に荷物に隠れて森の外へと出たそうだ。
俺は首を傾げる。
「エルフ族は元々魔法が得意なはずだろう。 何故、呪術になったのかな?」
「人族や獣人たちの中には魔術を使う者もいます。
なので、妖精族にしか使えない術を授けたのではないかとお祖母ちゃんが言ってました。
それに魔法は本人の魔力を使いますよね。
呪術は魔力ではなく、対価を消費して発動するのです」
しかも、その対価を永続的に捧げることで、その効果も永遠に続く。
「何となく分かったような、分からないような」
俺は頭を掻く。
『何故、呪術だったんだろう』
王子もそこが引っ掛かっている。
呪術は「他者を不幸にしてくれ」と祈る魔術だ。
そんなことを神が教えるだろうか。
「それはやっぱり『邪神』だったんじゃないか?」
「そんなことありません!。 ちゃんと森は復活し始めました」
「それは他の種族を犠牲にして、ということでしょ?」
「あ」と呟いてエルフの女性は黙り込んだ。
その神は、自分たちの森さえ美しければそれで良かったのだ。
妖精族を守り、侵略者を排除するために術者に対価を要求する。
結局は相手に痛手を負わせれば自分たちにもはね返って来る術。
それでは誰も幸せになれないんじゃないかな。
「私は北のイトーシオ国のドワーフに会ったことがあるけど、人族たちとうまく共存していたよ」
彼らは鉱山に住み、鉱石を加工することで人族と交流してきた。
そして今では、その国の経済の一端を担っている。
「エルフ族が人族や獣人といった他の種族と交流出来なかった理由は何だろう?」
「わ、分かりません」
まあ、そこはまだ若い彼女は知らない話かも知れないな。
とにかく、その話はまだ先の話だ。
今はとりあえず女性たちの身柄の話を解決してしまいたい。
獣人のお姉さんは王都へ帰ることが決まっている。
エルフの女性はまだ迷っているようだった。
「もうすぐ王都へ行ってしまうのでしょう?」
俺はずっと家に閉じこもっている彼女を誘って散歩に出た。
「ほら、あの砂漠の向こうに確かあなたの故郷の森があるんでしたね」
肩の念話鳥の声に、エルフは目を逸らした。
そんな彼女を連れて、俺はある家を訪ねた。
「こんにちは、今日はかわいいお客さんを連れて来ました」
俺の肩の鳥が挨拶する。
「いらっしゃい、ネスさん」
小さな家に住む上品な老婦人。
エルフの女性は戸惑いながらその家に入った。
そして、女性はその老婦人を一目見て驚いた。
彼女には見えているのだ。 黒い呪術の痕跡が。
現役の、まだ生きている呪詛である。
「お婆さん、ごめんなさい」
エルフの女性は老婦人のベッドに駆け寄り、縋って泣き始めた。
お婆さんは訳が分からず「どうしたの?」と、ただ女性の髪を撫でた。
事情を話すと、寂しそうに微笑んだ。
「この呪いは確かにエルフの術かも知れませんが、あなたには関係のないことよ」
顔を上げたエルフは首を振りながら、
「いいえ、この呪いの型は私の一族のものです」
呪術には型があるらしい。
へえ、知らなかった。
『術者のくせのようなものではないかな』
冷静な王子の解説が入る。 なるほどね。
「あの、この呪詛の元はどこかにあるか知ってますか?」
女性の質問に老婦人は戸惑いながら元鉱山の場所を教えてくれた。
「おそらく、この二ヶ所で術を行ったと思いますよ。
でももうずいぶんと昔のことですし、今はどうなっているか」
俺たちは知っている。
あの小鬼や獣たちの棲み処になっていた洞穴。
「私をそこに連れて行ってください」
彼女の強い希望で、俺がそこへ連れて行くことになった。
「お婆さん、待っていてください。 きっと何とかします」
『巫女とのしての誇りがまだ彼女には残っていたとみえる』
王子はまだ若いエルフ族の女性の姿に微笑んでいた。
だけど俺は少し心配になった。
あの男性でもひるんでしまうほどの嫌な気配。
その中へ彼女を連れて行くのも危険だし、それに本当に解呪とか出来るのかな。
俺はソグに護衛を頼んだ。
少し話したいこともあったしね。
「面白そうっすね。 俺も行くっす」
チャラ男の同行は勝手に決まっていた。
エルフの女性が王都へ行くとしたら、もうあまり時間がない。
俺たちが森の奥へ行く準備をしていると、
「ワシらも連れて行ってくれないか」
トニーの父である元隊長のトニオも手を挙げた。
「危険なのであまり人数を増やしたくないんですが」
俺がトニーを睨むと彼は目を逸らした。
「あの山狩りで見た恐ろしい魔獣に関係しているらしいじゃないか。
亡くなった兵士たちの供養になるなら力になりたい」
あの山狩りでは少ないが死者が出ていて、彼は責任をとって軍を引退している。
俺はしぶしぶ頷いた。
結局、エルフの女性に同行するのは、俺、トニー親子、チャラ男にソグというメンバーだ。
ユキもついて来ようとしたが、サイモンに頼んで抑えてもらった。
早朝、弁当持参で森へと入る。 入り口からかなり離れているのだ。
先に遠いほうの魔獣の洞穴に向かった。
「あそこです」
昼近くになって一ヶ所目の洞穴が見え始める。
「こんなのが二つあるっすか?。 ふええ」
魔力のない者でも何か嫌な雰囲気というのは感じる場所だ。
ソグが先頭で中に入り、エルフの女性を真ん中に挟んで一列になる。
奥の開けた場所には、大きな争いがあった痕跡がまだ残っていた。
トニオ元隊長が慰霊の儀式をしている間に俺たちはその奥へと進む。
ソグが立ち止まり、王子が仮で張っておいた結界の横穴を指差す。
「これ以上は危険だ」
俺たちは頷いて、彼女にここでいいかと訊いた。
「はい。 私が解呪の儀式を始めたら結界を消してください」
エルフの女性は結界の前に、震える手で王子が用意した酒や果物といった供物を捧げる。
跪き、両手を広げて何やら魔法を展開し始めた。
「結界を消すぞ」
フードを深くかぶって口元に赤いバンダナを巻いている王子の言葉に皆が緊張する。
ブワリと一瞬黒い靄が立ち込めて視界が真っ暗になった。
「ぐっ」「ごほごほ」「おえーっ」
身体を嫌なものが駆け抜ける感覚に、俺も王子も気分が悪くなる。
だけど、この場で一番苦しいのはエルフの女性だ。
王子は必死に彼女の背中を守り、何も言わずにその手でそっと背中に触れている。
今まで彼女から聞いた話から解呪の儀式を予想し、彼女を補佐する。
汗を流し、懸命にブツブツと何かを唱えていた女性がふいに顔を上げた。
徐々に淀んだ空気が浄化され、呪詛が消えていくのが分かる。
振り向いた彼女はフードの中の金色の髪と緑の瞳を見上げて微笑んだ。




