44・転移者は呪詛を知る
もっとくたびれたお婆さんかと思ったが、下半身が不自由なだけの、ほっそりとした体形の矍鑠とした高齢のご婦人だった。
小さな家の中には物があまり無く、きれいに片付けられている。
「もう私もいつまでこの世にいるか、分かりませんからね」
上品に笑うご婦人だ。 育ちの良さを感じさせる。
しかし、どうしてこんな女性が一人でこの旧地区に残っているのか。
ロイドさんが俺を彼女に紹介する。
病気で声が出ないと説明すると少し悲しげな顔をした。
「いつも子供たちには水くみをしてもらったり、美味しいものを届けてもらったり、感謝していますよ」
子供たちが見る見る元気になったのは俺のお蔭だと感謝された。
おそらく、彼女が子供たちに水くみをさせていたのは、まだ小さな子供たちにお金を渡すための口実だったのだろう。
俺はそれに気づいて微笑んだ。
「子供たちが今までがんばってこられたのは、あなたのお蔭ですよ」
この女性は新地区に知り合いがいて、その人が世話をしていたはずだ。
ロイドさんが勝手知ったるという感じでお茶を入れ、ご婦人が横になっているベッドの横のテーブルに置く。
俺は椅子を勧められて、彼女の顔が見えるように座った。
「鉱山のことをお知りになりたいのですか」
突然お邪魔したのに、彼女は「どうせ暇ですから」と話をしてくれることになった。
一口お茶を味わい、ご婦人は顔を上げ、ゆったりとした声で話し始める。
彼女の先祖はこのサーヴの旧地区にあった鉱山で事業をしていたそうだ。
地主だったミランの先祖から山の採掘の権利だけを買い取っていた。
「その頃のサーヴの町は、まだ新地区と旧地区には分かれておりませんでした」
しかしすでに新興貴族が押し寄せて来ていた。
腕っぷしは強いが、人の良かったミランの先祖は町の一部を奪われた。
そして、その手は鉱山主にも伸び始める。
「貴族たちは、私の先祖から僅かな金で採掘権を奪おうとしたのです」
激しく抵抗した彼女の先祖が最終的に取った行動は、呪詛だった。
「呪詛……」
肩の鳥が呻くように呟き、俺の顔が歪む。
「私の先祖も不毛で理不尽な争いに疲れ果てていたのでしょう。
奪われるくらいなら壊してしまえ、という愚かな考えでした」
彼女自身も苦しそうな顔をする。
呪詛とは、魔術とは異なる呪術の一種だ。
「当時、その呪術を扱える者がいたということですか?」
ご婦人は静かに頷いた。
「鉱山で働いていた者の中に亜人が多くいたのです」
その中に呪術に詳しい者がいて、鉱山主の依頼で呪詛をかけたのだと言う。
「私の先祖はやけになったのでしょうね」
悲しげな笑みを浮かべるご婦人に俺は同意する。
俺が謀反の疑いをかけられ、ノースター領を追われたのと同じようなものかも知れない。
「気持ちは分かります」
一から採掘を始め、坑道を作り、資源を提供出来るまでにはそれ相応の時間と資金が必要だったはず。
それを奪われることは今まで開発してきた者にすれば、我が子を奪われるようなものだ。
「先祖の無念はいかばかりだったかと」
ご婦人はホロリと涙を零す。
「しかし呪詛は魔力を消費する魔術とは違います」
使うべきではなかった、と彼女はキリッと顔を上げた。
「呪詛にはそれ相応の対価が必要なのです」
俺はロイドさんと顔を見合わせた。
彼女は毛布の下に隠れている自分の足を撫でた。
「私たちの一族はそのせいで、当主は必ず身体の一部が動かなくなるのです。
でもそれももうすぐ終わります。
私は一族の最後の生き残り。 私が死ねばこの一族の呪いも終わるのです」
俺は呆然と口を開けて彼女を見た。
「そ、そんな」
ロイドさんは知っていたのか、辛そうな顔のまま、黙って彼女を見ていた。
「解呪の方法はご存じありませんか?」
首を横に振る女性に俺は項垂れる。
「ではせめて、誰がその呪詛を行ったのか分かりませんか?」
解呪の方法を知っている者がいるかも知れない。
「さあ?。 ただエルフだったとしか聞いておりません」
「え?」
『え?』
俺と王子が同時に声を上げた。
「呪術は亜人が得意としていると聞いています。
魔力があり、亜人であるということ。
呪術の複雑な構造を理解していることを考えれば、エルフ以外いないと思いますよ」
女性はそう言い切った。
俺の身体から血の気が引くのが分かった。
王子も言葉を失くしている。
「あ、ありがとう、ございました」
立ち上がろうとした俺の足が震えている。
ロイドさんが手を貸してくれて、礼もそこそこに俺たちはその家を辞去した。
家に戻った俺は自分の部屋に閉じこもっていた。
「エルフが呪術を?。 なら、王子の母親に呪術をかけたのは同じエルフ族ということなのか」
分からない。 何故だ。
『あのご婦人も言っていたではないか。 奪われるくらいなら壊す、と』
そういう気持ちだったのではないか、と王子は言う。
まさか、そんな馬鹿な。
どちらにしてもそのエルフに訊かなければ分からない。
だけど俺たちにはエルフ族の知り合いなどいない。
俺たちの荒れる心のように、その夜、サーヴの町は大きな嵐に見舞われた。
ドンドン!、ドンドン!
どこからか壁を叩く音がする。
その夜遅く、激しい雨と風の音に混ざり、家の中から音がする。
「ネス様!。 いらっしゃるんでしょ!」
チャラ男の声が聞こえた。
毛布から出てベッドを降りる。
魔力の壁を開いて一階の廊下に出た。
「あ、ネス様。 お願いがあります」
今日は俺が昼間は不在だったので、彼は餡子を自力で作ろうとがんばっていた。
夕食後はいつも通り姿が見えなくなっていたが。
その彼の足元に何かが横たわっている。
チャラ男ことラトキッドからは日頃のヘラッとした態度が消えていた。
「申し訳ありません。 理由は後で。
この二人をしばらくの間、匿ってください」
窓から時折差し込む雷光に照らされ、それが二人の女性だということが分かる。
今は声を代弁してくれるものがいないので、俺は黙って頷く。
「ありがとうございます」
片膝を付いて正式な礼を取った後、その姿は闇に消えた。
裏口が音も無く開閉し、外の雨風が一瞬だけ家の中を駆け巡った。
俺はとりあえず彼女たちを自分の寝室に隠すことにした。
魔力で開閉する扉は簡単に見つけることは出来ない。
俺は自分自身に<身体強化>の魔術を発動して一度に二人を運び、誰かがいた痕跡を消す。
しばらくして、また来訪者があった。
今度は恐ろしく激しい音がした。
ドドドン!、ドドドン!
ユキが唸り声をあげているので、そっと撫でてやる。
顔を顰めながら、俺はゆっくりと玄関口の扉を開けた。
雪崩れ込んだ男たちは皆、新地区の領主館の私兵たちのようだ。
山狩りの時、治療したので顔は見覚えがある。
「こんな夜更けに何の用ですか?」
俺は念話鳥を出し、彼らに問いかける。
理由も言わずに他人の家に押しかけるとは失礼が過ぎる。
「離せ!」「何しやがる」
しかも外ではエランとソグの声もするようだ。
「ふん、お前のところの亜人が領主館を襲ったのは明白だ」
訳が分からない。
首を傾げる俺の前に狼獣人とトカゲ亜人が引き出された。
風雨が入り込むので全員を中に入れた。
私兵の長らしき中年の男性が俺の前に一歩出て、声を荒げた。
「今夜、領主館が襲撃された。 この町にいる怪しい奴らといえばお前たちだ!」
ふーっと俺は大きくため息を吐いた。
「申し訳ないが、私はそのご領主様を一度も見たことはないのだが」
話には聞いたことはあるが館には入ったこともない。
「嘘を吐け!。 領主館は壁の一部が破壊されたんだぞ。
そんなことが出来るのは亜人か、魔術師に決まっている!」
へえ、と俺は興味なさそうに頭を掻く。
どうせ、今は何を言っても信じてはもらえないだろうし、彼らはここから動かないだろう。
「まあ、この嵐ではどのみちどこへも行けません。
朝になるまでお茶でもいかがですか?」
俺は部屋の明かりを点け、呆気に取られる領主の私兵たちを見回して人数分のお茶の用意をする。
この家は元々兵士の休憩所だったため、この人数なら楽に入れる。
五人の私兵たちは亜人二人を連れて入って来た。
「エランとソグは解放してもらえませんか。
彼らのことは雇っている私に責任があります。
何かあれば私が責任を持って引き渡しますよ」
俺は彼らの前にお茶とお菓子も出す。
お腹が空いていたのか、おとなしくなった私兵たちは椅子に腰掛けた。




