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二重人格王子Ⅲ~異世界から来た俺は王子と砂漠を目指す~  作者: さつき けい


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40/72

40・転移者は旧知に見つかる


 俺が王都へ買い出しに行って五日が経った。


ということは、順調にいけば荷物が届く日である。 


その日も朝から、掃除、朝食、いつもの体力作りを終えて家に戻っていた。


煉瓦職人との打ち合わせがある。


「あー、名前を訊くのを忘れてた」


三十歳くらいのイケメンが盛大にため息を吐いて「デザ」と名乗った。


砂漠は確か英語でデザートだったなあと思い出す。


砂族の少年に砂狐に砂トカゲ。 それに名前が砂漠に近い者まで側にいる。


「良い名前だな」


俺がニコニコしながらそう言うと、デザはちょっと嫌な顔をした。


「身分が低いほど子供の名前は短い。 俺も両親がウザスの歓楽街の出だからな」


へー、そうだったんだ。


そういえば、王族は名前が長いな。


ま、どうでもいいけど。




 俺はデザの前に公衆浴場の概略図を広げた。


俺が描いた落書きを王子が真面目に図案にしてくれたものだ。


「実は木工屋の店主に住民用の大きな風呂を造ってもらっている。 


出来ればその風呂の洗い場の床に煉瓦を敷きたいんだ」


「風呂の床?」


確か煉瓦の表面に釉薬を塗って、耐水にしたものがあると聞いた。


この町の石造りの家の屋根には陶器の瓦が乗っている。


たぶん釉薬もあると思う。


「ああ、屋根瓦に使うアレか。 確かに煉瓦は耐水に出来る」


俺は彼の言葉に頷く。


「ただ同じ色を敷き詰めるのは寂しいからさ。


同じ煉瓦でも色んな色で模様を描いたりしたらどうかなあって」


木工屋の店主やミランとも入浴施設の大きさに関してはこれから相談することになる。


急ぎではないが準備はしておいたほうが良いだろう。


「図案を考えるだけなら、この家のこの机を使ってもらって構わない」


夜は王子が使うから、昼間だけだけどな。


「考えてみる」と言ってデザは煉瓦工房へ帰って行った。





『そうだな。 いっそのこと魔法陣を描いたらどうだ?』


うーん、それはどうだろう。 気味悪くないかなあ。


『気味悪いだと!』


ありゃ、魔法陣好きの王子が怒った。


最近は本当に感情が豊かになってきたと思う。 良いことだ。


「魔法陣はあまり人目に付かないほうがいいと思うんだ」


誰でも得体の知れないものは怖い。


ここの住民は魔法陣なんて見たこともないんだから。


「俺が魔法を使う時、子供たちは怖がって隠れていることが多いでしょ」


魔法陣は見えないところに描く予定だよ、と言ったら王子の怒りは少し収まった。




 昼頃になって、俺はサーヴの港へ向かう。


ウザスに今朝着いた王都からの荷物がこちらの港に届く予定になっているのだ。


ミラン宛となっているのでロイドさんにも立ち会ってもらうため同行してもらっている。


 港にはサーヴの網元や漁師の漁船がたくさん係留していた。


少し沖に定期船など大型の船が見える。


そこから荷物の運搬用や人の乗り降り用に小型船が往復している。


荷物の積み下ろしをする人夫が大勢いて、その中には亜人も多い。


「え?」


俺は自分の荷物を探しながら、荷物と一緒に現れた男性をポカンと見ていた。


 見覚えのある菓子の屋台。


爽やかな笑顔のその男性は軽い茶色の髪をサラリと掻き揚げた。


「あんたがミラン様っすか?」


荷物の荷札を見て、チャラそうな男が話しかけて来た。


あ、そうだ。 俺は今、王子の外見じゃないんだった。


フードは被っていないが、どこにでもいる黒い髪に黒い瞳。


でも赤いバンダナを口元に巻いている。


我ながら見るからに怪しい格好だよな。


「あ、いえ、私はただの住民です」


俺はすぐに彼から離れ、人混みに紛れる。


 ロイドさんには荷札を確認してもらって受領書に署名してもらう。


あとは人夫にお金を渡して、地主屋敷に届けてくれるように頼んだ。




「何故あいつが」


ノースターで菓子対決をしたチャラ男こと、ラトキッド。


王宮の料理長と王宮の小屋で世話になったおばちゃんの息子だ。


しかしアブシース王国軍の諜報でもある。


「おー、あれが教会っすかー。 王都と比べるとちっちゃいっすねえ」


俺が旧地区の教会前の広場まで戻って来ると、何故かチャラ男が後ろにいた。


ビクッとしたことを悟られないように振り向き、軽く挨拶をする。


「ええ、そうです。 では私はこれで」


家に入り扉を閉める。


チャラ男が菓子の屋台を噴水の側に置き、教会に入って行くのが窓から見えた。


 サイモンとアラシが教会の側で遊んでいる。


「ユキ、二人をこちらに呼んできてくれないか」


足元にいた白い子狐に頼むと、【あい】と裏口から出て行った。


ところが、サイモンはこちらに来る前にチャラ男につかまった。


俺は絶望的な気持ちになる。




『まだ正体がバレたわけじゃない』


それはそうだけど。 優秀な諜報頭であるクシュトさんの配下だった男だ。


『旅をしながら情報を集めるのが彼の仕事だった。


今回もその仕事のためにたまたま来ただけかも知れないだろう』


そうかも知れないが、そのついでにバレる恐れもある。


俺がビクビクしているとユキが帰って来た。


【もうすぐくるー】


ああ、二人を呼んできてとは言ったが、あれは呼んでない。


サイモンたちと一緒にチャラ男も家に入って来た。


「お邪魔するっすー」


サイモンの手には王都の焼き菓子の袋があった。


買収されやがって!。




 とりあえずは客ということで、仕方がないのでお茶でも出すか。


「サイモン、皆も呼んでおいで。 リタリたちにもお菓子を分けてあげないと」


「うんっ」


家の中を見回し、椅子に座ったチャラ男がお茶を飲んで一息ついた。


「いやー、あなたもネスさんっていうお名前でしたかー。


実は知り合いにおんなじ名前の人がいましてー」


「わあー、お菓子だー」


チャラ男が話し始めてすぐに子供たちがなだれ込んで来た。


この辺りでは見栄えの良い菓子など手に入らない。


王都の菓子店で修業したチャラ男の菓子は味も申し分ないが、普通の焼き菓子なのにオシャレなのだ。


「きれー」


女の子たちが特に気に入ったようで大事そうに食べている。


俺は子供たちの分までお茶を入れているので忙しい。


チャラ男の話を聞く暇もないほどに。


「あとでまた来るっす」


ため息を吐いて、チャラ男は俺の家を出て行った。


屋台を引いたチャラ男が新地区のほうに消えていくのを見送る。




【あれ、てき?】


ユキが俺の様子を見てチャラ男を敵認定しようとした。


「あはは、違う違う」


子供たちもそれぞれの用事のために出て行った。


俺はユキの頭を撫でる。 目を細める白いモフモフに指を埋め、俺自身がその中に埋もれたくなる。


『ケンジ……』


「分かってる」


軍人であるチャラ男がどこまで俺の情報を掴んでいるのかは分からない。


知られたくない。


「この町の人たちを巻き込む訳にはいかない」


「まあ、気持ちは分かるっすけどねー」


俺はガタンと椅子を倒して立ち上がる。


ユキが「ミャオオォー」と警戒の声を上げる。


珍しく厳しい瞳をしたチャラ男が裏口に立っていた。




「やっぱご領主様でしたか」


ニヤリと笑う。


「パルシーに『ネス様は魔術師だから外見にはこだわるな』って言われてたんっすよ」


ただ怪しそうな若者を見ると一応疑うようにしていたらしい。


なるほど。


彼が捜していたのは、金髪緑目の青年ではなかったのだ。


 その時、チャラ男の姿が突然消えた。


「は?」


裏口から外に放り出されたようだ。


俺が外に出ると、そこにいたのはソグと砂まみれになったチャラ男だった。


「あーあ、ひどいっすねえ」


チャラ男はペッペッと砂を吐きながら立ち上がる。


「我が主、ご安心を」


ソグは槍を付きつけチャラ男を警戒している。


「待て。 俺はお前のあるじになった覚えはないんだが」


『そこかよ!』


王子のツッコミが的確だ。


「我は自分の主を守れない者には二度とならぬ」


確かに雇用主だけど、そこまで忠誠心旺盛なのか、トカゲ族は。


ソグの険しい瞳がチャラ男をじっと見据える。


「へえ、面白いっすねえ。 亜人の護衛とは」


チャラ男は砂を払い、いつも通りの軽い雰囲気のまま腰の短剣を抜く。




「お前ら、ここはダメだ。 子供たちが近くにいる。 やるなら砂漠でやってくれ」


睨み合う二人は俺の言葉が聞こえているのかいないのか。


「ソグ!、主の言うことを聞け。 キッド、お前は俺の弟子だろうが!」


それに応えるようにソグが「うむ」と言い、チャラ男は顔を歪めた。


「こんな時だけ弟子扱いっすか。 ひどいっす」


しぶしぶ二人は砂漠のほうへと歩いて行った。


やれやれと俺は肩をすくめ、荷物を受け取りに地主屋敷へ向かった。


『止めないのか?』


と王子が訊いてくる。


「確か、脳筋は拳で会話するんですよ」


ほっとけばいいと答えた。



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