39・転移者は住民を増やす
翌朝、いつも通りに掃除と朝食と朝の体力作りをやって過ごす。
背の高いソグが参加したことで、子供たちはかなりビビッていた。
「ソグさんは怖くないよ。 とっても強いんだ」
子供たちの間ではモフモフで人気のカシンが言うと、他の子供たちは少し安心したようだった。
ソグも案外子供好きらしく、カシンたちが走り回る様子を目を細めて見ている。
トニーたちとエラン親子が森の見回りに出かけると、俺はソグと二人だけで話をすることにした。
仕事を頼むためにも何が出来るのか知りたいしね。
俺の家の、一つしかない大きな机で二人分のお茶を出す。
ソグは足元をフラフラ歩き回る砂狐のユキにも目を細めた。
【とかげさん、すき】
ユキもまんざらでもないらしい。
【だって、すなとかげさんだもの】
「え?」
俺の肩に乗った黄色の鳥が驚いた声を出した。
「砂トカゲ?」
「ああ、そうだが?」
ソグは「何を今さら」という顔でお茶を飲んでいた。
トカゲ亜人には主に二種類あって、主に海や湖などで力を発揮する「水トカゲ」族と、陸で活動する「陸トカゲ」族。
「ウザスの港町には港で働く海トカゲが多い。
我は陸トカゲ族の中でも元々砂漠に住む砂トカゲと呼ばれている一族だ」
そういえば、山狩りに一緒にいた同じ鱗のある亜人の中でも、ソグは他の人とは鱗の色が違っていた。
海トカゲ族は黒に近く、ソグは明るい灰茶の砂色だ。
「やはり隣の国から来たのですか?」
フェリア姫のいるデリークトは公爵を頂点とする公国で、昔から亜人が多く住んでいる。
「そうだな。 本来は砂トカゲ族は砂漠に住んでいたが、何代か前から町に住むようになった」
国境の砂漠地帯にいたとしても、こちらのアブシース王国では亜人はあまり歓迎されない。
蔑まれる対象なのだ。
それならばと、身分は低くても仕事があるデリークトに行く亜人が多かったのだろう。
「多くは海で漁をしたり、船に乗っていたが、私は町で護衛の仕事をしていた」
まあ、これだけ身体も大きくて、腕っぷしも強そうだから側にいるだけでも心強いだろうね。
「しかし、ある事件があって解雇されたのだ」
そう言ってソグは苦い顔をした。
鱗に覆われた顔は表情があまり変わらないのに、それがはっきり分かるほど顔を歪めたのだ。
よほど悔しかったのだろう。
「我は主人と共に船で、とある場所に向かっていた。
ところが、ウザスの港町で罠にかかり、我だけが船に置いていかれた」
それは俺でも悔しいな。
「その航海で我の主人は襲撃され、結果的には無事ではあったが、我は主人を守れなかった」
俺の心がザワザワと騒がしくなった。
「ま、まさか」
ソグは、真っ青になった俺の顔を不思議そうに見た。
「フェリア姫の?」
「ああ、そうだが。 何故知っている?。 しかも六年も前の話であるぞ」
俺はあまりの衝撃に言葉も出なくなった。
その時、誰かが俺の家を訪ねて来た。
「ネス、いつものお兄さんが来たよ」
サイモンが呼びに来た。 小屋を作ってくれる大工の若者が来てくれたようだ。
俺は一旦気持ちを切り替えて外に出る事にした。
しかし、待っていたのは一人ではなかった。
「えっと、あなたは?」
顔見知りの若者の隣に、ミランと同じくらいの年齢のイケメンの青年が立っていた。
「木工屋の親父さんに言われて、ここなら仕事があるって」
「あ、ああ。 煉瓦職人さん」
そういえば、そんな話もしてたっけ。
とりあえずは大工の若者に教会横の子供たち用の炊事場周辺に屋根と囲いを頼んだ。
詳しい話はあとでするとして、他の二人にはその手伝いをお願いした。
ソグもイケメン煉瓦職人も素直に指示に従ってくれて、俺はホッとする。
五日ほどかけて、教会横の子供たちの炊事場が完成した。
お手洗いや簡単な風呂というかシャワー室も完備した立派なものになった。
「おいおい、これじゃ普通に家を借りるより、こっちのほうが豪華じゃねえか」
ミランが口元を片方だけ上げて笑っていた。
その間、ソグもイケメン煉瓦職人も良く手伝ってくれた。
ソグはエラン親子の家の隣の空き家を借りた。
砂に埋もれた畑跡の側だ。 そこは砂さえ無ければ良い畑になるという。
「我はずっと農作業がしたかったのだ」
思いがけずソグからはそんな話が出て、俺は驚いた。
「そうか。 身体つきや前の仕事ぶりから荒事が好きなのかと思っていたよ」
欲しがっていた槍を渡したらすごく喜んでいたし。
それでなくても口数が少ない種族で、嫌がっていても表情も分からないからなあ。
ソグは、ナーキとテートと一緒に芽が出始めたヤシの実をうれしそうに見ていた。
やはりヤシの実は砂族が持ち込んだとされる植物で、普通の人はあまり好まないそうだ。
美味しいのになあ。
ソグもヤシの実は好きだというので、ヤシの木を増やす計画を話す。
そして、このヤシの実担当の子供たちの世話を頼むと目をパチクリして驚いた。
爬虫類型の細い目が丸く見開くのを始めて見たよ。
「いいのか?」と二人の少年に訊いている。
「うん」と凸凹コンビの二人の少年が頷く。
「僕はもうお腹が空くのは嫌なんだ」
「おらも。 だからいっぱいおいしい物を作って皆と食べたいの」
ソグは黙っていたが、たぶん気持ちは複雑だったんだろう。
爪の長い指を握りこんでいた。
俺はソグの肩をポンと叩く。
「責任なんて感じなくていいよ。 子供ってのは親がいなくても育つんだ。
俺たち大人が出来ることは、彼らが独り立ちするのを手伝ってやることぐらいさ」
経済的な支援と、危険物の排除。 それが俺たちの仕事だ。
あとは見守るしか出来ないんだ。
ソグはそれから子供たちと一緒に畑を整備し始めた。
一面に溜まっていた砂を少しずつだが運び出したり、水や肥料を撒いたりしている。
俺はミランに空き家を一軒、町所有の農作業小屋にして欲しいと頼んだ。
「何に使うんだ?」
「荷車や農具、あとは採れた作物を入れて保存しておくための小屋ですね」
他の獣や不審者対策のため、ソグやエラン親子の家の近くにしてもらう。
改装のために、またしても大工の若者が呼ばれ、
「もう俺、旧地区に住んじゃおうかな」
と笑っていた。
ミランは苦笑いしていたが、それもいいかも知れないと俺は推奨しておいた。
「旧地区はこれからまだまだ人が増えるよ」
住民が増えるということは、仕事も増えるということだ。
「亜人が苦手でなければ」と言うと、今の若い者にはあまり抵抗がないそうだ。
サーヴの町ではあまり亜人自体がいない。
というか、亜人という言葉自体があまり使われないのだ。
砂族が多くいた地域の名残のようなものかも知れない。
自然と他種族を受け入れている。
「俺は別にいいっすよ。 親方のところにいても弟子は皆住み込みだし。
ここで一軒家がもらえて、仕事があるなら嫁さんも貰えるし」
どうやら好きな女性がいたらしい。
木工屋の店主はそれを知っていたから、彼にこっちの仕事をさせたのかな。
俺は賃金の他に駄賃も渡してるしね。
「分かった。 その気があるなら一度、店主とは話をしておくよ」
邪魔臭がりのミランにしては珍しく乗り気になっている。
若い者が増えるのはうれしいようだった。
「酒飲み友達を増やそうって思ってませんか?」
ロイド爺さんのツッコミには顔を背けていた。
「酒なら付き合うよ」
イケメン煉瓦職人はミランとは顔見知りだった。
小さい町で同年代なのだから当たり前か。
「こいつはな、新地区の浮浪児の頭だったんだ」
ミランが職人の肩を抱いて俺に説明する。
「昔の話だ」
幼いころに両親を亡くし、ウザスからこの町に流れて来た。
顔が良いので大人たちにはかわいがられた。
だがやはり他の子供たちから嫉妬され、ケンカが絶えなかったらしい。
俺はトニーが新地区の子供たちと揉めたことを思い出す。
「自然に腕っぷしは強くなったが、仕事は煉瓦工房しか雇ってもらえなかった」
煉瓦は土を配合したり、型に入れて乾かしたりと、割と重労働だ。
まあこの町で重労働じゃない仕事なんて、そんなにないだろうけどね。
「だから、煉瓦工房の親方には恩がある。
親方の息子が跡を継ぐまでは辞めるつもりはない」
彼自身にはとっくに独り立ち出来る腕はあるらしいが、雑用でもいいと言って本人が工房を出る気がないのだ。
子供のころから今まで、店の隅っこに寝泊まりしているらしい。
「あのころはミラン様ともよくケンカなさってましたね」
「あ、あれはケンカじゃねえ。 決闘だ」
ミランとロイド爺さんの会話に、イケメン煉瓦職人はただ苦笑を浮かべていた。




