21・転移者はヤシを見つける
俺は地主の屋敷とパン屋の間にある、小さな雑貨屋へ足を運んだ。
夫婦で雑貨の制作や販売をしている店だ。
俺は時々、子供たちの食器などの小物をここから買っている。
「こんにちは」
今日は昼間からおばさんが何かを作っていた。
「おや、ネスさん。 何か入り用かい?」
店先に作業場があり、作業しながら接客が出来るようになっている。
「子供たちの寝台が出来上がったので、一人に一つずつ衣服を入れる篭が欲しくて」
「ほお、それじゃあここにあるだけじゃ足りないね。
それに置く場所によって材料も変わるんだが」
そう言うので、一度教会裏の子供たちの寝床部屋へ連れて行った。
きちんと並べられたベッドに、作り付けの棚。
狭いが寝るだけなら十分だろう。
「篭は基本的に寝台の下へ入れようと思っています」
俺は古着屋で買ったシーツを捲って、寝台の下の空間を見せる。
シーツがあるので多少の砂ぼこりが部屋に入っても衣服にはかからない。
「ほうほう。 なるほどね」
雑貨屋のおばさんは何かを取り出して測っていた。
「分かったよ。 寝台の数だけ作ればいいんだね」
「あ、ここともう一つ部屋があるので」
そう言うとおばさんは驚いていたが、もう一つの部屋の寝台の数も合わせて後日納めると約束してくれた。
雑貨屋でも材料の品不足が続いているそうだ。
「今回はうちにあった材料で何とかなるけどねえ」
「そうですか」
俺はその話を聞きながら、気になっていたことを訊いてみる。
「あの、ヤシの木が海沿いにありましたけど、あれは使わないのですか?」
おばさんが首を傾げている。
「ヤシっていうのかい、あのでっかい実のなる木だろう?」
確か繊維が豊富で、実だけじゃなく、葉っぱで箒や篭なんかを作る材料になったはずだ。
元の世界の姉から、フィリピンだったかのお土産でヤシの実の人形とかもらった覚えがある。
本当はいらなかったけど。
「あの木、昔はたくさんあったけど、今はほら、少ないからねえ」
むやみに採るわけにいかないのだという。
「じゃあ、あの木を栽培出来たら作ってもらえますか?」
おばさんはアハハと笑った。
「そんな心配しなくても、物置を探せば籠の材料くらいあるだろうよ。
心配はありがたいが無理はしないでくださいよ、ネスさん」
「実は、サンダルが欲しかったんですが」
皮で作る簡単な履物が欲しい。
ここでは、基本的に町中では浅い靴、港では長靴が多く、砂の上を歩くには向かないのだ。
ノースターと王都で暮らしていた俺の鞄の中にもない。
「サンダル?、良く分からないが」
俺は草履をイメージして絵を描く。
「足の指に挟む感じで、かかとはこう開いてるので砂が溜まらないんです」
「なるほどねえ。 こりゃ便利そうだ。 しかし材料がねえ」
材料が何とかなればいいのか。
「分かりました。 では手に入ったらよろしくお願いします」
俺は王子の微笑みとまではいかないけど、精いっぱいの笑みを見せた。
雑貨屋を出て海岸に向かって歩いていると、リタリとサイモン、そして男の子二人が付いて来た。
この男の子二人はまるで兄弟のように仲が良い。
「ナーキはすぐ泣く」
身体の小さいナーキは六歳。 灰色に近い髪色に、利発そうな、濃い茶の大きな瞳をしている。
「テートはすぐ怒る」
テートは五歳だが、黒に近い茶の髪と茶色の瞳と、がっしりとした身体をしている。
ふたりはいつも手を繋いで、俺やリタリの後を付いてくるのだ。
俺は四人を連れて、海岸沿いにあるヤシの木を見に行った。
青い空に白い砂浜。 元の世界のTVで見た南国の風景だ。
しかしここも砂の影響で、ヤシの木の根元が完全に砂で埋もれている。
「やはり砂をどうにかしないとダメか」
「何を探しているの?」
サイモンが俺の服をツンツンと引っ張る。
「実が無いかなあって」
もう冬だしな。
そう思って俺が木を見上げると、子供たちも一緒になって見上げている。
元の世界のヤシの木は高くなるとおよそ10メートルくらいあるらしいが、ここはせいぜい3メートルくらいだ。
「見て来る」
「え?」
俺が驚いている間に、サイモンはスルスルと登って行った。
「お、おい、気を付けてー」
と言ってる間に姿が小さくなり、しばらくしてボトボトと実が二個も落ちて来た。
「これだけしかなかった」
サイモンが残念そうに降りて来た。
「いやいや、急に登って行ったからびっくりしたよ」
どうやって採るのかと聞いたら、実をグルグル回してねじ切るらしい。
俺があんまり心配そうな顔をしていたので、リタリがサイモンの頭をペシッと叩いた。
「怒ってないよ、驚いただけだから」
そう言って涙目になっているサイモンを慰める。
「やっぱりヤシの実だよな」
大きめのラグビーボールのようだ。
「固いし、危ないからあんまり人気ない」
サイモンがぶっきらぼうに口を尖らせて言う。
「ああ、もしかしたら砂漠の民が持ち込んだとされているのかな」
それで砂族以外の人はあまり栽培したり、実を採ったりしないのかも。
俺は自分の使い込んだ短剣を取り出す。
ガシガシと突き刺し、穴を開けると、鞄からカップを取り出して実を傾げた。
子供たちがマジマジと見つめる中、チョロチョロと果汁が流れ出る。
「あ、甘い匂い」
子供たちが興味津々で俺の手元を見ている。
俺は魔法陣帳から取り出した<殺菌>をかけ、口に運ぶ。
王子の身体は毒には耐性があるから、お腹を壊すことなんてまず無いけど念のためにね。
「うん、うまい」
俺は子供たちにも飲ませてやった。 毒は無さそうだ。
「美味しい」「うっまー」
他の子にも飲ませたいというので、他の木も探して後五つほど実を採って帰った。
夕食には新地区の子供たちもやって来るようになっている。
お互いに食材を持ち寄り、教会横の大きなテーブル付近で皆で食べる。
今日はヤシの実のジュースも出すと好評だった。
俺はトニーとリーダーの少年に依頼を出して、森で見かけた卵を産む鳥を探してもらっている。
「どうだった?」
二人は頭を横に振る。
あまり奥へは行かないようにと言ってあるので、なかなか見つからないようだ。
「小鬼がいたけど、ちゃんと隠れた」
俺は「それでいい」と微笑んで頷く。
「そういえば」
トニーがジュースを飲みながら俺の顔を見る。
「なんか、この間食堂で見かけた、若そうな猟師がいた」
「うん。 小鬼に追っかけられてた」
「一人でか?」
俺が訊くと二人はウンウンと頷いた。
また無謀な奴もいるもんだ。 子供を二人だけで森へ出す俺が言えたセリフじゃないけど。
「でさ、俺たちで助けようかどうしようかってずっと悩んでた」
トニーの顰めっ面に、俺は少し考えて、
「助けてって言われない限りはほっとけばいい」
と教える。
猟師は命の危険がある仕事だ。 彼らも覚悟して森に入っているはずなのだ。
小鬼はそもそもそんなに強くない。
だけどずる賢いのでやっかいな相手なのだ。
手こずっているからと手を貸すと、余計な事をしたと怒られる恐れもある。
だけど命の危険を感じれば、誰でも命乞いの言葉が出るだろう。
助けるのはその時でいい。
「相手は若いといっても大人だろう?。 お前たちより強いはずだからな」
逆にその若者さえ危ないのに、子供たちが近寄ればもっと危険になる可能性もある。
「うん、分かった」
リーダーの少年は頷き、正義感が強そうなトニーは少し硬い表情をしていた。
俺は果汁を搾り取った後のヤシの実を植えることにした。
家の裏手の空き地に、リンゴの苗木を育てた時のように土に直接魔法陣を描く。
その魔法陣の中央にヤシの実を入れた五個の桶を置く。 芽が出たら地面に植え換える予定だ。
味は十分だったから<成長速度・早五年><防虫防病><耐砂塵>を施してみる。
成長速度は最初の五年だけ早くなるようにという魔術らしい。
『実がなるのはそれくらいからだろう?』
確かにリンゴの木も実がなり始めたのはそれくらいだと聞いて、後で早く成長するようにした覚えがある。
王子、何気にヤシの実の果汁が気に入ったのかな。
噴水を直した時に出た頭ほどの大きさの石を運んで、砂漠側に石塀として積み上げて置いた。
前の井戸から出た石でも、教会の裏に砂漠との境目くらいに膝ほどの高さに石塀を作っている。
少しでも砂が浸食して来るのを止められるようにと思って作った。
まだ要所要所にしか作れないけど、まあそのうち何か考えよう。
俺がぼうっと考え込んでいる間に、ナーキとテートの二人がヤシの世話係りになっていた。




