20・転移者は町に馴染む
噴水の復活は、俺が思っていたより町にとっては大事だったようだ。
「よお、兄ちゃん。 噴水の件、ありがとよ」
夕飯を作ろうとしていたら、広場の海沿いにある網元が大きな魚を持ってやって来た。
網元というのは、漁業用の船や網などの貸し付け、魚の買い取り、販売を行う元締めのことだ。
この網元は家族の他に、地元の漁師の女房さんたちや子供たちを雇って商売をしている。
「これは今日獲れたやつだ。 遠慮なく食ってくれ」
陽に焼けた赤銅色の肌に禿げ頭を光らせた、大柄な中年男性だった。
俺が、見たことも無い大きな魚に目を丸くしていると、
「おお、そうか。 捌けなきゃ意味ないな。 どれ、台所を借りるぞ」
台所といってもこの家は元兵士用の休憩所なので、部屋はただっ広いが隅っこにちょこっと炊事場があるだけだ。
「こっちでいいか」
ガハハと豪快に笑いながら、中央の大きなテーブルに魚を乗せ、置いてあったドワーフのピティースにもらった包丁を持ち出す。
「ふむ、こりゃ良いもんだな」
網元はじっくりと包丁を見て感心していた。
そして、ダンッと大きなことがしたと思ったら魚を捌き始めた。
軽く下拵えはしてあったようで、血や鱗が飛び散ることはなかったけど、王子は顔を顰めている。
さっさと切り身にすると、子供たちに鍋を持って来させ、外の竈で煮込む。
残りは串に刺して、焼き始めた。
辺りに魚の焼ける香ばしい匂いが流れ、旧地区の住民や新地区の子供たちも呼んで振る舞うことにした。
「噴水の復活記念だ。 皆遠慮なく食ってくれ。 ガハハハハ」
大人も子供も皆一緒に笑顔で騒ぎ、食べる。
俺は新地区の女の子たちがこういう網元の下で働いているということに安心した。
子供たちを早々に寝かせ、今は大人の時間。
俺の家は元々人が集まるための場所だからね。
集まった住民たちは美味しい魚に舌鼓を打ち、俺が提供した酒を飲む。
酒は、ミランが「出せ出せ」ってうるさかったので仕方なく出したんだけどね。
旧地区の大人たちの前で、俺は「砂漠の研究に来た」と自己紹介し、子供たちのことは成り行きで面倒を見ていると話した。
肩の鳥がしゃべる事は驚かれたが、ミランやパン屋の主人が俺のことを怪しい者ではないと保証してくれた。
ミランは俺に旧地区の住民たちを紹介してくれる。
網元の奥さんと漁師の息子さん二人。 こちらも親と同じで、体格も性格も豪快だ。
旧地区では珍しい二階建ての屋敷で、従業員用の別棟もあり、住み込みで働いている者も多い。
子供たちも成人すれば正式に雇ってくれるかも知れない。
網元の屋敷の裏には小さいが二階建ての宿屋兼食堂がある。
「客も来ませんし、もう宿屋はやってませんよ」
店主は細身で口髭のお爺さんと小太りのお婆さん夫婦だ。
その食堂もほとんど飲み屋のようになっていて、ミランや網元は夜はここで飲んでいることが多いらしい。
パン屋の親子も顔を出した。
「お前さんのお陰で一年は無事に越えられそうだ」
母親は亡くなったそうで、成人したての娘と二人でがんばっている。
地主の屋敷の隣にある小さな雑貨屋は、中年夫婦が住んでいた。
「子供が新地区にいるんだけど、私らはここが気に入ってるからねえ」
昼間あまり姿が見えないと思っていたら、新地区の子供のところを手伝っているそうだ。
夜は手先の器用な奥さんが毛皮や木の皮などを使って小物を作り、旦那さんが昼間、隣町など行商で売り歩いているそうだ。
そういえば、夜になると家のそばに荷車のような屋台が置いてあったな。
あとは、ここには来ていないが、畑跡の井戸の傍に一人暮らしの身体の不自由なお婆さんが住んでいる。
子供たちが水くみをしている家だ。
新地区にいる知り合いが色々と面倒をみているらしい。
「え、住民ってそれだけですか?」
「ああ、そうだ」
地主であるミランとその使用人を除くと、十名ほどしかいない。
空き家だらけなのも当たり前である。
「この旧地区は俺の先祖がこの一帯全部を報償として受け取り、地主になった。
その頃は土地も家も、もっと広かったんだが徐々に砂漠が広がって、最近じゃ町の中にまで砂が入り込んでこのざまだ」
農作物を作っていた畑は砂に埋もれ、家は痛み、海は浅くなった。
「新地区の領主は楽観してるが、俺はいずれは旧どころか新地区も砂に埋もれるんじゃねえかって思ってる」
ミランの言葉に住民たちが頷く。
今ここにいる彼らは最後までこの土地を離れる気はないそうだ。
この家の窓からは噴水が見える。
静かな水音にお年寄りたちは懐かしそうに眼を細めていた。
きっとこの町がまだ賑やかだったころを思い起こさせるのだろう。
俺は誰もいなくなった部屋を片付けながら、この町の未来を考える。
『やはり砂漠のことを調べる必要がありそうだな』
王子の言葉に頷く。
拡がり続ける砂漠は、王族が無理に緑化した弊害かも知れない。
「そういえば、通信用魔道具は使えそう?」
『ああ、そうだな。 どこかの教会と通信してみる必要があるんだが、相手がいない』
そうだよな。 電話だって一台じゃ意味がない。 受ける相手がいて初めて機能する。
「うーん」
寝室に戻った俺は、寝転がって天窓の星を見上げた。
そうだ。
確か元の世界で、こちらの情報を乗せた通信みたいなのを勝手に宇宙に発信していなかったかな。
音楽とかメッセージみたいのを送ってたような気がする。
「つまりさ。 こっちから勝手に送って、受け取ってくれる相手がいるかを探るっていう手もありかなと」
通信魔法陣の全盛期に誤送信などが多かったのは受ける相手が多いからじゃないだろうか。
今はきっと受け取る相手は少ない。
『昔はおそらく教会本部から他の教会への通達が主な目的だっただろうからな』
「同じ内容を大多数に送るのには便利だっただろうね」
元の世界のFAX送信のようなものか。
でも1対1の場合、誤送信は致命的になる。
『私たちがここにいることを知られるとまずいだろう』
自重を止めたはずの王子が、珍しく尻込みしている。
「でも王子は研究したいんでしょ?」
『ふむ、こちらを特定されないようにすればいいのかな』
王子は魔道具や魔法陣に並々ならない興味を示す。
『う、むう』
好きなだけ悩んでもらおう。
それから数日、俺はだいたいの森の調査を終えた。
数枚の紙にまとめたものを、斡旋所を通して地主であるミランに納めてもらっている。
リーダーの少年も狩猟や解体が普通に出来るようになった。
初めて小鬼に遭遇したときは多少びびっていたが、トニーと二人で倒すことが出来た。
成人したら良い猟師になるだろう。
ノースターで新人兵たちを見ていた時も思ったけど、基本的にこの世界の住民は身体能力が高い。
子供でもおそらく元の世界の大人よりよっぽど強い。
これが環境に対する適応能力っていうものなんだろうな。
教会の改装は順調に進んでいる。
木工屋から手配されてきた若い大工さんを相手に、あーでもないこーでもないと毎日話しをした。
どうしても俺の世界の認識と、この世界の常識には違いがあるからだ。
相手が柔軟な頭の若者だったおかげで、壁に沿って枕を並べるベッドの頭の上に、一つ一つ、本や荷物を置く棚が出来た。
「こんな造り、俺、初めて見たー」
そう言いながら若い大工は楽しそうに作ってくれた。
真ん中に壁を作り、男女で分けた子供たちの部屋が二つ作られた。
実はもう一つ、秘密で祈祷室を作っている。
こっちは木工屋の主人に相談すると、「これは俺がやる」と自らやって来た。
教会に関することは如何に施工主の頼みでも、神罰が当たる場合があるからだ。
教会裏、右の扉から入ると女子部屋、左の扉から入ると男子部屋。
そして壁の中央に普段は隠された扉があり、そこから入ると表の教会の神像の真裏だ。
高い位置にあるステンドグラスの窓と、像を乗せる台座があった。
神像はあとで調達するとして、その台座に当たる部分に、あの通信魔道具の小さな扉がある。
「ありがとうございます」
思い通りの仕上がりに満足していると、木工屋の店主は少し困った顔をしていた。
「あんた、本当に何者だい?。 神様を恐れないたぁ、よっぽど何かあったんだろうがー」
「とんでもない。 俺は神様を信じていますよ」
その姿も声もバッチリ見聞きしているしね。
「ここは個人的に祈りを捧げる場所なので、誰にも知られたくないだけです」
天使の笑顔を発動して誤魔化すと、秘密を共有することになった店主はそれ以上は訊かなかった。




