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月に水まんじゅう  作者: はぎわら 歓


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25 食育

 園児たちが給食を食べ、食器が下がってくるまで、調理員全員で小休止をとる。そのあとは片付けとおやつ作りがあり、ほぼ一日の重要な業務が終わりとなる。

 星奈は今日の給食の出来栄えもなかなか良かったと思い、お茶を飲んでぼんやり空になった鍋を眺めた。



 ホテルの厨房と同じく慌ただしく走り回っているような仕事内容だが決定的に違いがあった。そのことを想うたびに星奈の胸は温かくなり自分の仕事を誇らしく思うのだ。それは出てくる残飯量だ。

 ホテルの料理が、決して手を抜かれたものでもまずいものでもない。さすが高級ホテルだけあって上質で品良く美味しい料理が提供される。値段が高いと思ってもその対価に見合っていると星奈は思う。

しかし、やはり残されるのだ。飾りにしか見えない食材はもちろんのこと、食べる側の意識もペロリと平らげるという感覚ではないのだろう。そのコンセプトを頭で理解ができていても星奈には料理を残してほしくはなかった。



「ごちそうさまでした!」

園児たちが食べ終えて口々に元気よく食器を下げに来た。

「おいしかった?」

リーダーの一色和江が尋ねる。

「うんっ!全部たべた!」

 活発そうな年長の男の子がはきはき答える。

「ごちそうさまでした」

 食物アレルギーを多々持つ、小柄な小松蓮が背伸びをしながら食器を下げる。星奈はちらっと彼の食器を見る。今日、彼が食べられないものはほぼ除去されているので、嫌いなもの以外は食べられるはずだ。

「あら、蓮くん、全部食べたの?」

 和江が空っぽの食器を眺めて言う。

「うん。ピーマンとじゃこもたべれた。おいしかったよ」

「そう。えらいわね」

 誇らしそうな笑顔で蓮は立ち去った。彼は最初アレルギーで食べられないものも多かったが、偏食もあり更に食べられないものが人一倍あった。しかしここで食べることの楽しみと同時に、食べることの意義を知り始めた。

 蓮の母親はそのことがとてもうれしくて堪らないらしい。そして母親自身も食に関する意識が高まったらしく、この給食のメニューとたまに配る子供にやさしいおやつのレシピを大事にとってあり、休日には一緒に作るようだ。

そのことを園長から聞くたびに調理員たちのモチベーションは上がる。



 他のベテラン調理員に今までの仕事の話を聞くと、この保育園は特別だと言う。

 給食を作るのがこの園で初めての星奈には驚く話だったが、他の園や給食センターではこのように調理員同士が熱意をもって協力し合うことは少ないらしい。女性の職場らしく新参者へのいじめやグループの対立なども経験するらしい。

 確かに高校時代はグループが出来ていて、群れない同級生はいなかった。星奈は美優が居なければ孤独だったかもしれない。


 この『おおぞら保育園』は園長の保育に対する考え方が明確であり、更に食育に力を注いでいるので、給食調理員の面接にも厳しかったらしい。

ふつう経験と資格の有無のほうが優先されるのだが、ここでは食育に対する考え方と熱意、そして子供そのものに対してどう考えているかを採用基準としていたらしい。



――面接当日。小柄だが骨太でがっしりとした園長の中島登世子と一対一の面接を受ける。

「片桐さんは、ホテルでのお仕事はどうでした?」

「はい。大変なこともありましたけど技術を磨くことが出来ました」

「技術だけ?」

「……。そうですね。余裕もなかったんですが、食べる人があまり具体的に見えなかったので作業効率をあげることばかりでした」

「ふんふん。なるほどね。それじゃあ、保育園の給食ってどういうものだと思う?」

「給食は子供の身体を作るものだと思います。食事がちゃんと栄養と愛情のあるものなら、ちょっとした身体の不調とかは治せると思いますし、身体が落ち着いていれば心も曲がらないと思うんです」

「うんうん。台所は家の薬局とも言うからね」


 星奈にしてみればその時に話した面接の内容は兄の修一に対する母の料理のことだった。今になれば、当時の意識はまだまだ低く理想的なことをぼんやりと語っただけだったように思う。

 一番年の近い、恋愛話ばかりふってくる小沢美沙は少し茶らけた印象だが、食に対する思いは一途だった。彼女には年の離れた弟がいたのだが、身体が弱く食も細かった。母親は料理に頓着のない人で、弟の病弱さと食の細さを嘆くばかりで、改善をしようとは考えられなかったようだ。結局、体力も免疫力も低いまま成人し、職についたが風邪をこじらせてあっという間に亡くなってしまった。

 加工食品で育った美沙は母親と同じようになりたくない一心で調理師となった。そして母に代わって美味しい優しい料理を弟に振舞っていたのだ。

「優しくて責任感の強い子でさー」小さな園児を見て美沙はたまにつぶやいた。「ねーちゃんの料理は世界一っていっつも言ってた」

 弟を亡くしぽっかりと空いた心の空虚を埋めたのが、この『おおぞら保育園』の給食調理員募集の案内だった。

 今でも残る悲しみは、園児の食の喜びによって少しずつ昇華されているらしい。


 毎日見る子供の笑顔は飽きることなく新鮮なものだ。美沙の作るおやつの『ニンジン餅』を味見する。可愛らしいオレンジ色で食欲をそそる。優しい甘さは身体に染み渡るようだ。

 みんながみんな作るものにいろんな思いが込められている。ここで食べるものは身体に良いだけの栄養食ではない。誰かの愛情も一緒にいただいているのだ。

 手を合わせたり、「いただきます」と声に出したりリアクションは様々だが、調理員一同、食事の前には料理を見つめ黙とうの様な一瞬を感じる。星奈は食べ物そのものに対するものとそれぞれの想いに対する畏怖があるのだろうと、静粛な気持ちで一口一口ゆっくりと噛みしめた。

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