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第2話 俺を拾った女公爵、飯が壊滅的でした

 レティシア・アルヴェイン公爵の居城は、宗一郎が想像していた「貴族の城」より、ずっと実用一点張りだった。


 街道から馬で一時間ほど走った先、山裾を削るように築かれた灰色の城壁は高く、装飾よりも防御を優先していることが素人目にも分かる。正門には分厚い鉄板が打ちつけられ、門の左右に立つ塔には弓を持った兵士が配置されていた。


 何より宗一郎を驚かせたのは、レティシアが負傷して戻ったというのに、城内が大騒ぎにならなかったことだった。


 もちろん出迎えた兵士たちは明らかに動揺していたし、医師らしき老人などはレティシアの姿を見るなり「またですか!」と頭を抱えていたのだが、それでも誰も仕事を放り出して泣き叫んだりはしない。


 主君が負傷して帰ってくること自体、どうやら初めてではないらしい。


「公爵って、ずいぶん危険な仕事なんですね」


 治療室へ運ばれていくレティシアの背中を見送りながら宗一郎が言うと、彼を城まで連れてきた騎士の一人が妙な顔をした。


「閣下の場合は、ご自身から危険な場所へ行かれますので」


「管理職が現場に出すぎるタイプですか」


「管理職……という言葉は分かりませんが、おそらく似たような意味でしょう」


「それ、一番周りが困るやつですよ」


 宗一郎は妙な親近感を覚えた。


 前の会社にもいたのである。


 部下を信用していないわけではないのだが、何か起きると自分で確認しないと気が済まず、結果として周囲まで巻き込んで残業を増やす役員が。


 ただし、会社役員ならせいぜい出張先で腰を痛める程度だが、レティシアの場合は本当に刃物で斬られて帰ってくる。


 スケールが違った。


「三枝殿、こちらへ」


 宗一郎を案内したのは、騎士団の中でも少し年上に見える男だった。


 四十歳前後だろう。茶色い髪に短い顎髭があり、鎧を脱げば気のいい酒場の主人にも見えそうだが、腰には立派な剣を下げている。


「申し遅れました。私はアルヴェイン公爵家騎士団副団長、ガレス・オルディンと申します。閣下を助けていただいたこと、部下を代表して礼を申し上げます」


「いや、本当に大したことはしてませんよ。たまたま通りかかっただけなので」


「その『たまたま』がなければ、我々は今ごろ領主を失っていたかもしれません」


 深く頭を下げられ、宗一郎は困った。


 日本で四十二年間生きてきたが、騎士団の副団長に礼を言われる人生は想定していなかった。


「頭を上げてください。俺としては、むしろ今晩泊めてもらえる方がありがたいくらいですから」


「それはもちろんです。客室をご用意しております」


「助かります。本当に。正直、異世界に来た初日に野宿はきつかったので」


「……やはり、異世界なのですか」


 ガレスの声が少しだけ低くなった。


 宗一郎は、ごまかしても仕方がないと思った。


「俺自身もまだ確信はないんですけどね。ただ、日本という国を誰も知らないみたいですし、文字も建物も何もかも違う。俺の財布に入っている金も使えないでしょうし、どう考えても遠方旅行という感じじゃないです」


 財布から千円札を一枚出して見せる。


 ガレスは慎重に受け取り、表と裏を何度も眺めた。


「紙にしては、妙に丈夫ですな」


「それ、お金です」


「これが?」


「はい。千円」


「……紙が?」


「その反応、ちょっと傷つきますね」


「申し訳ありません」


 ガレスが大真面目に謝るので、宗一郎の方が笑ってしまった。


 こうして誰かと普通に会話できるだけでもありがたかった。草原で一人になった直後は、もっと悲惨な状況を覚悟していたのだ。


 客室へ案内された宗一郎は、荷物を置く前に風呂の有無を確認した。


 異世界に来て最初に尋ねることが風呂というのもどうかと思ったが、血の付いた人間を抱え、馬にも乗り、汗と埃でかなりひどい状態になっていた。


 幸い城には浴室があった。


 ただし湯船ではなく、大きな桶に湯を張って体を洗う方式だった。


「まあ、あるだけ百点だな」


 宗一郎は用意された布で体を拭きながら呟いた。


 着替えはないので、洗った後も同じワイシャツとスラックスを着るしかない。


 そこで改めて思う。


 これは旅行ではない。


 少なくとも明日の朝起きたら自宅のベッド、という保証はない。


 服も必要だし、仕事も必要だし、金も必要になる。


 考え始めれば不安はいくらでも出てくる。


 しかし、宗一郎はそれらをいったん脇へ置いた。


 仕事でも、大きな問題ほど一度に全部解決しようとすると失敗する。


 今日は寝床を確保できた。


 なら明日は明日の問題を考えればいい。


 そうやって自分を納得させて客室へ戻ると、扉の前に一人の少女が立っていた。


 年齢は十七、八くらいだろうか。栗色の髪を後ろでまとめ、白いエプロンをつけている。


「三枝様でいらっしゃいますか?」


「様はいらないですよ。三枝で大丈夫です」


「ですが、公爵閣下のお客様ですので」


「じゃあ、三枝さんくらいでお願いします。四十二歳にもなって若い人から様付けされると、何だか悪いことをしているみたいで落ち着かないんですよ」


 少女は一瞬きょとんとした後、小さく笑った。


「では、三枝さん。閣下がお呼びです」


「もう治療は終わったんですか?」


「はい。ただ……」


 少女はそこで言葉を濁した。


「何かありました?」


「その、閣下が『腹が減った』と」


「怪我人なんだから、そりゃ減るでしょう」


「はい。それで、三枝さんを呼べと」


 宗一郎は首を傾げた。


「医者じゃなくて俺?」


「はい」


「料理人でもないんですけど」


「それも申し上げたのですが、『知っている』と」


「知ってるなら呼ばないでほしいなあ」


 どうにも嫌な予感がした。


 その予感は、かなり正しかった。


 案内されたのは、城の食堂だった。


 長い木製のテーブルが置かれ、二十人ほどは一度に食事ができそうな広い部屋である。


 そしてテーブルの一番奥に、治療を終えたレティシアが座っていた。


 脇腹には包帯が巻かれているらしく、先ほどより動きは慎重だが、顔色はかなり戻っていた。


「来たか、宗一郎」


「来ましたけど、休んでなくて大丈夫なんですか」


「傷は浅い。医師からも食事を取って休めと言われた」


「だったら食べて休んでくださいよ」


「その食事が問題なのだ」


 レティシアが顎でテーブルの上を示した。


 宗一郎もそちらを見る。


 皿の上に、黒い物体が載っていた。


 炭のようにも見える。


「……何です、これ」


「肉料理だ」


「元は?」


「山羊だ」


「元って言っちゃってるじゃないですか」


 宗一郎は皿へ顔を近づけた。


 香ばしいを通り越し、焦げ臭い。


 ナイフで軽く押してみると、肉とは思えないほど硬かった。


「これは料理じゃなくて、保存用の燃料か何かです?」


 部屋の隅にいた料理人らしき男の顔が青ざめた。


「も、申し訳ございません!」


「いや、あなたを責めてるわけじゃなくて。これがこの世界では普通なのかなと思って」


 宗一郎が慌てて取り繕うと、レティシアが淡々と答えた。


「うちの料理長は腕がいい」


「では、これは?」


「私が焼いた」


 宗一郎は黙った。


 レティシアも黙った。


 先ほどの少女と料理長まで黙った。


「……どうして怪我人が厨房に入ったんです?」


「宗一郎が言っただろう。ちゃんと食べろと」


「言いましたよ。でも、自分で焼けとは言ってません」


「厨房へ行ったら、ちょうど肉があったのでな。自分で焼いた方が早いと思った」


「それで山羊がこうなったんですか」


「少し火が強かった」


「少し?」


 宗一郎は黒い肉を持ち上げた。


 硬い。


 かなり硬い。


「これ、敵に投げた方が役に立つんじゃないですか」


 レティシアがむっとする。


「そこまで言うことはないだろう」


「いや、怪我人にこれを食わせる方がひどいですよ」


「味は悪くないかもしれん」


「食べたんですか?」


「まだだ」


「じゃあ何を根拠に言ってるんです」


 レティシアは答えなかった。


 どうやら戦場では最強でも、料理については自分の失敗を認めるのが嫌らしい。


 宗一郎は妙なところで人間臭い女だと思った。


「料理長さん」


「は、はい!」


「何か消化のいい食材あります?」


「卵、麦粥、鶏肉、根菜などがございます」


「じゃあ厨房、少し借りてもいいですか」


「もちろんでございます!」


 料理長はほとんど救われたような顔をした。


 宗一郎は腕まくりをする。


「ただし、俺は料理人じゃありませんからね。家で飯を作っていただけです」


「それでいい」


 レティシアは即答した。


「お前が作ったものが食べたい」


「……公爵様、それ、言い方だけ聞くと変ですよ」


「何がだ」


「いや、分からないならいいです」


 宗一郎は厨房へ向かった。


 城の厨房は広かった。


 竈がいくつも並び、鉄鍋や陶器の器が棚に置かれている。冷蔵庫は当然なかったが、地下から引いているらしい冷たい貯蔵庫があり、食材の管理も思っていたよりしっかりしていた。


 ただし、宗一郎が卵を手に取ったところで驚いた。


「大きいな」


 鶏卵より一回り大きい。


「森鶏の卵です」


 料理長が説明する。


「普通の鶏より少し大きい鳥でして、味は濃いかと」


「じゃあ、これで雑炊みたいなものを作りましょう」


「ゾウスイ?」


「説明するより作った方が早いですよ」


 米はなかったので、柔らかく煮た麦を使うことにした。


 鶏肉を細かく切り、根菜と一緒に煮る。塩は控えめにして、最後に溶いた卵を流し込む。


 特別な料理ではない。


 むしろ、日本なら風邪を引いたときに食べるような素朴なものだった。


 しかし、湯気と一緒に鶏の香りが立ち始めると、厨房にいた人間たちが次々と宗一郎の鍋へ近づいてきた。


「何です?」


「いや、その……香りが」


「普通ですよ」


「その卵は、いつ入れるのです?」


「最後です。火を通しすぎると硬くなるので」


 料理長が真剣な顔で頷く。


 宗一郎は少し居心地が悪くなった。


 家庭料理を作っているだけなのに、一流料理人の実演でも見ているような空気になっている。


「期待しすぎないでくださいね。本当に普通の飯ですから」


「三枝殿」


「さんでいいですよ」


「では三枝さん。普通というのは、その土地によって違うものです」


 料理長に言われ、宗一郎は少し考えた。


 確かにそうかもしれない。


 自分にとって当たり前でも、ここでは違う。


 逆も当然あるのだろう。


 出来上がった麦雑炊を器へ盛り、食堂へ戻る。


 レティシアは妙に姿勢よく待っていた。


「お待たせしました」


「これは何という料理だ」


「麦雑炊……でいいのかな。俺の国では米を使いますけど、今日は麦なので」


「お前の国の料理か」


「似たものはたぶんどこにでもありますよ。怪我人向けの飯なんて、そんなに変わらないでしょう」


 宗一郎が器を置く。


 レティシアは匙を取った。


 一口食べる。


 すると、動きが止まった。


 宗一郎は少し不安になる。


「薄すぎました?」


「いや」


「不味い?」


「違う」


「熱い?」


「少し黙っていろ」


「怒らなくてもいいでしょう」


 レティシアはもう一口食べた。


 それから三口、四口と続ける。


 食べる速度が徐々に上がっていく。


「公爵様、怪我してるんだからゆっくり食べてください」


「分かっている」


「全然ゆっくりじゃないですよ」


「腹が減っているのだ」


「さっきおにぎり食べたでしょう」


「あれは半分だった」


「まだ根に持ってるんですか」


 ついに料理長が顔を伏せた。


 肩が揺れている。


 笑いをこらえているらしい。


 レティシアも気づいた。


「料理長」


「はっ!」


「笑ったか」


「まさか!」


「顔を上げろ」


「申し訳ございません!」


「やっぱり笑ってたんじゃないですか」


 宗一郎が口を挟むと、料理長は完全に観念した。


 レティシアは不満そうだったが、それ以上は追及せず、雑炊を食べ続けた。


 やがて器が空になる。


「……もう一杯あるか」


「ありますけど」


「持ってこい」


「お願いするときの言葉、知ってます?」


 食堂の空気が凍った。


 料理長も少女も、今度こそ本気で固まっている。


 宗一郎自身も、言ってから少しまずかったかなと思った。


 しかしレティシアは怒鳴らなかった。


 しばらく宗一郎の顔を見つめ、それから少しだけ眉間に皺を寄せる。


「……頼む」


「はい、喜んで」


「なぜ嬉しそうなのだ」


「ちゃんと頼めるじゃないですか」


「私は子供か」


「そういうところは、ちょっと」


「宗一郎」


「すみません」


 口では謝りながらも、宗一郎は笑っていた。


 この女公爵は、怖い人物ではあるのだろう。


 少なくとも周囲の態度を見れば、それは分かる。


 けれど宗一郎には、どうしても恐ろしいだけの人間には見えなかった。


 空腹なら機嫌が悪くなり、自分で肉を焼けば炭にし、それを指摘されれば拗ねる。


 偉い人間にも、そういうところがある。


 むしろ、その方が宗一郎には付き合いやすかった。


 二杯目の雑炊を食べ終えるころには、レティシアの顔色もかなり良くなっていた。


「宗一郎」


「今度は何です?」


「明日の朝も作れ」


「いやです」


「なぜだ!」


「俺、客ですよね?」


「そうだ」


「客に飯を作らせる城っておかしくないですか」


「では雇う」


「話が早すぎる!」


 レティシアは真剣だった。


「住む場所がないのだろう。金も、この国で使えるものを持っていないと言ったな」


「まあ、そうですけど」


「ならば私の城で働けばよい」


「何の仕事をするんです?」


「飯を作れ」


「俺は料理人じゃないです」


「では何ができる」


 宗一郎は考えた。


「総務です」


「ソウム」


「会社の中で、誰がやるのか分からない仕事をだいたいやる部署です」


「具体的には」


「備品の管理、建物の修繕手配、人事関係の雑用、会議の準備、文書作成、業者との交渉、事故対応、宴会の店探し、社員が鍵をなくしたら予備鍵を持っていく、コピー機が壊れたら修理業者を呼ぶ……」


 途中から説明していて、自分でも悲しくなってきた。


 レティシアはしばらく黙っていたが、やがて大きく頷いた。


「何でもできるのだな」


「違います。何でもやらされるんです」


「同じではないか」


「全然違います」


「なら、ちょうどいい」


「何がちょうどいいんですか」


 レティシアは当然のように言った。


「この城も人手が足りん」


「嫌な一致だなあ……」


 宗一郎は頭を抱えた。


 異世界へ来たら勇者になる。


 魔法使いになる。


 冒険者になる。


 そんな話なら分かる。


 だが自分は、異世界へ来ても総務なのだろうか。


「少し考えさせてください」


「よい。ただし、明日の朝食は作れ」


「そこだけ確定なんです?」


「命令ではない」


「じゃあ断ります」


「……頼む」


「その言い方を覚えるの、早いですね」


 また料理長が顔を背けた。


 宗一郎は仕方なく笑った。


「分かりました。朝飯くらいなら作りますよ」


「そうか」


 レティシアは満足そうに頷いた。


 そして一瞬迷ってから、やや声を落とした。


「今日の料理は、美味かった」


「ありがとうございます」


「……久しぶりに、食事を美味いと思った」


 その言葉だけは、先ほどまでの強引な公爵の声ではなかった。


 宗一郎は何か事情があるのだろうと思ったが、初対面に近い相手へ踏み込むほど無神経ではない。


「じゃあ、明日はもう少し元気が出るものを作りましょう」


「期待している」


「期待しすぎないでください。本当に家庭料理しかできないんですから」


「構わん。私はそれがいい」


 またその言い方である。


 宗一郎は何となく落ち着かず、話題を変えようとテーブルの端に置かれた買い物袋へ手を伸ばした。


「そうだ。そういえば忘れてました」


「何をだ」


「納豆」


 レティシアの表情が変わった。


「異世界最初の外交問題、と言っていた食べ物か」


「そこだけ覚えてたんですか」


「当然だ。出せ」


「本当に?」


「私は公爵だぞ」


「その理屈、納豆には通じませんよ」


 宗一郎は三パックのうち一つを取り出した。


 透明な蓋を開け、薄いフィルムを剥がす。


 独特の匂いが広がった瞬間、レティシアの顔から表情が消えた。


 料理長が一歩下がる。


 少女は鼻を押さえた。


「宗一郎」


「はい」


「これは食べ物なのか」


「日本では」


「腐っているぞ」


「発酵です」


「腐敗との違いを説明しろ」


「人間に都合がいい方が発酵です」


「雑すぎる!」


 初めてレティシアが声を上げた。


 宗一郎は笑いながら箸がないことに気づき、匙で納豆を混ぜ始めた。


 糸が伸びる。


 さらに混ぜる。


 もっと伸びる。


 レティシアは、戦場で化け物でも見るような目になっていた。


「動いているぞ」


「動いてません」


「糸を出している!」


「そういう食べ物です」


「生きているのではないか?」


「たぶん公爵様より大人しいですよ」


「私と比較するな!」


 食堂に、ついに料理長の笑い声が響いた。


 少女まで耐え切れなくなったらしい。


 レティシアは二人を睨んだものの、宗一郎が匙を差し出すと、今度は完全に納豆へ意識を奪われた。


「食べます?」


「……食べる」


「無理しなくてもいいですよ」


「私はアルヴェイン公爵だ。この程度の食べ物に怯えるものか」


「食事に身分は関係ないと思いますけどね」


「よこせ」


 宗一郎はほんの少しだけ匙に乗せた。


 レティシアは受け取る。


 しばらく眺める。


 覚悟を決めたらしい。


 一口で食べた。


 そして三秒ほど動かなかった。


「どうです?」


 レティシアはゆっくりと宗一郎を見た。


「宗一郎」


「はい」


「これは……敵国への拷問に使えるのではないか」


「日本国民に謝ってください」


 今度は、食堂にいた全員が笑った。


 宗一郎まで腹を抱えた。


 異世界へ来てからまだ半日も経っていない。


 帰る方法は分からない。


 明日からどう生きるかも決まっていない。


 それでも、まったく知らない世界の城で、知らない人間たちと同じことで笑っている。


 宗一郎は、それを少しだけ不思議に思った。


 レティシアは水を何杯も飲んだ後、納豆を睨みながら宣言した。


「二度と食べん」


「無理しなくていいですよ」


「だが」


「はい?」


「明日の朝食は期待している」


「だから俺は料理人じゃないですって」


「知っている」


 レティシアは、妙に満足そうだった。


「だが、お前の飯は好きだ」


 料理長が咳き込んだ。


 少女が目を丸くした。


 宗一郎だけが、何の問題もない顔で頷いた。


「それなら良かったです。作った側としては一番嬉しい言葉ですよ」


 その返事を聞いたレティシアが、なぜかほんの少しだけ不満そうな顔をしたことに、宗一郎は気づかなかった。


 四十二年間、恋愛らしい恋愛からかなり遠ざかっていた男に、女心を察しろという方が無理だったのである。


 そして翌朝。


 宗一郎は、この城の厨房に置かれていた食材を見て、別の意味で頭を抱えることになる。


「……公爵様」


「何だ」


「この城、朝飯って普段何を食べてるんです?」


「焼いた肉だ」


「毎朝?」


「毎朝だ」


「野菜は?」


「肉の横に置いてある」


「それ、食べてます?」


「たまに」


 宗一郎は額を押さえた。


 異世界生活二日目。


 どうやら最初に立て直すべきなのは、魔王でも王国でもない。


 女公爵の食生活らしかった。


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