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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
魔王城と最終決戦編 (一話完結)
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魔王と魔女と小さき者・後編

「どうやらおチビちゃんには【魔法】の才能があるみたいだねぇ」


 魔女セラフィムはそう評価した。


「うむ。たしかにあの瞳(・・・)の持ち主ならば、特別な魔力を備えているであろうな」


 魔王ソルレオンも同意した。


 ごく稀にそういった、自然には発生しない色彩を先天的に持つ生物が生まれることがある。そのような色彩を持つ生物は非常に魔力が高く、強力な生物であることが多い。

 だがその一方でそういった色彩を『異常』だと認定され、排斥されることも多々ある。特に人間では。


 あの『小さき者』もまたそういった人種だ。おそらく生け贄に選ばれた理由もあの瞳(・・・)が原因だろう。

 本人が望んでいなくても、持って生まれたものは変えられない。

 ならば、せめて――――


「本人もあの瞳(・・・)を好いてくれればよいのだがな」


 あれほど美しいのだから。



「ところでセラフィムよ」

「なんだい? 魔王さま」

「その『変化の秘薬』の効果は、まだ続いたままなのであるか?」


 セラフィムは口の端を曲げて笑った。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 魔王たちは雁首を揃えて会議室に集合していた。

 白熱していた論争はいったん途絶え、みな一様に押し黙っていた。だいぶ煮詰まっているのか、部屋の空気が重苦しい。


「……やはり、どうにもならぬか? イフリートよ」

「……ああ、俺らも万能じゃないからな。出来ないことは出来ない」

「そこをなんとか『トロ火』でやってくれぬか?」

「……それじゃあ『床暖房』だろう。ただの快適な空間になっちまうよ」


 今回の議題はいわゆる『ダメージ床』である。

 魔王は地下空間の一室に溶岩を敷き詰めた『マグマ部屋』を造り出した。魔王の属性である『火属性』にちなんだものである。


 その部屋に入った時の衝撃はかなりのものだろう。

 真っ赤に煮え滾る溶岩が煌々と燃え盛り、真っ暗な地下空間に鈍い明かりを満たす。下からの赤い光は部屋全体を禍々しいシルエットに変えてしまい、雰囲気もかなり魔王好みに仕上がっている。

 そして灼熱の熱気である。天井まで立ち篭もる部屋に入った者の体力を徐々に奪い、さらに誤って溶岩だまりに足を滑らせれば大火傷どころではすまないだろう。

 部屋の入り口から対岸まで足場は用意されている。だがそこは見るからにせまくて、探索者たちの心境を表すかのように不安定だ。時折溶岩の一部が冷えて固まり足場を造るが、一定時間で再び溶岩の中に没してしまうため、慎重にタイミングを見計らうことが重要になる。

 あまりにも危険すぎる部屋だった。


「しかしだな、この我ですら(・・・・・・)ダメージを受けるのだから、人間たちが溶岩に落ちたらひとたまりもあるまい」

「ああ、間違いなく燃えて溶けて、焼け死ぬだろうな。しかも一瞬で」


 いくら部屋の奥にご褒美として豪華な宝箱を設置したとしても、それほど危険なところに挑戦するような勇者が現れるだろうか?

 魔王のように一度や二度くらい溶岩に落ちてもダメージを受ける程度で済めば、ひょっとしたら再挑戦しようという気分になるかもしれない。

 だが現実は一度のミスで『死』に直結する。


 それゆえに火力を抑えて死なないように調整しようとするのだが、すると溶岩はじんわりと温かいだけの『床暖房』に変わってしまう。溶岩の状態を維持するには熱量がまるで足りないからだ。

 しかも見た目も非常に地味である。絵面としてはなんとも微妙で『なんか床が温かいだけの部屋に宝箱が置いてある』という謎だらけで逆に怪しい部屋になってしまうのであった。



 会議の場にはふたたび沈黙が舞い降りる。

 誰もがこの問題を打開するような妙案を思い付けないでいた。



「し、しつれいします。お茶をおもちしました」



 そんな淀んだ空気を和らげたのは、一人の女の子だった。

 お仕着せの給仕服に身を包み、体格より大きいカートをガラガラと押しながら入室してくる。まだ緊張しているのか、声が上擦っていた。


「うむ。『小さき者』であるか、ご苦労である」


 あれから女の子は魔王城で暮らしていた。

 世話役兼教育係は魔女のセラフィム。彼女のもとで魔法の研究を手伝いながら、読み書きや礼儀作法の教育を受けて日々を過ごしていた。空いた時間は今回のように雑事の手伝いもしている。

 いずれ魔王城を出ていく時に役立つようにと、女の子には魔術の手解きもしている。基礎を学び始めてまだひと月足らずであるが、たしかな魔術の片鱗が見受けられていた。


 魔王がいったん一息つけることを宣言すると、場の空気は一気に弛緩した。

 女の子が集まった魔族の一体一体に熱いお茶を淹れていく。魔王の好みに合わせた火傷しそうなほど熱い緑葉茶だ。

 新緑に香る湯気を嗅いで一口すする。うまい。


「なかなかお茶を淹れるのが上手くなってきたではないか。どれ褒めてやろう、フハハ」

「あ、ありがとうございます」



 魔王はふと、女の子に意見を聞いてみることを思い付いた。

 何気ない話題提供のつもりでだ。


「地下にあるマグマ部屋をいっそ閉鎖しようと思っているのだが、どうであろうか?」


 魔王の夢とロマンをぐらぐらに煮え滾る溶岩の中に閉じ込めた部屋であったが、その実態は灼熱と絶望が渦巻くあまりにも危険すぎる部屋だ。

 辿り着いた先にあるお宝がどれほど魅力的であろうと、あまりにも高すぎる危険度に二の足を踏む勇者たちの姿が目に浮かぶ。

 結局、攻略されないまま放置される部屋に対する処遇は『廃止』の悲しい二文字である。


「あたしは……その、へいさしてほしくありません」


 女の子の意見は『反対』だった。


「お茶につかったお湯だって、あのおっきなおふろのお湯だって、マグマ部屋があるからつかえるんです。だから……」


 マグマ部屋の副産物である。マグマ部屋に別名を付けるとしたら「給湯室」か「ボイラー室」だろう。

 溶岩から生み出される膨大な熱量は城内で使われるお湯を作り出すのに再利用されていた。いちいち火を起こさずとも熱湯を得られることは利点としてかなり大きい。


 魔王たちは意外な目の付け所に素直に感心した。

 だが女の子はそれらの視線を勘違いしているのか、おどおどと首をすくめて縮こまった。顔を伏せているが、今にも泣きそうな雰囲気だ。強面(こわもて)の魔族たちにいっせいに見られて怖がっているのかもしれない。


「うむ。たしかに大浴場が使えなくなるのは痛いのである。美味いお茶が飲めなくなるのもな」


 魔王は助け舟のように口を出した。

 女の子はやんわりと同意をもらえて、ほっとした様子で魔王を見た。


「ならばどうすればよいと思う?」


 魔王が質問を重ねた。マグマ部屋の問題を簡単にまとめて補足する。

 女の子は赤い頬に手を添えて考え始めた。その姿は服装もあいまってか、夕食の献立を考えているようにしか見えない。


「……『まほうじん』をつかいます」

「ふむ。『魔法陣』とな?」


 今ちょうどセラフィムに教わっている分野の魔法だ。正確には『魔法の使い方』。魔力さえ込めれば登録した魔法をいつでも誰にでも扱うことが出来るのが『魔法陣』である。


「まちがってマグマに落ちちゃっても、えっと、『てんいのまほうじん』があれば、しんじゃったりしないと思います」

「ほう。『転移の魔法陣』はマグマにも書けるのであるか?」

「え? かけないんですか?」


 二人揃って魔女セラフィムを見た。


「その発想はなかったねぇ。なかなか面白いじゃないか」


 セラフィムも興味深げだ。魔導に精通した熟練者だと逆に思い付けなかったのかもしれない。あるいは柔軟な発想は『人間ならでは』ということもある。


「ではセラフィム、イフリート。貴様らはマグマに転移の魔法陣が書けるか実験してくるのだ」

「はい」

「かしこまりました」

「…………あの!」


 女の子が勇気を振り絞って声を上げる。


「あたしにも、手伝わせてください!」


 小さな手を祈るようにぎゅっと握りしめ、魔王と目を合わせて願い出る。

 魔王はふっと笑みを漏らした。


「……なかなか良い目をする。よかろう『小さき者』よ、貴様も手伝うがよい」


 女の子の顔がぱあっと明るくなった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それから数週間にわたり実験を繰り返した結果、『流動する魔法陣』という新しい魔法が構築された。普段は液体や流動体に溶けているが、魔力を込めることで再構築されて発動するという高度な技術だ。

『流動する魔法陣』はマグマに溶け込み、足を滑らせて落ちた瞬間に発動するように設定された。

 これによりマグマ部屋は「マグマに落ちてもちょっと火傷をするくらいで、少しダメージを受けただけでスタート地点に戻される」という絶妙な難易度に調整された。

 ちなみに『湯沸し機能』は健在である。



 魔王ソルレオンは報告を聞いてとても満足した。


「素晴らしい! よくぞやり遂げた!」


 玉座の前に跪く者たちに賛辞の言葉を惜しげもなく与えた。


「なにか褒美をやらねばな。遠慮するでない、なんでも好きなことを一つだけ願い出るがよい」

「おお、やったぜ! 太っ腹じゃないか魔王のダンナ」

「うーん、なににしようかねぇ……」

「……」


 はしゃぐ二体の魔族をよそに、女の子だけが俯いたままで静かだった。なにか決意を固めているようにも感じる。

 魔王がそれを察して問いかけた。


「『小さき者』よ。欲しいモノがなにか、もう決まったのであるのか?」



「……あたしを、まおうさまのけらいにしてください」



 女の子ははっきりとそう言った。



「あたしにはかえるところがありません。まってる人も……もう、いません。


 いうことはなんでもします。役にたつようにべんきょうもいっぱいします。


 だから……あたしをここにおいてください。おねがいします」



 それを聞いた魔王は珍しく困ったような表情になった。

 唸るように悩んでいると、イフリートたちが声を上げた。


「魔王のダンナ。この子のこと、俺からもお願いするぜ」

「それなら私は『弟子』が欲しいねぇ。ちょうどそこに良い子がいるし」


「貴様らまで……」


 しょせん魔王たちは『魔族』であり、女の子は『人間』である。

 頑丈な魔族ならまだしも、人間はか弱く脆い。まして人間の子供など。魔族と人が共に生活することに不安を感じなければウソになる。

 そして彼女の才能も惜しい。おそらくこれから相応の努力と経験を積めば、最高位の一角である【賢者】にすらなれるであろう才能を、魔族に堕とすことで潰してしまうのは非常に惜しい。


「いや、それは我のわがままであるな」


 誰にも聞こえないように呟くと、魔王は改めて『小さき者』に向き合った。



「――――もう、人間どもの中には戻れぬぞ」

「はい」

「――――【魔族】と蔑まれ、忌み嫌われるのだぞ」

「はい」

「――――『人』としての名を、捨てることになるのだぞ」



『人』としての女の子が最後に持っていたもの。

 多くのものを失った女の子が持っていた唯一のもの。


 両親からもらった、大事な大事な『名前』。


 女の子は目を瞑り、唇を噛み締めた。


「――――はい。なまえも、すてます」



「……わかった。もうなにも言うまい」


 魔王は頷いた。


「『小さき者』よ、貴様を我が元へ迎え入れよう」


「……これで、あたしはまおうさまのけらいですか?」

「ふむ。『家来』というより、我らは仲間であり同士である。まあ、『家族』みたいなものであるな」

「えっ?」


 魔王がさらりと言った言葉に女の子は硬直した。驚きに目を見開いている。



「いつまでも『小さき者』ではあんまりであるな。新しく名前を付けてやりたいところである」

「では――――」


 セラフィムが手を挙げた。『変化の秘薬』の効果が切れたのか、もともとの枯れ木のような細腕に戻っている。


「この『セラフィム』の名を与えましょうぞ」

「む? よいのか?」

「こんな老婆には大層な名でござりまする。なんの、私のことは『魔婆』とでも呼んでくだされ」


 セラフィムが呵呵(かか)と笑う。


「あいわかった。【堕天熾天使 セラフィム】よ、これより貴様は【魔婆】と名乗るがよい」


 その皺と同じように深い笑みを作り、【魔婆】は一歩下がった。

 魔王は女の子に向き直った。



「『小さき者』よ、貴様の新たな名は【セラフィム】である」



【セラフィム】はまだ驚きに目を開いたままだった。

 その瞳を見つめると不思議な気持ちになる。



「いつの間にか雨が止んだみたいだな。おお、見ろよ『虹』が架かってるぜ」

「『にじ』だと?」


 イフリートの言葉で空を見る。

 青空に架かった七色の大橋。それを見た魔王ソルレオンの頭の中ですべてが繋がった。頭にかかった曇天が晴れ渡ったような心境である。



「そうだ!『虹』である! その綺麗な瞳の色は『虹色』であったか!


 フハハ、決めたぞ。


 貴様はこれより【虹の魔女 セラフィム】を名乗るのだ!」



 雨の季節が終わりを告げ、晴れやかな熱い季節が近付く。


【虹の魔女 セラフィム】の物語は、これから始まるのであった。




「小さき者」は過去編のお話になります。これからは、


「小さき者 → 虹の魔女セラフィム(文中呼称「セラ」)」

「堕天熾天使セラフィム(文中呼称「セラフィム」)→ 魔婆」


 ということになります。ややこしくてすいません。

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