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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
大海獣島物語編 (長編)
71/72

魔王と勇者と七日目戦争・終

 太陽が沈みかけていた。

 斜陽に傾いた朱の光線は最後に、海と空をつなぐ巨大な柱を浮かび上がらせていた。


【大海竜 リヴァイアサン】


 とてつもなく巨大だ。

 とてつもなく長大だ。

 それが本当に海底からそそり立つ『柱』ならば、きっと夕方の赤い空も支えきれるだろう。だが本当は夜の闇よ早くこいと、藍黒の夜空を引っ張り込もうとしているとしている『腕』なのかもしれない。

 封印から解放された歓喜に打ち震えた咆哮。

 気が済むまで天空に咆えると、ようやくその巨大な頭部をもたげた。


 その姿にはかつての面影がなくなっていた。

 鱗も、爪も、牙も、眼球も、角も、背びれも、骨も、肉も、全身すべてが『魔石化』していた。きっと心や魂までもが魔石と化しているだろう。

 あんな姿はもはや大海竜や暴君とは呼べない。【暴君の亡骸(ドラゴンゾンビ)】、【大海魔石の竜骸(スカルドラゴン)】だ。



『――――――グオオオオオオォォォォォ…………ォォォォォォゥゥゥゥゥ…………』



 魔石竜は咆哮ではなく『魔力声』を発した。

 視力だけでなくありとあらゆる感覚器官を失った魔石の竜は、魔力声を反響させて周囲を知覚しようとしていた。全身が魔石である竜は魔力だけは感知できるのだ。


 そして魔石竜は、もっとも近くの大きな魔力を感知した。

 もちろん、海獣島の沿岸部で睨み合っていた勇者陣営・魔人王陣営・魔海王陣営の面々である。彼らは戦うことも逃げることもすっかり忘れ、リヴァイアサンの圧倒的な姿を呆然と眺めていた。


 魔石竜がゆっくりと海獣島に近付いてくる。いや、実際にはすさまじい速度で泳いでいる。巨大な物体が遠くから近付いているので『ゆっくり』に見えるだけだ。

 あれがなにを思い考えて近付いてくるかはわからない。だが確実に人々や魔族たちの魔力に向かって接近している。特に魔人王の莫大な魔力は灯台の灯りのように煌々とよく見えることだろう。



 やがて黄昏時は過ぎ去り、深い藍色の空が大海原を染めていた。

 ちょうどこの時間帯は「大禍時(おおまがとき)」と呼ぶそうだ。


 淡い魔の燐光に縁取られた魔石竜は、亡霊のような不気味さを纏う。その姿はこの世のものとは思えなかった。強大な力を持つ【魔王】と対峙した時とはまた別種の、背筋が凍るような恐怖を刻みつけられる。


 海獣島に接近した巨大な胴体、巨大な頭部。

 巨体の圧迫感と強烈な魔力の波動を受けて、三十近い数の人間魔族の強者たちが一斉に後ろに下がった。

 そこにはもはや『人』だの『魔物』だのという垣根は存在してない。『弱者』と『絶対強者』、ただそれだけがあった。



 ずしゃりと、力強い足音。

 ただ一体だけが、前へと進み出た。



【闇と炎の魔人王 ソルレオン】



 黒衣を羽織った魔人王だけが、リヴァイアサンの亡骸に堂々と対峙していた。


 魔人王は深々と長い息を吐く。燃えてしまいそうなほどの熱い吐息だ。

 ほかの者たちにはもはや彼の背中しか見えていない。魔人王がどんな表情をしているのかはまったく見えていない。



 ――――次の瞬間、漆黒の爆炎が暴れ狂った。



 それは上空の闇夜よりもなお昏い。纏っていた闇の衣が純粋な闇の魔力と魔炎に還っている。揺らめく闇と炎のせいか、魔人王の後ろ姿が大きくなってるように感じられた。

 いや、錯覚などではない。メキメキ、メリメリというぞっとするような音とともに、魔人王の肉体がさらに大きく、ぶ厚く、より強靭に、より強大に、そしてより邪悪に造り変わっていった。



「――――――これ以上……」



 ぽつりと呟く。

 そして魔人王の背中が消えた。

 いつの間にかリヴァイアサンの眼前まで跳び上がっていた。


 そこにいる全員が見上げる。

 魔石竜の頭部の場所が高すぎて、よく見えない。

 だが、そこにいる全員にははっきりと見えた。

 魔人王ソルレオンが思いっきり拳を握っているのを。



「――――――――話をっ、ややこしくっ、するなああああああああああああああああっっっ!!」



 リヴァイアサンの顔面に魔人王の拳が叩き込まれた。


 すさまじい爆発とともに、夜空に再び太陽が出現した。


 それはそれは、『真っ黒い太陽』であったが。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 バラバラに砕かれた暴君の竜骸は、魔石の雨粒となって降り注いでいた。


 自分たちの頭にぶつかる魔力の欠片を避けようともしない。そこにいる誰しもが今まで存在していたリヴァイアサンがいた場所を見つめていた。

 かつて『リヴァイアサン』だったモノは『魔石の竜骸』となり、最後には砕け散って大小が様々でバラバラの『竜化石』と成り果てて、海獣島や魔海のあちこちに降り注いだ。


【暴君】と呼ばれ恐れられていた大海竜リヴァイアサンは完全に消滅した。


 ドスンと、重い落下音が響く。あの海産物を装備した変態が降りてきた崖の上からだ。

 そこには揺らめく黒炎と闇の瘴気を身に纏ったソルレオンがいた。彼はさらに崖下のみんながいる場所まで軽々しくひょいひょいと飛び降りてくる。

 見事に着地した時、すでにソルレオンは黒のロングコート姿に戻っていた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

『…………』

『…………』


 リヴァイアサン登場からここまでの間、魔人王以外が言葉を発することはなかった。この一連の出来事にすっかり呑まれて声を失っている。

 そして最初に立ち直ったのはさすが【六魔将】というべきか、悪魔騎士デュラハンだ。


「ア、アノ、魔王サマ――――」



「――――勇者どもよ」



 デュラハンの声を無視して、魔人王ソルレオンは勇者陣営に話しかけた。

 ぎろりと勇者たちを睨みつけたように思えたが、もうすでに辺りは暗くて顔はよく見えない。ただなぜか闇夜に浮かび上がっているような昏い瞳だけが彼らを射すくめた。


「……今ならば見逃してやろう。

 それとこの我の元まで来れた褒美である。その辺に転がっている『竜化石』の欠片をいくつかくれてやる。さっさと拾って、とっとと消えるがよい」


『王たる者』にしか許されていない傲慢な言いぐさだ。人魚姫のような強制力を持つ『言霊』でないにも関わらず、有無を言わさず従わせるような絶対的な響きを含んでいる。

 だが、あのリヴァイアアサンを一撃で屠った光景を見せつけられた後では、誰も魔人王に逆らおうなどと思うわけがないのも当然だ。命が残っただけでも幸運なのだ。



「待ってっ!!」



 声の方向に視線が集中する。【勇敢なる者 エレン】だ。

 勇者陣営は彼女を止めようとするが、エレンの決意と覚悟は折れたりしない。


「ま、まだ中央遺跡に捕らえられた仲間がいるんだ。

 ソルを助けるまで、ぼ、ボクはぜったいに【魔王】に屈したりしない!」

「やかましいっ!!」

「――――あふん」


 べしんと、エレンの頭をかるくひっぱたいて気絶させる。

 やっぱり【魔王】には勝てなかったよ……。



「ほかに、異論のある者はおるか?」


 今度こそ睨みつけながら周囲の冒険者たちを見回す。だがエレンのように口に出すような人間はもういなかった。

 だがどことなく彼女の意見に賛成しているような雰囲気が漂っていた。『仲間を助けるため』という理由に感銘を受けて参加した者たちがいるからだ。


 ソルレオンは適度に運動したおかげで血の巡りが良くなっている。そのおかげか、ふと妙案を思い付いた。


「ふーむ…………ならばその仲間とやらは、貴様たちをこの海獣島から追い出すための『人質』にしようではないか。

 貴様たちが大人しく出ていくのであれば、仲間とやらを後でちゃんと無事に帰してやろう。

 だが貴様たちが出ていかぬというのならば…………人質をどう料理してくれよう? ワカメとコンブと一緒に鍋で煮込んでやろうか? 磯臭い貝殻やサンゴと一緒に盛り付けてやろうか? フハハハハ!」


「な、なんだとーっ!」

「くっそー、卑怯だぞ。魔王!」

「いや、待つんだ。ここで抵抗したら人質が……」

「ああ、くやしいが、ここは魔王の言う通りにするしかない」


「そうである、そうである。もうすっかり暗くなってしまったし、大人しく帰った方がいいのだ」


 勇者陣営には立派な退くべき理由ができた。

『退かなければ人質が危険』という誰もが納得するものだ。しかももうひとつの目的である『竜化石』も手に入れたので、逆に海獣島に留まる理由がなくなった。



「では勇者たち、冒険者たちよ!

 我はいつでも待っているぞ。またいつでも挑戦してくるがいい! フハハハハハハハーーーーっ!!」



 魔王ソルレオンは勇者たちの船を見送った。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 すっかり日が落ちて、夜空にはまん丸の満月が昇っていた。


 月明かりに照らされて、夜に蠢いているのは様々な魔物たちだ。魔人王陣営と魔海王陣営である。

 ガルーダ部隊の襲撃を止めたものの、未だデュラハンら精鋭悪魔部隊の士気は高い。惜しくも人間たちは逃したが、そもそもこの戦いは『世界征服』の足掛けであるため、海獣島を占領するまで止まりそうもない。


「さて、次はクレイクロウさんたちの番であるが……」


『はいっ! 私たちは「降参」いたしますっ!!』


「なっ!? はやっ!?」



 魔海王の決断は早かった。

 苦笑いのソルレオンは腕を組みながら首を傾げる。


「下手に抵抗されても面倒であるが……いくらなんでも早すぎるのではないか?」

『いいえ、もとより私は魔人王さまと戦うことなど……恐ろしくてぜったいにできません。もし戦うことになったら、きっと瞬殺されて終わりでしょうし』


 魔海王は淡々と答える。まぎれもなく事実だからだ。


『この魔海を占領するために【魔海王】と名乗っている私を殺すだけならば、それは仕方ないことです。王の責任を果たすという意味でも、大人しくその死を受け入れましょう。

 ですが! ですが、どうか……人魚姫やクラーケンさん、サーペントさん、それに魔海に棲む仲間の海魔たちだけは見逃してもらえませんか!?』


 むしろここまでくると潔い。

 クレイクロウさんは自分の首ひとつ捧げることで、なんとか場を収めようとしていた。魔人王はおろかデュラハンたちにさえ勝てないことを悟っていて、それでいて被害を最小限に抑えようとしている。

 まぎれもなく、この交渉は彼にとっての『戦い』だった。


 デュラハンたちは忠実なる従僕であるがゆえに黙って控えていた。

 すべては【魔人王】の胸ひとつで決定する。クレイクロウさんの覚悟を汲み取ってもいいし、遺恨が残らないように魔海王たちを全滅させることも可能だ。



『ちょっと待……ってください! クレイクロウさんを殺さないでくれ……ください! 代わりに俺様を気が済むまで殴ってくれ! なんなら殺してくれても構わない!』

『ええ、どうか魔海王の首には釣り合いませんでしょうが……このアタクシたちの命で、どうかアナタ様の怒りを収めてくださらないかしら?』


 魔海王を特に慕うクラーケンとサーペントが必死に身代わりを乞う。ふと見ると、人魚姫ことマーちゃんもソルレオンの慈悲にすがるかのように両手を組んでお願いをしていた。

 彼らのその姿を見て、ソルレオンは魔海王陣営にも手出しをしないことに決めた。だが、このまま大人しく退くことになるとデュラハンたちが黙ってはいないだろう。



「……うむ、そうだっ!

 貴様ら我が軍門に降れ。貴様らが【魔人王軍】に入ればすべて解決するのである」


『はいっ! 私たちは【魔人王軍】に入りますっ!!』


「だからっ!? 決断が早すぎるのであるっ!?」



 悪魔騎士デュラハンはそのやり取りを聞いて震えた。呆れや怒りで震えたのではなく、感動してその身を震わせている。


「オオッ、サスガハ魔王サマ! 一滴ノ血モ流スコトナク、魔海ヲ占領シテシマワレタ……ッ!」


 デュラハンは基本的には「魔王さま万歳!」であった。

 同じく精鋭悪魔たちもその勝利宣言を聞いて、勝鬨を上げて万歳三唱を始めた。夜の空気を吹き飛ばすほどの歓喜の遠吠えや、「魔人王さま万歳!」「ソルレオンさまスゲー!」と讃える声まで聞こえる。



 こうして魔海王たちはソルレオンの部下になった。

 こうして魔海はソルレオンの領地となった。



 今回の騒動は【闇と炎の魔人王 ソルレオン】の完全勝利に終わった。




 海獣島編・完。

 次回、幕間でみんな合流します

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