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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
大海獣島物語編 (長編)
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魔王と勇者とそれぞれの七日間・4

 日が西に傾き、魔海が朱に染まっていった。


 大海原の水平線にぽつんと浮かぶ謎の船。風もない凪の時刻にいったいどうやっているのか、魔獣島にどんどん近付いてきている。

 その船から感じられる気配は一週間たらずで忘れるはずがない。


【勇者エレン】とその仲間たちの気配だ。



 クレイクロウさんも彼女たちの気配を感じて警戒しているのか、口元をワシャワシャさせたりハサミを上下させたりと威嚇行動をとっている。


『あのクラーケンさんとサーペントさんの襲撃を乗り越えてここまでくるとは……、次の相手もなかなか手強そうですね』


 実際は人間たちなど船底に大穴を空けられてしまえばそこで終了である。魔獣島に近付くどころか魔海に入ったとたんに沈められても不思議ではない。

 しかしクレイクロウさんはかつて所属していた魔人王軍の影響で、勇者や冒険者たちはできる限り生かしたまま帰ってもらう方針を採用している。これは本来『勇者たちの再挑戦』を期待してやっていたことなのだが、当代の魔海王もまたかつてより身に沁みついた方針を変えずにいた。


 魔海王は血と争いを好まない。しかしながら仲間である魔族たちを守るという立場と責任を捨てたわけではない。


『魔人王さま、どうぞやっちゃってください!』


 魔海の王はダイナミックに大地にひれ伏して頼み込む。

 あまりにも堂々とした漢らしいDOGEZAだ。あんまり強くないことを自覚しているので自分ではめったに戦わないのだ。

 だが当のソルレオンはというと、


「…………いいや、我はあれとは戦えぬ」


 苦渋に満ちた顔で断った。



『アイエエエエ! マオウサマ!? マジンオウサマナンデ!?』


 クレイクロウさんは慌てふためいた。頼りにしていた用心棒がここぞという時に役目を放棄したため、びっくりしすぎて言葉がおかしくなっている。

 ソルレオンは一人思案する。だがしかし海に囲まれた小さな島に逃げる場所などありはしない。


 海獣島の中央遺跡から奇岩城に入れるのだが、そこに立て篭もってもわずかな時間稼ぎにしかならないはずだ。衛兵ともいえる陸上で動ける海魔たちの数が圧倒的に足りないためだ。下手をすれば上陸から中央遺跡まで素通りできてしまうかもしれない。

 そもそも海獣島に上陸されてしまったら海魔では手が出せない。強力な海魔は大型である場合が多く、さらにそのほとんどが海中でしか動けないからだ。


 魔海そのものが強固な城壁・城門となり冒険者たちを近付けさせないのだが、一度そこを突破されてしまえば脆い。城外がおそろしく厳重で、城内の警備が手薄になっているのが魔海王軍の現状である。

 その弱点を埋めるため一時的にソルレオンが雇われたのだが、


「我のこの姿を見られるのもマズいのかもしれぬな。一度撤退するか……?」


 彼は今、戦わずに逃げようとしている。


「む? 違うのだ。『戦わぬ』わけではないぞ。とても残念だが『戦えない』だけなのだ」

『私はなにも言ってませんが……いいえ、言うべきなのでしょうが』

「と、とにかくこんな拓けた場所で見つかるのはマズいのである。移動しようではないか」



 しどろもどろになっているソルレオンに対して、魔海王はなにも言わなかった。なにか言いたげではあったが、彼を責めることなく黙って着いてきた。

 マーちゃんを背負って崖の上まで移動する。人間たちが上陸できる場所はだいたい決まっているため、うまく隠れながらそこを見張る場所はすでに見つけてあった。


 ソルレオンたちが覗き込むように崖下を確認した時、ちょうど船から勇者たちが降りてきたところだった。

 まず上陸したのは勇者エレンだ。遠目からでもわかる黄金の髪は見間違えようがない。決意を固めた表情で島の中心部をじっと見据えていた。

 そして次に上陸したのは聖職者ミカ、そして魔術師セラだ。白黒の対照的な衣服に身を包み、勇者に付き従うような陣形だ。魔物の襲撃を警戒して辺りを見回している。


 ふと、セラがこちらを見た。

 一瞬だけ心臓が跳ね上がったが、よく考えたらセラには居所がバレても平気だったことを思い出す。

 ソルレオンが小さく手を掲げた。ひょっとしたらセラの持っている『変化の秘薬』の予備を受け取れるかもしれないと期待してだ。その隙はあるだろうか。

 だが、セラは小さく首を横に振った。

 ソルレオンは落胆した。残念ながら合流は難しいらしい。


 そしてその理由はすぐに明らかになった。

 エレンたちに続いてぞろぞろと上陸してくる者たちがいたからだ。



「――――っ!! あれはっ!?」

『魔人王さま、お静かに……っ』


 とっさに口を押えて黙る。どうやら叫び声は下には聞こえなかったようだ。

 再び下を覗き込む。そこには魔人王にとっては見覚えのある顔がずらりと勢揃いしていた。しかもそれだけではない。


『なんということでしょう…………追い払ったはずの冒険者たちもいるじゃないですかっ』


 前日に魔人王と戦って敗れた四人組はおろか、そのほかの冒険者たちの姿もそこにあった。彼らはところどころボロボロになっているのだが、その目にはまだ戦意が残っている。

 冒険者たちはこの大海原で奇跡的に合流できたのだろう。一人でダメなら二人で、二人でダメなら四人で、四人でダメなら十人で……、と頭数をそろえて『再挑戦』してきたのだ。


 魔人王と魔海王は、自分たちの見識の甘さを思い知らされた。

 陸上で戦える魔海王軍は数の上で圧倒的に不利に陥っている。それなのに助っ人である魔人王ソルレオンは今の姿で勇者エレンの前には出るわけにはいかない事情がある。



『ああ、どうすれば……っ。もうすぐ満月の夜だというのに……っ!』


 さらにもうひとつ、魔海王軍にはやらなければならない『儀式』があった。

 ソルレオンはその日まで海獣島を守り通すというのが約束だったのだ。勇者たちがやってくるのが、せめて儀式の後だったらほかにも手があったのかもしれないが。


 その時、人魚姫のマーちゃんが袖口を掴んできた。

 マーちゃんはなにも言わない。だが心配そうにこちらを見つめてくる。


「ええい、やめんかっ! そんな顔をするでない」


 ソルレオンは思わず顔を逸らしてしまう。今のマーちゃんのような顔は昔から苦手だった。出会ったばかりのエレンや小さい頃のセラを連想してしまう。


「…………時間を稼ぐだけだ。まともには戦わぬ」

『魔人王さまっ!!』


 クレイクロウさんは歓声を上げた。マーちゃんも手を叩いて喜んでいる。


「貴様らはとっとと儀式の準備とやらを始めるのだ。できる限り儀式を早く終わらせておけ。

 ううむ、あとは我の正体を隠すためになにか細工をしておかなければ…………」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 勇者エレンは固い表情で島の中心部を見つめている。

 そこに囚われているであろう仲間の一人を思い、剣の柄を握り締めた。


 シドの船からは次々に冒険者たちが降りてくる。海獣島に向かっている途中でほかの帆船と出会い、戦う意志を残した冒険者たちを乗せたからだ。

 その時に冒険者や船乗りたちから海獣島の状況を聞いた。



 ――――あの島には【魔王】がいる――――



 その忌まわしい名前を聞いた瞬間、勇者エレンの体は恐怖に震えた。

 気が付けば熱線で貫かれた胸を抑えている。彼女が恐怖や不安を感じた時にやってしまうクセのようなものだ。ましてやその胸の傷痕を刻んだ張本人が目的地にいるという。


「だいじょうぶですか、エレン?」


 先程まであちこち見て回っていたセラが気を使って声をかけてくる。


「あの方ならばきっと無事でありましょう。必ずや我々でソルどのを……っ!」


 反対を向けばミカが気合いを入れている。

 さらに後ろからは冒険者たちがぞろぞろと上陸してくる。彼らは一度敗北して海獣島から帰る途中だったが、エレンたちの事情を知って協力してくれたのだ。


「……ありがとう、みんな。ボクはもう一人じゃない。ソルはぜったいに助ける!!」


 そうだった。今回は『魔王を倒すこと』が目的じゃない。『ソルを助け出すこと』が勇者エレンがやるべきことなのだ。『戦う』のではなく『助ける』、そこを間違えてはいけない。

 それを手伝ってくれる頼もしい仲間たちもいる。


 エレンは決意の表情で剣を抜き放った。

 夕日を受けて朱に染まる。錆びている剣とは思えないほど神々しく、燃えているような刀身はそこにいる人々の目を惹きつけた。



「――――行こう。海獣島の中心部へ」


 エレンの号令で全員が移動を開始した。その時だ。



 ――――――――フハハハハハッ!! フゥーーーーハハハハハハハハッッ!!



 突然、笑い声が周囲に響き渡った。

 進もうとしていたエレンたちが足を止め、その豪快な笑い声の主を探した。


「――――あっ、あそこになにかいる!!」


 誰かが指差した断崖絶壁の上、そこには謎の影が堂々と仁王立ちしていた。




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