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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
おいでよ、魔獣の森編 (長編)
26/72

勇者と修行と新たな仲間

 密度の濃い時間は駿馬の如く、あっという間に過ぎ去ってゆく。


 早朝から真昼までは基礎を中心とした鍛錬と模擬訓練。そして昼間からは実地訓練と称した『実戦』のために魔獣の森へ入る。

 鍛錬と休暇を織り交ぜながら、ここ数週間ほど大森林にて魔獣たちと戦い続けてきた。


 そしてついに勇者エレンは、より高難易度の魔境へと足を踏み入れることが許可されるまでに成長した。



 次なる魔境とは、【世界樹の地下遺跡】のことである。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「世界樹の地下に? 遺跡があるの?」


 勇者エレンは昼食を食べる手を止め、問いかけた。


「うむ。どうやら存在するらしいのだ」


 格闘家ソルは答えながら、手にしたサンドウィッチにかぶりつく。ペースト状になった赤い果実の甘じょっぱいソースが口の端を汚した。


「正確には『遺跡』ではなく、『迷宮』かもしれぬな。どちらにしても同じことだが」


 にやりと笑ったソルの顔は禍々しい。口元の赤いソースが血のように見えるからだ。

 子供が泣きだしてもおかしくない表情だが、エレンにはもう慣れたものだ。自分の唇を指差してソルに知らせる。


「くち、また汚れてるよ。ああっ、ちょっと待って! もうしょうがないなぁ……」


 着ているものの袖口で汚れを拭おうとするソルを止めて、エレンは懐から取り出した布片で彼の口元をきれいにした。

 体格だけで言えばエレンの方が子供のようなのだが、二人の行動から察するに一体どちらが子供でどちらが大人なのかわからなくなる。


『おい。お前らの食ってるものの方がうまそうじゃニャいか。吾輩にもちょっと食わせるニャ』


 この中で一番食い意地が張っているのは子供ではなく、ちっちゃい魔獣の方だ。

 黒豹クアールは好物の川魚を目の前にして、エレンたちのサンドウィッチに釘づけだった。食べ物からじっと目を離さず、よだれを垂らすその姿を見て、一体誰が彼を【魔獣の王】とわかるだろう。

 ただ彼が食欲をそそられるのも無理はない。ソルはひと口味わってみて、改めてそう思った。


【鳥肉ローストのサンドウィッチ】

 じっくりと火を通した鳥の胸肉を薄くスライスして、緑の葉野菜と赤の果実をライ麦パンではさんだ、(いろどり)が鮮やかなサンドウィッチだ。

 具材の間にはさんだ特製の赤ソースは淡白な鳥肉にとても合う。全体的にあっさりとした食べ応えなので軽めの食事にちょうどいい。


「んもう、しょうがないなぁ! はい、クアールちゃん、あーん」


 エレンがうれしそうに具材の鳥肉を一切れつまんで、直接その手から食べさせようとする。

 クアールはさすがにうんざりしたように口を開く。だがそれは食べるためではなかった。


『ニャン回言わせる気だ。吾輩に、触れるんじゃ、ニャい』

「エレンよ、それ以上うかつな真似はするでない」


 クアールの警告にソルも同意する。


【死と呪いの魔獣王 クアール】。そのふたつ名に冠され、そのふたつ名に刻まれた『即死攻撃』と『死の呪い』は違った意味を持つものである。

『即死攻撃』はクアール族すべてが持つ特徴で、彼らの殺意が具現化した死神の鎌である。その凶悪な攻撃を自在に(・・・)操ることができるからこそ【クアール族】という魔獣は極度に恐れられている。

 だが『死の呪い』は違う。これは魔獣王に触れた者すべてに降りかかる本物の『呪い』である。敵味方の区別なく猛威を振るい、王の意志すら超越した最悪の呪いだ。


 クアールが他者に触れられることをひどく嫌っているのは、その呪いのせいだ。『死の呪い』は周囲すべてだけでなく、彼自身にとっても最悪の呪いなのだ。


「あの……ごめんなさい……」


 いつになく固い声音のクアールといつになく真剣な表情のソルに気圧されて、エレンはあやまる。まるで叱られた子供のようにしゅんと小さくなった。


『……その、ニャんだ。わかればいいのニャ』

「……うん」

『ああもうっ、吾輩のサカナをちょっと食わせてやるから、元気出すニャ!』

「……うん」


 涙目のエレンをなぐさめる。クアールは断腸の思いで川魚を差し出した。

 エレンが小さくお礼を言うと、クアールはぷいっとそっぽを向く。彼の尻尾と触手がゆらゆらと恥ずかしげに揺れていた。


『エレンはよほど魔獣王に気に入られたようだな。これまで魔獣王の御身に一度でも触れて、存命できた者はとても少ない。だからこそ、なおさら(うしな)うことが惜しいのだろう』

『そこのデカいイヌ、うるさいニャ』


 イヌガミは「お座り」の姿勢のまま、彼らの食事を見守っていた。

 獣の群れのルールに『食事する順番は序列ごと』というものがある。最初に獲物を食べるのは群れのボス、そして次に食べるのが二番目、次が三番目……、というように力関係をはっきりさせるために厳しく定められている。

 宴会ような時を除いて、イヌガミは主君の食事中を警護するために飲み食いは控えている。その姿はまさしく不動の忠犬であった。……よく見ると、よだれが滝のように流れているが。


『遺跡に入りたきゃ、勝手に入るがいいニャ。ただしそこにニャにがあるかは吾輩たちは知らん』

「ほう。そうなのであるか? 世界樹の中に遺跡の入り口があるのではなかったのか?」

『そうニャンだが――――』


 クアールは前脚を持ち上げて肉球を見せた。


『――――この脚で、入口の扉が開けられるわけがニャいだろう』

「それもそうであるな」


 ソルは合点がいった。たしかにそうだ。

 クアールが前脚でカリカリと扉をひっかき、なんとか開けようと奮闘するもけっきょくダメで、それでもあきらめきれず扉を見上げながら悲しそうに「にゃ~ご」と鳴く姿が容易に想像できた。

 エレンも同じ想像をしたのか、いつの間にか復活して一人で身悶えていた。


『それに吾輩たちでは罠を解除することも、宝箱を開けることもできないニャ。わざわざ得体の知れない遺跡に立ち入る必要がまったくなかったのニャ』

『だが遺跡の奥から感じられる魔力は私たちにもわかっていた。ひょっとしたら内部はダンジョン化しているのかもしれない』


 ダンジョンとは『生ける迷宮』と呼ばれるほど不可思議な場所である。

 世界各地に点在するダンジョンはまるで『なにか』を守るかの如く、その内部に魔獣や怪物を生息させ、罠を生み出す。時には探索者が侵入するたびに階層すべてを造り替えてしまうほど大掛かりなダンジョンも存在していた。

 ダンジョンの発生には莫大な魔力が関係しているとされ、世界樹のような魔力が溜まりやすい場所の付近には必ず存在した。


『たぶん機械人形が守る「門の遺跡」につニャがっているんだろうニャ~。今までニャン度かそこからこの世界樹の洞まで辿り着けた冒険者がいたニャ』

「ふむ。なるほど……」


 ソルはしばし思案した。

【世界樹の地下遺跡】はおそらく「巨神たちのテーブル」の内部を網羅するように建造されているのだろう。階層は四階か、あるいは五階程度のはずだ。階層ごとの広さは『始まりの町』の端から端までと同じくらいあるかもしれないが、内部の探索は一週間もかからないかもしれない。

 もしも内部が五階層以上あったとしても『門の遺跡』から一度出れば、食糧などの補給も可能だ。あるいはダンジョンが「侵入者を排出するための罠」として生み出した魔法陣を使えば、緊急時に脱出できるかもしれない。

 いずれにしても危険は承知の上であった。



「よし。さっそく準備して行こうではないか」

「えっ、もう行くの? ボク、もう少し鍛えてから行きたいなぁ……なんて」

「フハハハハ、なにを言っているのだ。少し足りないくらいが、緊張感があって面白いのではないか」


 いつも通りに強引なソル。

 エレンはもう慣れたと言わんばかりに説得はあきらめ、準備を始めようと立ち上がった。


『おい。お前ら――――』


 エレンとソルは同時に振り向いた。

 クアールが二人をじっと見据える。細めた目のせいか、にんまりと笑ったように感じた。



『――――なんだかけっこう面白そうじゃニャいか。


 よし、吾輩も一緒に連れてくニャ!!』



 こうして【魔獣王 クアール】が、仲間になった。




※参考資料

【世界樹の地下遺跡】推奨レベル … Lv30~40


※現在のレベル(仮)

・エレン(勇者)… Lv20

・イヌガミ(魔獣)… Lv40

・クアール(魔獣王)… Lv80



・ソルレオン(魔人王)… Lv255

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