10-5
圭之進と会ったのは、久しぶりだった。
夏に海で別れて、そのあとメールでやり取りするくらいだった私達だ。あの時真夏の豪快な日光に照らされていた町は、今はクリスマスに染まっている。
私は受験で忙しいし、圭之進は圭之進で月々の締め切りに追われていてなんとなくタイミングが合わなかった私達があったのは、芽依のクリスマスプレゼントについて圭之進に相談を受けたため。
「ひさしぶり」
駅前のカフェで、圭之進は今日はきちんとしたスーツ姿だ。
「お久しぶりですね」
圭之進は相変わらずおっとりとした笑顔で言った。
「千代子さん、進学決まったんでしょう?おめでとうございます」
「う、うん、まあ……エスカレーターの女子大に、推薦はとれたんだけど……」
「断るんですか?」
「外部受けたほうがいいかなあって……遠いところに行きたいんだ、私」
「どうしたんですか、千代子さん」
「……結婚が……」
私はここしばらくの頭の痛い出来事を思い出した。
始まりは、秋の初めの一通のはがきだった。外国放浪中の四番目の姉から来たはがきだ。
『結婚しました』
なんだこりゃ、ドバイか?アブダビか?どこのオイルマネーだ?的なわけわからん風景をバックに、四番目の姉が、ものすごく金持ってそうな濃い顔のおっさんと一緒に写っていた。
それが皮切りだ。
三番目の姉が、「実は私も結婚したい相手が……」
二番目の姉が、「申し上げにくいのですが、実は子どもができて、籍を入れたい人が……」
一番目の姉が、「とりあえず一緒に住もうと思う相手がいる」
そして母がキレた。
「せっかく育てたのに、みんな出て行っちゃってママつまんない!」
言うことが違いますよね?以前と意見が変わってますよね?ダブスタって言いますよねそれ!
もちろん母親は、ある日突然鉄治に敵意(千代子ちゃんまで持ってくなんて許さない!)を向けたのだが、さらっと鉄治はそれをかわした。
「僕のうちは、守るものもありませんから、婿に入れます」
「やっぱり早く式上げましょう、千代子ちゃん」
やっぱり言うこと違いますよね?いきなり意見変えましたよね?相変わらず私貧乏くじですよね!
ということで、大変……なんというか微妙な立場なのだ、私。
「でも熊井さん、千代子さんと本気で一緒になりたいんでしょう?」
「まあ偽装とか賞味期限改竄とか、そういうことではないと思うんだけど……でも」
歯切れが悪いのは私。
「……一つ、ここだけの話だが、相談がある」
「どうしました!熊井さん浮気ですか?」
「いや、ちょっと真冬の怖い話なんだけど」
私は目の前のカフェオレを眺めた。
「授業が終わるじゃない?で、そのあと鉄治と待ち合わせていて、私は急いでいるわけだ。しかしそんな時に限って先生からくだらない用事を言いつけられたりするんだよね。それを片付けて、鉄治の待ち合わせにいくのよ」
「熊井さん怒ってるんですか!?そりゃキャパ小さいですよ」
「ううん。怒ってない。ただ『先生も数学の提出物の生徒への返却ぐらいなら自分でやってくれればいいのにね』って言うだけ」
「優しいじゃないですか」
「……私、遅れた理由を詳しく話してないんだよ!?」
息を切らせてきた私に向かって、にっこり笑って言うんだよ。
なんで知ってるの……!
でも圭之進は別に怖さを感じない見たいだった。ああ、と和やかに微笑む。
「いや、それは愛の力ですよ」
「はあ?」
「って芽依ちゃんが言ってました」
何?何の宗教?
「いえ俺もね、仕事が立て込んでたりするじゃないですか。そうするとろくに連絡も取れなくなっちゃうんです。下手すりゃドタキャンとかですよ。でも芽依ちゃん怒らないんですよね。『仕方ないよ、アシスタントさん、捕まらなくて人が足りないんでしょう?』とか『パソコン壊れちゃったなんて運が悪いねとか』」
「まあ、芽依はあまり怒らないから」
「それがね、俺アシさんのこともパソコンのことも言ってないんですよ。それなのに知ってるからすごいなあって聞いたら、愛の力でなんとなくわかるの、だって」
……どこまでピュアっ子なのだ。
「圭之進」
私はそれとなく聞いてみることにした。
「芽依から何かプレゼントもらった?」
「あ、ぬいぐるみとか。可愛いんですよー。芽依ちゃん手作りで」
ビンゴだな。
これは善良な一市民として忠告するべきか、芽依の友人として沈黙か二択だな……。
「そっか、愛の力か。すごいねえ」
「すごいんですよ、芽依ちゃん」
ドアホー!とか叫びたい気持ちを押さえつけ私はにこにこしてそれだけ言うことにした。私は友情には厚いのだ。
「愛なら仕方ないね」
「でも、どうして遠くに行きたいんですか?」
ストーカー彼氏ってどうなのよ!というだけです。
「いや……いろいろ思うところありまして。私は果たして本当に鉄治が好きなのだろうかということを冷静に距離を置いて検討したいのですが、鉄治が毎日メールよこして週末は会っている状態では大変考える時間がなく」
どっか遠くに行かないと!せめて県外に。
「いやあ、そんなことで、熊井さん、ひっこむかなあ……。あ、盗聴器とか仕掛けられちゃうんじゃないですか?あはは」
人のことならよく見えるのだな。
「とりあえず、買い物行こうか。アクセサリーかなんかなんでしょう」
「それでいいと思います?」
「いいんじゃない。芽依はね、シンプルなのより薔薇とか鳥とか天然石とかいっぱいモチーフついているようなのが好きだよ」
「そういうのってどこに売ってるんでしょう」
「あ、芽依の好きなブランド知ってる」
私達はカフェをでてデパートに向かった。きらきらしたアクセサリ売り場はクリスマスも近いということもあってごった返している。そんな中でよさそうなものを選び、あの立派な体格を小さくして、圭之進はレジの前でラッピングを待っていた。
それを待ちながら私は手持無沙汰で自分の携帯を開いてみた。
そこには私のちょっとした宝物が入っている。
鉄治のテディと、私のプラタナス。
プラタナスが携帯の水没を言い訳にSNSから撤収したのは、九月の終わりの話だ。私は意地を張ることは続けられても嘘をつき続けることはちょっと苦手なのだ。
鉄治が私がプラタナスだと気がついている可能性もあったし……。撤収した今もその真偽は実はわからなかったりする。
それでも。
最後に、友人の携帯を借りたと言うことにして、一度だけテディとクローズのボードで話をした。
彼の言葉の一つをペーストしてこっそり残してみた。それを眺めてちょっとにんまりして私は携帯を閉じる。と、それを待ち構えていたようにメールの着信音が鳴った。
鉄治からだ。
『姫宮との買い物はいつ終わるの迎えに行くけど』
……句読点くらい入れたらどうかな。なんでそんなに余裕無いんだ。
『もうすぐ。でも圭之進と映画でも見て帰ろうと思っているけど』
『僕も合流する』
なぜ。
『いいよ、別に。そんなに遅くならないし』
『それでも』
面倒なので、今の居場所を告げて送った。圭之進は硬直するかもしれないが、まあそのうち兄弟になるかもしれないわけだから、ちょっと仲良くなっておいた方がいいような気がする。だって芽依は圭之進の家に入り浸りだもんね。まあ、芽依をとられそうなわけだから、鉄治が圭之進と仲良くしたいわけもないか。でも芽依が圭之進を好きな事は認めたっていうんだから、往生際が悪いな、鉄治。
それとも私がらみの圭之進への嫉妬なのかな。いやあ、鉄治がそんな高尚な恋愛脳持っている気もしないけど。
携帯を閉じて、私は圭之進がやってくるのを見た。
やっぱり私は鉄治には甘いんだろうな。
最後のテディの書き込みを思い出す。
>>この間、ちょっと愚痴ったあの親しい女の子に何とか許してもらえた。その上、ちゃんと付き合うことになった。でも
>>僕はちょっと歪んでいるから、大事にする方法がわからない>>
なんだよ、私のこと大事にしたいのか、そうなんだな!
その言葉が私の宝物だ。
プラタナスとして私が送った言葉は
>>テディならできるよ>>
それが最後の会話だった。
そのままウェブ上の友人として付き合いを続けることができたかもしれないけどそれで終わりにした。ばれたときが怖すぎる。
もしかしたら鉄治はプラタナスの正体に気がついているかもしれないが、まあそんなことは瑣末な事だ。まかしとけ、私がすごく大事にしてやるから。見て学べ!
私は鉄治の本心を知りたいと思っていたけど、彼がそれらしきものを吐露しても、結局彼の考えていることはわからなかった。テディの言葉だって、それが本当かどうかはわからないんだ。
きっと彼自身にもわからないんだろう。
でもそれを言うなら、本当の自分なんていうものを知っている人間なんてのもいるかどうか怪しいもので。
そうなんじゃないか、とか、だといいな、とか、そのはずなんだけど、とか、そういった頼りないものを手繰り寄せながら私達は毎日を送っているのかもしれない。それが勘違いで、思いもよらないギミックになってやっかいごとになったりすることもあるだろうけど。
……まあ、それはそれできっと楽しい。
おわり
これにて完結です。
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最後までお付き合いありがとうございました。別のお話でお会いできたら幸いです。




