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「ドライコンテナ……食料を輸送する船だったのか?」
香流はスクウェア局室の外の、薄暗い廊下に立っていた。
手に持つカード型電子ペーパーには、海の景色をバックにしたマシロの顔が映っていた。切り取ってPVのワンシーンにできそうだ、と香流は考えたが、それが面白いとは思わなかった。
『正確にはそうだった……いや、もっと正確に言えば、「そう偽装していた」というべきか、頭を撃たれていた彼らは、誰もがドームの外で生まれていて、個人情報を照合する事は出来なかったらしい。中には別の国から来た人間すらいたようだね』
「それ自体は珍しいことではないと思うが、全員か?」
『妙だと思った刑事さん(久慈)が調べてくれたけれど、案の定という感じだったよ、一つのコンテナをこじ開けたところ、例の4脚の』
「『メタグロシィ』の部品が?ちょっと待て、車両の大きさを正確に把握しているわけではないが、モノレールを股越して走行できるほどの車両が、普通の船舶のコンテナに積んで易々運べるほど細かく分ける事ができるとは思えないが」
『それの、少し小さい物さ……要はプロトタイプ、なんでも、元々はちゃんと車輪がついていて、どこかの国で軍用として用いられた物らしい。あれは戦車だったんだよ、それも「変形するやつ」ね』
「……『ハイパー・アーマー』か」自分の身を防護するボディアーマーの延長線という名目で開発されたヒトガタのスーツ、否、最早特殊車両。香流はそれを思い浮かべていた。
『他国とかいうものが存在しないのにそれがどこからか運ばれてきたなんて考えにくい、でもね……』
音が無くなり数秒。
『どこかの自動車工場とかで、秘密裏に制作していた何か大切な物がなくなったとか、そういう事が近々あるかもしれないね、少なくともそういう経緯のある車両が何食わぬ顔をして僕達の使うところで走り出した、という事があるのなら』
「その殺された奴らの目的はなんだったんだ、いや、それより誰が殺し――」
『それを明らかにする前に伝えなきゃならない事がある、コンテナの中に「軍用メタグロシィ」のパーツ以外に、気になる物があった……規格化されていない、爆弾の、解体したものだ』
今迄以上に雷に打たれたような気持ちになる香流。
「爆弾?」
『そう、バクダン。刑事さんが見た所、VBIEDというものらしいね、車両に乗せられる事を前提として作られたインスタントな爆発装置。そうであることを決められる要素が散見されたらしい』
「まさかあの四脚が積んでいるという事は」
『安易な結び付けだけど、肉を持ったBUGが同じ場所で観測された以上は何らかの関係性があると考える方が自然だ。しかしその起爆装置は何だろうね、奴等を殺した何者かが握っているのか』
「……BUGに一任されている、と考える事もできるだろう」
『彼等は基本人の命令を聞かな……まさか、BUGの殲滅を以て起爆とするとか?』
香流は腕を握りしめながら、マシロの言葉にそういう事だと言う。
「一連の犯人『最後のBUG』がどんなアプローチでかは知らんが焚き付けたとしか思えんな、何かの思想を持った寄せ集めの武器密輸業者の残党を」
『ユヅキくん達はまだ戦っているのか?』
「大分苦戦しているらしい、状況は分からないがマシン裏のLEDが大分激しく点灯している、相手の数が多いか、奴等が派手にやっているかだな」
『あまり関係ないはずだけど……』
言葉の途中で変わるマシロの口調。
「何か気が付いた事が?」
『香流、今回のBUGが姿を現したのは「下層」だった?』
「ああ、幾らこちらのハッキング能力が意味を持たない結界でも、『結界自体がどこにあるのか』を観測する事くらいはできる。下層だ。確かだ」
『それを観測したのは「何回」だ?』
「?……」
局室の鉄の扉を押し上げながら、香流はそれさえも通り抜けてしまいそうな大きな声で叫びかけた。
「八雲!彼ら達が今いる層を確認しろ!!」
「え?」
何かのプログラムの解凍作業をしていた弥生の意識は一瞬で引き戻され、眼鏡の奥の驚きで大きな丸に形を変えた目が香流の表情を捉えた。驚きに目を丸くしたのは弥生だけはなかったが……
「さっきも確認して下層だったし、BUGは下層にしか『空間』を形成しないのでは――」
「マシロの言う通りにしろ」
「えっマシロ君!?はっはい」
すぐにディスプレイに向き直り、0.5秒で結果を出す弥生。
『Stage:網状都市[下層]』
「下層……ですね」
「マシロ」弥生の椅子まで瞬時に近づきながらカードに口を押し当てる香流。
他の局員はそれを目で見守るというわけではなかったが、耳はそちらよりに集中していた。
『もう一度だ』
「聞こえたな」
「はい」
再度、音もなく、0.5、いや、0.4秒。
「……『中層』です、『中層』!?」
「これは、まさか」
大きいスクリーンに投影された、『現実の状況』を再現したものが、走らせた香流の目一杯に広がり、今度は香流の眼鏡に赤い描線が張り付いた。
『彼らは事実上では、下層と中層との間を行ったり来たりしているんだ』
「彼らは……『メタグロシィ』の中枢装置に空間を作っているのではなかったのか?」香流はカードをスロットに差し込み、部屋の中にいる全員の耳に会話の中身が入るようにする。
『そうでもあるが厳密に言えば違う、下層と中層を股に掛けた空間を形成していると言えば……』
「層同士は干渉し合わないようにできているものよ」弥生が口を開く。
『となるので、下層と中層の間を光速で移動する船、空間そのものが宇宙船のようなものを作っている、とでも言っておこうか』
「パン?」
腹でも空いているのか八雲……と考えた香流が、慌ててそれを脳内で訂正する。
「メタグロシィと……それを介して車両への攻撃を行っているというわけではなく、車両そのものを……繋いでいるという事か?Bluetooth通信か何かで、周辺機器を繋ぐように」Personal Area Networking、PAN……そのワードが香流の頭の中で浮かんで消える。
『結界としても成り立つ個別のネットワークを形成している。車両も最早BUGの一部というわけだね、だからこちら側のマシンにも無駄な負荷がかかって……』
マシロがそこまで言いかけた所で、モニターの奥で彼の後ろから叫び掛ける声があった。
『香流さんとやらかい?俺は暫定警視庁捜査課の久慈龍田だ、突然だがアンタらにニュースなんかを見ても分からない情報を伝えてやる。さっきごろ、物理的に車両を止めるしかないと判断した警察は、最悪の場合車両ごとメタグロシィを狙い撃つとの通達をこちらに寄越してきやがった、暴走列車が「京」に辿り着き最悪の被害を招く前にだ』
室内の全ての人の顔が、みるみるうちに驚愕へと変わっていった。
バカな決定を!と言って、机に拳を叩き付ける者もいた。
『組織の一人として、何も出来ない事はお詫びする。だが、王塚さんも掛けあうとか言っとるようだが……それがダメならアンタらが頼みの綱って事だ、頼む』
「……」香流が返事をする暇なく、久慈は画面の外へと去って行った。
香流は誰にともなく頭を垂れ、また上げながら、次に発するべき言葉を惑っていた。
「香流さん!」弥生の鋭い声が暫くの沈黙を切り裂いた。
「……ヤツの空間が下層と中層を行き来するのであれば、私の未完成である対BUG空間ツールが何とか、結界に刃を突き立てる事が出来るかもしれない。浅いところにまで空間が上がってきた時に――」
香流は黙って弥生を見ていた。
「狙撃され爆発に巻き込まれる前に、『メタグロシィ』を車両から引っぺがす事を、彼らに指示する事くらいならできるかもしれない」




