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やわらかな王の墓  作者: たむ


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第56話 死に遅れる者たち

 地下庭園から戻る途中、私たちは宮城の西側回廊で、小さな行列に出会った。


 棺ではない。

 生きている人たちだ。

 だが歩き方が棺に似ていた。

 四人の男女が、介添えに支えられながら、静かに廊を進んでいる。全員、目を開けているのに、どこか焦点が遅れていた。

 服は平民のもの、役人のもの、兵の下着、修道衣。身分はばらばらだ。

 共通しているのは、皆の手首に白い紐が巻かれていることだった。


「何だ、あれ」

 私は小声で問う。

「死に遅れる者たちです」

 エナが答えた。


 私は言葉の意味をすぐには取れなかった。

「死に、遅れる?」

「はい」

 リシェが横から説明する。

「死んだはずの時刻や順から、少しだけ外れた者たち」

「……生きてるのに?」

「生きているから困るのです」

 

 行列のうち、兵らしき若者がこちらを見た。

 見た、というより、視線が一拍遅れてこちらへ届いた。

 その目には恐怖も怒りも薄い。

 ただ、自分がどこに置かれているかわからない人間のぼやけた不安だけがあった。


「どういう状態なんだ」

 私はさらに問う。


 リシェは歩みを緩めず言う。

「骨灯事故、井戸落ち、墓近くでの昏倒、王墓夜勤、骨魚の影の長時間接触。そうしたあと、本来なら死ぬはずだったが、死ななかった者がいます」

「助かったってことじゃないのか」

「そうとも言えます」

「でも?」

「順番からは一度、外れた」


 私は背中が冷たくなるのを感じた。

 この国では、死も順番だ。

 なら、本来死ぬはずだった時刻を外して生き延びることは、祝福ではなく“記録の乱れ”にもなる。


「それでどうする」

「白紐を巻いて、一定期間、王都の記録から半歩ずらします」

 エナが答える。

「生者としても死者としても強く数えない」

「ひどいな」

「そうしないと、ほかの順番に触ることがあります」


 行列の最後尾にいた中年女が、小さく咳き込んだ。

 付き添いの者が背を撫でる。

 どこにでもいそうな動作だ。

 だがその女の足元には、骨魚の影でもないのに、薄い青の滲みがあった。

 まるで、まだ死の時刻が足首に残っているみたいだった。


「死に遅れる者」

 私は呟く。

「この国、言葉が容赦ないな」

「やさしく言い換えると現実が遅れるので」

 リシェが答える。

「それはそれで困ります」


 私はその一団を見送りながら、自分の胸のあたりがざわつくのを感じた。

 異邦人として来て、骨魚の影も踏んだかもしれない。王墓に触れ、井戸の歌を聞き、香の匂いのする牢へも入れられた。

 私も、何かの順番からすでに半歩ずれているのではないか。


「俺もそうなる可能性あるか」

 思わず問うと、エナは少しだけ黙った。

「あります」

「やっぱりな」

「でも、あなたは少し違います」

「何が」

「死に遅れるというより、順に先に触っている」

 

 その表現は、慰めにも脅しにもなっていた。

 死に遅れる者たちは、順番から零れた人たち。

 私は零れてはいない。

 代わりに、まだ来ていない順に先に触っている。

 それは、もっと厄介かもしれない。


 行列が角を曲がって見えなくなる。

 白紐だけが一瞬、最後まで目に残った。

 この国では、生き延びることすら“少し遅れた死”として扱われることがある。

 なら、王が半分しか目を開けられないのも、別の形の“死に遅れ”なのかもしれない。

 死ぬべきものが、まだ完全には死んでいない。

 その遅れが王都全体へ波及している。


「王も」

 私はぽつりと言った。

「死に遅れてるのかもしれないな」

 

 エナが私を見た。

 驚きではなく、聞きたくなかった言葉を聞いた顔だった。


「それは」

 彼女は低く言う。

「たぶん、墓が一番よく知っています」

 

 宮城の回廊は静かだった。

 だがその静けさの下で、生きることと死ぬことの順番が、あちこちで少しずつずれている。

 死に遅れる者たちの白紐は、そのずれを一時的に留めるための印なのだろう。

 王都は、こうして“ずれた人間”を管理することで保ってきたのかもしれない。

 そして今、そのずれが王そのものへまで届いている。

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