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やわらかな王の墓  作者: たむ


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第28話 黒衣の少女の秘密

 その夜更け、ようやく人の動きが少し落ち着いたころ、私は宮城の一室でエナと二人きりになった。


 ネムは監査局へ戻り、セリオは上層との折衝、ハルヴァは記録の整理へ駆り出されている。王都における静けさというのは、誰かが別の部屋で忙殺されている結果として生まれるものらしい。


 部屋には小さな灯りがひとつ、机に記録帳、窓の外には見えない灰色。

 エナは黒衣の袖口を直しながら、珍しく少し疲れた顔をしていた。

 十七歳の少女にしては、疲れた顔がよく似合いすぎている。


「さっきは助かった」

 私は言った。

「葬列の件」

「助けたのは次官です」

「君が押したから通った」

「通らなかったかもしれません」

「でも言った」

 

 エナは答えず、机の端へ腰を下ろした。

 白い花が一輪、そこに置かれている。巡礼老人からもらったものとは別の、予備の供花だろう。


「リョウ」

「ん」

「ひとつ、先に言っておくことがあります」

「嫌な前置きだな」

「はい」


 彼女は花へ視線を落としたまま言った。

「私の師は、事故死ではありません」

「やっぱり」

「殺されました」

 

 私は息を止めた。

 あまりにも静かな断定だったからだ。


「根拠は」

「遺体を見たからです」

「何があった」

「喉に葬花が入っていませんでした」

「それが?」

「埋葬官は、死ぬとき自分で花を準備します。できない場合でも、近くの者が入れる」

「入ってなかった」

「はい。しかも記録には“花を含み、穏やかに埋まる”とありました」


 私はゆっくり息を吐いた。

「記録の改竄か」

「そう思っています」

「誰が」

「わかりません」

「でも師匠は王墓を調べてた」

「はい」

「じゃあ十分すぎるほど怪しいな」


 エナは頷かなかった。

 ただ机の花を一本、指先で転がした。


「もうひとつ」

 彼女が言う。

「私は、ただの村付き見習いではありません」

「それも薄々そんな気はしてた」

「なぜ」

「王都に来てから、皆が君に妙に遠慮する。見習いに対する距離じゃない」

 

 エナはそこで初めて、少しだけ困ったような顔をした。

「私は、宮廷埋葬部の登録名簿にも載っています」

「二重所属?」

「はい。正式には“地方配属の宮廷予備記録官見習い”」

「長いな」

「長い肩書きは、大体ろくでもありません」


 それは本当にそうだった。


「何で隠してた」

「隠してはいません」

「言ってないのは同じだ」

「必要になるまで」

「今が必要?」

「はい。たぶん」


 彼女は一度、私をまっすぐ見た。

 黒い目だった。

 暗いのではなく、深いほうの黒だ。


「師は、私を王都へ戻すつもりでした」

「戻す?」

「私は子どものころ、短いあいだ王都の記録院にいたので」

「村生まれじゃない?」

「村生まれです。でも拾われたあと、一度王都へ」

「拾われた?」

 

 そこで彼女はわずかに息を止めた。

 言うか迷ったのだろう。

 だがもう引き返せないところまで来ているのを、自分でもわかっている顔だった。


「私は、王墓の近くで見つかった子です」

 

 私はしばらく意味を取れなかった。

「……捨て子?」

「そう記録されています」

「王墓の近くで?」

「はい。東墓廊の外縁、古い副墓の前」

「それ、かなり」

「よくない話です」

 

 よくないどころではない。

 宮城地下の王墓周辺で見つかった子。

 地方へ配属された宮廷予備記録官見習い。

 師は王墓の調査中に死に、記録は改竄されている。

 今さらながら、彼女がただの村の少女であるはずがなかった。


「本名を伏せてるのも」

「半分は埋葬官の習いです」

「残り半分は」

「出自を辿られにくくするため」

 

 私は低く息をついた。

「君、思ってたよりずっと危ない側の人間だな」

「リョウもです」

「いや俺は昨日来たばっかりだから」

「昨日来た人が十三王墓に触れて、井戸の歌を聞いて、鐘の沈みを読むのは、十分危ないです」

「確かに」


 少しだけ、二人で笑った。

 笑わなければやっていられない、という種類の笑いだった。


 やがてエナは真顔に戻る。

「師は言っていました。私の出自は、王墓の数えに関わるかもしれないと」

「数え?」

「王の血ではなく、墓の近さとして」

「そんなのありか」

「この国では、たぶん」


 私は頭を抱えたくなった。

 王の血筋だけでも厄介なのに、墓への近さまで継承条件に入り込むなら、この国は本当に人間を中心に作られていない。


「俺に今それを言う理由は」

「あなたが、墓に問われたからです」

「“誰を王と読む”ってやつか」

「はい」

「まさか、君を疑えって?」

「疑ってください」

 エナはためらわず言った。

「私も自分を疑っています」


 その言葉は重かった。

 自分が制度のどこに組み込まれているかわからない人間の声だ。

 信じたいが、信じ切ることが危険かもしれない。

 そういう場所に彼女はずっと立ってきたのだろう。


 私は机の白い花を見た。

 供花。言葉の代わり。押しつけ。忘れないための形。

 この少女の中にも、まだ言葉になっていないものがたくさん詰まっているのだと思った。


「わかった」

 私は言った。

「君のことは、疑う」

「はい」

「でも今は、味方として疑う」

 

 エナは少しだけ目を見開き、それから、ほんのわずかに肩の力を抜いた。

「変な言い方です」

「正しいだろ」

「たぶん」


 その“たぶん”は、前より少し柔らかかった。


 外で、また低い鐘の音がした。

 沈む音ではない。普通の時刻鐘だ。

 けれど私たちはもう、ただの鐘としては聞けなかった。

 この国では、何もかもが遅れて意味になる。

 なら今ここで交わした言葉も、きっとあとで別の重さを持つのだろう。


 黒衣の少女は、自分の秘密を私へ渡した。

 それは信頼というより、共犯に近い形だった。

 そして私はもう、その重さを受け取ってしまっていた。

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