第27話 追放された葬列
鐘の観測が一段落したあと、私たちは墓廊を出る前に、別の騒ぎへ巻き込まれた。
東墓廊の入口付近で、宮廷兵と黒衣の埋葬官たちが何やら押し問答をしている。声は抑えられているが、空気は明らかに険悪だ。近づくと、廊の外に棺が三つ並べられているのが見えた。
どれも黒布で覆われ、小さめだ。子どもか、痩せた女か。
棺のそばに、白い花を抱えた老女と若い男が立っている。顔色が悪い。泣き疲れたというより、怒りを我慢しすぎた顔だった。
「どうした」
セリオが問うと、若い埋葬官が一礼した。
「宮外からの葬列です。予定では第六共同墓区へ回すはずでしたが、受け入れが止まりました」
「理由は」
「今夜の異変により、地下系統が不安定と」
「それで追い返すのか」
思わず私が言うと、兵の一人が嫌そうにこちらを見た。
「追い返すとは言っていない」
「墓区に入れないなら同じだろ」
「異邦人は黙っていろ」
「黙ってたら棺が軽くなるのか?」
周囲が一瞬、しんとした。
やってしまったと思ったが、もう遅い。
セリオがこちらをちらりと見たが、意外にも制さなかった。
老女が花を抱えたまま、かすれた声で言った。
「朝から待たされています」
「誰が亡くなった」
エナが静かに問う。
「孫と、娘と、婿です」
老女は答えた。
「骨灯が落ちて、家が燃えました」
私は言葉を失った。
骨魚から落ちる青い灯。村で見たあれ。
死の近い場所へ集まるだけではなく、実際に災いも連れてくるらしい。
「王都外縁第三区からの搬送です」
若い男が続けた。
「埋葬許可はある。通行証もある。なのに今さら、地下が不安定だから待てと」
「待てばいい」
兵が機械的に言う。
「順番だ」
「腐る」
男が言い返す。
「花が持たない」
「それでも順番だ」
その一言の乾いた強さが、私は心底嫌だった。
順番。
この国ではそれが何にでも勝つ。
悲しみより、怒りより、遺体の現実より。
エナが棺の前へ一歩出た。
「棺を開けて確認します」
「権限は?」
兵が食ってかかる。
「埋葬官の確認権です」
セリオが低く言った。
「私が認める」
兵は渋々引いた。
エナは白い花を一本受け取り、棺の縁に指をかける。若い男が手伝い、ひとつ目の蓋が少しだけ開いた。
中には、布で巻かれた小さな遺体。
焦げた匂いがわずかに漏れる。
エナは目を閉じるでもなく、その顔を見た。数秒だけ。
それから蓋を戻し、静かに言った。
「先に入れるべきです」
「理由を」
兵が言う。
「骨灯由来なら地下系統を避けるべきでは」
「違います」
エナの声がほんの少し硬くなった。
「この死は、外に置いておくと根を呼びます」
空気が変わる。
埋葬官たちは反応したが、兵たちは意味がわからない顔をしていた。
「説明を」
セリオが促す。
「骨灯に触れた死者は、ときどき“遅れる”」
エナが言う。
「埋めるまでのあいだに、死が周囲へ滲みます」
「滲む?」
私は低く繰り返した。
「はい。根が寄る。記録が濃くなる。ほかの順番を歪めることがあります」
老女が花を抱いた手を震わせた。
「だから、急いでくれと何度も……」
「聞いていませんでした」
兵が固い声で言う。
「届けにその記載はない」
「届けがすべてなら埋葬官はいりません」
エナが返した。
その言い方に、私は少し驚いた。
彼女がここまできっぱり他人へ返すのは珍しい。
だが棺を前にしたとき、彼女の中の何かは迷わないのだろう。
セリオが決断した。
「第六共同墓区ではなく、仮鎮め廊へ回せ」
「仮鎮め廊?」
私が問うと、ネムが答えた。
「予定外の死、順の外にあふれた死、一時的に置く場所です」
「つまり、追放された葬列の行き先か」
「そうとも言えます」
その言葉は嫌にぴったりだった。
正規の墓区へ入れない葬列。順番に載れない死。
死者ですら追放される国だ。
老女は何度も頭を下げた。若い男は唇を噛みしめている。感謝より、ようやく通った疲れのほうが強い顔だった。
棺が持ち上げられ、別の回廊へ運ばれていく。白い花が揺れる。
その後ろ姿を見ながら、私は胃のあたりが鈍く痛むのを感じた。
「順番のために、葬列まで門前払いか」
私は言った。
「王都では珍しくありません」
ネムが答える。
「死者数が制度を超えると、まず起きるのは“追放”です」
「生者だけじゃなく死者まで」
「むしろ死者のほうが整序されます」
「最悪だな」
「同意します」
エナはしばらく棺の去った方角を見ていた。
その横顔は静かだったが、静かなだけに怒っているのがわかった。
「王が飢えを引き受けるなら」
私はぽつりと言った。
「こういう順番の外の死も、引き受けるはずなんじゃないのか」
「本来は」
セリオが答える。
「だが、今は器が揺らいでいる」
「だから外へこぼれる」
「ええ」
追放された葬列。
それは単なる運用の失敗ではないのだろう。
王が受けるはずの死が、もう受け止めきれず外へあふれ始めている。
そう思うと、十三王墓が鐘を吸っていた理由も少しだけ見える気がした。
王都の拍子も、死の順も、今は墓のほうへ寄っている。




