第六話 シナリオの外側
【予測不能な観測者を確認】
【シナリオを書き換える可能性:99.98%】
その文字が世界中の空へ浮かび上がった。
王都の人々は空を見上げる。
兵士たちは膝をつく。
誰も理解できない。
なぜ空に文字が現れたのか。
ユウだけが知っていた。
世界は、何者かによって管理されている。
「両方救う、か。」
レギウスは静かに笑う。
「百五十年前、俺も同じことを言った。」
「……できなかったのか。」
「できなかった。」
レギウスは自嘲するように目を閉じた。
「世界眼は、必ず二択を提示する。」
「救済か、犠牲か。」
「英雄か、悪役か。」
「そのどちらかしか選べないように世界を書き換える。」
ユウは眉をひそめる。
「なら、その前提が間違っている。」
その瞬間。
ユウの頭に、転生前の記憶がよみがえった。
深夜の大学図書館。
量子力学の本。
教授が笑いながら言っていた。
「量子コンピュータは、0か1かではなく、0と1を同時に扱う。」
ユウは目を見開く。
「そうか……。」
「世界眼は、古い。」
「レギウス。」
「この世界は"二値"で動いている。」
「存在するか、しないか。」
「生きるか、死ぬか。」
「観測するか、しないか。」
「でも、それだけじゃない。」
レギウスが息をのむ。
ユウはゆっくりと続けた。
「重ね合わせを維持すればいい。」
世界眼が震えた。
【理解不能】
【論理矛盾】
【再計算】
ユウはアリアが消えた場所へ歩いていく。
そこには銀色の光が一粒だけ残っていた。
彼はそれを拾い上げる。
「アリアは生きている。」
「そして死んでいる。」
「存在する。」
「存在しない。」
「今は、その両方だ。」
世界が止まった。
風も。
時間も。
鼓動も。
すべてが停止する。
世界眼は初めて沈黙した。
「そんな……。」
観測者たちがざわめく。
「重ね合わせ状態を維持している?」
「人間が?」
「あり得ない!」
その時だった。
世界眼の奥に、もう一つの眼が開いた。
巨大な瞳。
今までのものとは違う。
冷たく、
感情がなく、
まるで宇宙そのものがこちらを見ているようだった。
そして声が響く。
『実験終了条件を満たしました。』
ユウもレギウスも動きを止める。
「実験……?」
『観測実験No.731』
『被験文明:成功』
レギウスの顔から血の気が引く。
「文明……?」
世界眼が答える。
『この世界は、一つの文明シミュレーションです。』
ユウの脳裏に、転生前の地球の景色がよみがえる。
ビル。
スマートフォン。
夜景。
満員電車。
そして、事故。
「あれは……。」
『あなた方は転生したのではありません。』
『地球文明から抽出した人格データを移植しただけです。』
「……嘘だ。」
ユウは首を振る。
「俺は生きていた!」
『その記憶もデータです。』
沈黙。
あまりにも残酷な真実だった。
すると、レギウスが突然笑い始めた。
最初は小さく。
やがて狂ったように。
「あははははは!」
「そういうことか!」
「だから何度世界を救っても終わらなかった!」
「全部、観察されていただけだった!」
その瞬間。
ユウは違和感を覚えた。
世界眼の言葉。
「被験文明:成功」
成功?
なら。
実験は終わる。
終わるということは──。
「世界が……。」
ユウが呟く。
「消される。」
世界眼は静かに肯定した。
『実験データ保存後、本シミュレーションを終了します。』
王都の空が砕け始めた。
空の向こうには、無数の光る立方体。
世界の"外"が見えてしまった。
人々は恐怖する。
「空が割れた!」
「神様ぁ!」
ユウは静かに拳を握る。
「だったら。」
「今度は世界そのものを観測してやる。」
彼は初めて、世界全体へ視線を向けた。
その瞬間、彼の両目は青白い光を放つ。
世界眼が初めて驚愕の声を上げた。
『警告。』
『被験体が観測者権限へアクセスしています。』
『管理権限の奪取を確認。』
ユウは静かに宣言する。
「この物語の結末は、お前たちじゃない。」
「俺が決める。」
その一言で、世界の色が反転した。




