一方その頃
最初の謎解きは、
へー、ふーん、
くらいで飛ばしてくださいませ。
一方、オフィスではメンバーが机を取り囲むようにして座っていた。その中心には、一つの紙が置かれていた。
そこには、以下のように記述されている。
E8蜂谷
M1魔法少女
C2サリュート
E2勇者
A~F0/7行方不明少女
N8乙女ゲーム
V9リュカ
W8 ウォール
「こちらは世界を記号化したものです。ところでシーザー暗号をご存知ですか?」
イチの問いに頷いたのはウォールと隆平だった。
「もちろんや。大好物や」
「てめえのそれはサラダだろぉが。シーザー記号ってのは、暗号方式の一つだ。決まった分だけ文字をシフトさせ、文字列をいれかえる。例えばBAKAをシーザー記号で鍵12で暗号化すると、右に12シフトさせてBがN、AがM、JがW、AがMとなる。よって暗号はNMWMだ」
隆平が例を挙げて説明すれば、ディオがなるほどと頷いた。
「NMWMとはなんだ?」
「あ? そりゃ、馬鹿が目についたから、馬鹿って文字を例に採用しただけだからよぉ……しいていうなら、取り引き用のケースのパスワードとかを暗号化したりに使われててよぉ、よく対策課が暗号を解いては未然にぶつの流通を防いだりしてたな」
隆平が懐かしそうに顎に手をやった。隆平という男は、元の世界では公安に属していた人間だ。隆平が暗号に詳しいのも当然であった。
だが、隆平の生い立ちに関心を持つ者など、その場にはいない。
「NMWMは、諸説では『なんか 緑の混じった ウォールとかいう まじやばいやつ』とも考えられますねぇ」
「つまり……BAKAとはその男のこと?……さすが、イチ様」
「! なんで、ヒーローたちが裏で呼んでいるウォールの呼び名を知っているんだ!?」
「え! わい、裏で馬鹿て呼ばれてたんか!?」
ディオが驚き、ウォールが唖然とすれば、苛立ちげに隆平が舌打ちした。
話が進まねぇだろぉが、とそう言いたげだ。
ディオとウォールが身の内話で盛り上がりはじめたとき、さすがに脱線しすぎたと、イチが罰が悪そうに紙を隆平に渡した。
「普通、シーザーはシフトする文字数は決まっています。しかし、それは元の暗号のルールであって、ここにあるのはまた違います」
「もしかして、アルファベット横の数字がシフトする数か?」
「ええ。そして、右にシフトするか、左にシフトするかもバラバラです」
「なんだってまた……」
「世界の名を記号化するよう言い出したのも、実際に記号を割り振ったのも扉管理局の人たちです。何らかの暗号が呼び名に隠されていても不思議ではありません」
隆平が興味深そうに紙を眺めては、ペンで紙になんやら書き込んでいく。
どうやら謎を解き始めたであろう隆平を、イチたちは全く気にすることなく会話を交わしていた。
◇
30分後ー。
隆平がガバッと顔を上げた。
「解けたぜ。まず、サリュートとかいうやつがいた世界がC2ということはCから文字を2つシフトさせるというわけだ。またE2も同じだな。しかし、ここで同じ数字というのが気になる。いろいろ仮定して可能性を一つ一つ辿ったところ、Cが勇者のいる世界でEがサリュートのいる世界ということになり、お互い入れ替わっていた。つまり、世界と世界の干渉がお互いに見られたのがこの2つの世界であり、Dは経由地となるわけだ」
隆平が長々と説明すれば、ウォールやディオは黙って頷いた。
それに隆平が頷き返しては続ける。
「A~F08は他と比べて不思議だ。なぜならアルファベットと数字の間に0があるからだ。この0は0ではない。空集合だ。つまり、まとめて右に8つ移動させればNになる。そしてNは魔法少女のいた世界だ。しかし、こいつらはV世界、乙女ゲームの世界を経由しないとおかしい。そう考えたら、左に13シフトしないとおかしい。もし右に8つシフトしたらN世界。左に5つシフトしたらV世界。足して13。辻褄があう。従って、右の数値は最終地点へのシフト数を示す」
少し難しかったか、と隆平がディオとウォールをチラ見すると、男らはまたもや黙って頷いていた。
本当に理解できているのかーー。
そう怪しみながらも隆平は続けた。
「世界の行き先が名付けられた時点で決まっていたことになる。ということは……その扉管理局の人間とやらは裏で手を引いていた可能性がある」
言いにくそうに隆平がそう口にしては、イチをチラ見した。
イチの仲間を疑うのだ。いい気持ちはしないだろう。そんな配慮だ。
ところが、イチは隆平の言葉にあっさりと頷いて見せた。加えて、脳筋のディオや机上の勉強はサボりそうなウォールすらも深く頷いている。それに隆平が違和感を覚えた。
「理解してんのか?」
隆平が尋ねる。
それに頷いたのはウォールだった。
「まぁ、イチに解説してもらったさかい。あんたの推理は二回目なんや」
「は? いつ?」
「その……君が謎に集中しているときだな」
「はぁ?」
「いやぁ。ケンさんと二人のときに謎は解いていたんですがーー。あんなに真剣に警察の顔して謎解きに挑まれては、言えるものも言えませんよ」
「優しい……イチ様」
「さらに言えば、ナリちゃんの世界はD1なので、勇者の元いた現代社会と重なります。しかし、勇者の世界とはまた違う。いわゆるパラレルワールドです。ナリちゃんの世界とは違うD世界がサリュートと勇者の経由点とされました。別のD世界……ナリちゃんの世界をどうするつもりなのかーー……さぁ、扉管理局に乗り込みますよ」
オフィスには隆平の発狂が響き渡っていた。
◇
「しかしよぉ、俺らの行動を見られてるってんなら、向こうに筒抜けってわけだろ?」
落ち着きを取り戻したらしい隆平がそう問う。
ウォールが隆平の恥ずかしい勘違いをからかえば、すかさず己の上司に頭を叩かれていた。
それに隆平が顔をしかめては、イチに話を促す。
イチの話だと、扉管理局に行くにも向こうの許可が必要だと言う。突撃を知った向こう側が隆平たちを通すとは思えなかった。
「ええ。私たちは向こうの許可がないと向こうには行けません。しかし、モフモフは違うんです。彼だけは自由にこちらとあちらを行き来できるんです。モフモフだから!」
「後半よくわかんねぇんだけど」
隆平が眉を寄せたときだった。
オフィスの四隅から、なんやら床を何かが引きずるような音が響いた。音はだんだんと大きくなり、隆平たちに近づいていく。
「なんの音だ?」
とたんに、なんだか部屋の空間が狭まっているような、そんなあり得ない感覚を隆平は覚えた。
「おい。これ……俺疲れてんのか?」
「いや、おそらく、隆平の感覚は俺と同じだと思う。部屋が……いや、部屋の壁が……動いているな? ウォール」
「ええ。あんたらの感覚はあっとるやろな。ちょ、説明してくれや」
壁はどんどん隆平たちに迫り、中央に置かれた机が音を立てて砕け散った。それを横目で見た隆平たちが顔を真っ青に染める。
「イチ! どこいきやがった?」
「そういやおらへん。あの二人どこや?」
「ちょ! おまえら押さないでくれ!」
壁に押しやられる形で隆平とウォールがディオを壁に押し付ける。押さないでくれ、といわれても、それはもはや壁に言いたい。
「ちょ! 気持ち悪! よらんでくれへん? 男と触れあいたくはないんや!」
「こっちのせりふだ! おまえらどいてくれ!」
「壁が押しやンだよ! てか、こっちのセリフだわ! 気持ちわりぃ!」
男三人が重なるようにして壁と壁の隙間にぎゅうぎゅうに押し込まれる。
「ちょ! ほんとに頼む! 圧迫感がやばいっ……ウォール、前にずれれるだろ! 隆平は後ろに下がれ!」
「せや! ずれたらええんか……て、隊長、もう少し後ろにずれてくれませんと、動けませんて」
「すまん」
ウォールに言われて、ディオが少し体を後ろに引いた。
「おいおいおいおい! 俺が動くときにこっちに来んな! 動けねぇだろ! 前に行け!」
「わ、分かった」
再び、ディオが体を前に動かす。
「ちょちょちょちょ、こっちにこられたら動けへん! 後ろにお願いします」
「…………」
「おいおいおい! こっち来んなって! 動けねぇ!」
「ちょちょちょちょ、こっちこんでください!」
「おいおいおい、こっち来んな!」
「ちょちょちょ、動けませんて、隊長!」
「おいおいおい、、動けねぇから、」
「いいかげんにしろ! おまえら!」
繰り返される押し問答にディオの怒りが爆発したときだった。壁の動きがピタリと止まり、壁と壁に挟まれた空間の奥から光が差し込んだ。先頭にいるウォールが目をこらせば、前方に階段が見える。
「階段や! やっと抜け出せるで!」
一番前にいるウォールが叫べば、それに安堵したようにディオと隆平が溜め息を吐いた。
◇
「ちょちょちょちょ、こっちこんでください!」
「おいおいおい、こっち来んな!」
そんな会話を天井の向こうから聞きながら、イチは深く溜め息を吐いた。
「何やってるんですか、あの人たち」
「滑稽……ですね」
壁が動き出す前、床に出現した人二人分くらい通れる広さの階段にすかさずイチとナリは潜り込んだ。そのまま階段を下りてゆけば、遠くから男たちの騒動が聞こえてくる。
「私、言いませんでしたっけ? こっちですよ、て」
実のところ、イチは言っていない。だが、ナリはイチに違いますとは言えなかった。いや、言ったといいはるイチの言葉を疑わなかったという方が正しいかーー。
「こちらと向こうを強制的につなぐ方法がありまして、それがモフモフが向こうの隠しスイッチを押すことなんです。扉管理局の人たちには内緒で作りましたから、造りが粗くてですね……」
「全然…………そんなこと……」
「万が一を考えて、2つ通路を作りましたが、向こうは険しい道のりですよ。全く。冒険心は男のなんたらですかね」
冒険心うんぬんではない、とツッコむ者はもちろんいない。それどころか、ナリは頷いては皮肉を放った。
「元々変なやつら……今ごろ楽しんでる……と思います」
あくまでも、彼女らは男たちに冷淡であった。
◇
階段を抜けたウォールたちを待ち望んでいたのは、真っ暗な通路だった。警戒するディオや隆平とは違い、ウォールは生き生きと進んでいく。
「もう少し慎重に進んだがいいんじゃないか?」
「そいつに何言っても無駄だろ」
隆平が諦めろ、といわんばかりにディオに答える。それもそうだとディオが頷けば、何かを見つけたらしいウォールがディオを呼んだ。
「隊長、これなんやと思います?」
ディオが「これ」と言って壁を指差す。そこにはセレブリティバスを思わせる、ライオン型の銀の彫刻が備え付けられていた。風呂ではないので当然水は出ていない。だが、不自然に開けられたライオンの口は、触れてはいけないことが明確に伝わってくる。
「触らぬ神に祟りなし。さ、行くぞ」
隆平がその横を通りすぎようとすれば、すかさずウォールがその腕をつかんだ。
「んだよ。気色わりぃ」
「わかるで。触らんがええのくらい。ヒーローとしての勘もそうゆうとるしな。だが、そう言われたら人間触りたくなるもんやろがい」
「何が言いてぇ?」
「けど、自分の手が噛み千切られるリスクは犯しとうない」
そう言うやいなや、ウォールが隆平の手をライオンの口に無理やり差し込んだ。
「ざけんな!!!」
すかさず隆平がライオンの口から手を引っこ抜く。
だが、特に変化という変化は起きずに、辺りは静寂に包まれていた。
「なんや。なんも起きへんな」
「おい。一回殴らせろ」
「おかしいなぁ。まぁ、いいや、隊長、行きましょ」
拳を握りしめる隆平の横をウォールが通りすぎようとしたときだった。先ほどまで静かだったライオンの口から、唸声が上がり、その口ががくがくと揺れ始めた。軽くホラーだ。
「なんや。なんか起こるんかいな?」
「走れ!」
ディオが叫んだと同時ーー。
ライオンの口から大量の水があふれでた。
すかさず、三人が走り出す。
「ほんまに風呂にするきかいな。」
「とにかく走れ! あの量だとすぐに埋まるぞ! ここは狭いからな!」
「にしても、えらい熱くね?」
隆平がそう言って振り向いたときだった。隆平は見た。床にある程度たまったお湯の塊がブクブクと沸騰しているのを。
「沸騰してやがる! 逃げねぇと火傷どころじゃすまねぇぞ!」
「バカ! ウォールのバカ! 帰ったときは減給だ!」
「カンサラーにはアホてゆうてください。てか減給は勘弁……あ、ミスった。堪忍してや」
「ちっ! あっちぃ! もう足元まできてんだけど!?」
「あっちに、扉がある! 入り込むぞ!」
ディオがそういうやいなや、ウォールが稲妻のスピードで扉の方へ向かっていった。
「なんだ、あの速さ!」
「あいつは、スピードが能力だ!」
「ああ? なんで、元凶が真っ先に逃げてンだよ!」
「世の中とはそういうものだ!」
足が真っ赤になっているのが容易く想像できるくらいの温度だ。どっぷりお湯に浸かった足がヒリヒリと痛むのを感じながら、ディオと隆平はただひたすら走った。部屋の向こうからヒラヒラと手を振るウォールに、二人の顔に血が昇っていく。もはや、沸騰した湯気と足元の熱湯に足らず、内側からも熱くさせるとは、嫌がらせ以外の何ものでもない。
「あの部屋にはいったら、この熱々の靴で顔面ふみつけてやらぁ!」
「止めはせん!」
もはや、二人を促すのは、一人の男への怒りであった。
◇
緩やかな階段をイチとナリが下りていく。
そういえば、とイチが口を開いた。
「あちらには、いくつか細工があって、触れてはいけないとわかるものから、気づかずに発動するものまでいろいろあるんですが……」
「触れては行けないとわかるやつ……には、馬鹿でない限り触れない……と思います」
「なら、大丈夫ですね」
イチがそう言ってピタッと立ち止まる。床には、かわいらしい肉球が描かれていた。
「これは確か、当たりです」
「当たり……ですか?」
「ええ。当たりもないと面白みのないので」
そう言ってイチが肉球の上に足を乗せる。
すると、その横の壁が変動した後、四角い穴から皿に乗ったお肉の塊が出てくる。それをイチが取れば、今度はその横の壁が動き、中から檻が現れた。その向こうに、いかにも腹を空かせた猛獣が、涎を垂らして唸り声を上げていた。
「イチ様! 下がって」
ナリが警戒する。それを制するように、イチが猛獣の前へと歩いていった。
「言ったでしょう? これは当たりだと」
「当たり?」
「ももちゃんは、お腹すら満たせばそんなに危ない子じゃないんです」
そう言ってイチがお肉に乗った皿を差し出せば、ももと呼ばれたライオンはそれを夢中になって喰らっていた。その頭を撫でながら、イチが笑う。
「かわいいもんですよ。あ、ただ、もし肉がなければ、その人は大変なことになりますね」
「確かに……危険ない……とわかればかわいい……」
ひと通りももの頭を撫でてから、イチとナリは立ち上がった。
「さぁ、名残惜しいですが、時間もないので……またね、もも」
「またね、もも……」
二人が名残惜しげにそう言えば、ももはかわいらしく鳴いた。
◇
「ウォール!」
「てめぇ!」
あれから、危機一髪で部屋に逃げ込んだディオと隆平は、ウォールに詰め寄っていた。
「いややな。俺がなにしたゆうねん」
「おまえなぁ!」
「悪いのはこの仕掛け作ったやつや」
「それとこれとは別だ!」
「ちょい、落ち着きや。ん? なんやあれ」
ウォールが斜め前を指差す。
「騙されるか」
「いやいや! ほんまなんかおる!」
ウォールが慌てたように向こうをガン見すれば、隆平とディオもしぶしぶとそちらを振り向いた。
「てめえ、なんもねぇだろうが」
「おまえというやつは」
「まぁまぁ、仲良くいきましょや」
のらりくらりと追及から逃れた男が歩き出す。それに大きく舌打ちした隆平がウォールの背中めがけて足を振りかざす。すかさずウォールがそれをよければ、隆平の足が壁にぶち当たった。ガチャンと音が鳴る。
「ってぇ!」
「そんなに悶える勢いで人を蹴ったん? ないわー」
ウォールが顔をしかめたときだった。部屋の中央から、ゴォーと音が聞こえてくる。
半ばひきつった顔で三人がそちらを見れば、そこには巨大な掃除機が出現していた。
壁を見れば、手すりが一つだけ現れており、その横に、「5分耐えてね」と書いてある。怪訝な顔で隆平がそれを見つめていたときだった。
とたんに掃除機が起動して、あたりの空気を吸収するかのように、吸引をはじめた。
その吸引力はすさまじい。鍛えているはずのディオの体が宙に浮いた。
それを見て、隆平がすかさず壁の手すりにしがみつく。
「なんや。自分だけ! うおぉぉお!?」
隆平に非難を向けたウォールの体も掃除機に吸い寄せられるようにして、宙に浮かぶ。藁にもすがる思いでウォールが掴んだのは、藁のようなバサバサとしたものだった。
「なんや。藁がこんなとこにあったんか」
「誰が藁だ! 離せ! いてててて!」
ウォールが隆平の髪にしがみつく。だが、掃除機の威力は強力だ。ウォールが隆平の髪にしがみつけばつくほど隆平の髪が嫌な音を立てる。首だけは持っていかれないように隆平が踏ん張るも、髪はぶちぶちと音を奏でていた。
「離せ! ざけんな、てめぇ!」
「ほんま毛根やばいんちゃうか? もう禿げとんちゃうか? しっかりせぇ、毛根!」
「てめえがその手を離せば解決だろがぁぁぁ!」
「5分や。5分。それだけ耐えれば、あんたの毛根は厳しい修行を耐え抜いた立派な毛根や。立派な波平や」
「ざけんな! 1本だけ耐え抜いた毛根があっても俺は救われねぇだろ!【ぶちぃっ】」
「ああ! 毛根、根性ないやないか! ふざけんな!」
数本の毛の束を手に、ウォールが掃除機に吸い込まれていく。
「くそ。後から鏡見ねぇと……」
隆平の弱々しい声は完全に風音に書き消されていた。
掃除機の中にウォールが吸い込まれたとき、そこにはすでに先客がいた。ディオだ。
掃除機の中は、ウォールが想像していたのとは違い、軽い設備が備え付けられた操縦席となっていた。中から手すりにしがみつく隆平の姿が見える。
「滑稽やな」
「俺は醜い抵抗はやりたくなかったからな。早急にあきらめたら、こっちの方か断然当たりだった」
「あの……隊長」
「なんだ」
「掃除機の中、誇りやゴミだらけの劣悪なところやったてことにしてくれへん?」
「なんでだ」
「ほれ。口裏合わせてくれたらこれやるさかい」
「なんだ、これは」
そう言ってウォールがディオに渡したのは、パサパサした金の毛のようなものだ。
「雑草もどき。花束の代わりや」
「いらないんだが」
「ま、これで中にゴミがあるってのは嘘ちゃいますね」
ちょうどその時5分経過したようだ。ピタリと掃除機が止んだ。安堵したように隆平が床に座り込む。そしてその床がパカリと左右に開かれた。
「え」
隆平の驚きは声にはならず、真っ直ぐ床へと落ちていった。
遠くから男の叫び声が聞こえる。
「恐ろし」
掃除機の中からウォールがつぶやいた。
やっと耐え抜いたと思えば、次は落とし穴だ。もはや、あちらが外れだったのではないかとすら思えてくる。
「さ、俺らも行きますか。出口どこや?」
ウォールがディオに問いかける。だが、その顔は真っ青に染まっていた。
「出口はない。そして、この機体だが、自動運転のようだ」
「嘘やろ? ほんまや! 操縦できへん!」
こちらもまた、絶望に包まれていた。
◇
ナリとイチは、プラスチックでできた扉の前に立っていた。イチがその扉を叩く。
数秒後、扉が音を立てて開かれた。
「どういうつもりぃ? こんなめちゃくちゃなことをして、さ」
扉の向こうから、オレンジ髪の男がイチとナリを睨み付けていた。その横に赤髪のグラマーな女性が腕を組んで立っていた。その二人を取り囲むようにして、白髪の男と、髪の毛が左右で金と赤に染まった少女、そしてお面をつけた体格のいい人間がじっとイチとナリを伺っていた。
「管理人は、こちらには関与しない約束のはずですぅ」
金と赤の髪をサイドに結った少女が無表情でそう問う。それを九条が制した。
「この子はなかなか手強いから、僕に任せて」
「きゃあ! 副リーダかっこいいですぅ! イケメン!」
九条の言葉に、少女がはしゃぐ。それにナリは首をかしげた。
「ここは……文化が遅れているんですか? それとも、美の基準が……変?」
「世の中にはいろんな嗜好の方がいますからね」
「ちょっとどーゆーこと!?」
「副リーダかっこいいだろが!」
九条と少女がすかさずきれるが、他はそんな二人からすっと目を逸らしていた。
「モフモフはどこです?」
「あの裏切り犬か? それならあそこだ」
赤色の女性が横の壁を指差す。そこにはロープでぐるぐる巻きにされた犬が、壁にぶら下げられていた。イチの目がすっと冷めてゆく。
「動物虐待の人が仲間だったなんて……」
「む。言い方が引っかかるな。あやつは犬ではないだろ。あやつはーー」
「だとしても! 見た目はわんちゃんですよ? 立派な動物虐待です! この非道! 動物虐待者! 」
「犯罪者……」
ナリもつぶやけば、赤髪の女性はだいぶダメージを受けたようだ。胸に手を当てると、真っ青になってその場に座り込んでは、九条に慰められていた。すかさずハーフサイドで色の違う少女も赤髪の女性を励ます。お面を被った人物も言葉こそ発っせずとも、女性を気遣っていた。
「で、どういうつもりです。私たちを裏切るとは」
「どういう意味ですか?」
仲間が便りにならないので、白髪の男が代表してイチに問い返す。その後ろで、いまだに、赤色の女性は回りに慰められていた。
白髪の男が顔をひきつらせているのから、彼が苦労人であることが伺える。
「管理室から見ていたならわかりますよね。私たちは暗号を解きました。そしたら、まるで少女たちの行き先はあらかじめ決められているかのようでした。裏切りの意味を説明しなくともわかるでしょう?」
「それは……」
「お主らは知る必要はない! ただ世界を救うことだけを考えればよいのじゃ!」
口を詰まらせる白髪の男にかわって、先ほどまで沈んでいたはずの女性がそう叫ぶ。
だが、イチたちもそこで引くわけにはいかなかった。
「私たちは世界を救わなければならないのです。そのために一つ一つを真剣に判断材料にしているんです。不信感は些細なことでも見逃せません!」
「どうしても知りたいか」
「ええ。私たちには知る権利があります」
「なら……力付くで聞き出してみることじゃな」
挑発げに女性が笑う。
そのときだった。
「まじでざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どこからか男の叫び声が聞こえてくる。
数秒後、ライオンに追いかけられた隆平が姿を表した。
「ちょ、お主止まれ!」
「ライオン連れてこないでぇぇぇ!?」
室長と副リーダが慌てて止めるも、それを隆平が聞き入れることはもちろんなかった。
「ざけんな。てめえらも巻き添えだっっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「」
少女と仮面の人物がお互い抱き合った。白髪の男は立ったまま気絶している。
「イチ様。あの子、もも」
「そうですね。私たちはお肉あげたから、襲わないはずです。私たちは」
いうやいやな、イチとナリがももの背中に飛び乗った。隆平がすかさずきれる。
「てめえらの仕業か!? 熱湯やら、掃除機やら、穴やら、ライオンやら!」
「嫌ですね。私たちは何もしてないですよ」
「ならなんで懐いてやがる!」
「……ももは私たちがすき……それだけだ」
ナリが冷たく返したときだった。
「止めてくれ!」
「止まらへんのや!」
巨大な掃除機が猛スピードで管理室へとつっこんできた。
「ちょ、管理局がめちゃくちゃ~!」
「話すから帰ってくれんかのぅ!?」
辺りには、悲鳴が響き渡っていた。
管理局の大半が破損したのは言うまでもない。
◇
グルグル巻きに拘束された扉管理局の人間を前に、イチとナリはパフェを口にしていた。作ったのはディオであり、そんなディオはウォールや隆平用に珈琲を煎じている。この男は、料理が趣味のようだった。
「まるでお母さんやないか」
ウォールがポツリとつぶやけば、ナリは不思議そうに首を傾けた。
「一般的なお母さんてあんなの……?」
「んなわけあるか。世の中のお母さんに謝れ」
「偉い反発するやないか。あんたマザコンやな?」
「ちっげぇわ!」
わいわいと騒ぎだした面々に、扉管理局の人間たちは涙を流していた。
それもそのはずである。彼らが我が物顔で寛く場所も、彼女らが食べているパフェや珈琲の材料も、男が使っている設備も皆扉管理局のものなのだ。
それを自由に使われては、放置プレイまでされているのだ。
加えて、半壊した瓦礫でライオンが遊んでいる。その横では、犬が爪を研いでいた。
「ちょっと~そろそろいいかなぁ?」
耐えきれず、九条が言えば、イチたちは男を一瞥するだけで、再び食事へと復帰した。それに男がショックを受けたように下を向く。
あまりの哀れさに、呆れたようにイチが口を開いた。
「レマさんが帰ってきたら話を聞きますよ」
その言葉に九条が驚いたように横を振り向く。そこには九条のよく知る赤髪の見知った顔があった。その人物こそ、レマで間違いないはずだった。
「室長ならいるじゃん~」
「それがレマさんとか、あなた目大丈夫ですか? 」
「眼科といわずに……頭の病院にも行け……」
「辛辣~!」
イチとナリの冷たい応答に、九条が再び嘆き出したときだった。
先ほどまで九条の隣に座っていたレマが立ち上がって走り出す。どうやら逃亡を図ったらしい。
だが、それをナリが逃すはずがなかった。
「びぇ!」
ナリが捕まえたレマの尻を叩けば、その口から情けない悲鳴が上がった。
「ええぞ、もっとやれ!」
すかさずウォールが興奮したように叫べば、横で隆平が気持ち悪げにウォールを軽視していた。
「おまえは誰だ? もう一人のやつは? さっさと話せ……それかーー」
「わかったわかったからぁ!」
すっとナリがナイフで脅せば、レマは可哀想なくらいに肩を揺らした。それもそのはず。レマは扉管理局の人間として、もう一人と住み分けながらもナリたちの仕事を見ていたのだ。ナリの性格はイチたち以上に知っている。
そんなナリに脅されたわけで、レマは泣きながら存分あっさりと口を割った。
「私はレマ」
ビッターン!
レマの返答に、再びナリがその尻をぶっ叩く。
「ひぇー! 本当にぃ!」
「では、私たちが知っている女性は誰ですか?」
「彼女もレマ」
ビッターン!
これで三度目である。
「わぁぁぁ! 私たちは二人でレマなんじゃぁ!ただ体が二つあるだけでぇ!」
「双子ということか……?」
「そうともいうがのぅ」
「なら最初から……そう言え」
「ひぃ」
どうやらレマとナリは相性が悪いようだ。うまく噛み合わない会話に、ナリは柄にもなく苛立ちを感じていた。それを隠しもしないナリに、びくびくと怯えるレマ。そんな二人を見ながら、不思議そうにイチが口を開いた。
「双子だとしたら、名前は違うのでは?」
「生まれたときからレマは一人じゃ。いや、そういうことになっておる」
「そういうことか」
難しい話はすっかりパスしたディオとウォールの傍ら、隆平が納得したように頷く。
未だに唖然と口を開ける仲間から気まずげに視線を外し、レマは涙目で口を開いた。
「私たちは仲間にもわからないように擬態し続けてきたんじゃ。今までほとんどここにいたのがもう一人のレマじゃ。私は先ほど入れ変わった方じゃ」
「確かに初耳だよ~……俺はどっちに恋してたんだ? 両方てことでいい?」
「だが、最近、もう一人のレマはなんかおかしな動きをしておる。片割れのわしにも言わずじゃ。だから、わしはあんたらに気づいてほしくて世界の呼び名や行き先に暗号を混ぜたんじゃ」
九条を丸きり無視したレマの告白に、驚いたようにイチがレマを見つめた。いわゆる、あの暗号はイチたちへのSOSだったのだ。
「先ほど私にD世界のことを伝えにきたのはあなたですか?」
「たぶんそう……」
意外なことに口を開いたのはナリだった。自分ではなくナリが答えたことに驚いたようにレマがナリを見つめる。なぜわかるのか、とでも言いたげだ。
「私、もう一方に、会った……ことある。というか、そいつ……私を仲間にいれたから……。でも、おまえは違う。見た目は一緒。でも中身が違う」
「仲間? 片割れの仲間は九条たちじゃろ?」
レマの問いに、ナリはふるふると頭を横に降る。そんなナリを見て、「道理で……」とイチが呟いた。イチがレマと接触したときのナリのあの警戒のしようは、つまりそういうことだったのだ。
「ますます片割れが余計なことをやっていると確信した……頼む。片割れを止めてくれ」
レマがそう言って頭を下げたときだった。
『扉が要請されました』
機会音のアナウンスが鳴った。
レマがスクリーンの方を振り向けば、画面には手を空にかざしたケンが映っていた。
「しまった……忘れとった」
「なんかこうやって見ると、なかなか恥ずかしいですね」
イチが画面を見ながらそう呟けば、ウォールがゴホッと珈琲を吹き出した。それを汚物を見るように隆平が一瞥する。
なんやらいろいろ言葉を試しだしたケンを見て、レマが慌てて世界への扉を開いた。
扉というより穴に近い空間が画面上に現れる。その中にケンはでかい鎧の何かを投げやっていた。
実のところ、扉が扉らしくないのは、画面に映る男の荒さを案じてであった。だが、それを言えば、また面倒になるのは承知だ。レマは内心溜め息をつきながら、ケンから寄越される要請に答えていった。
◇
オフィスに戻ってきたケンはその荒れように困惑した。机は割れ、壁と壁の距離はほとんどない。
「イチの仕業か?」
ケンがそう呟いたときだった。
「イチ様のせいにするな!」
すかさずケンに襲いかかる者がいた。
「ははっ。なんだ消えてないやんか」
ーよかった
最後の方は言葉にならないうちに、ケンが吹っ飛んでいく。ケンが女性に飛ばされるのはこれで二度だ。
「くそっ。親子ともどもとんでもないぜ」
そんなケンの言葉は誰にも拾われることなく、空気に溶けていく。
「ったく。おまえらはやりすぎだぞ」
白い大きな犬が呆れたようにそう言えば、すかさずイチが抱きついては犬が逃げ出す。そんな犬をディオが優しく撫でては、イチを邪険に扱っただとかでナリが怒りだし、その攻撃の捌け口に隆平とウォールが選ばれたようだ。
騒がしい面々を見ながら、ケンは人知れず笑みを溢した。久々の一人任務でクタクタになってきた先がこんなはちゃめちゃなところとあっては、もはや笑うしかない。
「というか、レマのあれ、受けるのかよ」
「まぁ、あの人らと気まずいままも困りますからね」
「わぁ、私情やん」
「文句あんのか」
「ナリ落ちつけ! ウォールの馬鹿」
「ああ、騒がしいぞ、おまえら!」
そして、自分の知らない話題で盛り上っているとなれば、なおさらケンの顔はひきつっていく。
「てか、隊長わいを馬鹿呼ばわりした?」
「さ、さぁ?」
「いやウソつくなやーー」
「ああああ! もううぜぇ! 俺はモラちゃんたちに癒されに帰ってきたんだ! おまえらじゃねぇ!」
怒り狂ったように、ケンがゲーム機へと向かっていく。男の奇怪な行動に、辺りには困惑と沈黙が流れーーるわけもなく、面々は男をまるきり無視して再び騒動へと戻っていった。
第一幕fin
一旦、一章(?)完結とします。
まだいろいろ(犬の正体とか敵陣の黒幕とか)残ってるので、まとまり次第、二章も再開します。
ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。




