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異世界への干渉

 光文1999年、東京のとある河川敷にてナリは誕生した。川との距離およそ3mにも満たないところで、まだ赤ん坊だったナリは一人で産声をあげていたという。洪水でも起きればひとたまりもない。そんな危険で過酷な環境で、必死に生きようと泣き声をあげ続けるナリを拾ったのが、ナリが師匠と呼ぶ人物であった。

 生まれも環境も全てが普通とかけ離れたナリが厳しい社会を生き抜くには、特別な技が必要となる。そこで、ナリの師匠はナリに生きる術を授けた。それこそ、戦闘を生き抜く力であった。

 そんな師にあらゆる技術や知識を詰め込まれたナリは人からいじめられることはなかったが、職には苦労を見た。結果、師の技を生かす以外に道はなく、ナリは一人前の殺し屋として成長したのだった。

 そしていつからかナリは「フェニックス」という2つ名で呼ばれるようになり、またたく間にその業界で名を轟かせたのだ。

 そんなナリを多くの人間が欲しがったが、彼女を心から掌握できたのは、世界でたった一人だった。その人物こそナリがこの世で最も尊敬する人であり、美しく、可憐で、聡明で、強い、そんな完璧な人だった。名をイチという。


   

      

            ◇



 ナリの至幸の時間は、そんな崇拝する人物と過ごす一刻一刻である。今日もまた、イチのそばでナリは幸せを噛み締めていた。

 そんな幸せを邪魔されれば、ナリがきれるのもおかしくはない。




「ひぃぃぃぃぃ」



 たった今、ナリの中の大罪を犯した人物の股関スレスレの床に、銀の鋭利が突き刺さった。


「私刑に処す」


 ナリが再び、その大罪人にナイフを構えたときだった。


「失禁されては困るのでそこまでにしてください」


 ナリを唯一制御できる少女の声が緊張した空間に響いた。


「はい!……おい、漏らすな……」


「いや漏らしてないってぇ~」


 情けない男の声があたりを頼りなく彷徨う。男は、オレンジのゆるいパーマの髪にメガネをかけた、長身の男だった。


「てか、管理人ちゃん! ひどいよ! 僕のこと知ってるくせに、まるで『侵入者』みたいな反応するなんて~うぇぇぇん!」


「イチ様、知り合い……?」


「こちらはー「うぇぇぇぇん!」


「……知りません。赤の他人です」


「なら……処します、ね」


「ちょっとまって~!」


 先ほどまで泣き真似をしていた男が慌てたように立ち上がる。それに再びナリが警戒したとき、オフィスのドアがガチャリと開かれた。

 ドア越しに姿を見せたのは、緋色の艶やかな髪を腰まで伸ばした、濃艶な女性だった。その女性に、メガネの男が情けなく抱きつく。


「室長~うわぁぁん。怖いよぉ!」


「気持ち悪いんじゃ、貴様。どけ!」


 すかさず男を女が蹴り飛ばす。それには構わず、イチが嬉しそうに室長と呼ばれた女性に駆け寄っていった。

 すかさずナリの殺気が女性に寄越される。


「扉管理局の室長さんじゃないですか! どうしたんですか?」


「よぅ……イチ……久しぶりじゃ。とりあえず、ちょとその子をどうにかしてくれかな」


「それより、用件はなんでしょう。こちらに姿を見せるのは珍しいですね」


「それより、そちらの子をどうにか……いやいい……とにかく、緊急事態だ。イチ」


 半ばナリのことは諦めたらしい。室長と呼ばれた女性が極力ナリを視界に収めないようにして、イチを真剣な眼差しで見つめた。それにイチも神妙な面持ちで女性を見つめ返す。それに満足したかのように女性は笑うと、改めて口を開いた。


「他のとこから、D1世界にアクセスがあった。しかも、歴史修正軍を引き連れて、な」


 最初こそ無言で耳を傾けていたイチだったが、すぐに女性の言葉に顔を真っ青に染めていった。そんなイチを励ますかのように、女性がイチの肩を優しく叩く。


「ま、こちらもいろいろあってな。直接伝えたが早かろう思ったゆえ、伝えにきた。では、わしらは戻る」


「デートしてからね~」


「余計なことをゆうな、あほ!」


 ようやく立ち上がった男を再び女性が殴り飛ばす。そのまま気絶した男の首根っこを捕まえるようにして、女性と男性はオフィスを後にした。

 その数秒後、オフィスには、リセッシュを振り撒くナリがいた。




          ◇




「え! 玲馬さんきたん? くっそ~ 会いたかったぜ」


 ケンが悔しげに呟く。オフィスには、管理人メンバーたちが揃っていた。


「誰や?」


「レマさんはな、お色気百点の美人だ。《そこの残念とは違ってな》」


 最後だけ小声でケンが説明すれば、興奮したようにウォールがはしゃいだ。


「まじ? そこの残念とは違ってセクシーなお姉さんなん? 最高やないかい!」


「なんでわざわざ人の努力を無駄にするんすか?」


 ウォールがでかい声で反応すれば、すかさずケンとウォールの頭スレスレをナイフが通りすぎていった。ナイフはそのまま壁に刺さる。


「レマさんと外丸は、異世界扉管理局の人間で、レマさんはその室長、外丸さんはその下僕だ」


 頭を守るように両手で囲いながらケンが説明を始めた。

 異世界管理人は主に2つの組織に別れる。実際に異世界を見て回りクロスさせる世界を決める管理人と、異世界の扉を明け閉めする者だ。当然イチたちは前者に位置する。

 一方、異世界扉管理局はその後者であり、真能玲馬(まのうれな)九条外丸(くじょうげまる)は、それぞれ管理局の室長、副長を勤めている。

 普段、異世界扉管理局の人間は、管理人たちの異世界での働きをモニターしており、その要請により異世界の扉を明け閉めする。向こう側はイチたちの動きをある程度把握しているため、2つの組織が対面する必要はないのだ。


「そんなやつらがわざわざ会いに来たってことは、なんかやべぇの?」


 隆平が問えば、イチが大きく頷いた。


「D1世界はナリちゃんがいた世界です。そこに歴史修正軍が連れてこられたということは、ナリちゃんの存在が危ないんです」


「どゆことや? うちの隊長の可哀想な頭が追い付いとらんねん。隊長にも分かるように言ってやってくれや」


「おい! それはウォールだろ!」


 ディオがウォールを咎めるように見れば、隆平が呆れたように溜め息を吐いた。


「……で、おまえら、説明できんだろーな? 押し付け合うってことはよ」


「「…………」」


「……はぁ。いいか。ナリがいる世界に歴史修正軍が現れたんだぜ? もし、ナリが生まれた歴史が修正されたら、ナリはどうなる?」


「「…………」」 


「ナリが消えちまうかも、て話だ」


「なんだと!?」


「なんやって! 隊長、これで理解できはりました?」


「…………」


 ディオのじとっとした目がウォールに寄越される。それには構わず、イチが立ち上がった。


「とにかく時間は無駄にはできません。他の人ならともかくナリちゃんが消えるのは見過ごせません。さっそく行きますよ」


 何か言いたげな男たちを完全に無視して、イチが扉の方へ向かっていった。そんなイチに答えるかのように、通常ならそれを見守っている扉管理局の人間が扉を開くのだ。

 だが、扉は一向に開く気配はなかった。

 イチが怪訝そうに扉を見つめたときだった。


「わっすれてたっちょー!」


 いい加減な男の声が聞こえると同時に、オレンジ髪の男がオフィスの扉の向こうから姿を表した。


「ちっ。九条の方かよ」


 ケンがポツリとつぶやく。


「緊急事態だから聞き逃してあげる~。言い忘れてたんだけど、今回はいつもとは違って過去に行くわけだから、世界へいけるのは1人までね。そして、これがチョーダイジ! そのピンクガールの子どもverに遭遇してはいけない。絶対に」


 眼鏡の向こうから九条の鋭い視線が寄越された。


「……さぁ、誰が行く?」


 九条の問いに、その場に緊張が走る。

 そんな中、イチが名乗りをあげようとしたときだった。


「イチ様!」


 当然私です、と言いかけたイチにナリが背中から抱きついた。まるで、イチを止めるかのようにーー


「ナリちゃん?」


「私もね、イチ様に行ってほしい! けど……もし、私、過去にイチ様に出会ったら……好きになる。そしたら……今の私はイチ様の仲間になれないかも……怖い」


 何が起こるか分からないから。少しの異変が、イチとナリを引き離すかもしれないから。大好きだからこそ、手違いが起こるのをナリは怖がった。

 ナリがぎゅっとイチを抱き締める。


「他のやつなら……いいよ」


「ふむ。もしその人が失敗したら、その人を始末すれば、本来の筋書き通りナリちゃんと私は出会えるわけですね」


「そ!」


「一番リスクがない……と」


「そう!」


「……じゃあ、残念ですが、ケンさん行ってきてください」


「こんな送り出され方嫌なんだけどぉ!?」


 ケンがすかさず抗議する。だが、そんなケンの想いをくみ取れるやつがいるはずもなく。むなしくも、ケンは扉の向こうへと放り出された。

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