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宝石の行方

隆平たちは、宝石が保管されているという最上階へと連れてこられていた。


エレベーターを出ると、高級そうな絨毯が引かれた廊下が続いていた。その廊下を真っ直ぐ歩けば、壁の途中に扉が現れる。そこが宝石庫への入り口だという。向かいの壁には監視カメラが10cmおきに設置され、手厚い警備が見て取れた。


「警備は完璧なはずざます。監視カメラにもおかしなところは写ってないざます~」


「そうだろうね。こんだけ監視カメラがあれば犯人は警戒するよね。犯人は監視カメラのことを詳しく知っている可能性が高い。監視カメラをいかに避けるか……いや、この量は避けれないよね……。」


「そもそも17階以上は私の指紋認証がないとエレベーターは動かないざます。一番疑わしいのは16階以降の住民ざますが、彼らがここまでこれるはずがないざます。」


「なるほど。ということは、だいたい絞られるね。」


軽快に会話を交わす蜂谷を見て、隆平は内心焦っていた。蜂谷はほぼほぼ犯人を特定しているのだろう。余裕そうに鼻歌さえ歌い出した蜂谷に、隆平の焦りはますますあおられていった。


一刻も早く何かを掴まなければ、とそう焦った隆平の目に、不可解なものが写った。


壁に穴が開いているのである。


「なんだこれ。」


隆平が穴に手を伸ばしたときー。


「だめだ!!」


「ああああああああああそれはあああいうえお!」


蜂谷と沙吉が叫んだと同時に、壁から赤い光が発せられた。


「っ!」


ビーッッッ!


すかさずよけた隆平の横を通過して、光は蜂谷の髪すれすれを通りすぎた。


じゅっと音がして蜂谷の髪が焦げるー。


「侵入者を捉えるためのスペシャル光線ざます! 私しか光線と光線の抜け道は知らないざます!! 勝手に動いたらだめざますっ!!」


すかさず、沙吉が隆平の頭を抱き込んだ。


「きれいな顔に傷はついてないざますか!?」


「おぅ……」


「きれいな髪は傷ついたよ?」


「よかったざます!!」


「ああ……」 


「え? どこが!?」


蜂谷が信じられないとでもいうように、沙吉を見つめた。そして、ため息をつくと、隆平の方に目をやった。


「マダムの歩き方がクセがあっただろ? それはセンサーを避けてたからだよ。まぁ、きみは、マダムに抱き抱えられてたから気づかなかったかもだが。僕はきみたちの後ろを歩いていたからセンサーの存在に気づいたわけだよ。イケメンじゃない方が人生強くなれる!て思った矢先に巻き添え食らって髪焦げるとかさあ! もうなんなの!? ひどいよぉ!」


蜂谷が目を潤ませながら訴える。だが、隆平や沙吉に届くわけもなくー。


赤い光線がクロスした空間の合間を縫いながら、沙吉と隆平が進んでいけば、諦めたように蜂谷も後に続いた。



            ◇


部屋の中は、真っ赤な宝石で四方が照らされていた。入ってすぐの正面にはいくつものガラスケースが置かれている。博物館の展示のように、丁寧な説明書まで添えられたガラスケースの中には、赤い宝石が綺麗に並べられていた。壁にも赤い宝石が展示され、それもまたガラスケースで覆われている。部屋中が厳重に守られた宝石たちで満たされていた。そして、そのどれもが真っ赤な石なのだ。


「へぇ。やはりマダムの誕生石に由来してる? ただの赤い宝石てわけではないね。皆ルビーだ。」


蜂谷が言えば、沙吉は照れたように頷いた。


「ええ……。結婚して40年になる夫が私の誕生日には毎年ルビーをプレゼントしてくれるんざます。」


「なるほど。ここに入れるのはマダムだけなんだっけ?」


「ええ。「違うでしょ?」……何ざます?」


「ここに部外者が1回だけ入れるよね。すなわち、ガラスケースを設置するときだ。」


「! 何を言ってるざますか? そうだとしても盗まれ出したのはつい最近ざます! それに、設置以降、業者含め部外者は一人もここには立ち入ってないざます!!」


沙吉の反論には耳を貸さず、蜂谷はとあるガラスケースへと向かっていった。壁に設置されたケースで、蜂谷たちより頭一つ分高い位置に備え付けられている。そのケースの中は空で、そこからは虚無感が放たれていた。それが最近盗まれたというルビーが置いてあったケースだった。


「ここが盗まれたとこ?」


「……ええ。」


「盗まれてないよ。」


そう言って蜂谷がガラスケースを指差した。驚いたように沙吉がガラスケースの中を見つめる。だが、もちろんそこには宝石はなかった。


「真正面から見たらそうさ。横から見てみ?」


蜂谷がガラスケースの横へ行けば、沙吉と隆平もそちらへ向かう。


「……ざます?」


「……ちっ。ガラスの幅がちげぇ……。」


隆平がボソッとつぶやけば、「正解」と蜂谷が答えた。


「そう。横から見たら他と幅が違う。だが、真正面から見たら同じ幅。横だけ幅が違うのは不自然だ。宝石は並べ方も含めてその価値が輝くんだよ。ガラスケースのデザインが不一致なのは美しくない。じゃあ、なぜそうなのか。それはこのガラスケースが特殊な細工をされて、最近こうなったからさ。」


「「!」」


「中学の実験を思い出せ。コップの中に油の入ったグラスを入れると、その中にある物体は見えなくなる。コップの屈折率と油の屈折率がほぼ等しいからだ。つまり、屈折率をルビーのそれと合わせれば、同じ原理が働く。警備の手厚さを理由にガラスは二重になっていて、実は二枚目が屈折率がルビーと同じやつなんだ。そして、誰もこの部屋には入っていないってことから二枚目のガラスは遠隔で操作できるはずだ。」


「証拠はぁ?」


「そもそも遠隔しか無理だろう。あの数の監視カメラに写らないのは無理だ。光線をよければ必ず死角から出る。いやそもそもミシンの繋ぎ目?てくらい設置された監視カメラだからね……うん、無理だよ。もちろん監視カメラのハッキングも考えた。だが、ハッキングに成功したとしても寝ずに待機していたマダムと鉢合わせしないのは無理だ。なら、そもそも誰も侵入していないと考える方が自然だ。」


「なら、いったい誰が!?」


「いったん下に降りよう。皆に説明するよ。」


そう言って部屋を出ていく蜂谷を見て、隆平が唇を噛み締めた。もはや、噛み締めすぎて血が出ている。


かなわい、とそう隆平は思った。


自分のせいでナリがこの世界に繋がれると思うと、隆平は逃れようのない責任を感じていた。


いや、そもそも名探偵に推理で勝てるはずがない。隆平は無茶振りの被害者に他ならないのだ。そう認識するやいなや、隆平は怒りが込み上げてきた。隆平はそれはそれは内心荒れていた。


             ◇


「今から謎を説明する。」


ロビーに集まったケンたちの前で蜂谷が事件の謎解きをはじめていた。


「まず予告状の不可解さだ。2日目に送られるようになったということは、犯人は非常に計画性がない。それに予告状はまるでコンピューターで書いたかのようだったのに、わざわざ手書きだった。すなわち、犯人は筆跡でバレないよう、印刷した文字の上から為ったというわけだ。これも素人っぽい考えだ。そんなことすれば、逆にどうやってその字を書いたかがわかるというのにな。」


そう言って蜂谷が沙吉から予告状を受け取ると、皆にそれを見せた。


「そして予告状に使われたのは万年筆だ。万年筆は筆圧によって線幅が変化する。そして、インクにムラがあるのは実に万年筆らしい。とくにトメ、ハネ、ハライの部分にインクが溜まっているし、上からなぞったためにインクの溜まるところも不自然だ。つまり、これは万年筆で、印刷した文字をなぞって書かれたわけだ。」


まじまじと予告状を観察する沙耶に笑って、蜂谷が続けた。


「ここで確認だ。マダム、手袋はいつからはめていた?」


「ええ。今は毎日はめていますが、手が荒れる前は宝石を触るときだけだったざます。」


「というわけだ。手に異変が現れるまでは手袋は宝石を扱うためだったというマダムの発言から、今回の宝石事件とレモンの件はつながっている。マダムは僕に依頼に来る前から手が荒れていた。それはなぜか。レモンの成分が付着した手袋をはめたからだ。犯人はごく自然にマダムが手袋をはめる習慣を知っていたんだ。マダムが宝石を眺めるクセがあり、毎回手袋をはめることをね。そしてマダムがはめる手袋に簡単にアクセスできるのは身内となる。」


身内という言葉に沙吉の息子と使用人の老人がびくっと肩を震わせた。沙吉の鋭い眼光が彼らに注がれる。


「そして監視カメラの存在を知っているということからも、犯人は身内と言える。だが、あの数の監視カメラを避けるのはまず無理だ。じゃあ、監視カメラをハッキングしたか、そもそも監視カメラに写らないかの二択になる。だが、容疑者は万年筆に粗を残すような子供か老人だ。後者が自然だろうね。そう、彼らは写らなかった。なぜなら、行ってないんだからね。現場には。そう。業者と協力できる、すなわち権力者ー。もう君たちしかいない。」


そう言って、蜂谷が沙吉の息子たちに目を合わせた。みるみるうちに目に涙をためた少年たちのうち、片方が蜂谷を睨みつけた。


「あ、あんたの妄想だろ!?」


「万年筆。」


「っ!」


「万年筆を鑑定に回したらどうかなあ? わざわざ万年筆で書いたのは映画の影響だな? 怪盗は警察を呼ぶために予告状を送るが、その筆跡から自身を特定されるようなことはしない。適用規制の同一化。保健体育で習っただろ? 青年期特有の欲望に対する心の防衛機能のうちの一つで、映画や物語の人物と自分を同一視する現象だ。ね、マダム。この子たちにあげた万「まって!!!」


蜂谷の言葉を少年が遮った。


「僕がやったんだ。マヤは関係ないよ。」


「レイ! 違う! 言い出しっぺは僕だ!」


「奥様! 違います。こんな子供がそんな恐ろしいことするもんですか! 私がやらせました。」


「じぃ! やめて! 僕たちが何したかわかってる? じいを脅したんだよ? 共犯者になって黙ってろって!」


少年たちが互いを庇い合う。それはすなわち、少年たちが犯行を認めたというわけでー。


沙吉はへなへなとその場に座り込んだ。


「なっ……いったいどうして……レイちゃま……マヤちゃま……」


「ルビーが僕たちを不幸にするからだ!! 友達が離れるのも、恥ずかしい思いをするのも! 嫌なんだ!! それに、だって、ルビー婚とか恥ずかしいよ!」


「レイの言う通りだ! だから、ガラスケースを購入するときに業者の人と約束したんだ!」


「「ルビーさえなければルビー婚式はできないから!!!」」


少年たちの話はこうだった。


沙吉はそれはそれは宝石が好きだった。1日何回も眺めては、感嘆のため息をもらすほど。そしてそれは鑑賞だけには止まらず、自慢大会へとエスカレートしていった。周りの住民がうんざりしていること、それでも地主の沙吉に逆らえずに我慢していることを少年たちは知っていた。


友達が離れるのも、自分たちが怖がれるのも、少年たちはその理由を知っていた。


さらに、結婚40周年はルビー婚式の日。沙吉が人々を招いて盛大なパーティーを開くと知ったとき、少年たちはなんとしてでもルビー婚式を中止させたかった。母親がまた住民たちに承認欲求をぶつけるのが嫌だったのだ。


ある時、「SAKICHI街」に新たにマンションを設置することになったとき、それが少年たちの転機だった。ガラスケースを設置する業者は、やけにガラスケースの素材にこだわっていた。一つ一つの宝石に合わせてケースを用意すると話す業者を沙吉はひどく称賛していたが、実はその前日に少年たちは光の屈折の授業を受けていて、偶然にも油の中でグラスが消える現象の実験を行っていたのだ。業者が怪しいことはピンと来た。それはもはや少年たちにとってのチャンスだった。


沙吉は最初こそ勘違いから業者の仕事ぶりを称賛していたものの、業者が宝石に応じたガラスケースを作るために宝石を預かりたいと申し出たとたん、顔を曇らせた。首をふる沙吉を業者が必死に説得するも、沙吉は決して頷かなかった。


そこで少年たちは、宝石のリストを業者に渡したのだ。業者の狙いはあくまでも屈折率を知ることだ。なら、少年たちはそれを手助けすればいい。


そうして、少年らは引っ越しのときに業者と結託して特殊なガラスケースを導入した。だが、すぐに行動すれば怪しまれる。そこで少年たちは機会を伺っていたのだった。


だが、いつからか都内では、蜂谷の噂を聞くようになった。いつ探偵が呼ばれるか分からないことに焦った少年たちは、沙吉の宝石用手袋にレモンの汁を塗って、いざというときに日光にさらして、調査を止めさせようとしたのだった。


少年が泣きながら叫ぶ。


「「これ以上、白い目で見られたくない!」」


あたりはしんと静まり返っていた。


隆平は胸が痛かった。自分も同じく親を恨んだからだ。犯罪は許されないが、少年の気持ちもわからないではない。複雑な気持ちで隆平が少年らを見つめれば、すかさず沙耶が少年たちに歩み寄っていった。


「あなたたちねぇ! そんな理由で大切なママにひどいことしたの? いたずらじゃ済まされないわよ!? ママはね、本当に辛い思いをしたの!!!」


沙耶が少年たちを叱った。


「ごめんなさい! だって結果はマミィを守ることになると思ったんだあああ! わああああん!!」


「うわああああん!!!」


「ま、守るって?」


「ヒックっ……マミィ嫌われてるよっ?ヒック……いつ恨みで刺されるか怖かったんだっ!!ヒック……だから、ヒック………マミィに反省して大人しくなってほしかったんだああ!!」


沙耶がなんとも言えない様子で少年たちを見つめる。まわりも少年たちを叱るに叱れないようで、たちまち沈黙が流れた。そんな静寂を隆平が破る。


「てことは、ガラスケースの不備を理由に、本当は宝石の入ったガラスケースの収集にくる計画だったんだろ? 良かったな、回収される前で。」


「あああああああああああああ!私、先日、ガラスケースを取り替えてもらったざます!」


「「「!!!」」」


沙吉の告白に、隆平と蜂谷が真っ青になって顔を見合わせていた。

粗い謎に粗い推理ですみません。


おかしな部分に気づいても、すっと心の目で蓋をしてくださりますよう、お願い申し上げます。


皆さん優しい! 優しさをありがとうございます。

(いつもきれいに使ってくださってありがとうございます作戦。)

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