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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
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2話 お似合い

 夏休みの宿題はどう取り組んで、いつ終わらせるのが正解なのだろうか。どうすれば夏休みをハッピーエンドで終われるのだろうか。

 計画を立てて毎日コツコツとやるのが、親や教師が推奨する夏休みの宿題の取り組み方だ。計画を立てて期限内に終わらせる、それは社会人にも求められることなので、その力を養うための練習と考えると、やはりコツコツやるのが正解なのだろう。

 しかしそんなものは理想論、幻想にすぎない。計画を立てて計画通りに行くわけがない。全ての計画は狂うためにあると言っても過言ではない。

 最初から最後まで計画通りできる人間なんて一握り。夏休みの誘惑に負けない鉄の意志を持った人間でなければ不可能。

 途中で計画が狂えば、小学生の小さくて脆い心では立て直すことなんてできない。バッドエンド一直線だ。


 ならば初日を捨てる方法はどうだろう。

 コツコツやるのが大人の提示する理想なら、初日で終わらせるのは子供の思い描く夢だ。

 初日で終わらせれば残りの日はパラダイス。夏休みの宿題という学生が背負う呪いから解放され、軽くなった体と心で思う存分、夏休みを満喫することができる。

 誰もが夏休みの開幕に浮かれ、宿題から目を逸らすなか、初日で終わらせようと独り果敢に挑戦する。成功すればその時点で最高の夏休みが約束されるが、失敗して折れた心は簡単には治らない。一度、宿題の量に絶望してしまったら再挑戦は難しくなる。

 一気に終わらせようという考えを持ってしまった人間は、コツコツ進めるという考えになかなか切り替えることができない。下手をすると幸先の良いスタートを切ったにもかかわらず、最後まで宿題をやらないというバッドエンドも充分あり得る。


 大人の理想も子供の夢も現実的ではない。やはり最終日に慌ててやるというのが、正解ではないだろうか。

 大半の人間は怠惰である。追い込まれないと火がつかず、力を発揮できない生き物なのだ。怠惰な人間だからこそ、面倒くさがりだからこそ、生活を楽にもっと便利にしたいと願った。だから文明はここまで発展してきたのではないか。ならば怠惰は間違いではない。

 怠惰な人間が間違いでないなら、夏休みを最終日にやるのも間違っていないはずだ。

 長期休暇で緩んだ心を強引に引き締め二学期に臨む、頭を切り替えるためにも最終日に慌てるのが一番なのではないか。

 だが最終日にやるというのはリスクも大きい。宿題が予測を上回る怪物だった場合、一日戦っても勝てないという可能性もある。次の日は学校が始まってしまうため、もし終わらなければ、次はもっと恐ろしい担任と戦わなければならなくなる。

 最終日に慌てるという選択肢は、始める前から詰んでいる可能性がある。バッドエンドの可能性が最も高い選択肢なのは疑いようがない。

 そもそも夏休みの宿題がある時点でもうバッドエンドが確定しているのではないか。どうやっても不幸な結末になるビジョンしか浮かばない。ハッピーエンドなんて最初から用意されていないのではないか。


「サーヤはどう思う?」


 夏休みの宿題について、昨日とはまた違う持論を展開した梨々花はまた沙也加に答えを求めた。


「えーと、どんなやり方でも頑張って期限内に終わらせれば、ハッピーエンドが待ってるんじゃないかな」


 そのとき、梨々花は雷に打たれたような衝撃を感じた。

 確かに、最終的に終わっていれば何も問題ない。コツコツやろうが、初日か最後にまとめてやろうが期限内に終わらせれば一緒なのだ。

 どの方法もバッドエンドの危険性を孕んでいるが、どの方法もハッピーエンドに辿り着ける可能性がある。だからどの方法を選んでもいいのだ。

 みんな違ってみんないい。全て正解だったのだ。


「……やっぱ、サーヤは天才だわ」


 沙也加を除く三人は最終日に慌てるタイプ。

 いつも夏休み後半に本気を出す、というより後半になって沙也加にすがりつくタイプだ。

 ならばいまここで出す結論は一つしかない。


「最終日までまだ結構あるし、やっぱり今日は宿題はやめにしてみんなで――」


「梨々花!」


「ごめん、ごめん冗談だって」


 そのやり取りが宿題開始から30分後の出来事。


「あー、もう! 全然終わんない!」


 梨々花はシャーペンを机に置き、両手を上に伸ばしたあと、そのまま後方に倒れた。

 沙也加は呆れて時計を確認すると、


「まだ一時間も経ってないよ」


「えーうそー!」


 暗に梨々花の集中力のなさを指摘したが、彼女は「ちょっと休憩」と言って起き上がったと思ったら、今度はソファに寝転んでしまった。

 他の二人、恵礼菜と葵もそれを見て同様にペンを置いてしまう。

 この光景も見慣れたもので、始める前からわかっていたことではある。

 三人が本気になるのは毎年最終日のみ。それより前に集まってもだらけてしまうのだ。

 一度でも休憩を挟んでしまったら、再開することは二度とないということを、沙也加は経験上知っている。その証拠に恵礼菜と葵は楽しくおしゃべりしながら、持ってきた宿題をバッグしまい始めていた。


「そういえばさー、サーヤは順平からなんか連絡来た?」


 宿題を片付け終わった恵礼菜が、唐突に沙也加にそんなことを言った。

 順平は沙也加たちと同じクラスメイト。地元のサッカークラブに所属していて、運動が得意で元気な男子だ。


「来てないけど、なんで?」


 なぜそんなことを聞かれたのか、沙也加にはまったく思い当たる節がない。


「マジか。ヘタレだな」


「ヘタレだね~」


 恵礼菜と葵は二人で顔を見合わせ、意味深に笑っているが、沙也加には何のことかわからない。


「サーヤは気づいてないだろうけど、順平は惚れてんのよ、サーヤに」


 沙也加の疑問に気だるげに答えたのは、ソファで横になりスマホをいじっている梨々花だ。

 沙也加にとっては衝撃の事実だったのだが、どうやら自分以外はみんな知っていたらしい。


「夏休み前からサーヤをデートに誘うつもりだったらしいよ。もしかしたらこれから連絡来るかもね。もし来たらどうする?」


「え、でも……そんなの、困る」


 沙也加にとって順平は好きでも嫌いでもない。ただのクラスメイトでそれ以上でもそれ以下でもない。好意を持ってくれるのはうれしいが、それに応えることはできない。


「やっぱ脈なしかー。成仏しろよ、順平」


 恵礼菜は手を合わせて順平の気持ちを供養した。


「あと隠してるけど勇吾も絶対サーヤ狙いだよね?」


「あー、だね。あとはバレバレだけど太一と慎」


「広志も怪しくない?」


 追加でどんどん挙がる名前に沙也加は困惑する。一度も会話したことのない人も混じっている上に、名前の挙がった他の男子たちも普段、そんな素振りは微塵も見せない。恵礼菜や葵たちは何を見てそう判断しているのだろうか。

 沙也加の男子たちの印象としては、笑顔で話しかけてくれるのと、係や日直、掃除当番などを手伝ってくれる、お願いしたことを何でもやってくれる、それくらいだ。


「勘違いじゃないかな?」


「いやいや、わかってないのサーヤだけだゾ」


「そうなのかなぁ……」


 当事者だからわからないだけで、周りから見るとすぐわかることなのかもしれない。


「あ、待って。良い事思いついた」


 意地悪そうに微笑する恵礼菜に沙也加は嫌な予感がした。


「今から全員に電話して確認してみる」


「え?」


「あ、いいね。それ面白そう!」


「誰からにする?」


「太一ならリアクション良さそう!」


「え? えー!」


 自分以外は盛り上がり勝手に話が進む中、沙也加はおろおろすることしかできない。


「あー、太一? あたしあたし」


「梨々花もうかけてるし、ウケる」


 恵礼菜と葵の電話を死守しようと決心したのも束の間、沙也加の後ろのソファで横になっていた梨々花がもう電話をかけてしまっていた。しかももう繋がっているようだ。 


「アンタ、沙也加のこと好きでしょ?」


「梨々花、直球すぎっ!」


 自分の時は長々と意味の分からないことをペラペラ言うくせに、と沙也加は苛立ち思わず声を上げる。


「いや、隠すなって。正直に言わないと水泳のとき、チラチラ見てること沙也加にバラすよ」


「本人いるし、全部聞こえてるし」


「あーやっぱり好きなんじゃん。あ、言い忘れてたけど、いま沙也加も私と一緒にいるから。じゃあね」


 言いたいことだけ言い、聞きたいことだけ聞いたら、梨々花は一方的に切った。電話が切れる直前、電話越しで太一の絶叫が聞こえた気がしたが気のせいだろうか。

 梨々花は電話を切ると、すぐに次のターゲットに電話をかけようとするが、沙也加が全力で阻止した。

 仮面能力者の沙也加が本気になれば、女子小学生から電話を奪うことなど造作もない。


「まぁいっか。どうせ全員黒だしね」


 スマホを奪われた梨々花はやる気を失ったようだ。

 恵礼菜と葵には目だけで牽制を入れる。二人は今まさに電話をかけようとしていたところだった。梨々花に気を取られているうちに行動を起こすところがずる賢い。

 三人は何の打ち合わせをしなくても、こういうときだけいつも最高のチームプレイを披露する。悪友たちの結束力に、沙也加は感心が半分、呆れが半分といったところだ。

 そんな三人であるが、いつも最後は沙也加一人に敗北している。今回も例外ではない。

 本気で沙也加を怒らせたらどうなるかを知っている二人は、黙ってテーブルにスマホを置き、両手を上げ降参だとアピールした。


「にしてもサーヤはこんなにモテるのに、男に興味ないとかもったいないなぁ」


「やっぱりお兄さんがイケメンだから? あんなにカッコイイお兄さんがいたらクラスの男子なんてみんなブサメンに見えちゃうじゃない?」


「別にそんなことないけど」


「お兄さんカッコイイよね~。私もああいう大人っぽい人と付き合いたい。クラスの男なんてみんなガキだし」


 葵は沙也加の兄、俊のことが好きだ。好きと言ってもアイドルを見るような目で見ているので、本気で付き合いたいと願っているかは微妙なところではある。


「まぁでもさすがに高校生と小学生じゃハードル高すぎるか」


「……やっぱり小学生と高校生ってダメなのかな」


 葵がこぼした何気ない一言に刺激され、沙也加の本音が口からあふれた。


「え!? ちょっとなになに! まさかサーヤ、高校生に好きな人いるの?」


 思いがけず湧いてでた面白そうな話に、悪友三人の興味は一気に惹きつけられる。三人は沙也加に詰め寄り、逃げられないよう壁に追い詰める。梨々花と葵は両サイドから沙也加に抱きついて拘束し、正面に恵礼菜が仁王立ちする。


「あ、いや、違うの。ただそう思っただけで……」


 迂闊だった。普段はバレないよう気を付けていたのに、今日は動揺することが多かったせいで気が抜けていた。

 視線が斜め下に泳いでいる沙也加の顔を、恵礼菜は両の手の平で優しく包みこんだ。そして強引に正面に向かせて自分に目を向けさせる。

 沙也加と目が合った恵礼菜は、新しいおもちゃをもらった子供のような満面の笑みを浮かべた。


「サーヤ、あたしたちの恋愛センサーはごまかせないよ」


 宿題をやっていた時の死んだような目とは違って、みんな目を輝かせている。キラキラというよりはギラギラしている感じだ。


「ホントに違うから!」


 三度の飯より恋バナが好きな女という名の獣。必死に否定したところで、恋愛のニオイを嗅ぎつけた獣からは逃れられない。


「まぁまぁ、落ち着いて。恋愛相談でこれまで9組のカップルを成立させた実績を誇る、この恵礼菜さんに話してみなさい」


 あきらめるしかなかった。何かエサをやらなければ、獣の追跡はいつまでも続くのだから。

 もしかしたら相談することで、自分が10組目のカップルになれるかもという淡い期待もあった。

 沙也加はスマホを取り出すと三人にある写真をみせた。


「わっ可愛い! 何この人! まつ毛長いし顔ちっさ! 女の子みたいじゃん」


 写真に写っているのは零と沙也加のツーショット。零の特訓初日。眠りの森公園の本の館での特訓終了後の一枚だ。

 仮面を外した零と、まだ彼の膝の上ですやすやと眠っている沙也加の姿を、鳴海が写真に収めてくれていた。

 零には内緒で帰りにこっそり送ってくれたものだ。他にも夏休み中に鳴海と美咲が撮って送ってくれたものが何枚かある。


「二人とも可愛い~! なんかこの人あんまり高校生に見えないから、サーヤと並んでてもあんまり違和感ないね」


「そうかな」


「うんうん、お似合いのカップルって感じ」


「ホントにっ!? わたしと零さんってお似合いだと思う?」


「え、う、うん。ホントホント……。梨々花もそう思うよね?」


「う、うん。マジ今世紀最高のベストカップルって感じ」


「そっかー!」


 単なるお世辞も純粋な沙也加は全部信じてしまい、三人はやや心が痛い。

 こんなに幸せそうな顔をする沙也加を三人は見たことがなかった。そんな沙也加を彼女たちは微笑ましく思う。今時こんな純粋な子は珍しい。

 彼女たちは可愛い親友のために結束する。いつものように言葉を交わす必要はない。そんなことをしなくても三人の気持ちは一致している。 

 このハードルの高い初恋を、必ず成就させてあげようと悪友三人はこの場で誓い合った。

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