1話 夏休みの宿題
夏休みの宿題、それは完璧な夏休みにおける唯一の欠点。夏休みの宿題が好きかと問われれば、全ての小学生は嫌いと答えるはず。みんな嫌いならなくしてしまえばいい。そうすればみんなが幸せになれる。
宿題さえなければ夏休みは完璧だった。この世に完璧なモノなど一つもないが、宿題さえなくなれば夏休みは完璧になれるのだ。
人類の誰もが完璧を追い求めて夢を見る。だが一人の例外なくその頂に届かず敗北してきた。しかし人類にはまだ希望が残されている。夏休みの宿題を廃止する。ただそれだけで人類は完璧を手に入れられるのだ。こんなにも簡単なことなのに、大人たちはそれが全然わかっていないのだ。
「サーヤはどう思う?」
『サーヤ』とは小学校での浅葉沙也加の愛称である。そしていきなり電話をかけてきて、夏休みの宿題についての持論を熱弁したのは、沙也加のクラスメイトの梨々花だ。親友の熱い想いに圧倒された沙也加は、梨々花が語り終えるまで口を挟む暇もなかった。
最後に梨々花から問いかけられたことで、沙也加はやっと第一声を発することができる。
「えーと……頑張って終わらせれば、残りの夏休みは完璧になれるんじゃないかな?」
電話越しで沈黙が流れる。
(あれ? わたし何か変なこといったかな?)
相手に比べれば、まともなことを言ったという自信が沙也加にはある。だが果たして、まともでない人間にまともなことを言って効果はあるのだろうか。
あまりにも長い沈黙。親友はいま何を考えているのだろうか。
「梨々花……?」
名前を呼んで沈黙を破り、会話の続きを促す。
「……やっぱサーヤって天才だわ。そう、終わらせればいいのよ。というわけで明日10時にあたしの家に集合、みんなで夏休みの宿題をやるからサーヤも絶対来てね。おやすみ!」
沙也加の返事も待たずに、電話は一方的に切られてしまった。
女の子同士の会話は新幹線のような速度で進行していくものだが、梨々花の話は戦闘機のように通り過ぎてしまう。新幹線は各駅で止まってくれるため、こちらもそこに合わせて乗り込むことができる。だが戦闘機は撃ち落とされるか、目的を達成するまで止まってはくれない。その上やることを終えたら、とっとと引き上げてしまうので困ったものだ。
「夏休みの宿題、もう終わっちゃったんだけどなぁ」
スケジュールを立て、計画的に宿題に取り組んでいた沙也加は、夏休みの前半でもう宿題を片付けていた。
「まぁ、いっか」
特に予定もなかったのと、みんなに会いたいという気持ちもある。断ることはしなかった。
それが昨晩にあったやり取りである。
今は梨々花の家に集合し、リビングにある引き出し付きローテーブルを、四人の女の子で囲っている。温もりのある天然木のテーブルの上に、問題集を広げて戦っているところだ。
沙也加は宿題が終わっているので、みんなの宿題を手伝うことになった。
学校から課された夏休みの宿題は、各教科の問題集、自由研究または工作、読書感想文の三つ。
沙也加以外の三人はまだほとんど手をつけていない状態だった。
沙也加は本が好きなので、みんなの読書感想文を代わりに考えてあげることにした。
テキトーに三冊選んでもいいのだが、せっかくなので三人にピッタリの本を探すことにする。自分の選んだ本を読んでもらいたいという欲もある。
夏休みに入ってもう何冊も読み終えているので、その中から三人の好みに合いそうな本を考える。
(みんなあんまり本を読まないけど、恋愛小説なら興味持ってくれるかな?)
夏休みに読んだ本だけでは候補が少ないため、過去の記憶から最適の本を掘り起こす。
読んだ本の内容は全て覚えているので、ジャンル違いの物は記憶の奥に埋めておく。恋愛要素のある本だけを選別し、そこから三冊つかみ取った。
一冊目に選んだのは『二人目の恋人』という恋愛小説。高校生カップルの恋愛事情がリアルに描かれていると評判の作品だ。内容は中学の時にひどい失恋を経験した女の子が、高校に入ってまったく別のタイプの男に惹かれていくというもの。
この本は、最近やっと恋愛に興味を持ち始めた沙也加が、先日読み終わったばかり。知らないことがたくさんあって脳の処理が追い付かず、顔を何度も赤く染め、ベッドの上で悶えた作品であり、沙也加の性知識を急速に深めた一冊でもある。
この本は恵礼菜に薦める予定である。
沙也加の基準からすると、大人向けで過激なラブシーンがあるため、薦めるのは少し恥ずかしい。だが四人の中で唯一彼氏がいて大人っぽい恵礼菜には、このくらいじゃないと物足りなく感じてしまうと思いこの本を選択した。薦めた恋愛小説を子供っぽいとバカにされたくない、という思いもある。
二冊目は『彼氏に振られた理由、彼女に振られた理由』、この本は葵に薦めることにした。
失恋話を集めた本で、男目線の話と女目線の話を交互に描いているのが特徴。
選んだ理由としては、この本が短編集だということが大きな決め手となった。一つ一つのエピソードが短く、またエピソードごとに雰囲気がガラッと変わり、切ない話もあれば、面白おかしい話もあるので読んでいて飽きがこない。
飽きやすい葵でも最後まで集中して読めるのではないかと思い選択した。
三冊目、最後に選んだのは梨々花に薦める『恋するあなたは宇宙人!?』という少し変わった一冊。
ある日、主人公の女の子が友達と『こっくりさん』をしていると、なぜか宇宙船が自宅の屋根に落ちてきてしまう。
中から出てきた宇宙人は主人公に求婚するが、宇宙人が生理的に受け付けない主人公は拒絶する。
宇宙人は振られてしまったが、せめて宇宙船の修理が終わるまでここにいさせてほしいと懇願する。屋根に宇宙船が突き刺さったままなのも困るので、少しの間、宇宙人は主人公の自宅に滞在することになる。
一週間後、修理が終わり、別れを告げる宇宙人と主人公の上にまた別の宇宙船が落ちてくる。その際、宇宙船から主人公をかばった一人目の宇宙人Aは、大怪我を負い意識不明になってしまう。
二隻目の宇宙船から出てきた二人目の宇宙人Bは、宇宙人Aが目を覚ますまでの間、主人公の家に居候することになる。宇宙人Bも主人公に求婚してきたが、やはり生理的に受け付けないので拒絶してしまう。
それから一週間後、主人公が家に帰ると母親が宇宙人Bと不倫していた。それが原因で両親は離婚し家庭は崩壊してしまう。
さらに一週間後、傷心の日々を送る主人公の前に、三人目の宇宙人Cが現れ、やっぱり求婚してきた。投げやりになっていた主人公は受け入れてしまい、宇宙人Cと婚約する。
結婚式前日に主人公は、宇宙人Cと主人公の親友が浮気していたことを知る。主人公は婚約を破棄し恋人と親友の両方を失ってしまう。
それから数年後、主人公は普通の男と恋に落ちる。二人は付き合い始め、ある日男から両親を紹介したいと言われたので会いに行くことに。しかし男が紹介した両親は主人公を裏切った親友と宇宙人Cだった。そこで宇宙人の子供は成長が早く、たった数年で大人になるという事実を告げられる。主人公の恋人は普通ではなく地球人と宇宙人のハーフだった。
その場で恋人に別れを告げた主人公は帰り道で、最初に出会った宇宙人Aと再会する。
事故からずっと眠り続けていた宇宙人Aは意識を取り戻していたのだ。
再び主人公に求婚する宇宙人A。主人公は告白を受け取った後、満面の笑みを浮かべながら宇宙人Aの首を絞めて殺害する。
ラストは『やっぱり宇宙人は生理的に気持ち悪い』という主人公のセリフで物語は幕を閉じる。
ファンタジーの色が強く恋愛要素は薄いが、梨々花は普通のリアルな恋愛小説を読んでも退屈だと思ったので癖のあるこの本を選んであげた。まともではない梨々花にはまともじゃない小説がピッタリのはずだ。
なかなか良い本を選べたのではないかとご満悦の沙也加。本も決まったので沙也加はさっそく読書感想文に取り掛かった。




