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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第一章
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19話 本物の感情

「さてお嬢さん。私たち8人の攻撃を防ぎきれますかね?」


「奇術って基本は相手の目を騙すものでしょう? どうせ本体は一つで、残りは実体のないただのまやかしでしょ?」


「……ではお嬢さん、あなたに本物が見破れますかね?」


「8人とも主張が強いから難しいわね。まやかしごとまとめてつぶすわ」


 美咲は無数の氷の矢で弾幕を張り奇術師の侵攻を妨げた。

 奇術師たちはそれぞれ回避したが8人のうち3人は避けきれず氷の矢が命中した。

 命中すると同時に3人の奇術師は煙のようにすぅっと消えていった。


「やっぱり実体は一つのようね」


 分身体に実体がないのなら本体の攻撃にのみ気をつければいい。

 実体のない分身の攻撃は無視していい。

 問題は本体をどうやって見分けるかだが、見たところ外見による違いは一切ない。ならば奇術師の心理を読むしかない。

 すでに5人の奇術師は目前まで迫っている。美咲は頭をフル回転させ本体に当たりをつける。


(本体の攻撃を当てるために何体かは囮として利用するはず。なら手前にいる1番目と2番目の奇術師はハズレの可能性が高い。一番後ろにいる積極的に仕掛けてこない5番目は明らかな釣り。本物はおそらく3番目か4番目!)


 1番目と2番目の奇術師が美咲に向かって剣を振り下ろした。

 美咲は跳ね上がって回避し手前の二人を無視してそのまま飛び越える。

 3番目と4番目に狙いをしぼり空中で氷の槍を形成すると一気に投下させた。

 氷の槍は3番目と4番目に命中。しかし二人とも音もなくかき消えた。


(二人ともハズレ!? なら本体は?)


 予想はハズレ、前方の5番目、後方の1番目と2番目の奇術師に挟み込まれる構図になってしまった。

 1番目と5番目の奇術師が美咲の着地をねらい攻撃を仕掛ける。美咲は着地と同時に氷剣を形成し、2人の奇術師の攻撃をかわしつつ斬りつけた。

 氷剣で胸を斬られた1番目の奇術師は消え、残ったのは2番目と5番目の奇術師。

 残りの奇術師は二人。氷剣を握る手に力が入る。


「――――ッ!」


 力を込めた右腕に鋭い痛みが走り、美咲は思わず顔をゆがめた。痛みで落としそうになった氷剣を握り直し、腕の状態を確認する。

 傷は肩から肘にかけてのちょうど中間あたり。血は出ているが深くはない。浅い切り傷だった。


(攻撃は確かに回避したはず……)


 頭の中で疑問符が乱舞する。

 美咲の頭には疑念が残ったままだが、切り替える。

 ともかくこれではっきりした。怪我をしたということは実体があったということ。

 今、攻撃してきたのが本体ということだ。

 攻撃してきたのは1番目と5番目の奇術師。何もしなかった2番目は候補から外れる。そして1番目の奇術師は美咲がカウンターで消した。

 つまり本体は5番目の奇術師ということになる。


(結局、一番安全なところにいたやつが本体だったのね……。考えすぎたか)


 美咲は2番目を無視して5番目の奇術師に氷の矢で集中攻撃を仕掛ける。だが奇術師は左右に軽くステップすることであっさりと躱してしまう。


(動きがまるで違う! やっぱりこいつが本体か)


 氷の矢で牽制しつつ美咲は多少強引だが距離を詰める。5番目の奇術師が剣の間合いに入ると容赦なく氷剣を仮面に突き刺した。

 美咲は勝利を確信したが、5番目の奇術師は一瞬にやっと笑うと他の分身体と同じように消えていった。


「こいつもハズレ!? なら本物は2番目!」


 動揺を隠しきれない美咲は振り返って、氷の矢で闇雲に2番目の奇術師を攻撃。攻撃は命中。だが2番目の奇術師も煙のように消えていった。

 そこで美咲は全てを理解した。


(やられた! 最初から8人の中に本体はいなかったのね!)


 美咲が気づいた時には既に遅かった。

 本物の奇術師、9人目の奇術師は美咲の背後をとっていた。

 美咲は後ろから感じる気配に反応するが、わずかに間に合わず腹部を剣で切り裂かれた。辺り一面に鮮血が飛び散った。

 苦痛で顔を引きつらせるが奥歯を噛んでその痛みに耐える。ここでひるめば、命まで持っていかれてしまう。

 追撃を防ぐために美咲は氷で防御を試みる。


「させませんよ」


 美咲が氷を形成するよりも早く奇術師は剣を振り下ろした。奇術師の剣は美咲の仮面を一刀両断。

 仮面は破壊され跡形もなく消失した。


 仮面能力者はたいていの場合、仮面を破壊されるとすぐには再発現することができない。タイマンで仮面を破壊されるということは実質、死を意味していた。

 美咲は奇術師に敗北したのだ。


「ようやく素顔が見られましたね。可愛いお嬢さん。ですが残念、これでお別れです」


 奇術師はとどめと言わんばかりに美咲に刃を突き立てる。

 美咲は最後に残った力を振り絞り後方へと跳ね、紙一重の差で回避した。

 とどめの一撃を避けられた奇術師は、すぐさまナイフを投げつけ美咲を追撃する。

 ナイフは左足に命中、美咲は着地に失敗し地面に転がった。

 すぐに立ち上がろうとするが全身に力が入らない。

 奇術師につけられた傷以上に仮面を破壊された影響は大きかった。

 美咲は膝をついいたまま奇術師をキッと睨みつけた。


「仮面を破壊されてなお、戦意を失わないのは見事。ですがもう立ち上がることすらできないようですね」


「9人目……。最初から本体はいなかったのね」


「ご名答」


「最初に剣で斬られた時に気付くべきだったわ。完璧に避けたはずなのに腕は斬られていた。今思えば斬られた場所と角度も不自然だった。あの傷は剣でつけられたものなんかじゃない、9人目、本体のあなたが投げたナイフによるものだわ。どこかに隠れていた本体がタイミングを見計らってナイフを投げた。ナイフを私から見えないよう分身でうまく隠してね」


「ええ。その通りです」


 奇術師は軽く手を打ち鳴らし雑な拍手をして見せた。


「惜しかったですね。もう少し早く気づければ、結果も変わっていたでしょうに。さて疑問も晴れたところでそろそろ終わりにしましょう」


「一つきかせて。あなたの目的は何?」


「目的……ですか。改めてきかれると難しいですね。奇術を披露するのは楽しいですし強者との戦いは熱くなるものがあります。ですがやはり一番の目的は本物の感情に触れることですかね」


「本物の感情?」


「そう。私は人間の本物の感情がむき出しになるところ、偽りのない素の表情を見ることがとても好きなのですよ」


 美咲は理解できないといった感じの表情をして、無言で奇術師に説明を求めた。


「わかりませんか? 人は皆、誰しも、醜く汚い感情をその身に秘めているものです。しかし学校や職場といった社会の中では皆が仮面を被り本当の感情を、醜い自分をひたすらに隠し良い人間を演じている。中には友人、恋人、家族といった親しい間柄であっても偽りの自分を演じている者もいるでしょう。面白くもないのに楽しいフリをして笑い、悲しくもないのに辛いフリをして泣く、私はそれがとても嫌いなのですよ。そんなのはつまらない。私が見たいのはそんな偽物の表情ではない。だから私は奇術で本物の表情を引き出すのです。私の奇術に驚愕し、恐怖したものは皆、本物の感情をさらけ出す。汚く、醜い、人間本来の感情をです。偽りの仮面をはがしとり本物の表情を晒したとき、本物の感情に触れたときこそ、私は何にも勝る幸福を得られるのです!!」


 奇術師は声高に言い募った。


「……変態ね」


「変態? いいえ私は奇術師ですよ」


「……じゃあ奇術師の変態」


「変態の奇術師……のほうがしっくりきますかね」


「長々と説明してもらって申し訳ないけど1ミリも共感できなかったわ」


「誰かに理解されるとは思っていませんし、私も自分が狂っているという自覚はありますよ。ですが仕方がないのです。これが偽りのない本当の私なのだから」


 奇術師の戦う理由、それは誰にも理解されないものだろう。だが他人に理解されなくても譲れないものがあるという点だけは美咲にも理解できた。

 譲れないもの、信念。決して揺らぐことのない一本の柱を心に持っている仮面能力者は強い。

 奇術師はひどく歪んだ心の持ち主だがそれを持っている。それがこの男の底知れない強さの秘密だった。


 奇術師の強さはよくわかった。

 だがそれで美咲があきらめることはない。譲れないものなら自分の中にもある。

 誰にも負けない、何があっても折れることのない信念が。


「……どうやら少ししゃべりすぎたようですね。その表情は覚悟ができたと受け取って構いませんね?」


「覚悟なら最初からできてるわ」


覚悟ならいつでもできている。だがそれは死ぬ覚悟なんて甘いものでは決してない。


「ああ、もちろんですともお嬢さん。あなたはそうでしょう。私が言ったのは彼のことですよ」


「彼?」


 美咲はそこでハッとしたように後ろを振り返った。

 そこで自分の目に飛び込んできた光景に愕然とした。

 信じられなかった。彼がここにいるはずがない。ここにいていいはずがないのだから。

 奇術師の創り出したまやかしでもない。彼は確かに美咲の目の前に存在していた。


「ああ、ようやくできたよ、僕も。覚悟ってやつがさ」


 彼、御幸零は静かにそう告げた。

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