This world is made to image
「世界は何でできているか……って気にならない? 原子から成るとか、土とかから成るとか…?」
彼は私にきいた。少し考えてみる。
「でも“僕ら”が言う“世界”ってのは、そういうことじゃない…。 僕らが生きているこの世…生活している世界…時の流れ…。 その源はこの本のタイトルにもあるとおりだと、僕は思うんだ。」
彼はそう言って本を開いた。
ウィルは、自身が勤めている図書館にある本を片っ端から探った。何をそうしているのかというと、アーサー姫が言っていた作家である“グロア”の作品をだ。
あらゆる本棚を調べ、そのなかにある本の一冊一冊を確認しても、それは見つからなかった。実在すらも怪しく思えてきたが、いなかったらアーサー姫は生まれない。
もしかして本を出さなかっただけなのだろうか…?
彼は、数日をかけてでも探してみることにした。
くまなく探しはじめてから4日経ったある日、倉庫から一冊だけ見つけることができた。
タイトルは、“ねこちゃんず ねこちゃんの日常”だ。その内容は、“ねこちゃんランド”という世界を、主人公の“ねこちゃん”が読者と共に冒険するというような感じだ。しかもこの主人公は、王様である。ざっくり読んだ感じだと、だいぶメルヘンな世界観で、この主人公や、ねこちゃんずシリーズの登場人物は全員ぬいぐるみらしい。構成はどうやら1話完結方式のようなので、他にも様々な物語があるのかもしれない。そう思って後ろの方を確認してみると、案の定、色々あった。パンダ……の“ような”キャラクターが両手でたけのこを大きく持ち上げているところを表紙にされている、「たけのこ収穫作戦」がまず1つ。基本色が青で派手な衣装に袖を通し、右目に眼帯を着けた猫…というか狼の“ような”キャラクターが堂々と舟の先端に立つ表紙の「海賊冒険記」などがある。シリーズがあるということは、それなりに人気があるという解釈をしても構わないだろう。
しかし、この図書館ではいくら探しても、ねこちゃんの日常しか見つからなかった。仕方ないので、他の図書館で働く仲間たちにも問い合わせたが、そもそも“グロア”という作家は知らないという。小さな図書館にあるのに、大きな所に無いわけがないはずだ、と思ったウィルは、知り合いを辿ってそこの職員と繋がることに成功した。彼は早速電話を使って連絡を入れる。
「グロアという作家の本を探しているんですけど…ありますか?」
『グロアさんですね、少々お待ちください。』
落ち着いた感じの女性の声がそう言った後、簡略的な音楽が流れ、待ち時間が訪れた。その間、ウィルは再びねこちゃんの日常を開いて中身を確認する。すると不思議なことに、先程と登場人物の格好が少し違うのだ。片腕を上げて拳を掲げ、ニコニコしていたねこちゃんは、今はその拳はピースになっていた。…いや、見違えたのかもしれない。
数十分後……。
『お待たせしました。』
受話器の向こうから声がした。
『館長にお聞きしたところ、本はこちらにはないとのことなのですが…。』
「そうですか…わかりまし__ 」
『いえ、そのですね、館長がお客様とお話しがたいとのことなのですが……。』
「…僕とですか…?」
耳を疑った。それもそうだ。大きな図書館…全国で有名な図書館だ。またの名を、“歴史の本棚”。その名は伊達ではなく、そこの創立はなんと約220年だ。セウフィト国の歴史が始まった時から存在しているのだ。
『住所の方をお教え致しますので、メモのご用意をお願いします。』
「は、はい…!」
ウィルは急いでペンを用意し、カレンダーの切れ端にメモする準備をした。
「どうぞ…!」
『…はい、それではいきます……。』
__ そうして今、彼の目の前にその図書館がある。
念のため、アーサー姫の本も持って彼女を連れてきた。ウィルは緊張をしながらではあるが、そこの中に入っていった。
「お待ちしておりました、お客様…。」
ベージュを基調としたおしゃれな制服に袖を通した女性が、ペコリと頭を下げて礼儀正しく挨拶をしてきた。
その人は館長の元まで案内してくれるので、ウィルも着いていく。
「こちらです。」
大きな扉の隣には、「館長室」と書いてある。確かにここのようだ。ドアノブに手をかけ、それをひねって中に入る。
「ようこそ、わたくしの図書館へ…。」
白髪の目立つオールバックの御老人が、黒革の立派なソファーに腰かけて待っていた。
「わたくしの名はディファーグ……。ディファーグ・シーナウ……。」
「…僕は__ 」
「申されなくとも、分かっております…。ウィル・ハワード殿……。」
「……?」
「あなたのことは、聞いております…。」
ウィルはその時、スタッフの方に教えてもらったのかと思ったが、次の一言からそうではないと知った。
「わたくしの娘の絵本をお探しになられていると……。」
「……娘…!?」
「えぇ…それも、彼らが…。」
とてとて、と聞いたこと無いような足音を立てながら、猫のぬいぐるみが歩いてやって来た。それに既視感を覚えたが、その正体は絵本のキャラクターだったのだ。
「……絵本の…キャラクターが…なんで現実に……?」
「フフッ…不思議に思うのも無理はありませんよ…。」
黄色の猫のぬいぐるみ…いや、“ねこちゃん”はディファーグさんの肩へよじ登ると、そこで立ってウィルを見つめた。
「彼らは…わたくしの娘…グロアが創造した“生き物”…。」
「…………。」
「ハワード殿…あなたに問いましょう…。他の動物と人間には数多くの違いがあります…。その中でも…決定的なものは何だと思いますか…?」
「決定的に…違うもの……?」
「……それは“そうぞう”することです…。未来を“想像”し、物を“創造”する…。早いところ、“想像力の有無”にございます……。」
確かに現代社会にあるものの殆どは、“あったらいいもの”を実現化させたものだ。早く移動できるもの…車。海を越えることができるもの…船。空を飛び、より遠くの国へ行けるもの…飛行機。それだけじゃない。
本だって、言葉だって、全部そうだ。
「人は想像し、文明を築き上げてきたのです…。計算も、それに用いる数字も、全ては人が勝手につくったもの…。自然に出来上がったものではないのです…。」
ねこちゃんを指でくすぐってやると、ディファーグは楽しそうに微笑んだ。
「こうも言われております…。人間の想像するものは必ず実現化される…と…。時空を越えることは勿論…魔法を使用することなく別の場所へ瞬時に移動することもできるかもしれない……。そう、人間には無限の可能性がございます……。」
「…いくらなんでもそれは…。」
「例えば、昔の人に『小型化された携帯電話ができる』、『画面に触れて操作することができる』、『本もデータにしていつでも読むことができる』と言ったところで、誰が信じてくれますか?」
「…それは…。」
「フフッ…左様…誰も信じるわけがないのです…。夢が現実になった時、わたくしたちはその“昔の人”になるのです。『あるわけがない。』、『ありえない。』これらの“言葉”が、その時の人間の進化を止めてしまう…。」
妙にその通りだと思ってしまった。謎の説得力を感じたのだ。
ディファーグさんは肩からねこちゃんを降ろすと、彼はどこかへと去っていってしまった。
「…さて、本題です…。…グロアは……彼女はその想像力が豊かでありました…。それが、彼らが生まれた理由でございます…。」
「…?」
「魔法は体内に宿る魔力を消費し、頭で任意の魔法を選択して放つことが可能でございます…。それを持たない…“スラフの民”と呼ばれる者たち以外は、その能力が眠っておられます…。そしてそれを覚醒させた者こそ、“覚醒者”と呼ばれております。」
「ええ、存じています。覚醒者でなければ魔法を使うこともできない。魔力を持っていても、そうでなければ使うことは不可能である…。」
「左様…。覚醒は平均で10歳に起こりますが…彼女の場合、生まれ出ずる時には既に覚醒しておりました…。」
「なんと……。“初期覚醒”……。」
「ええ…。初期覚醒を迎えてしまった者は、通常よりも魔力が強力な故…暴走の危険性があり、そうなれば即、死に至ってしまいます…。彼女は周りよりも強大な力を持っている故に変り者扱いを受け、そこからいじめに転じ、最後にはそのストレスから心因性記憶障害を患ってしまいまして……。一人で町をさ迷い始めるようになりました…。最初の頃は戻ってきていたのですが、だんだんそうならなくなり…今はどこに居るのか、お恥ずかしながら、親のわたくしでも把握していません…。」
「そんな……。」
「行方不明から十数年…望みは薄いでしょう……。」
そのあともディファーグさんから様々なことを聞いた。他人から見れば確かにグロアは変り者だった。ねこのぬいぐるみを描き、一人で楽しそうに笑っていたらしい。時には自分のキャラクターで本を描き、それをご両親に見せていた。
ねこちゃんが実在したのは、彼女の“イメージ”がそうさせているのだという。「実在すると思えば、実在する。」ということだ。
記憶障害を起こした彼女にとって、唯一の理解者がねこちゃんだったのかもしれない。だからこそ“実在する”と考えていたのだろう。ディファーグさんはそのように考えた。
幻実の本 #5 This world is made to image
「さて、今回はここまで! また今度ここに来てよ! 残りも……5話分くらいだからさ!」
彼は退室する私を見送りつつ、そう言った。
純粋な笑顔で私の背中を送り届けてくれたことだろう。
英雄研究会…そもそも何故このようなものが……?




