Berthed fake characters from fake story !?
「英雄研究所」
私は彼の話の続きに興味を持ち、再びここを訪れた。
ドアを開けると、目に入ったのは本の山に埋もれた人の手だ。慌てて本をかき出してから引っ張ると、中から話をしてくれた男の人が出てきた。
「ごめんごめん…! 本棚が倒れそうだったから、おさえようとしたら手遅れだったんだ…!」
私はその男と本を片付けてやろうと思った。
「手伝ってくれるのかい? ありがとう! それじゃ片付けをしながら前回の続きを話そうか!」
「他の物語のキャラクター!?」
「えぇ、グロアという作家が書かれた『囚われのお姫様』というものよ。」
アーサー姫はきょとんとした様子で答えた。ウィルはこれまでに数多くの物語の修正をしてきたが、今回は異例のケースであった。どういうことだ?
「...聞きたいことが山ほどあるんだ。それで、その、まず1つめなんだけど__。」
また複数の足音が近付いてきたのが分かった。そのとたんにウィルは黙り、再びモノクルに触れて自分達の存在を潜ませた。
目の前を大柄な男と小柄が通った。
「あの女め...ヴィンセント王子の婚約を破棄しやがって...。」
マスケット銃を両手で持ち、青色の軍服に革製の長靴をはいている。大柄な男は顎に髭を生やして強そうな雰囲気を出している。小柄な男はその逆だった。
「黙って従えばいいのですがね...。」
二人はアーサーのことを酷いように言った。
「全くだ。女は黙って男に従っていれば良いんだ。」
ウィルが彼女の顔を覗くと、下唇を噛んで彼らのヒドイ言葉に耐えていたのが分かった。ウィルも兵士たちの男女差別的な発言に不快感を覚えた。こんな奴等は、懲らしめてやらないといけないと思った彼は、どうやって懲らしめてやろうかを考え始める。すると、彼は自前の本を取り出した。国語辞典程の厚さだ。
「さぁて...。」
彼は取り出した本を開き、そのページに指で模様を描くように滑らせた。
すると、兵士たちの足場が爆竹の破裂程度の小さな爆発が複数起きた。
「な、なんだ!?」
まるで熱せられた石の上を裸足で立たされたかのように、あるいは、デタラメな躍りのような動きで二人が慌てている。
それを見た彼は、ページをめくってまた同じように指でなぞった。
今度は彼らの頭上にだけ黒い雲が現れ、豪雨が降った。
「な、なんなんだ!?!?」
たまらなくなって二人は走って逃げ出したが、雲はいつまでも彼らの頭上を追いかけて行った。ウィルはその様子を見てスカッとした。
「今何をしたのですか、ハワードさん?」
アーサーがウィルを、驚いたような表情で見つめた。彼はそんな彼女の肩に手を置き、ニコッとして、魔法だよ、とだけ言った。
「さて、君は...これからどうするの?」
兵士たちを追い払い、恐らくは距離も空いただろう。
「あの...すみませんがもうしばらく共にいても...?」
「うーん、僕も仕事中なんですがねぇ...。」
「...こんな山奥に...なにを? あ、もしかしてこの世界の木こりさんでしょうか?」
「あー、いや、その、うーん...。」
後頭部をかき、何て言えば良いのかを考えた。
そういえば彼女は“物語”やら“世界”やらを把握していた。なら自分のことを話しても大丈夫かもしれない。
「...えっとね? 僕は現実の世界の人間なんだ。」
「現実の世界?」
「そう。えーっと、何て言えばいいかな。君たちを違う世界から見ている者...と言えば良いのかな...?」
余計に混乱させてしまったかと思ったが、彼女はすぐに理解していた。それどころか目をキラキラさせていた。
「現実の世界...! 本当にあったのですね!」
彼は余計なことを吹き込んでしまったと瞬時に悟った。どうしよう、どうしようと悩んでいると、本来の目的を思い出した。それは“赤ずきんちゃん”の絵本の修正である。
ウィルは事情を説明して別れようとするが、アーサー姫のことが心配であり、また、何故世界の知識を持っているのかを知らなければならない。渋々であるが、彼女を修正作業に同行させることにした。
あれからずっと森のなかを歩いている。感覚的には既に1時間は越えているだろう。アーサー姫は見たことない景色に夢中で疲れを知らない。しかしウィルはもうクタクタになっている。
「ねぇハワードさん?」
彼女が声をかけてきた。
「“ウィル”でいいよ。それで、どうかしたのかい?」
「この木の年齢はどれくらいだと思います?」
どうでもいい質問だった。質問、というか馴れ合いか? ウィルにはその余裕はないが、純粋な彼女の機嫌を損なわす訳にはいかないと思って応えた。
「うーん、僕には分からないかな。クラシアスさんは分かるのかい?」
「いいえ、分からないわ?」
当たり前でしょ、みたいな表情をしている。怒りたいけど怒れない。その理由は、まるで彼女の笑顔が向日葵の花のように明るいからではない。彼が疲れているせいだ。
「でも木の根っこにある、このキラキラしたものはなんでしょう...?」
彼女が珍しそうに見つめていた先には、金色に光る、なにかのピースのようなものがあった。
「これって...!!」
物語のテープの破片だ。なんとここにあったのだ。
「これを集めているのね?」
「え? あぁ、言ってなかったね...ごめん。」
木の根っこに埋まっていたテープの破片を拾ってそれを本に挟んだ。
「そう、この“物語のテープ”を集めなきゃいけないんだ。そしてこれが、今見つけたのと合わせて手元には3つあるんだ。ここのテープはあと1つだよ!」
「じゃあ、私も頑張りますわ!」
綺麗なドレスの袖をまくり、やる気を出したようでガッツポーズをしてみせた。頼もしい相方が誕生した瞬間かもしれない。
とにかく辺りを探索していると、またアーサー姫がお目当ての物を見付けた。
「才能あるかもね?」
「えへへ!」
ウィルが褒めると素直に喜んでくれたが、顔についている泥や指先に付着してある土が気になった。
まさか素手で地面を掘ったのか。姫ともあろうものが。
ウィルは破れてしまったことによって捻れたエンディングの場面へと移動し、集めた全てのテープを外に出した。
「さぁ、直すよ。」
本を開き、ページの上に指を置いて模様を描くように滑らせた。
4つのテープが浮かびだし、くるくると回りながら上空へ向かった。そして眩い光を放つと四方向に散った。
「あぁ! 集めたのに...!」
アーサー姫が残念そうに言った。
「大丈夫さ。」
散っていったテープたちは、それぞれの面積を広げて行き、空間を作った。本物のエンディングだ。
「さぁ、ここからが本番だ。」
「本番...?」
今この世界には2つのエンディングが存在している。ちゃんとした真のエンディング(トゥルーエンディングと呼んでいる。)と、別のエンディング(アナザーエンディングと呼んでいる。)だ。
アナザーエンディングにいるおおかみと赤ずきんちゃんを消滅させればそれは消える。
「赤ずきんちゃんって、あの幼い女の子を殺すってこと...? そんな酷いこと...!」
一緒にテープを探してくれた姫様がウィルの胸部をポカポカと殴る。
「...あれを見てそう言える?」
彼が指差した方向には、頭が3つになっているムキムキのイカツイ“おおかみさん”と、まるでゾンビのようなおぞましい姿の“赤ずきんちゃん”だ。
「なにあれ...!?」
「フェイクキャラクターさ。要は本物のエンディングによって生まれた虚像。あれを消せば修正作業は完了する。」
「消すって、どうやって!?」
「こうするのさ。」
ウィルは再び本を開き、指でなぞって魔法を発動させた。
炎上魔法だ。フェイクおおかみの体が激しく燃え始め、苦しみだす。
「グオオオオオオ!!!」
結構の距離があるにも関わらず、鼓膜を破りそうな大きな声に思わず耳を塞いでしまった。
すると、フェイク赤ずきんがワインボトルの底を割っただけの簡易的な凶器を取り出した。
「うーん...。早く消滅させなきゃならないのに2対1か。」
トゥルーエンディングの再構築が完了する前に倒さないと、またテープ集めの再開になる。しかも今度はフェイクキャラクターに追われながら。
本のページをなぞって剣を取り出し、赤ずきんと交戦することにした。本を介しているとはいえ、魔法を使う際には、それに必要とする魔力を消耗する。多用すると後で困る。なので、節約しながら戦うことにしている。
赤ずきんの素早い動きに翻弄されているせいで剣が当たらない。無駄に体力を消耗していく。
「あーーもうぅ!!」
イライラしてきたそのとき、赤ずきんの頭に石が当たった。アーサー姫だ。赤ずきんが、それが飛んできた方向を振り向いた隙に後ろから剣をぶっ刺した。フェイク赤ずきんを倒した。
ケルベロスみたいなおおかみは焼けてなお動き出す。多分次の一撃で倒れるくらいだ。
「クラシアスさん!! 本を!!」
アーサー姫は、ウィルにそう言われたので本を持って投げた。
彼はそれをキャッチして開き、いつものように指でなぞって魔法を発動させた。
「フェイクキャラクターおおかみ...さぁ...これで“エンドマーク”だ...!!」
雷の魔法を直撃させておおかみを消滅させた。
「ここから離れる! クラシアスさん、僕の手を握って!」
彼女は彼の言うとおりに従って手を伸ばし、掴んだ。それを確認した彼は、急いで転送魔法を発動させた。
気が付くとウィルとアーサー姫は丘の上に寝転んでいた。
「...?」
ハッとして周りを見渡すと、近くの川で溺れているおおかみとそれを見届ける赤ずきんと彼女の祖母と猟師がいた。どうやら物語、本は修正されたようだ。
ウィルは隣に寝ているアーサー姫を起こした。
「...あなたはこれからどうするの?」
彼女が彼に聞いた。
「僕は現実の世界に戻る。君は?」
「私もいきたい!」
「え? う、うーん...。肉体がないから消滅しちゃうよ...。」
「...。」
彼女はしょんぼりして下を向いた。
彼女は兵士たちに終われている。聞きたいこともたくさんある。それになにより修正作業を手伝ってくれる人がいてくれるのは助かる。
ウィルは考え始めた。
「...ねぇ、君はどんな世界にも来れるの?」
「? えぇ、そうよ?」
「絵本に限らず?」
「えぇ、小説にも行けますよ?」
「...じゃあ、僕の本の世界に来なよ。」
「え?」
「と言っても、まぁお部屋を描いておくくらいしかできないけどね。」
「ううん! 嬉しいわ!」
「そうかい? じゃあ戻ったらすぐに準備しておくよ。タイトルは“テープ集めの冒険”とかにしておくね!」
彼はそう言ってモノクルに触れ、現実の世界へと帰った。
急いでもう一冊の愛用している魔法の本(特別なやつで、白紙である。) を取りだし、タイトルを書いて部屋を描いた。シンプルな部屋ができた。ドアがあって、テーブルがあって、台所があって、極一般的だ。
<トントン>
すらすらと文字が現れた。
<ガチャ>
<失礼します。ハワードさん?>
口パクにあわせてスラスラと文字が現れる。
「そうだよ! 僕の声、聞こえてる?」
<えぇ、聞こえてますよ!>
「よかった!」
<素敵なお部屋! 私、このようなお家に住むことが夢だったの!>
「…お姫様にしては変わってると思うけど…。…まぁ喜んでもらえて良かった!」
はたからみたら本に独り言しているヤバいヤツだ。ウィルは急いで本を閉じて休憩室に向かった。
<ハワードさん、ハワードさん。>
「ウィルでいいってば。」
<...では、ウィル? ここからだとあなたに触れることって出来ますか?>
「やってみないと分からないよ。」
試しに指を置くと、アーサー姫がそれを掴もうとした。どうやら触れることが出来るみたいで、上にスライドさせたら姫も連れて浮いた。
<わっ!? わわわ!?>
両手で指先を掴んでおり、ぷらーんとぶら下がっている。なんというか、可愛い。
<ウィル! おろして!>
ちゃんと彼女を元に戻してあげると、彼女は指を離してドレスのスカートを叩いた。先程のテープレコーダー集めのときに着いてしまったのであろう土埃を払ったのだ。
<お風呂はあります? 土いじりが過ぎてしまったようなの。>
「あ、今描くよ。着替えもあった方がいいよね。」
風呂やトイレ、ベッドや毛布のほかに着替えや歯磨きセット、ドライヤーなども描いてやった。日用品はだいたい揃っただろう。ちょっと楽しくなってしまっていた。
<あ、お風呂を覗いたら許しませんからね!!>
「の、覗かないよ!」
<信じますからね...!>
ウィルはやれやれと首を横に振ると、そっと本を閉じた。
幻実の本 #2 Berthed fake characters from fake story !?
本棚を戻し、そのなかに本を全て収めた。
「助かったよ…ほんとに…!」
彼は体力が無いのか、汗をかきはじめていた。それにしても不思議な人だ。私は以前からこの人を知っているようで知らない……。
「…そろそろ時間だね…! また今度おいで! その時こそはちゃんとお茶でも飲みながら続きを話すよ!」
にこっと爽やかに笑った彼は、私に手を振って見送ってくれた。