phantom story and princes
「英雄研究所」
黒髪で、身長もなかなかあるくらいの男が図書室の本を探っていた。
「んー…確かここに…。」
身の丈に合わないくらいブカブカのローブを着ていたその男は、とある本を探っていた。それを後ろから見ていた私に、彼は気付いた。
「あれ…? 君……。……そうか!」
彼はニコッと笑ってこちらに近付いた。
昔から本というものがある。君も...いや、確かにこれは読み物だけど、君の場合は本ではないかな? ふふ、時代っていうのはほんとに素晴らしいものを届けてくれる。僕は...もしかしたら君と会ったのは2、3回目かな? それとも初めてかな? まぁいいか。
今回も英雄の話をするよ。
今回の英雄は、一味も二味も違っている。なんとこの人は、絵本の中で戦うんだ。彼の名前は“ウィル”。
さぁ、僕と一緒にウィルくんの活躍を見ていこう。
彼はセウフィトの首都にある小さな図書館に働いている。
なんの変哲もないただの図書館だ。聞こえるのはエアコンの音やページをめくる音、そして香るのはコーヒーと本の香りだった。茶髪で小さなおしゃれメガネを着用している彼は、この雰囲気がとても好きで、仕事をしている間は時間が過ぎることを忘れている。内容は本の管理である。いつものように、本棚の一段一段にある本たちを確認し、状態を見て項目にレ点のチェックをいれる。
「ウィルさん、これ...。」
そんな彼に、1人の女性が一冊の本を差し出してきた。彼に本が差し出されるということは、ただ1つである。誰かがいたずらか不慮の事故かで本のページを破ったのだ。彼はその修理をしている。と言っても、もちろんページを破られていたり落書きされていたら、それを処分して新しいものに代えるのが手っ取り早い。だが彼は、不思議な力で本を直す。
特殊なモノクルをつけ、破られたページを開く。今回は“赤ずきん”だ。大雑把にまとめると、内容はこうだ。
病弱な祖母に食料や飲み物などを運ぶお使いの途中、おおかみに狙われてしまう。おおかみは、彼女と話をして行き先を知り、先回りして彼女の祖母を食らった後、やってきた赤ずきんも食らうが、猟師がおおかみの腹をハサミで切って救出した。その後、空になった腹のなかに重い石を詰め込んで縫い付け、それが原因で川の水を飲もうとした際に溺れ死ぬというものだ。考えてみるとなかなかえげつないことをしている。破られたページは、おおかみが先回りする場面だ。
「行ってくるよ。」
ウィルは職員の女性にそう言って本に手をかざし、まばゆい光と共に姿を消した。彼は本の、赤ずきんの物語の世界に入ったのだ。
「さて...ここは...?」
辺りを見渡す限り、ここはどうやら森の中のようだ。耳を澄ますと聞こえる足音が確かにある。彼は木陰に隠れてその音の主を確認した。赤ずきんだ。6、7歳くらいの女の子で、そのあだ名のとおりに赤いずきんを身に付けている。非常に可愛らしい子だ。そんな彼女を狙うおおかみの姿も確認できた。といってもただのおおかみではなく、擬人化されたようなものだ。まぁ、当然ではある。
「こんにちは、赤いずきんが似合う赤ずきんちゃん。」
オオカミはニコニコしながら赤ずきんに話しかけた。
「こんにちは、オオカミさん」
彼女が返事をしたことで、オオカミはニヤリとし、次に質問をした。
「君は1人でどこへ行くんだい?」
「あのね、おばあちゃんのお家だよ。おばあちゃんが病気だから、これからお見舞いに行くの!」
「そうなのかい。それは偉いね! ...おや? その篭の中には何が入っているの?」
「ケーキとブドウ酒だよ。おばあちゃんの病気が早く良くなりますようにって、持って来たの!」
「そうか、君は実にいい子だね。それでどこなんだい? 君のおばあちゃんのお家は?」
「森のずっと奥の方だよ! ここからなら、歩いて十五分のところ!」
「十五分...ねぇ...」
おおかみは目線を上にあげ、少し考えた。そして、
「赤ずきんちゃんよ、おばあちゃんの家に行く前に周りを見てみなよ! こーんなにきれいに花が咲いているし、小鳥は歌っている。せっかくだから、楽しく遊びながら行ったらどうだい? たとえば...お花をつむ、とか!」
赤ずきんは、おおかみの言う通りだと思った。花をつんで持って行けば、おばあちゃんはきっと喜んでくれるに違いないと思ったからだ。
「そうだね! おおかみさんの言う通り! わたしはお花をつみながら行くことにするわ!」
赤ずきんはさっそく色々な花を探し始めた。
ここまでは物語通りだ。だが肝心のこの先が無い。そうなると、1つの物語は無理やりエンディングを作ろうとする。例えば__。
すると、突然気が変わったおおかみは、赤ずきんのお花つみを手伝うことにした。
「ありがとう、おおかみさん!」
「いえいえ、君のような、か弱い女の子を一人にさせるのはあまりにも危険だからね。」
嘘の笑顔を赤ずきんに見せて油断させているのだ。
鼻唄をしながらお花つみに夢中になっていると、後ろから近付く恐ろしいおおかみに気付かないでいた。おおかみはその隙に...パクッ! っと、赤ずきんを食べてしまった。
「おおかみさん! わたしを騙したのね!」
「騙される方が悪いのさ。」
おおかみはご機嫌になって森のなかへと帰っていった。
__ 最悪の結末になる。今まさにそれを目にした。
「さて、序盤まで戻すとしよう。」
ここからが彼の仕事だ。複数印刷されたものであっても、その物語のキャラクターの一人一人に作者の愛情がある。いわゆる、キャラクターで出来上がった“物語のテープ”だ。ページを破られたことによって破損した物語のテープは、物語中の舞台の至るところにある。ページはその欠片を集めることによって直される。今回は全てで4つだ。金色に輝いているので一目で分かる。
長時間この世界にいると、通常の再生時間よりもそれを要することになる。だから急いで探さなければならない。
森のなかを駆け回り、見付けた欠片は2つ。残り2つだ。赤ずきんは主に森のなかで話が展開する。だから森を探し回れば欠片は集まるだろう。
ウィルは1人で物語の世界を歩いていた。すると、誰かの足音が聞こえてきたのがわかった。おかしい。ここには誰も来ないはずなのに__。
ウィルは木陰に隠れて様子を見ることにした。姿を表したのは、白髪の綺麗な女の人だった。
「...は...!?」
思わず声が出た。ここは赤ずきんの物語であって、彼女は不自然な存在なのだ。
「ひゃっ!?」
先程の声でウィルは存在がバレた。その女性は息を切らしており、なにやらただ事ではなさそうだった。しばらく間が空くと、彼女は膝から崩れ落ちた。
「だ、大丈夫?」
物語のキャラクターに干渉することは、本当はいけないことだ。だが、この人は...?
「大丈夫です...。多分...。」
見るからに大丈夫ではなさそうだ。すると、遠くの方から多人数の足音が聞こえてきた。
「まずい、早く逃げないと...。」
彼女は自力で立とうとするが、過労で足に力が入らないようで震えている。
「ちょっと待って、今の状態じゃ逃げられないと思うけど...?」
彼はそんな彼女を支える。
「私に構わないでください...! あと関わらないでください!」
そう言われると、押し退かされ、バランスを崩して倒れそうになった。
「えぇ...?」
「...ここまで...か...。」
事情はよく分からないが、とにかくこの人を庇わなきゃいけないようだ。
ウィルはモノクルに触れて能力を発動させる。
「どこだ、どこへ行った!?」
「ここまで逃げたんだ。くまなく探せ!」
5人ほどの兵隊だ。彼らにはウィルと、この女性は見えていない。もし物語のキャラクターに干渉しそうになったとしても、姿を隠して逃れるための能力だ。
「逃げようか。」
「...は、はい...。」
女の人をおんぶしてその場から離れることにした。
「くそ、どこにいる!?」
兵隊の一人である男が怒り任せに樹木を素手でぶん殴った。
「助かりました...!」
「いえ、お役に立ててうれしい限りです...が、どうしてここに? というか、どうやってここに? あと、あの人たちは? それと、あなたは?」
「質問が多い人ですね...。」
しまった、つい情報を求めすぎてしまった。彼女も少し引いている。
「ごめん、仕事柄見過ごせなくて。まず、君は誰?」
「私は、アーサー。アーサー・クラシアス。あなたは?」
「僕はウィル・ハワード。それで、クラシアスさん、どうして...ここにいるの?」
「私は、とある国の姫でして...それで、その...婚約者が決められていたのですが…その人は乱暴な上に苦手な方でして...。それが嫌で逃げ出したのです...。」
「へぇ、そんなんだぁ...って、え。ちょっと待ってください。」
彼は一旦会話を途切れさせ、よくよく考えた。
「他の物語のキャラクター!?」
「えぇ、グロアという作家が書かれた『囚われのお姫様』というものよ。」
キャラクターが“物語”だけでなく、“世界”のことも知っているだと。ウィルはこれまでに数多くの物語の修正をしてきたが、今回はいたって特殊だった。
これは...手強いものになりそうだ。
幻実の本 #1 phantom story and princes
「なかなか面白い世界だよね! まさか絵本の世界に入っちゃうなんて! 赤ずきんかぁ…懐かしいなぁ…僕もずっと昔は…いや、なんでもないよ!」
彼はそう言って、開いていた本を閉じた。
「あ、そうだ! 君、このお話の続きが気にならないかい? 良かったら来週、またここに来ておくれよ!」
彼は私にそう言って微笑んだ。
うーむ…この先の展開……か……。




