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あの日から何度か、彰宏は店にやって来た。
何度もやって来るのに、一度も行為をしなかった。
二セットもの時間を取り、ただ会話をするだけ、ただ黙って側で座って居るだけだった。
「ねぇ、アフターとかやってるの?」
「やってるよ」
もう何度目の来店かわからないある日、今日も下着姿で座る私に、自分の服を掛けながら、彰宏は聞いて来る。
あぁ、これはこんな店じゃなくて、誰の目にもつかない所でしたい訳か。
男なんて、結局、独占したい生き物だものね。
何度目かの悲観を胸に抱き出した時、彰宏は昔と変わらない、私の心を掴み取って、全てを包み込んでくれる笑顔を浮かべた。
翌日、少し仮眠を取ってから、アフター用の服に袖を通す。
本当の私なら、絶対着る事の無いワンピース。体のラインを上手く隠せる様に羽織る上着が、季節の色を浮かべ、白いワンピースが清楚さを、女性らしさを醸し出す。
全身鏡の前で自分自身をしっかりと写し、強烈な苦しさと気持ち悪さに、立ち眩みを覚える。
大丈夫、あなたは可愛い、誰よりも可愛い、自信持って。
心の中で呪文を繰り返し、家を出た。
待ち合わせ場所は地下にある噴水の前。
泉の広場と呼ばれるそこは、周囲を沢山の飲食店が囲んでいて、地下なのに、滾々と湧き出る水が、気持ちよく降り落ちている。
「お待たせ」
飛び出る水の奥、座れば濡れてしまう噴水の前で、ラフな格好をした彰宏が手を振っていた。
「こんにちは」
「そんな畏まらなくて良いよ、同級生なんだし」
「そうだけど」
「此処は店じゃ無いよ、兎に角、お腹減ったしランチにしよう」
彰宏は、本当にアフターと言うには友達感覚すぎるデートをした。
アニメオタクだと言う彰宏の要望で、赤い看板が目立つアニメショップへ行った、幾つもの商店街を歩いて、大きな観覧車のある建物にも行った。
「此処で食べるクレープがいいんだよね」
「そう、なんだ」
まるで彼女とのデートの様に、いや、友達と遊んでいる感覚なのかな。
何事もない様に、至って普通に、時間を過ごして行く。
そして、赤い観覧車の下で、コーヒーを飲んだ。
必死に着飾る私の横で、当たり前の様に、普通の時を過ごす。
彰宏は高校時代、クラスで、いや、学年でナンバーワンにモテていた。それは勿論、容姿端麗というものーーでは無いが、確かに普通よりはカッコ良かった。
ただ、その会話力、そして人を思いやる心が人を引き寄せていた。
誰に対しても優しい、そんな人間だった。
だからこそ、私も好意を寄せていた。
けれど、私の学校には可愛い子が兎に角多かった。だからこそ、彰宏の隣には常に女の子がいて、楽しそうに笑っていた。
私はと言うと、丸縁メガネに髪はツインテール、校則通りの身嗜みに、無口。
絵に書いたような影キャラだった。
あと一歩が出ていたら、きっと私も変わってたんだろうなぁ。
それは美味しそうに、クリームのたっぷり乗ったフラペチーノを啜る彰宏は、私の気持ちなんてこれっぽちも気付いていないだろう、心を捉えて止まない笑顔で私を見つめた。
「ねぇ」
「なあに?」
「いつまでこの仕事続けるの?」
「え?」
私が食べたいと注文した大粒のチョコが混ざったクッキー。それを一口サイズに割って行き、断りもせず口にした。
その位の流れで、そんな事を聞いてくる。
他のお客と同じような事を、聞いて来た。