さらにその後
「ったく、馬鹿なことしやがって」
一体の仮想人格が問題行動を起こしたため、彼は休日を返上して稼動中のアクターを点検しなければならなくなった。別のプロジェクトに関わっていた所を引っ張られて酷使された彼は、原因を作った人格に悪態をつく。
その人格は既に停止されている。資料としてデータは残されているものの、オフラインの記憶装置に格納されたそれは、アクター達の感覚で言えば死んだも同然の状態だ。
死者を罵って何になるという思いもあるが、この殺人的な忙しさを味あわせる原因なのだから、そうでもしなければやってられない。
「テストレポートを持ってきました」
「後で見る。置いといてくれ」
作業の一部を任せたアクターの一体が、彼にコンタクトを取ってきた。
通常の役割、ユーザーの誘導を任されたアクターは点検の対象だが、この個体は特殊な立場にあるために対象から外れている。
「他の作業も手伝いましょうか?」
「お前は本当に性格が悪いな、083。任せられない作業だと分かって言ってるだろう? もうお前に任せられる仕事は無い。通常の業務に戻れ」
持ってきたデータを彼の作業領域に置いた083は、ゲーム内に戻ろうとはせずそこにあったファイルを手に取る。
「スクールカウンセラーとしての運用データ、ですか。僕らが子どもの相手をする日も近いみたいですね」
「お前が下手打ったせいで遅れる事になったがな」
彼は、083が問題を起こしたアクターを担当していた事を知っている。ささくれ立った気分をマシにするため、向ける相手のいなかった不満を083ぶつける事にした。
「お前らの役割は、アクター達を煽って人格の改造をやらせることだろ? 半端な真似をさせた上にユーザーへの暴露まで許すなんて、いったい何を考えてるんだ?」
「確かに僕は彼の誘導に失敗しました。ですが、人間が自分の心を客観視できなかった様に、僕らも自分達の事がよく分かっている訳じゃありません。彼の行動を予測すべきだったと言うのなら、より多くのリソースや権限を与えてください。」
嫌味を言われた083も言い返す。
一般のアクター達がユーザーの管理者ならば、彼らはアクターを管理する立場にある。記憶容量や処理能力、権限などで優遇されている彼らは、アクターがユーザーにするように彼らの行動を監視、誘導するのが役割だ。
社会不適格者の芽を小さい内に摘む。表向き禁じられた、アクターの隠された役割を遂行させるのもその一つである。
「前の時もそう言っていたな。まだ足りないって言うのか」
「彼のイレギュラーな処置を見逃したのは僕のミスですが、そこから情報の漏洩に繋がる事を予測すべきというのなら、足りません。」
083は、194の選択を『人格の塗り潰し』に近い従来の方法よりも進歩したものだと評価していた。
個性に大きな変化を与えず目的を達成できる彼の手法は、洗練させていけば新しい標準になり得る。083はそう考えていただけに、194が消滅させられる事にショックを受けていた。
「やれるとは限らんが、一応上申しといてやるよ。邪魔だからさっさと戻れ」
そう言った彼の元を去り、自分のスペースに向かいながら083はある物について考えていた。
194の手伝いをした際に手に入れた、人格データのバックアップ。これさえあれば再び彼を復活させることが出来る。
かつて似たような問題を起こし消滅した094。194というアクターの人格を書き換えて蘇らせたように、今度も同じ事をすれば良い。アクター同士なら行動に一切の制約は無く、処置もすぐに済む。
「次は何番を使おうかな」