Ⅷ◆治療
あんまり進んでないかな?
読んでくれてありがとうございます。
ぼろぼろの衣服が鋏で裁たれ、ジークとフィルメスの上半身が露わになる。
上に着ていた濃紺の詰め襟の下のシャツは、血でべっとりと黒く染まっていた。
今まで普通に動けていた事が不思議なくらいの出血量だった。
医師たちは、脱がす前からある程度予想ができていたようで、治療の手を止めることは無かったが、表情が一層険しくなったように感じられた。
大判のガーゼで慎重に血を拭っていく。
当の二人は、さほど痛みは感じていないようで、部屋の隅でちっちゃくなってる私に余裕の表情で視線を送る。
フィルメスに至っては、笑顔で手を振ってくる。
先ほどシャツを脱いだ時にに付いてしまったのか、手のひらは血で真っ赤だった。
勘弁してください。
やや視線を逸らして治療を見守っていると、突然医師たちの手が止まってしまった。
皆、驚いたように口をぽかんと開けたまま固まっている。
怪訝に思って、私は椅子から少し腰を上げ、二人の身体を覗き込んだ。
血は綺麗に拭き取られ、筋肉質な逞しい胸板が見えた。
………。
…………、あれ?
おっかしいな…。
二人の上半身には、至るところにうっすらとピンクの傷痕が見られた。
その中には結構大きなものもあって、本当に騎士として(かどうかは信じたくない気持ちもあるんだけど)戦ったりしてるんだなぁ。と思わされた。
んだけど、
肝心の、森で受けたらしい傷がない。
ほんの数時間前に負ったはずの傷が、二人の身体にはどこにも見当たらなかった。
「へっ…?」
間抜けな音が私の口から漏れた。
あ、ケガ大丈夫だったんだねよかったーなんて言えない出来事に、頭の中が?で一杯になり、それ以上言葉が出てこない。
医師たちも暫く動かず、奇妙な静けさが医務室を包んだ。
「もう、いいか。」
ジークが寝台から立ち上がり、フィルメスが伸びをするように両手を軽く上げた。
それによって、やっと部屋の時間が動き出す。
「ままま、魔術師長殿をよよよ呼んでこいっ!」
年配の医師の声に、弾けるように一人が廊下へ飛び出すと、他の医師たちもわーわー騒ぎながら行動を開始した。
今にも私の腕をとって部屋を出ていこうとしていた二人を寝台に引き戻し、室内を走り回り、寝台脇のカートを引き倒したりと、さっきの静けさが嘘のように騒がしくなった。
瞳を爛々と輝かせ、頬を赤く染める医師たちは興奮し、熱気がムンムン立ちこめはじめる。
その姿は、近づいたらいけないような迫力があって、非常に怖い。
私はそれを、扉の脇で呆然と眺めていた。
++
しばらくして、部屋を跳びだしていく数人の医師と入れ違うようにして、真っ白な顎髭を蓄えた老年の男性が入ってきた。
後ろには、最初に出ていった医師。
彼が"魔術師長"なのだろう。
彼らが入室すると、医師たちは立ち止まり頭を下げた。部屋は床には薬品のが転がってたりしてちょっと危険だし、決して目立ちたくないので、私はさっきまで座っていた隅の椅子に再び座って置物の如くじっとしていることにした。
魔術師長なおじいさんは、二人の腰掛ける寝台に近づき使用済みのガーゼやシャツを目の端にとらえつつ二人を観察すると、信じられないとでも言うように目を見開き、息を呑んだ。
背後の医師たちは、今だざわざわと落ち着きがない。
おじいさんはおもむろにジークへ手を伸ばすと、肩口から胸に掛けて、傷が在るべき場所をそっと辿った。
「なんと……」
気を落ち着けるように大きく息を吐き出すと、声を発した。
「間違いない…。
俄かには信じられないことじゃが。
疲れておるのは十分承知しておりますじゃ。しかし、
お二人とも、何があったのかお聞かせ願えますかの。」
その言葉を受けると、二人は同時に私に視線を向けた。
すると、釣られるように部屋にいた全員が私を見る。
皆そろって、今気が付いたみたいな顔をしている。
治療が優先だということで一旦放置されていた私は、なるべく気配を消すように努力していたのだが、そこまで効果があったとは。
単に私の影が薄いだけとか、そういう突っ込みはひとまず置いておくとして。
「そなたは…」
ほほっ、やばいぞ。
とうとうやってきてしまったっ。
服装だけでも私は十分不審者だ。
哀しいかな、綿とポリエステルで出来たジャージはここでは非常に浮いてしまう。
やましい事は何もないが、少なくとも日本ではないこの地で、身元を証明出来ないのでは不法滞在で捕まってしまうかもしれない。
あー、うー、と血の気が引く思いでなんとか言い訳をしようとするが上手くいかない。
その間にも、おじいさんが医師たちの間を抜けて近づいてくる。
おじいさんが何を考えているのか分からなくて、怖い。
ただ、その瞳はさっきまで見ていた人たちと同じようにギラギラしていて…
軽いパニックで動くこともできずにおじいさんを凝視していると、横合いから腕がにょきっと出てきて私の引っ張り起こし、すぽっと包み込んだ。
「大丈夫だ。」
いつの間に私を抱き締めるジークが優しく頭を撫でる。
フィルメスもすぐ側に来て、肩に手を乗せると、安心するような微笑みをくれた。
緊張の糸が切れたように腰が抜けてしまった私は、ジークにもたれかかるようにして息をついた。
顔を上げて二人の目を見ると、力強く頷いてくれた。
そうだよ、二人が連れてきたんだから、何か適当な理由を作ってくれれば取り敢えずは。
「彼女の魔術に私達は助けられ、今ここにいます。」
「傷も、雪が癒したんだ。」
……。
えと、あの、さ…。いくらなんでもそれは無理があるように思うんだ。
森で話した時にも否定したじゃん?
寝てなんかいないで、せめて二人の誤解だけは解いておくんだったよ、
うぇん。
ジークもフィルメスも今だ上半身裸です。
包帯もしておりませんので。あしからず。




