第5話:奪われた瞳と、忍び寄る影
三浦沖での康児とジャック特殊部隊による激しい牽制劇から一夜が明け、海の上には表面上の静けさが戻っていた。
千春の工場では、朝日が差し込む中で千春とユキが顔を合わせていた。
「康児の奴、なんとかジャックの第一波は足止めしたようだが……時間の問題だな」
千春が工具を置き、作業台のモニターに目を向けたその時だった。
『ビビッ……警告。システム侵害を検知。プロトコルオーバーライド——』
工場内に不穏な電子音が響く。千春が即座にキーボードを叩くが、画面の文字列が緑から禍々しい赤へと一瞬で書き換えられていく。
「何っ……!?」
『ふふ、甘いな、千春』
スピーカーから流れてきたのは、竜宮城の頭脳・クロードの冷徹で余裕に満ちた声だった。
「クロード……! 直接ハッキングを仕掛けてきたか!」
『いくら現場の工作員が優秀でも、システムの階級権限(アクセス権)はこちらが上です。……ただちに監視ユニット“ガーディー”、および“亀型ロボット24t2”の制御権を本国へ移管します』
昭太郎の通学路や海辺を静かに見守っていた小鳥型の監視ユニット・ガーディーの瞳が、青から冷たい赤へと点灯する。さらに、波打ち際にいた亀型24t2が重い駆動音を立てて動き出し、クロードのダイレクトな遠隔操作下に入った。
地上組は、昭太郎を見守る「目」と「情報網」を完全に奪われた。
そして、即座にクロードの命令に従い、王子にアプローチを開始した。
同じ頃。三浦半島の海岸沿い。
何も知らない昭太郎は、いつものようにソラとシロを連れて歩いていた。
「あ、見てソラ! 先日のカメだ!」
波打ち際に佇む亀型24T2を見つけ、小太郎が無邪気に駆け寄る。
「おい、元気にやってるか?」
昭太郎が笑顔でカメの背中に手を伸ばしたその瞬間——カメの目から怪しい赤い光が放たれ、空中に立体ホログラムが空間を歪めて浮かび上がった。
『……初めまして、昭太郎』
そこに現れたのは、美しくもどこか哀しげな気品を纏った女性——竜宮城の女王の姿だった。
「え……? 誰……?」
あまりの光景に、昭太郎も、隣にいたソラも息を呑んで立ち尽くす。
愛犬のシロだけが、ただならぬ気配を察して「ウゥー……」と唸り声を上げた。
『驚かせてごめんなさい。私は乙姫……竜宮城の女王です。そして、あなたの本当の母親です』
「お母さん……? 何言ってるんだよ、俺のお母さんは浦島ユキだよ」
乙姫がわずかに目を伏せる。
『真実を話さなければなりません。あなたは人間の子供ではなく、海底都市・竜宮城の王子なのです。そして今、私たちの世界はあなたを必要としています』
「竜宮城……王子……?」
あまりに現実離れした言葉に、小太郎は乾いた笑いを漏らす。
「冗談だろ……? カメのロボットからお母さん? そんな漫画みたいな話」
『私には、海底に暮らす何万人もの民の生活と幸せを守る使命があります。そして……その想いと未来を継承し、この国を安定させることこそが、王家の血を引くあなたの宿命なのです。昭太郎、竜宮城へ帰りなさい』
静かな三浦の波打ち際で、突然、重く突きつけられた「王子の宿命」と「決断」。
「ちょっと待ってください!」
それまで呆然としていたソラが、昭太郎の前に一歩踏み出し、ホログラムに向かって叫んだ。
「昭太郎くんは地上の人間です! 急にそんなこと言われたって……昭太郎くんの日常や、ここで生きる幸せはどうなるんですか!?」
乙姫はどこか切ない目をソラに向け、静かに首を振った。
『……15歳の少年に突きつけるには、あまりにも酷な選択であることは分かっています。ですが、刻限は迫っています。昭太郎……あなたの決断を待っています』
赤い光が消え、亀型24T2は再び物言わぬ機械へと戻った。
残されたのは、潮風の中で呆然と立ち尽くす昭太郎と、不安そうにその腕を握りしめるソラだけだった。
その頃、千春の工場。情報網を断たれ、モニターのノイズを見つめていた千春とユキのもとへ、港から引き揚げてきた康児が飛び込んでくる。
「千春! ユキさん! 乙姫様のホログラム通信が海岸で展開された! 王子に直接接触されたぞ!」
「なんだと……! クロードの野郎、そこまで手を回していたか」
千春が拳を固く握りしめる。ユキは胸に手を当て、祈るように目を閉じた。
「昭太郎……あの子に、そんな重い運命を……」
「どうするんだ千春、ユキさん! 俺たちが力ずくで引き留めるか!?」
荒げる康児に対し、千春は静かに頭を振った。
「いや……俺たちが見守り、育ててきたのは一人の意思を持った人間だ。乙姫様の思いも、竜宮城の民の事情も本物だ……。だからこそ、15歳の少年に任せるのは酷だが、最終的な決断は『太郎本人』に委ねるしかない」
「……千春さんの言う通りです。ですが、あの子の笑顔をすべて奪い去るような決断にだけはさせません」
ユキの瞳に、強い光が宿る。
「千春さん、例のカプセル……準備を進めてください。永久の連れ戻しではなく、地上と海底の架け橋となる『短期帰還』の提案……私たちが提示できる唯一の折衷案です」
「……ああ。大人たちの動揺や竜宮城の反発はあるだろうが、あいつの未来を守るために、俺の技術のすべてをそのカプセルに注ぎ込む」
静かな三浦の海に、あまりにも残酷な「真実」が突きつけられた。
15歳の少年の平穏な夏が、音を立てて崩れ始めていく。




