序章 青い記憶と沈黙の船
昔話『浦島太郎』を、私とAIの相棒達と協議しながら、SFに仕立て中です。
舞台は、昭和57年の三浦半島。深海に眠る未来人の都市「竜宮城」と、地上の小さな港町を行き来する、愛と葛藤の物語です。
【登場人物】
・浦島小太郎:十五歳。三浦半島の港町で育つ少年
・ユキ:母
・千春:町の修理屋
・康児:漁師。ソラの父
・ソラ:小太郎の幼馴染
・シロ:白い雑種犬
・乙姫:竜宮城の主
・クロード:竜宮城の参謀
・ジェミニ:竜宮城の天才頭脳
・ジャック:竜宮城の特殊部隊リーダー
遥か昔、崩壊の危機に瀕した未来の星から飛び立った巨大な影があった。
それは重厚な装甲と異様な曲線を持ち、あたかも巨大なカブトガニの姿を模した無機質な宇宙船だった。幾光年もの孤独な漂流の果て、その船が辿り着いたのは、蒼く輝く太古の地球——その深く静かな海底であった。
未来人たちは深海の底に光り輝く密閉都市「竜宮城」を築いた。
自らの存在を隠し、地上世界の文明の営みをそっと見守るため、彼らは各地に「工作員」を配置した。
——そして時代は流れ、昭和57年(1982年)。神奈川県、三浦半島。
夏の太陽が眩しく照りつける港町に、けたたましい蝉時雨と潮風の匂いが満ちていた。
「小太郎くん! 早くしないと置いてっちゃうよ!」
「待てよソラ! シロが勝手に走っていっちゃうんだよ!」
麦わら帽子を飛ばしそうになりながら波打ち際を駆けていく15歳の少年、浦島小太郎。その隣で弾けるような笑顔を見せるのは、幼馴染のソラだ。白い雑種犬のシロが、嬉しそうに二人の前をタタタッと走り抜けていく。
夕刻になれば、小さな平屋から香ばしい夕飯の匂いが漂う。
「おかえり、小太郎」
エプロン姿のユキが温かい笑みで出迎え、小太郎は大盛りのおかわりを口いっぱいに頬張る。
町の修理屋である千春は、タバコの煙を燻らせながら壊れたラジオのハンダ付けをし、ソラの父親である漁師の康児は、豪快な酒焼けした声でその日の漁の成果を語る。
そこにあるのは、どこにでもある、けれど何にも代えがたい「昭和のささやかな日常」だった。
だが——その日常のすぐ裏側で、深海の影は静かに蠢いていた。
漆黒の深海700メートルに佇むカブトガニ型の巨船——海底都市「竜宮城」。
その最奥の玉座で、美しい女性乙姫が静かに瞳を伏せていた。
「ねぇ、クロード。実はね……地上へ逃がしていた王子を連れ戻す計画があるの。あなたが指揮を執ってくれないかしら」
重鎮のクロードは、静かに頷く。
「承知いたしました。……ただし、実行部隊の隊員は私が選ばせていただきます。よろしいですね?」
「ええ、任せたわよ」
乙姫様はそう告げると、傍らに控える天才頭脳へ視線を向けた。
「ジェミニ。王子の『帰国計画』の立案を始めなさい」
「——了解いたしました、乙姫様」
そして、二日後
「乙姫様、王子の帰還準備が整いました」
冷徹な参謀クロードが淡々と報告を口にし、傍らでジェミニが膨大な未来データを青い光として空中に弾き出す。
「王子・小太郎の持つ遺伝子コードと血統権限なしには、我が都市の維持システムは数年以内に限界を迎えます。海底に暮らす何万人もの民の未来と幸せを守るため……今こそ王子をお連れ戻しせねばなりません」
「……あの子を、地上へ逃がして15年」
乙姫の瞳に、切ない母性と指導者としての重圧が揺れる。
「あの子は地上で、人間として育っています……。けれど、民の未来を背負うのもまた、我が王家の宿命……」
指令を受け、冷徹な特殊部隊リーダージャックの隠密潜水艇が、静かに深海を蹴って三浦の海へと向かう。
地上で小太郎を育ててきたユキ、職人の矜持を持つ千春、そして三浦の海を知り尽くした海上工作員の康児。
彼らは皆、竜宮城の血と技術を知る者たちだ。そして何より、小太郎を心から愛している大人たちだった。
「小太郎の幸せな日常を、冷たい海底へ渡してたまるか」
「しかし、乙姫様の使命も、海底の民の平和もまた偽りではない……」
「……なら、大人がやるべきことは一つだ」
全員が小太郎の幸せを願っている。
けれど、背負う使命と守りたい未来が違うからこそ、彼らは譲れない正義を胸に激しく衝突する。
15歳の少年・小太郎が直面する、あまりにも残酷で巨大な選択。
昭和57年の青い海を舞台に、地上と深海を巡る「愛と葛藤の物語」が、今まさに幕を開けようとしていた——。




