第78話 お前、それ、絶対に、道場で、やるなよ
神聖歴581年 夏の終わり月 1日
「ザンムも泳ぎが上手くなったなぁ」
「タロゥはさいしょからうまかったけどねー」
海面から頭を出し、頭を出来る限り動かさないように姿勢を維持しながら隣のザンムに話しかけると、ザンムは同じような体勢を維持したままそう返答した。最初の内はおぼれたクマさんみたいになっていたザンムも、今ではそこらのホッキョクグマも裸足で逃げ出す水泳上手だ。やはりこの世界、ちゃんと指導してくれる人が居ると技能はバリバリ伸びるみたいだな。
これはパチン・コ流の水中動作の基本であり、『白鳥』と呼ばれる技術だ。水面から出ている頭だけは微動だにしていないが、首から下は白鳥のようにバタバタと忙しく動かしている事からこう名付けられたらしい。
この白鳥の首だけを微動だにさせないものは第一段階で、ここから更に上半身を微動だにせずに移動出来るもの、更に極めれば水面の上も走れるようになるのだという。そこまでいけば水中でも自由自在に動けるようになる、らしい。
おかしいと思うだろう? 俺も思った。そんなん物理的に無理だって。
だが、俺もたまに忘れちゃうんだがこの世界は魔法が存在するファンタジー世界。信力という不可思議パワーがある以上、こんな物理法則を無視した事も出来たりするわけだ。
問題は俺がこれまで一度もその技を知らなかった事なんだけどな!!!
「そりゃそうだ。心技は道場の中じゃ絶対に教えないからな。試合でも一部の技以外は絶対使うなよ? 死人が出るぞ」
「あ、そういう感じなんですね」
「白鳥だって全身から信力を放出する事に変わりはないんだ。加減を誤ったら明後日の方へぶっ飛んじゃうんだぞ。屋内じゃ危なくて教えられんだろ」
コーケンさんの言葉に一先ず頷いておく。 ファンタジー的な要素は魔法と魔物くらいだと思っていたらバッチリ武術にもそういうものがあったようだ。というかコーケンさんはこのセリフを海の上に立ちながら言っていた。流石にそんな事されたら一発で信じますわ。
この白鳥を練習し始めてからひと月。前世でも経験が無い動作の為時間がかかったが、今では信力を使う前の段階。ちょっとした労力で水中での体の操作が出来るようになってきている。これは海に入った事が無い者としてはかなり早い方らしいが海に入った事があり、かつ海上や海中での戦闘訓練を受けたことがあるものはもっと早くなったりする。
例えば親がサニム海軍の頭をしているロゼッタとかね。ロゼッタは白鳥を次の段階。腰の部分まで海面に出すレベルに達しており、その状態で弓を使ったり武器を扱う鍛錬を行っている。この辺に来ると単純な身体操作の領域を超えて、信力の力を操れるようになることが条件になってくる。
今は海に入れる夏場しか出来ないって事で白鳥の練習ばっかりだが、パチン・コ流には陸上でもバリバリ使うファンタジー武術っぽい技はあるらしい。
俺がまだ教えられてないだけで。
なんならリリィとかの同年代の子とかもバリバリ使ってるらしく、同年代の子がすっごい早い踏み込みでまっすぐ行ってぶっ飛ばす! してくるアレがそもそもそういう心技の一つらしい。
俺がまだ、教えられてないだけで。
大事な事だから三度言った。俺が教えてられない理由は大事故が怖いからで、何故他の子が先にそういう技を使っているのかという点だが。これに関しては俺に前世があるのが多分原因だと思う。
俺の場合信力を使う、というと浮き輪でも作るのか? となってしまうが、基本的にこの世界での信力の扱いは誰にでもあって実は日常的に誰しもが多少信力を使ったりしているらしいのだ。
リリィが使ってるような踏み込み速度を上げる技は、実はちょっと気合入れて踏み込むだけで出来たりするからこの世界ではそこそこ運動が出来る子供は皆出来たりする。なんなら少しも特別な事じゃないため、わざわざ教える事がないから俺がそれを使ってないのも「ああ、使うまでもないくらいに差があるしなぁ」で通ってたらしい。
ただ、この信力の使い方はかなり無駄がある。水道のホースを思い浮かべて欲しいのだが、素の状態で水を流すよりも先っぽを潰したりした方が水の勢いは強くなるだろう? この素の状態が一般人の気合を込めた動作で、この無駄な出力を洗練させるために魔法使いは魔法を編み出したりするし武術家は型や技術を編み出すのだ。さっきの踏み込み技に関してもちゃんとした流派の技はかなり洗練されており、突撃以外にも色々なパターンを教えられたりする。
大会や試合の対戦相手が初手突撃をかましていたのはこれが理由だ。最初に覚える技は使いたくなるって真理だな。覚えやすいしハマれば強いから若い子はみんな高速で踏み込んでくるわけだな。そして覚えやすいからこそ、この技は事故につながりやすい。
「タロゥは素の状態でそれより速く動けるからねぇ。下手に教えて道場の壁に大穴開けられても困るでしょ?」
「困るでしょ? と言われましても」
「実際に今、白鳥の習得で難儀してるじゃない。君くらいの技術を持ってればそろそろ海面歩けてもおかしくないんだよ?」
「ぐぅ」
ぐぅの音も出ないコーケンさんの言葉に、精一杯の抵抗としてぐぅと口に出す。これが俺が信力を使った技、大きく一まとめにして『心技』を教えられなかった最大の理由だ。そして実際に砂浜という周りに被害が行きにくい所で教えられたのだが、コーケンさんの心配通りの結果となってしまった。
信力を使ってブーストする、とか。体勢を維持する、とかいう理屈は分かったんですよ。わかったんだけどね。
俺がちょっと信力使って踏み込むと、いきなりジェット噴射みたいにあふれ出すんだよね。
普段は夢想具現とかでしか使ってなかったからまっっったく気にしてなかったんだけど、何時の間にやら上限まで行っちゃってるみたいな俺の信力。レンツェル神父にも迫るほどの信力は、やっぱりとんでもないパワーだったみたいでね。
ちょっと教わった技術で試してみるか、と高速の踏み込み技。パチン・コ流では『打出』と呼ばれるこの技は高速移動技術の基礎みたいなものなんだが、こいつを使うとそのまま一歩目で大体10mくらい上空までぶっ飛んでしまった。
周囲の目が点になってる中、砂浜に人型の大穴を開けた俺は以後絶対に道場では使うなと厳命されてしまう。下手すると屋根にも床にも大穴開けてた所だから、まぁその懸念は良く分かる。誰も落ちた俺の事を気にしなかったのは、ちょっと。いやかなり物申したいところだけども。
白鳥も同じように信力をつかって水と体を反発させて体勢を維持し、自由に水中を移動する事が出来るようになる技のため俺が信力を使って行おうとするといきなり海中火山の噴火みたいな事象が起きてしまう。海中に居るのに体に水は付かないというのが最終的な目標になるのだが水どころか服まではじけ飛ぶ始末だ。
……これ、やろうと思ったら自爆技みたいな感じになるのでは。普通の服だと一発でダメになるから流石に濫用できないが。タロゥ・エクスプロージョンとしてちょっと考えてみるか。
「お前、それ、絶対に、道場で、やるなよ」
「コーケン師範代、怖い。目が怖いです」
もちろん新技の開発なんて俺のような未熟者がやる事じゃない。一度発想を口にしてみたら、コーケンさんからははっきりと拒絶の言葉を言われた。まぁ、練習だけで周囲の被害が凄いことになりそうだから、まぁ……仕方ない。
やってみたかったな。タロゥ・エクスプロージョン。




