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夜夜一夜(よながよっぴて)~奇の断片~  作者: 夏の月 すいか


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12/16

桜の夜

『【脱力怪談】恐怖の澱 』にて「眺めのよい景色」というタイトルでアナザーバージョン(別オチ)を載せています。よろしければ是非そちらもご覧ください。

 春の夜。

 あてもなく車を走らせていた俺はたまたま目にした「桜丘陵(さくらきゅうりょう)展望台(てんぼうだい)」という看板に()かれ、夜桜を見るために展望台に向かった。

 いざ着いてみると展望台は夜間は立入禁止ということが分かった。

 (あきら)めきれなかった俺は、幸い開放されていた駐車場に車を停め、月明かりを頼りに丘陵を上った。

 そこには無骨(ぶこつ)な展望台があった。 


 展望台は言葉通りの「展望するための台」といった簡素な建物だった。

 「公園の遊具を巨大にした感じ」と言ってもいい。

 要するに誰でも自由に入れる建物だった。

 階段の入り口に張ってある一本のロープが申し訳程度に立入禁止を示していた。

 夜中にビルに侵入するのとは違う。夜中に公園に入るだけだと自分に言い訳してロープを(また)ぎ、鉄の階段を上った。



 螺旋(らせん)階段はカン、カンとコンクリートの壁に足音を反響させた。

 建物内に照明は設備されていない。月明かりとスマホのライトを頼りに階段を上る。

 足音は階上階下に響き、暗闇の中で自分の位置が分からなくなるような錯覚に(おちい)った。

 俺は二階三階の展望スペースをスルーし、最上階四階の展望スペースまで一気に上った。



 最上階からの眺めは圧巻だった。

 眼下には桜が広がり、遠くには街の美しい夜景があった。

 雲のように広がる夜桜。風に花びらが舞っている。

 写真に収めようとスマホを構えると急に画面が暗くなり、暗くなった画面に自分の顔が反射して映った。その自分の顔の後ろには女の顔があった。

 後ろに女が立っていた。

 「うわっ」

 思わず叫んで倒れた。心臓が止まるかと思った。 

 女は(しばら)く立ち止まったまま、前に倒れるように柵をすり抜け桜の中に落ちていった。

 女が地面にぶつかる音はなく、すぐまたカン…カン…カン…と階段を上る音が聞こえてきた。

 俺は恐怖でその場から動けずにいた。

 カン…カン…カン

 カン…カン…カン

 カン…カン…カン

 だんだんと近づいてくる。

 カン…カン…カン

 カン…カン…カン

 カン…カン…カン

 階段を上ってきたのはさっきの女だった。

 女は俺に見向きもせず、繰り返すように桜の中に落ちていった。

 そしてまたカン、カンと足音が聞こえてきた。


 どうやら驚いたときに足首を(くじ)いたらしい。俺は手すりに(つか)まりどうにか三階まで降り、階段下に潜り込んで呼吸を整えた。

 俺の頭上を女の足音が通り過ぎて行く。

 階上で足音が止むとまたすぐに階下で足音が響く。

 痛めた足では女と()れ違わずに階段を降りるのは難しい。

 俺は息をひそめて階段の下(ここ)で夜明けを待つことにした。

 

 

 カン、カン、と足音が反響する。

 女が上に居るのか下に居るのかすら俺には分からなくなっていた。

 女はここで最期に美しい桜を眺めてから逝くことを選んだのだろう。

 階段を上っては地面に落ちていく。

 足音と落下音だけが何度も聞こえてくる。

 その日の光景を延々と繰り返す女に俺は少し同情した。


 ……じゃあ…一緒に…来てくれ…る?……


 首と足がおかしな方向に曲がった血だらけの女が目の前に立っていた。

 

 

 気が付くと空が白み始めていた。

 俺は最上階の手すりに半身を乗り出すようににもたれかかっていた。

 視線の先には女が落ちたであろう場所があった。まるで桜の木が避けるようにして俺に場所を教えてくれているようだった。

 地上は吸い込まれるくらい小さく、遥か遠くに感じた。 


 今度は昼間に花と線香を持って訪れよう。

 

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