24話 マナは試験官全員と戦う
マナの言った意味がわからなかったのだろう。一瞬、シンと静まり返り、陸先生が困った顔で頭をポリポリと掻く。
「あ~、全員と戦う? 本気か? 俺たち全員を相手にすると?」
「受けるテストで冗談を口にする人はなかなかいないと思うのですが?」
トントンと靴先で床を叩きながら、平然とした顔で言うと、陸先生の目つきが鋭くなる。いや、他の先生たちの目つきもだ。
「お前はBランクの魔力だろう? 俺たちよりも低い上に、数の差は力だ。連携をとって戦う俺たちはAランクの力を持つんだぞ?」
やっぱり昨日ハンターギルドで計測された内容は伝わってる模様。個人情報保護法とか、この時代にはあるんじゃないの?
「だだだだ、駄目だよマナッ。せ、先生たち本当に強いの。3年生で最強と呼ばれる人がいるんだけど、その人も自信満々に同じことして、一分でボコボコにされて、入学スタートのクラスがEクラスから始まったのは伝説なんだから!」
たしかにそれは恥ずかしいな。きっとドヤ顔でやれやれとか呟いて戦ったんだろう。それでボコボコにされるとは伝説の黒歴史になったんだな。
「問題ありません、マスター。この程度の人間に負けるほど私は弱くはありません。この十倍いると苦戦するかもですが」
あわあわと鍵音が押し留めようとしてくるけど、軽く答えて先生たちに向き直ると、手をクイッと揺らして、挑発気味に手招きする。
マナの態度に苛ついたのか、眉をぴくりと動かして、先生たちは構えをとる。どうやらやる気になってくれてなにより。
「よろしい。では全員を相手にしてもらいましょう。この場合のポイントの減点は3倍なので気をつけるように」
『舞台形成』
海先生が杖をトントンと叩くと、足元の石床がせり上がってきて、正方形の舞台となる。試合場としての準備もバッチリのようだ。
「貰えるポイントも3倍となれば、これだけ楽なテストもないですね。開始の合図は?」
「大言壮語とならないことを祈るよ。では、開始しようか!」
「お祈りは不採用の言葉と記憶しています。ですが、受験の時に使われるのはどうなんでしょうね?」
雲先生の不敵な言葉で戦闘開始!
◇
「その思い上がり、この戦いで君の鼻を折ってあげよう。ゆくぞっ!」
『疾風歩法』
先手は雲先生。レイピアを構えて、風を足に纏わせると突っ込んでくる。たった数歩で20メートルはあった間合いを詰めてきて、レイピアを振るってくる。
ヒュンと風切音が鳴り、左からの大振りの横薙ぎ。レイピアが撓り、すぐに右からの切り戻し、斬り上げからの振り下ろしと、息もつかせぬ連続攻撃だ。
「なかなか剣筋が良いですね。攻撃に迷いなく、鍛えられていると感じさせます」
「どちらが先生か分からない言葉だね!」
だが、マナは脚に魔力を集めて強化するとバックステップをして、レイピアが触れる寸前ギリギリで回避していく。
不敵に笑いながら繰り出してくる雲先生の猛攻を受けながらも、マナは冷静に戦場を俯瞰していた。
「レイピアは刺突剣。斬る武器ではありません。突きを主体にするべきなのに、このような攻撃を繰り出す理由は時間稼ぎですか」
雲先生の後方で、陸先生が詠唱をしており、その足元から砂粒が生み出されて筋肉の体を覆っていく。海先生は更に後ろへと下がって杖を掲げて魔法を使う用意をしていた。
「ギャー、マナ、陸先生の『金剛不鎧』を止めないといけないよ! 無敵の強化装甲を身に着けられたら、もう手出しできないよ!」
セコンドのように舞台の外で床をペチペチ叩きながら、悲鳴を上げる鍵音。
「なるほど、あの守りの魔法は詠唱に時間がかかるのですね」
「そのとおりさ。だが、詠唱が終わるまで、手は出させないよ、僕の風のレイピアを躱せても、攻撃にまでは手は回らないだろ?」
「クールな二枚目キャラの発言ありがとうございます。今度良い育毛剤を探してあげますよ」
アラフォーの雲先生は昔はそのセリフが似合っていただろう。今はどこかとは指摘しないけど、河童のような頭で、そのセリフは似合わない。
「言ってくれるじゃないか! それなら君が負けたら、よく効く育毛剤を探すことをテスト問題にしてあげようじゃないか!」
せっかく丁寧に教えてあげたのに、何故か怒りの表情となると剣速を上げてくる。だが、時間稼ぎのための攻撃のため、躱すことは容易い。目の前で通り過ぎてゆくレイピアを見ながら、マナはフフッと微笑む。
「わざわざ時間稼ぎをしなくても、万全の準備が終わるまで待ったのですが」
「なにっ!?」
皮肉げなマナの言葉に雲先生が顔を驚きに変わるが、なぜに驚くのだろうか?
「これはテストですよね? ならば相手の全力をみるべきなので、奇襲などはしません」
古典漫画のカツオ圓明流の使い手も、敵が全力を出せるようにしていたものだ。試合とはそーゆーものだろう。
「だからどちらが先生か分からない言葉をっ! なら、僕も本気でやろう」
レイピアを引き戻すと、雲先生は腰溜めに構え直す。それとともに風がレイピアへと急速に集まっていく。
「死なないでくれよっ! 刺突は手加減が難しいんだ!」
『突風衝』
突風のような速さで、雲先生がレイピアを突き出してくる。その速さは先程とは比べ物にならず、突風という名がたしかに相応しい。
「いつ本気になってくれるか待ち侘びてました」
対してマナは人差し指に魔力を集めると、迫るレイピアの先端に突き出す。
カキンと金属音が響き、武技にて強化されたはずのレイピアは弾き飛び、マナは人差し指を突き出した構えで薄く笑う。
「なにッ!? 人差し指だけで? そんな馬鹿な!」
『十連突風衝』
まさかレイピアの刺突が人差し指だけで防がれるとは想像もしていなかったのだろう。驚愕の表情となる雲先生が顔を険しく変えて、今度は連続攻撃を繰り出してくる。突風がいくつも噴き出し、十の刺突がマナへと迫る。
しかしマナは摺り足にて前に出ると、人差し指で全てを防いでいく。カカカと軽い音が鳴り、火花が散っていく。
「レイピアの撓りにも限界がありますよね?」
最後の一撃に力を込めて、人差し指を突き出すとレイピアは連続でぶつかり合った衝撃に耐えきれずに、半ばから折れてしまう。
「く、くおっ!? 僕のレイピアがっ!」
「まずは1名」
レイピアの刺突を全て防がれて、しかも破壊されて、体を泳がす雲先生の隙を逃さずに、小さなお手々を強く握りしめると、マナは雲先生の腹に一撃を放つ。強烈なる一撃で敵は戦闘不能となると予想していたが━━━。
雲先生の腹に命中する寸前に、ニュルンとした感触が感じられて拳が滑ってしまった。
「むむ?」
「ととっ、今のは危なかった! だが、この僕を捉えることはできないよ」
顔を顰めるマナが体勢を立て直し、雲先生も同じく後方へと下がり、額にかいた冷や汗を拭う。
「いや~、マナ、今のは雲先生の『クラウドボディ』だよ。目に見えない雲のボディアーマーを身に着けてるの! 物理攻撃をコンニャクのように受け流し、魔法攻撃を減衰する厄介な防御魔法!」
「説明係は必ず相手が使った後に教えてくれるのは様式美というやつなのでしょうか?」
鍵音の叫びに苦笑しつつ、先生たちを見る。
「雲、準備オーケーだ、待たせたな!」
『金剛不鎧』
陸先生が5メートルはある土で出来た強化装甲服のようなゴーレムを作り出しており、その中に入り込む。分厚い土の装甲は黒曜石のように黒く変わり、見た目からも硬そうなのがわかる。
「この魔法も持っていけ」
『二連筋力強化』
杖を振り上げて、海先生が陸先生と雲先生に支援魔法をかける。2人に魔法が付与されて、赤く光る。
「待たせたな、マナ・フラウロス! これで万全だ。この俺がタンカー。雲が近距離アタッカーで、後方アタッカーの海。この3人の連携がAランクのパーティーの姿だ!」
ガチンと、両方の拳を合わせて打ち鳴らすと、陸先生の得意げな声が響く。
「ゴーレムに搭乗して戦う陸先生。速度特化で敵を刺突で攻撃する雲先生。そして、後方からの魔法攻撃をする海先生というわけですか。ですが、雲先生はここで離脱では?」
「ふふふ、レイピアが僕の主武器だと思ってもらっては困るよ。でかい魔物にレイピアなど通用しないだろ? 近距離アタッカーの役目はできない」
『雲武器化』
レイピアを雲先生が掲げると、折れた剣身に雲がモクモクと集まっていく。そうして、剣身に集まった雲が変わっていき、身の丈ほどの大剣が形成されるのであった。
「あれこそが、雲先生の二つ名『大剣使いのクラウド』と呼ばれる由縁! マナ、あの大剣は雲のように軽いのに、敵を砕く威力もあるんです!」
「鍵音ちゃん、実況解説用にマイク持ってくる?」
鍵音とルカの漫才をよそに、雲先生は大剣を肩に乗せると、口角を吊り上げる。
「本屋の言う通りだ。小物はレイピアによる刺突。大物は大剣により打ち砕く。これこそが僕の力だ」
「ガハハハ、そして俺の強化ゴーレムはあらゆる攻撃を受け止めて、この怪力で敵を捕まえることも、叩き潰すことも可能!」
「はぁ~、そして私が魔法による支援と高火力攻撃だ」
「そうなんですすす、それこそがチーム『井の中のカワーズ!』」
最後の一言で肩の力が抜けそうだが、3人の姿は自信に満ち溢れて、たしかに多くの戦いを繰り返してきたのだろうベテランの風格を纏っていた。
「30秒」
その様子を見ながら、ポツリとマナは呟く。その呟きを聞きとがめて、雲先生が不思議そうな顔となる。
「なにが30秒なんだね?」
「いえ、倒すのにかかる予測時間です。あなたたちのパーティーとしての力を見るに、30秒くらいはかかるだろうと思いました」
内包する魔力と戦闘スタイル。わざわざ説明してくれてありがとう。
何を言われたか分からなかったのか、雲先生たちはキョトンとして顔になるが、すぐに面白そうな表情へと変わっていく。
「ガハハハ! 生徒会長でもそこまで大言壮語ではなかったぞ! 面白い、では、俺たちを30秒で倒せるか、見せてもらおうか!」
ズシンズシンと重い足音を響かせて、ゴーレムが突進してくる。
『破砕拳』
そうして、大岩のような拳を振り下ろしてくるのであった。




